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121.ディーターの療養(1)

《ディーター・ロンメル》




 起きたらグリューネヴァルト侯爵邸の自室のベッドの上だった。途中何度か覚醒して、その度に馬車に揺られていたのはなんとなく覚えている。それからずっと眠ったまま運ばれて、丸一日寝ていたらしい。眩しい朝日がすっかり昇っている。

 目覚めてお腹が空いていたディーターは、様子を見に来たメイドに頼んでしっかり朝食を食べたあとだった。



「あー…良く寝たな…」

 たっぷり寝て、なんだか頭はすっきりしている。

 だが身体はまだ重いというかだるい。そして少しふらつくし、節々も痛い。


 ディーターは自分のお腹をさすった。

 あんなに大きなアイススピアを貫通する勢いで食らって、さらに動いたことによって腹の中が見えるほどに抉れていたのに、ちゃんと肉も皮も綺麗に元通りだ。神聖魔法による聞いていた回復効果よりも劇的に回復が早いし、ディーター自身の負担もあれほどの重傷だったにしてはあまり感じない。


「ほんと、何モンなの、エーリヒ様って…」




 部屋の前に誰かが来た気配がする。複数人だ。


(探知魔法か…せめて索敵でもできたら便利だよな。俺、ちょっと油断が過ぎるみたいだし。覚えてみようかな。)


 ディーターが今まで伸ばしてきたのは、直接戦闘能力の向上に繋がる身体強化や体術、魔剣技ばかりだ。それが食らったダメージのせいで、身軽さも剣技も全く活かせなかった。だが今回の任務でエーリヒにもらったアドバイスも参考にして、普段の生活でも部分的な身体強化をして鍛えていこうと思っている。


(腕力や脚力を上げるのは基本だからまあまあできるけど、エーリヒ様みたいに視力とか聴力とかは訓練したことないな。気配察知するなら俺の場合、索敵よりもそっちから攻めた方がいいかもな。)



 扉をノックして入ってきたのはヴェローニカだった。銀色の髪の美しい少女は、今朝も笑顔が愛らしい。その後ろには侍女三人とユリウスを伴っている。そして足元には何故か黒猫。

 そう言えばあの夜も膝に抱いていたか。


(皆ついてきたのか。お姫様の大移動だな、これは。)

 その様子を見てディーターは笑いが漏れる。



「おはようございます。ヴェローニカ様」

「おはようディーター。…朝食はしっかり食べましたか?」

 澄んだ青銀色の瞳が観察するようにじっと見つめてくる。

「え?朝食ですか?…はい。食べました」

「そうですか。お薬もちゃんと飲んだのですか?」

「…はい。…ははっ。普通、大丈夫?とかではないんですか?」

 ディーターはそう言って明るく笑った。


「ディーター。ヴェローニカ様がお見舞いに来てくださったというのに」

「ふふ。良いのです、ヘリガ。…私もそう思ったのですが、ちっともディーターは大丈夫そうには見えません。でも大丈夫?と聞かれたら、大丈夫と強がってしまうのが人ですからね。それでも大丈夫じゃないこともよくあるのです」

「ええ?…はは」

 ヴェローニカの話をディーターは少し不思議に思う。


(まぁ…確かに。今ヴェローニカ様に大丈夫?と聞かれていたら、大丈夫と言うしかないけどさ。)

「きちんと食べて、寝て、今は血肉を作らなくてはなりませんよ、ディーター」

「血肉、ですか」

「そうです。とても大事なことです」



 ヴェローニカはいつも自分の方が姉かのような、弟を可愛がるかのような口調で話す。背伸びしたい年頃なのかとディーターもそれに合わせるのだが、こんな感じで時折不思議なことを言ったりする。こう返してくるだろうと思って言った言葉が思わぬところに返ってきたりして、まあとにかくその変わったところが面白かったりする。



「治癒魔法は自己治癒能力を活性化させて外傷を塞ぐのだと本にありました。そして血は急激には増やせないと。だから外傷の程度によっては治療に数日をかけるそうですね。そうしないと体力がもたない。ですからディーターの怪我は治ったように見えてもそれはただ傷を塞いだだけで、それに使った分の栄養と体力を補うためにしばらくはたくさん食べて眠ると良いですよ」

(なるほど。そういう理屈ね。)


「わかりました。ですがもうたっぷり眠ったので、眠くないのですよね」

「そうですか。…では子守唄を歌いましょうか?きっとよく眠れますよ?」

(子守唄?…俺に?)

「えーっと…では、夜に眠れなかったら、お願いします」


 とりあえずそう言っておこう。まさかこの歳になって小さな女の子に子守唄を歌ってもらうというのもな。とディーターは思う。

「…そうですね。ではそうしましょう」

 ヴェローニカは嬉しそうに微笑んだ。




 ヴェローニカが朝の授業があると出ていったあと、今度はリーンハルトが部屋にやってきた。

「ディーター。やっぱりまだ具合悪そうだな」

 ベッドサイドに来たリーンハルトは心配げな表情だ。

「え?そう?もうけっこう元気だけど」

「いや、あんまり元気そうには見えないぞ。顔色がな」

「ああ。そうなんだ」

(ヴェローニカ様にもひと目で顔色が悪そうに見えてたってことか。)


「実は身体はすげーだるいんだよね。でもほら、傷は全然へーき」

 ディーターは寝衣をめくってお腹を見せた。鍛えて引き締まった完璧な腹筋が晒される。

「おお。すごいな。あれがもうなんともないのか?あんなヤバかったのに」

 リーンハルトが遠慮なく腹筋を触ってくる。

「ちょ!くすぐったいし」

「はは。なんともないな。まじで死ぬかと思うくらいだったからな。ほんとすごいな、エーリヒ様の魔法」

「それな」

 リーンハルトは笑いながら近くのソファーに腰掛けた。



「え?何?今日任務は?」

「今はエリアスがエーリヒ様についてる。俺はディーターの様子見とコンラートと引継ぎっていうか。話し合い」

「話し合いって何の?」

「あー……うん」


 リーンハルトは昨日の帰りの馬車の中でエーリヒと話したことをディーターに話した。昨夜邸宅に帰った時にエーリヒとコンラートとその話し合いをしたらしい。




「え。ヴェローニカ様をエーリヒ様の婚約者に?そんな話になってんの?」

「ああ。…なんとなく話したら、結構コンラートもユリアンもそれは考えてたらしいんだよな」


(八歳の少女と二十歳超えの男の婚約?…それって変な憶測を呼びそうなんだけど…。エーリヒ様が幼女趣味なわけはないけどさ。こないだだって…)

 ディーターは宴の夜にエーリヒに抱きついていた女性を思い出す。

(あの女のことはどうすんのかな…?ほんとあっさりしてるなぁ、エーリヒ様って。)



「……それってエーリヒ様の婚約者避けってこと?」


「だからディーター、言い方」

 相変わらずリーンハルトは呆れた様子だ。

「いや、だって。エーリヒ様はそう捉えてるってことでしょ?」

「どう…なんだろうな。…それだけじゃないようにも思えるけど…」

「そうなの?」


「うーん……口では恋愛に興味なさそうなことは言ってたけど。ヴェローニカ様のことは大事に思ってるようには見えるんだよな。明らかに守りたいとは思ってるようだし」

「でもそれは…養女としてでしょ?確かに守ってあげたくはなる子だし…」


「そうだけど…ヴェローニカ様を年頃になるまで守るためって思えば悪くはないんじゃないか?」

「…ヴェローニカ様はどう思ってんの?」

「…それは…まだ言ってないからな」

 リーンハルトはソファーの背もたれに寄りかかってため息をついた。



「その、家族が怖いって、何?…信じられないとか、そういうこと?だってエーリヒ様が義父になって何か暴力をふるうわけでもないことはヴェローニカ様だってわかってるでしょ?何が問題なの?」


(家族が怖いから養子縁組は嫌?…家族はいらない、作りたくないってこと?それってエーリヒ様が婚姻なんてうんざりだと思ってるのと一緒じゃない?…二人とも、なんでそんなに過剰に反応するんだ?…だからこそ契約婚約なら愛が介在しないから互いに納得するってことなのか?)



「…なんかさ、昨夜コンラートと話してる時にエーリヒ様が言ってたんだけど。ヴェローニカ様は自分が何か対価を与えないと愛してもらえないと思い込んでるらしいんだよ。だからこちら側がわかりやすい要求をしないとここで暮らすことを納得しないんじゃないかって」


「対価とか言ってる時点でそれはもう愛じゃないじゃん」


「…そうだな。…でもコンラートもヴェローニカ様を見てて思い当たる節はあるらしい…」

(思い当たるフシ?……なんかあったのかな。)



「ふーん……で?要求ってどういうこと?」

「だから…エーリヒ様にも利益があるように見せないと、ヴェローニカ様はただでは庇護を受けたくないってことらしい。このままここで暮らす事がつらくなるんじゃないかってエーリヒ様は心配してるんだ」


「何それ…律儀すぎ…」

「子供なのにな。なんか…もっと何にも考えずに子供らしく頼っていいのにって思うよな」

(なんか、もやもやする。)




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