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127.店頭販売始め〼(1)


 今日の午後は、商店街に出すことにした出店(でみせ)の様子を見に行く予定だった。

 馬車に乗り込もうとすると、珍客が現れる。

 まずは黒色の毛並みで、次は緋色である。

 私とユリウス、向かい側にヘリガとリオニー、ウルリカが乗り込んだあとに、彼らはするりと馬車に入ってきて、さも当然のように腰をおろした。


「にあ」

「はいはい、ちょっと詰めてくださいねぇ、ヴェローニカ様」


「ちょっと、ディーター。どうして入って来たの?」

 ヘリガが乗り込んできたディーターにつっかかる。

「護衛なら足りてるぞ、ディーター」

「そうそう」

 ウルリカにまで邪険な目で見られている。リオニーも容赦なくそれに同意した。



「いいじゃん、別に。暇だから俺も連れてってよー」

「にあ」

 黒猫がいつもの定位置、私の膝の上に座って蹲る。それをなでながら、声をかけた。

「あら、おまえも来たのですね?…ディーター、もう身体は大丈夫なのですか?お部屋で大人しくしていなくても、良いのですか?」


 膝の上の黒猫のもふもふ毛並みをなでながら、ディーターに尋ねると、

「もう大丈夫ですよ。昨日は正直、だるかったんですけど、今はだいぶ楽になりました。あれですね、ハンバーグと子守唄のお陰です」

 ディーターらしい屈託のない、にっこり笑顔だ。



「そうですね。あの見事な子守唄のお陰でしょう」

「そうね、ヘリガ。ディーターぐっすりだったものねぇ」

 ヘリガとリオニーも呆れたようにディーターを眺めている。


「あはは。びっくりだったね、あれ。起きたらほんと、すっかり治った気がするくらい身体が軽くてさぁ」

「そんなに元気なら王城に行ったらどうだ。エーリヒ様の護衛は大丈夫なのか?」

「冷たいこと言わないでよ、ウルリカ。エーリヒ様からは、まだ数日は念の為休むように言われてるんだ。普通は体力回復にもっとかかるからってさ。それにあっちは伯爵家から人手が出てるから大丈夫だよ。最近忙しいから増えたんだ。こんな時でもないと、ヴェローニカ様に同行なんてできないからね」


 ディーターと侍女三人が話しているうちに、馬車は軽快に走り出す。




 昨夜の子守唄は……というより、あまり子守唄を知らないので、ゆっくりと眠れそうな静かな歌を選んだのだけれど、あのあと侍女達に「どこの言葉なのか?」と聞かれた。その答えを全く用意してはいなかったので、「あぁ…えーと…」と考えた末に、「白夜に教えてもらいました」と回答。

 “白夜は話せる神獣”というパワーワードでなんとか解決。それにはユリウスも協力してくれました。

 ふう。良かった。良かった。




「あなたはお留守番が寂しかったのですか?」

「にあ、にっ」

「ふふふ」

 黒猫をなでて話しかけていると、ユリウスの視線を感じた。

「…………」

「どうかしましたか?ユリウス」

「…いや」

 ユリウスは目を逸らし、ディーターの方を見た。すると、ディーターが身体をぴくっとさせた。

「あー。うん。…わかってるよ。…今のは俺じゃないし…」

 小さな声でディーターが呟いたようだ。ユリウスに言ったのか。


「もしかして……ユリウス、今、念話を使いましたか?」

「ん?」

 ユリウスの紫の眼がこちらを捉える。

「…わかったのか」

「なんとなく」

 以前ユリウスがミートソースを口につけていた時を思い出した。



――…姫は料理上手なのだな。…私も食べたかった…



 そう、私だけに念話で話しかけてきたのだ。

 あの時のことを思うと少し胸が痛むけれど、その翌日の吸血によって、今では紅茶やスープなど、固形物でなければ皆と一緒に飲めるようになった。

 また血をあげよう。

 そしていつか一緒にご飯を食べようね、ユリウス。



「念話…とは、通信魔術具みたいな感じに聞こえるのでしょうか。ユリウス様はそんなことができるのですね」

「まぁな。私はこの体を持つまでは、ずっとそれで会話していたからな」

 珍しくヘリガがユリウスに感心している。なんだか少し嬉しくなった。ユリウスへの理解が深まったのだと思っていいだろうか。


 コンラートから、ユリウスがマリオネットであることを使用人達に話したと聞いて、安心していたところだった。

 ディーターら護衛騎士もすでに知っているらしいし、今日はユリウスのことは心配なさそうだ。血もあげたばかりだし。



「ディーター、大丈夫ですか?ユリウスに何か言われましたか?」

「え?…あぁ、いえ。…まだ本調子じゃないので、今日は大人しくしてます」

「ディーターの心配をしてくれたのですね、ユリウス。優しいですね」

 にこりとユリウスに微笑むと、ディーターがぶっと吹き出した。

「え?」

「あ、いえ。…はい。そうですね」

 なんだかディーターの反応がおかしい。ま、いいか。喧嘩してるわけではなさそうだ。




 馬車は以前訪れたことのある、庶民の住む区画の商店街についた。皆でそこで降りる。


「あなたはおうちがこの辺でしょうから、帰りたくなったらおうちに帰っていいですからね?」

「にっ、にっ」

 膝から下りていって商店街に一緒に出た黒猫に話しかける。黒猫はしっぽをぴんと立てて、いつものようにふくらはぎにすりすりと頭を擦り寄せている。何度見ても愛らしい仕草だ。

 しっぽをぴんと立てたり、頭突きをしたり、頭をすりすりとなすりつけるのは、“大好き”って意味なんだと知っているからこそ、いっそう愛しさが募るのである。

 これはそろそろ限界だな。




 目的地である店に到着したが、特に出店らしきものは出ていなかった。

「まだ準備ができていなかったのでしょうか…?」

 首を傾げてお店に入る。

「いらっしゃい……あ、嬢ちゃんか。良く来たな」

 以前いろいろと買った調味料店の店主のトーマスが出てきた。


「こんにちは、トーマスさん。あの、ポップコーンは…?」

「ああ。あるよ。あっちだ」

 するとトーマスは店の奥の会計場所の隣を示した。

 テーブルの上の器に、もくもくと雲みたいに白いポップコーンがひとかたまりに置いてあった。


 これじゃ……誰にも伝わらないんだが…


「あの、トーマスさん。店先で出店のように売ることになっていたと思うのですが」

 そのためにフライパンやらコンロやらの備品も買い揃えてあるはずなんだけれど。

「ああ、そうなんだが。…やっぱりあれ、家畜の餌だろ?だから素を見せない方がいいんじゃねーかと思ってな」

「衛生的に問題があるわけではないのですよね?」

「ああ、それは問題ねぇ。綺麗なもんさ。ちゃんと人様も食えるもんだ。…ただなぁ…やっぱ、家畜の餌だからなぁ…」

「…小麦だって、家畜は食べるではありませんか。家畜も人間も穀物は大好きですよ?偏見はいけません」

「ん?…まぁ、そうなんだが」



「親父、やってみなきゃわかんないだろ。ニカちゃんの言うとおりだ」

 奥から若者がやってきた。確かこの人は、港町のフーバーから醤油を買い付けてきてくれていた…

「アルノーさん。こんにちは」

「こんにちは、ニカちゃん。…ごめんな、親父が頑固でさ」

「いいえ。保守的なトーマスさんと革新的なアルノーさんで、いいと思いますよ。ふふ」

「嬢ちゃんはほんとに難しい言葉を知ってるなぁ……前も思ったが、ほんとに賢い嬢ちゃんだ」

「当然です」

 後ろでまたヘリガが何か呟いている。



「グリーベル商会から話がきたときは何事かと思ったが、嬢ちゃんはそこの縁の子なんだってな。いやぁ、こないだも今日も、お連れをたくさん連れてきてるから、どっかの大店(おおだな)の嬢ちゃんかとは、思ったんだがなぁ」


 グリーベル商会とはグリューネヴァルト侯爵家の持つ商会のうちのひとつで、王都に本部があるらしい。そこを経由して、コンラートに今回の話を通してもらっていた。


 コンラートにはお世話になりっぱなしである。

 本当に何かお礼を考えておかなければ。これが成功したら考えている新たな商談というか、製造には長期間かかるが、利益率は高い商品の企画はあるのだが。でもそれはコンラートにお礼というより、さらなる忙しさを与えてしまいそうだな。儲かりそうなのに。



「私は大したことはありません。何かあればまたそちらに連絡をお願いしますね」

「おお。…大店相手なのは緊張するが。…まぁこれも縁だよな」




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