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120.庇護する方法(3)

《リーンハルト・マイアー》




(え?またって?誰かに何か言われたのか?……ああ。女かな。割り切ってつきあってたはずが、しつこく縋られたとか?それで嫌になったとかかな。エーリヒ様は女性の愛が煩わしい…ってことなのか?それで女性には執着しないし、させないのかも。…そりゃ必要に迫られないなら結婚を考慮しないか。)


 リーンハルトは頭を抱えたくなる。これは、着地点が見えないぞと。

(エリアスのせいだ。うん。エリアスのせいだ。あいつが素直にエーリヒ様と馬車に乗らないからだ。)


 リーンハルトはヤケクソになってきた。もうなるようにしかならない。




「では、こうしたらいかがでしょうか?」

「……なんだ」

 エーリヒの声が普段よりも低くなっている。

 リーンハルトはゴクッと喉が鳴ったのを自覚する。



「ヴェローニカ様を婚約者とするのは?」



「……は?……ヴェローニカと……婚約……?」



 それまでのしかめ面が呆然となる。

 エーリヒのこんな顔もとてもレアである。

 だがリーンハルトはそれどころではない。呆然とするエーリヒを見て、恐らく夜までかかる王都までの長い道のりを不機嫌なままのエーリヒと過ごすより、「何を言ってるんだリーンハルト、あっはっは」となることを祈るのだ。とリーンハルトは自分を鼓舞する。



「ヴェローニカ様はまだ八歳ですが、その年齢で婚約者がいることは珍しいことではありません。家同士の取り決めなどで、産まれた時から婚約している方すらいますからね。それに、ご結婚するとなると成人までに…最低でもあと七、八年くらいの年月があります」


「…………それで?」


 どうやら思考停止からは復帰したようだ。

「その間、エーリヒ様はご結婚しなくて済むのです…えーと、その八年弱の間にお互いに誰か良い人が出来れば婚約を解消すればいいし、八年後のその時にまた改めて婚約関係をどうするか考えても遅くはないでしょう。それまでの間は婚約者というヴェローニカ様にとって一番身近な立場として、エーリヒ様がグリューネヴァルト邸で後見し、庇護すれば良いのです」



「……婚約者として……ヴェローニカの一番身近で後見……庇護……親子ではなく……親子でなければ……忌避感はないだろうか……」



 ぽつりぽつりと呟きながら、エーリヒが検討を始めた。

 正直リーンハルトは、冗談を言うなと笑うか怒るかされると思っていた。思っていたのだが。

(これは…もしや…意外に…)



「リーンハルト」

「は、はい」

「それは…、あり得ると、思うか?」

 リーンハルトは答えに窮する。

「それは…捉え方なのではないのでしょうか」

「と、いうと?」

「エーリヒ様は婚姻とは政略結婚だとお考えだと仰いました。それならありですよ」

「…………」


 エーリヒは長い指を口元に当てて思案している。

 リーンハルトはまたも息を呑む。喉が渇いてしょうがない。


「わかった。一度コンラートと相談してみよう」


 見切り発車だったのだが、これはなんとか良いところに着地できたのではないだろうか。



 エーリヒはしばらく婚約や結婚問題を回避できる。そしてヴェローニカを婚約者として自邸で庇護できる。婚約者がまだ幼いために後見人となれば、ヴェローニカを貴族として育てることもできる。

 それはジークヴァルトの意にも沿うことだ。

 ヴェローニカの立場が安定すればヘリガ達も少しは安心するだろう。

 だが、それは形式上の契約婚約だから、エーリヒは他に好きな女ができれば解消できる。それはヴェローニカも一緒。



 まあ…問題はやはり、ヴェローニカの貞操はヘリガ達に守ってもらわねばならないということだろうが…それに関してはノーマルなエーリヒなら無体なことにはならないと思うのだが…思うのだが…やはりこのまま夜に部屋に忍んで行くのはあまり世間体は良くないな。

(うん。そこはコンラートに任せよう。ははは。)



 リーンハルトはそれなりに言い結果が出せたと、ほぅと安堵の息を吐いた。


 あとは籍…婚約者や後見人となったとしても、籍を入れるまでは名字がないことになる。だがそれこそ籍のためだけの養子縁組を、縁戚でもいいから誰か近い貴族とするとして、ヴェローニカの身は婚約者として侯爵邸で預かれば、義理の親子関係も書類上のみの関係だ。恐れることはないだろう。



 ヴェローニカの本当の身分を明かすのは、まだ懸念点が多すぎる。

 そのままエルーシアに聖女として神国の神殿に奪われてしまうか、神国の皇女として皇宮に奪われてしまうか、それとも…


 八年前の出来事にはどうにも裏がありそうだと、リーンハルト達はハイデルバッハで調べた結果を結論付けた。




 八年前にエルーシア神国にて皇妃が皇女を出産した。皇妃は銀髪の聖女だった。

 出産は突然の出血と破水による早産。そして長時間に及ぶ難産で、母子は瀕死の状態だった。

 同日皇宮へ落ちた雷。時を同じくして皇宮で不審火が起きる。

 そして聖女である皇妃の崩御。それと同時に皇女は死産とされた。

 これが八年前のエルーシア皇宮での出来事。



 この時点でヴェローニカが皇女であるという明確な証拠はない。

 だがエルーシアの聖なる御子はその高い魔力ゆえか、神皇を選ぶ枢機卿家門の内のどれかで生まれるという。


 生まれただけで至高の身分と権威が保証されるはずの国で、何故銀髪のヴェローニカはエルーシアに接するゲーアノルト山脈のヴァイデンライヒ側の山村にいたのか。

 それは生存を隠蔽されたとしか思えない。

 何の憂いもなければエルーシアの地で枢機卿の内のどれかの家門で今も幸せに暮らしていたはずだ。

 その中には、神皇の子という可能性ももちろんある。



 そしてヴェローニカの年頃を数年前後して逆算しても、当てはまる家門は神皇アファナシエフしかなかった。

 他の枢機卿家門では、死産や行方不明の赤子などはいないのだ。


 ヴェローニカは険しいゲーアノルト山脈を何らかの方法で越えて、ヴァイデンライヒまでやってきた。誰かの手で。

 その誰かはヴェローニカを拉致することが目的だったのか、守ることが目的だったのかもまだわからない。

 そしてクルゼに着いたヴェローニカは何故か同伴者はいなかった。その髪や瞳の色は魔法か魔術具か何かで隠蔽されていた。それが神獣に出会って解けたのだ。

 ここまでが事実である。



 そしてここからはハイデルバッハで聞きかじった噂話だ。

 ヴェローニカの母親と目される、先代皇妃であり聖女ツェツィーリヤ・シュヴァロフには婚姻前、恋人がいた。それは聖騎士であり、シュヴァロフ家の護衛騎士であったと。

 シュヴァロフ家では二人の仲は公認であったようだ。だが彼の現在の行方は全く手がかりが掴めなかった。


 それが本当ならば、当時の神皇が聖女に熱烈な求愛をして結ばれたという国民が熱狂し祝福した世紀の恋物語は、違った様相を呈してくる。

 二人の仲を知る者は、神皇が護衛騎士の恋人から聖女を奪ったと言うのだ。

 そしてその恋人が今は行方不明となると、単に失恋ゆえに行方をくらましたか……神皇に消されたという可能性も出てくる。



 まずはヴェローニカの肉親となるシュヴァロフ家の内実や当時の政敵と、ツェツィーリヤと恋仲であったと言われる護衛騎士の消息について調べなければならない。

 それについてはすでにリーンハルト達の手から離れて、侯爵家の諜報部隊が動き出していた。




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