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125.それぞれの執務室(2)

《アレクシオス・フォン・ヴァイデンライヒ》




「一体でも傀儡は手に入れてみたいものだが…、ハインミュラーの秘匿刻印とはどの程度の威力があるのか…」

 アレクシオスは補佐官のひとりが淹れた紅茶を口に運ぶ。


「高位貴族並みの魔力とあらゆる上位魔法が刻まれているらしいですね。雷魔法などは特に適性が難しい貴重な上位魔法ですが、とても威力が高く防御が難しい攻撃魔法です。安全な刻印手段も未だに確立されてはいない。もしそれが成功して実戦配備されれば、恐ろしい存在になるのでは」

 ベルノルトはそれを想像して唸った。


(高位貴族並みの魔術師を人工的に造る、か。)

 アレクシオスは紅茶を味わいながら想像する。




 近年、高位貴族も魔力量が減っていると言われている。大規模な魔法を扱える者も減り……高位貴族の象徴であり、高魔力の持ち主の証とされる黄金色の髪色も、今や珍しい存在になりつつある。

 高魔力の子供を産み育てることは、高位貴族にとってもはや重要な課題なのである。

 高魔力、高出力の魔法を扱える者を育てる。それは高位貴族としての権威を守ることに繋がる。


 そして王国にとって重要な役割を果たす魔導具に供給する魔力の確保も大事な課題だ。

 これがなんとかできるなら、兄を追い落としてアレクシオスが王太子となる未来も夢じゃない。それどころか、王太子……そして王となるのに、最も相応しいと言える。


 そんな中、王太子側で何やら実験を行っているとの情報を掴み、ようやく拠点をいくつか探り当てたのだ。プロイセはそのうちの一つ。

 できればその実験体を入手したかったが、それは今の時点では容易にはままならない。ならば、最適に利用するまでだ。




「つくづくあの毒婦の家門は忌々しいな。国内外のあらゆる危険な毒と家門秘匿の魔術刻印の人体実験を行っていたとは。魔術刻印の実験などは通常、魔力をある程度持つ貴族にしかできない。それを……下民の奴隷を使うとはな」

「毒の効果実験はまだしも、魔力のない平民に魔術刻印を施すなんて。一体どうやって。手に入れられればその方法がわかるのですが…」


「それだけ長年やってきたか、他にも協力者がいるか、だな」

「協力者、というと、ハインミュラー家以外にも技術提供する家門があると、殿下はお考えですか?」

「ハインミュラーは毒の仕入れに外国との独自の取り引きがあるだろう」

「なるほど。外国ですか。…さすがはアレクシオス殿下、ご慧眼です」

 他の補佐官達も皆が頷く。



 平民に魔術刻印を与えて魔術師にするなど、王太子だけの力でできることじゃない。

 王太子ジルヴェスターの生母、王妃エリーザベト。元ハインミュラー公爵令嬢。毒に魅せられ、毒を巧みに扱い、大勢の父王の愛妾を手にかけてきた。

 そうなるまでに、きっと今までに多くの実験をしてきたのだろう。魔術刻印を平民に施しているこの研究のように。



「他にも、父上が神殿の者共の要望を受け入れ過ぎなのも気にかかる。代わりに綺麗どころの神官を後宮に受け入れるなど。どこまで阿呆なのか…」

「殿下…」

「何が聖婚か。ただの神殿娼婦だろうが。これまでもどうせ神殿行幸の度に巫女を相手に聖婚などと行っていたのであろう。これ以上継承権を持った子供を作ってどうする。諍いが増えるだけだというのに。…ふん。だとて、どうせまたあの毒婦が殺すのだろうが…」

 補佐官らがアレクシオスの発言に動揺を見せた。



「まぁ、吸魔石で集めた魔力の余剰分を多少回してもらってはいるようだが。それでも割には合わない。他にも何かあるのではないか…」

「そのせいで神聖魔法の使い手をほぼ神殿に取られていますからね。民への施しよりも騎士団や魔術師団に回してもらわないと」

 補佐官達が狼狽える中、ベルノルトだけはアレクシオスの不敬な発言を何食わぬ顔で流して、会話を続ける。


「施しではなく、神聖魔法の独占で治療を求める民や貴族から寄進という名の金銭を巻き上げているんだろ。物事は正確に言え、ベルノルト。国家の騎士団や魔術師団が、魔獣討伐や辺境の治安維持の度に神殿から神聖魔術師を借りなければならない。その費用もただではない。そもそも神聖魔術師を神殿に取られているのが問題なのだ」


「殿下の仰る通りです」

「そのようなことで民に施しをしているなどと見せかけて、近年落ちぶれた神殿のイメージでも民を相手に取り戻そうと言うのか?…全く。父上も兄上も何を考えているのか」

 アレクシオスは脚を組み直して盛大にため息をつく。



「王太子殿下と言えば……最近はギュンター男爵家のものをお気に入りとして側に置いているようですよ。お聞きになりましたか?」

 補佐官のひとりがアレクシオスに耳打ちする。


「またか……女に狂おうが、男に狂おうが、王となれるとは。…そのような情報、なんになる。せいぜい名前を貶めるぐらいには使えるが……兄上はすでにフロイデンタール公爵家から王太子妃を迎えているのだ。公爵家を二つも身内に抱えているのだぞ。奴らが健在である限り、廃太子ほどの痛手にはならん。勝手にさせておけ」


「いえ、殿下。ギュンター男爵家は新興貴族なのですが。…カレンベルクの商家と繋がりがあり、勢いがあるとか。もとはその関係で下位貴族にも関わらず、王太子殿下の側近となったようです」

「カレンベルク…」

「海の向こうの国です、殿下」

「ああ。わかっている。豊かな国で最近取り引きが増えているらしいな」

「左様です、殿下。海運となるので食料品よりも、魔晶石や鉱石……それと、新たな魔導具の技術なども入ってきているとか」

「ふむ。新たな魔導具の、技術か」

「もしや魔術刻印の技術提供も…?」

「あり得るかもな」




 アレクシオスが訝しむように顎を掴むと、執務室の扉が慌ただしくノックされ、補佐官が応対に出た。

「殿下、大変です!」

「なんだ。騒がしいな」

「王都の孤児院に、特捜が入った模様です」

「王都の孤児院…?」

「少女売春と人身売買をさせていた……孤児院の一つです。利用者達は麻薬も使用していたはずです。そこで取り引きも…」

「なんだと?あれは大事な金づるの一つなんだぞ!…どこだ?どこの特捜が入った?」

 それまで悠長に紅茶を嗜んでいたアレクシオスは立ち上がる。


「それが……ハインツ・クライスラーだそうです」

「またか!くそっ!」

 アレクシオスは悪態をついて乱暴にソファーに座り、怒りに任せてテーブルをバン!と打ち叩いた。ティーカップがガシャンと弾んで、スプーンがテーブルに転がった。



「奴は王都郊外の警備担当だろうが!越権行為じゃないのか!」

「それが……そこはクライスラー卿が支援をしていた孤児院でもあり、リーデルシュタイン卿が特捜の許可を出したとか」

「ジークヴァルトか……あのクソガキめ。王族でもあるまいに特権が多すぎるぞ!…ああ、くそっ!」

 アレクシオスは罵声を吐きながら頭を抱え、ソファーの背もたれに体を預けた。


「…何故だ……何があったのだ、突然」

「それが。孤児院の関係者が言うには、先日クライスラー卿の身内の者が突然、視察と称して孤児院を訪れたそうです。もしかしたら、それではないかと」

「視察?…担当者はこちらで抱き込んであったのではなかったのか?しっかりといい思いはさせていたのであろう?」

「もちろんです、殿下。全ての視察担当者には女をあてがい、金も握らせています。今まではそれで、何も問題はなく…」



 ソファーにもたれながら、苛立ちを落ち着かせようとアレクシオスは努める。

「待て。…身内と言ったか。…誰が来たのだ?」

「それが。子供だったそうです」

「子供だと?…ふっ。何を言っている。子供が孤児院の視察とは。側付きが目敏い人間だったのか。どんな奴らだ?」

「話によると、紺色の髪の少女に付き従った護衛らしき男と、侍女らしき女達が三人だったと」


「護衛と侍女が三人…?たかが子供に侍女が三人とは。余程の高位貴族なのか。紺色の髪とは、髪色を変えているようだな。元は金髪か?どこの家門だ?クライスラーは子爵だったはずだ。その程度の家門の人間の身内が、金髪などあり得ない。他の奴らも髪色を変えていたのか?」


「侍女達は琥珀や水色などの髪色だったと。護衛は少女と同じく紺色の髪だったのですが、瞳の色が紫色で、平民とは思えないほどに美しい容姿だったとか」




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