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123.ディーターの療養(3)

《ディーター・ロンメル》




 しばらくベッドでうとうとしていたら、リーンハルトがティータイムだと言って何か白いもこもこしたお菓子を部屋に持ってきた。


「ポップコーンとか言ってた」と、ポリポリと食べている。

「こっちが塩バター、こっちがしょうゆバター、こっちがはちみつだって。どれもいけるぞ」

 リーンハルトはもうすっかり休暇のようにくつろいでいる。



「これもヴェローニカ様が作ったの?」

 ディーターも一緒になってポリポリとポップコーンを食べながら、リーンハルトと話す。

「作ったのは料理人だけど、…考案したのはヴェローニカ様だって。これ、…家畜の餌を爆発させて作ってるんだぞ。面白いよな、ははっ」

「家畜の餌?!」

 あまりのインパクトにギョッとして手を止め、問い返してしまった。

「大丈夫。…綺麗なやつだから…ちゃんと食えるって」

 ポリポリモグモグしながらリーンハルトは話す。全く動じていない。

 それでいいのか、伯爵令息…



「あれ?これ紅茶?色違くない?」

「…これが本来の色なんだって。ヴェローニカ様が…言ってた」

 モグモグ…リーンハルトは咀嚼し続ける。

「薄いな…でもこれ、このまま飲める。うまい」

「ん。…でもコンラートは…ミルクを入れろって言ってた」

「なんで?」

「なんか、ストレートで飲み続けると…あれがヤバいらしい」

「あれって何?」


 リーンハルトの説明を受けたディーターは急いでミルクを混ぜる。

「いや、一杯じゃならないから。ははっ」

「マジか!こえー…」

「なんか…聞いたことあったよな…その病気…」

「あるね」


 相変わらずリーンハルトはポップコーンをモグモグと食べている。気に入ったらしい。



「マジか。これが原因なのか…え?なんでコンラートは知ってるの?」

「ヴェローニカ様が言ってたって」

「またか。なんなの?マジで。あの子なんなの?」

「ほんとだなぁ…」


 なんだかディーターは笑いたくなってきた。

「あははっ。なんか、ウケるっ」

(リーン、りすっぽいし。)

 リーンハルトはポップコーンを食べ続けている。

「ヤバいな、これ。止まらないわ。しょっぱいの食って、甘いの食って。ヤバいな、これ。無限だわ。食感軽いし」

「あははっ」


「ヴェローニカ様がこれの屋台を出したいって言ってたぞ。売れるな、これは」

「屋台?そんな商売も始めるの?」

「なんか他にも売りたい物があって、人を雇ってやりたいらしい。稼いだお金をクライスラー卿にやって、子供達の生活費に充てたいとかさっき言ってた。あ、ディーター、孤児院の話、聞いたか?」



 リーンハルトが言うには、ディーター達がプロイセで突入作戦をして帰ってきた頃、ヴェローニカはハインツが孤児院に預けた子供達の様子を見に行き、不正を暴いて子供達を連れ戻して来たらしい。捜査の執行はハインツの手が入ることになっている。と。


「……マジで?」

「ヤバいな、あの子…なんか。もうなんて言っていいかわからん…」

「…………」

 ポリッとディーターは黙ってポップコーンを口に入れた。




 すっかり暗くなって、夕食にはヴェローニカが昼に言っていたハンバーグを食べた。

 コクのある赤黒い濃厚ソースがトロっとかかっていて、ちょっとした甘みと辛み、酸味もあり、酸っぱいものが苦手なディーターにもそれはものすごく美味しかった。

 脂っこいものにほんの少し酸味があると、美味しいんだな。ステーキよりも柔らかく肉汁が溢れて食べごたえもある。他の皆も美味しいと言っていたし、間違いない。当然、おかわりした。


 ヴェローニカは白い根菜を細かく崩したものを上にかけて、これよりもさらに酸っぱい黒いたれをかけて食べていた。最近新しく買い求めたショウとかいうたれを使って、このソースとはまた別に作ったらしい。

 「大人になって消化機能が落ちてくると、こちらの方がさっぱりして好きなはずなのです」と子供のくせに訳のわからないことを言って食べていた。




「ヤバいな。寝すぎたわ、俺」

 昼間が平和すぎたのか、昼寝しすぎて夜眠れそうにない。

 昼過ぎにポップコーンを食べてリーンハルトが出ていったあと、暇過ぎてまた眠ってしまったからか今は完全に目が冴えている。



(あ、また誰か…ヴェローニカ様かな)

 複数人の気配が近づいてきて、ノック音に答えると、やはりヴェローニカだった。


「どうしたんですか?」

「え?子守唄を歌うって約束しましたよね?ディーター…」

 きょとんとした丸い瞳が可愛らしい。

(ええ…)


「いや、大丈夫ですよ?」

「…眠れそうですか?」

「んー…昼寝しすぎましたね。あはは。あ、ヴェローニカ様。ポップコーンもハンバーグも美味しかったです」

「本当ですか?お口にあって良かったです」

 ヴェローニカはニコニコしている。

 いつもはただ可愛いな、癒やされるなとしか思わなかったが、リーンハルトの話を聞いたあとは、何だか複雑な気持ちになる。



「あ、あと、これもヴェローニカ様ですか?」

 ディーターは振り返って花瓶の花を指差した。

「それ、庭師さんに頼んでおいたんです。良かった。飾ってくれたんですね。ディーターの色のお花があったから」

(やっぱり。俺の色って思ってくれたんだ。)



「姫。男に花を贈ったのか?」

「これはお見舞いのお花なんですよ、ユリウス」

「そんな風習があるのか」

「ここでは…ないのですか?」

 ヴェローニカが侍女達を振り返った。皆、首を傾げている。

「あれ?そうなのですか?」

「でも、嬉しかったですよ。ありがとうございます」

「ディーターが嬉しかったなら、私も嬉しいです」

 ふふっと微笑んでいる。



「では、ディーター。横になってくださいね」

「え?本気で…やるんですか?」

「やりますよ。…あ、皆に見られながらは眠りにくいですよね?…つきそいは誰か一人にしますか?」

 ヴェローニカが振り向くと、

「ヴェローニカ様の子守唄、聴きたいです」

「私も天使の子守唄なんて聴いてみたい」

「一応聴いておきたい」

 ヘリガ、リオニー、ウルリカは退室する気はないようだ。ヴェローニカが次にユリウスに視線を移す。


「エーリヒすら強制睡眠にかけたのだぞ。私も聴いてみたい」

「「エーリヒ様にも子守唄を歌ったんですか?」」

 ディーターも驚いた。彼女は「よく歌いますよ?」と平然と答えている。


(エーリヒ様すら強制睡眠させる子守唄って、ナニソレ?…ああ、よく歌うって…それで朝まで隣部屋で寝ちゃうのか…。あれ?そう言えばあの会議で、精神干渉の一つとして睡眠のことも言ってたな…あれかぁ。)



「仕方ありませんね。ではディーター?手を出してください」

「え?」

「もしかしたら、ここで聴いてる皆も寝ちゃうかもしれませんので、ディーターに集中しますね」

 ディーターはよくわからないながらもなんだか気持ちが昂ぶって、自然とヴェローニカに手を出していた。




 ベッドに横になって部屋を暗くすると、ヴェローニカが歌い始めた。とても綺麗な歌声だが、一体どこの言葉なのだろうか。歌詞どころか何を歌っているのかもわからないし、メロディも聴いたことがない。

 これも神の世界のものなのか?神の世界の唄?

 全てが初めてだというのに、何故か心地良い。


 そう思っていると暗闇の中にだんだんと光の粒子が集まってきて明るくなり、そのうちベッドの天蓋の中がまるでディーターの色であるオレンジ色に変わっていき、そして徐々に赤くなって、部屋の中が燃えるような色に染まる。それが少しずつ少しずつ上から群青色に変わっていく。ゆっくりとした光のグラデーションの移り変わりがとても美しい。



 これが魔素の光か…

 横になりながら、感嘆のため息が漏れる。

 ヴェローニカを見た。彼女は目を閉じて、時折頭を揺らして歌っている。ディーターの手を包んでいる小さな手にはめられた指輪が、歌に共鳴するように虹色に光っている。祈るように心を込めて歌っている彼女はキラキラと光に包まれ輝いていてとても美しい。


 聖女の起こす奇跡か……

 彼女から目が離せない。

 そのうちだんだんと天蓋の中は藍色になっていくのに気づいて、ああそうか。これは夕陽が沈んでいく風景なのか。とディーターは思った。



 ヴェローニカの歌声が心地良い。ずっと、聴いていたい。ずっと聴いていたいのに、まぶたが重くなる。眠い…でもまだ歌を聴いていたい…彼女を見ていたい…


(これ…ヤバいな…エーリヒ様もそう思ったろうな…)


 ヴェローニカがゆっくりと目を開けた。彼女の青銀の瞳がディーターに向けられて、優しく微笑んでくれる。

 彼女の手のぬくもりが温かい。

 ディーターはヴェローニカの手をきゅっと握り返していた。


 ずっと傍にいて欲しい…このまま、ずっと…



 天蓋の中に天の川のような星空が現れる頃、すでにディーターは眠りに落ちていた。それは経験したことのないほど、幸せで満ち足りた夢の世界だった。




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