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118.庇護する方法(1)

《ギルベルト・シーラッハ》




「エーリヒ。また派手にやったな」

「隠密行動をしたつもりですが」

 エーリヒは捜索班の作業を見ながらしれっとした顔でそう言った。



 最近同僚のエーリヒはあの胡散臭い貴族スマイルをやめたのか、無表情でいることが多くなった。

 それでも時折綺麗に微笑んだり、皮肉げに微笑んだりもするのだが。以前は絶対にあの笑顔の仮面を外すことなどなかったのだ。

 だがあの笑顔も好かないが、この無表情も腹が立つ。

(しれっとした顔でなんでもこなしおって。)



 護衛騎士のギルベルトはエーリヒを横目で見て、また捜索班に指示を出す。


 エーリヒの部下三人は馬車の中で休んでいるというのに、こいつはいつ休む気なのか。

 どうせ王都に戻ったらまた、ジークヴァルトの執務室に入り浸りになるのだろう。最近は以前にも増して朝から晩まで王城の執務室にいる。

 こいつは仕事中毒なのか。




「それよりもギルベルト。あなたがここへ来て主君の守りは大丈夫なのでしょうね」

「ああ。問題ない。ディートリヒとスヴェンもいるし、伯爵邸からさらに応援が来ている」


 ディートリヒとスヴェンは同じく同僚の護衛騎士だが、まだ若い。スヴェンの方は学院を出たばかりで騎士号の取得もまだだった。当然奴らだけには任せてはおけない。


「そうですか。さすがアルブレヒト。抜かりはなさそうで安心しました」


「俺を信用できないのか、エーリヒ」

 ギルベルトは捜索班を見たまま言った。

「信用していますよ。ですからあなたが主君のもとを離れても大丈夫なのかを聞いたのです」

「そうじゃない。ここは俺がいる。…もう休んでいろ。目障りだ」


「…………」

 エーリヒは視線をこちらに向けているようだ。

「そうですか。では、そうさせていただきましょう」

 エーリヒは地下の階段を上がっていった。



(あのような顔色をして何故休まんのだ。腹の立つ男だ。)


「見落としをするなよ。ベッドの裏もカーペットもひっくり返せ。床も壁や天井も全て確認して隠されたものがないか調べるのだ」

「「は!」」

 ギルベルトは捜索班の作業を見つめながら厳然たる態度で腕を組む。



「ギルベルト卿!」

「どうした」

「小さな隠し扉が見つかりました。金庫かもしれません」

「そうか。行こう。私が確認する。何かトラップなどがあるかもしれないからな」

「は」

 ギルベルトは呼びに来た部下について行った。




◆◆◆◆◆◆


《リーンハルト・マイアー》




「ディーターの様子は」

「エーリヒ様」

 馬車の扉を控えめにノックされ内側から開けると、やってきたのはエーリヒだった。

「まだ眠っています。昨日仮眠を取らなかったので、それできっと眠いんですよ。心配なさらないでください」

 リーンハルトは答える。

 出発までにはまだ時間があり、証拠品押収の捜索班が作業をしている間、リーンハルトとエリアスが座る馬車の向かいのシートに負傷したディーターを寝かせていた。



 ディーターはエーリヒの神聖魔法を受けながら気を失って、あれからもう数時間は経つがそのまま意識は戻っていない。

 腹部にあれほど大きなアイススピアを食らったまま戦っていたのだ。無理もない。

 リーンハルトの治癒魔法では到底救えなかっただろう。今回の任務ではリーンハルトには思うところがあり過ぎた。



「そうか。だいぶ血を流したからな。回復にはもう少し時間もかかるだろう。寝かせておけ。帰ったら医者を手配しておくようにコンラートには伝えておけ。それとそのまま数日休ませろ」

「は」

「あの、エーリヒ様も休まれた方が。お顔の色が悪いようです」

 エリアスが心配するように、確かにエーリヒの顔色は悪いようだ。あれだけ神聖魔法を使い、しかもディーターの抉れた腹の傷を再生させたからだろう。他にも色々と魔法を使っていたようだし。


「うむ。だがあとは荷馬車しかないだろう」

「いえ。ギルベルト卿がもう一台ご用意くださいました。そちらをお使いください」

「…それはプロイセで調達したのではないだろうな」

「それはわかりませんが…大丈夫ではありませんか?もしそうでも馬車一台の調達くらいなら」

「プロイセには王太子もアレクシオスも注視している。なにが目を引くかわからない」

 それを聞いてエリアスは深刻そうな顔をした。

「…だがもうあるのなら、それを使わせてもらおうか」

「はい。どうぞ」

 エリアスがほっとしたのがわかった。



「お前達も眠りたいなら一人こちらへ移るといい」

「いえ!そんな。結構です。私は仮眠をとりましたので平気です。エーリヒ様がお一人でお使いください」

 エリアスは即座に断る。

 恐らく行きたいだろうに。

「では、リーンハルト、来るか」

「え…」


 そして何故かリーンハルトがエーリヒの乗る馬車に移ることになった。





(ああ。なんだか。気まずい。)


 馬車を移るとき、エリアスにはジト目で見られた。だったら素直に乗りたいですと言えば良かったのだ。

 向かいの座席ではエーリヒが横になっている。

 馬車の窓にはカーテンが引かれ、昼下がりの初夏の日差しを遮り、馬車内は薄暗い。

 馬車は先ほど出発して、街道をシュタール方面へ走っている。


 多少の揺れはあるが、ほぼ徹夜して突入捜査をした身としては、眠るのにさほど問題はない。だが、エーリヒはどうだろうか。今は薄暗いから、顔色が良くなったのかはわからない。それに最近のエーリヒは連日の激務だった。


 まだエーリヒはいつもの明るい亜麻色の髪ではなく、魔術具の指輪を着けたままで闇色の髪色をしている。


(綺麗なお顔だな。そりゃ女が騒ぐはずだ。)




 高位貴族という身分、補佐官と護衛官を務められる知と武。魔法の器用さ、多彩さ、精確さ。冷静さ、合理的な考え方。時に冷酷になれる度胸。


 全てが出来過ぎるくらいに出来過ぎて、本当に。軽い表現になるのを敬遠していたが、やはり、憧れる。

 エリアスの気持ちも本当はリーンハルトにもわかるが、あれを側で見ていると自分は冷静でいなければと思ってきた。



 欠点らしい欠点が見当たらない。

 強いて言うならば、高位貴族はジークヴァルトやリュディガーのように血統が良いほど金髪が多いが、エーリヒはそれよりも少しくすんだ亜麻色。陽に当たると金髪のようにも見えるが、隣に並ぶと違いは歴然だ。彼の兄二人は見事な金髪だというのに。


 それから、人当たりが淡白というか。才能が怜悧過ぎて冷たく見えるといえばいいのか。

 そして女にも淡白。

 だが潔癖というわけではなく、言い寄られたらそれなりにつきあいもするようだが、執着されないようにしているというか。何より仕事、主君が優先で特定を決めたりはしなかった。

 だからあの晩の振る舞いは特になんとも思わなかったのだが。



(ヴェローニカ様の寝室に毎晩忍ぶとはどういうことなのだ?しかも…添い寝…?)

 稀に貴族にいる、俗に言うところのまさかの幼女趣味ということなのか。そのようにも思えないのだが。

 単に聖女の能力で、傍で眠ると回復するからということなのか。合理的なエーリヒならそれもあり得るかもしれないが。



 エーリヒとヴェローニカが一緒にいるところを見たのは数えるほどだが、仲は良さそうだったというか、確かにエーリヒはヴェローニカを可愛がっていると言っていい。

 ヴェローニカはそれが聖女というものだからなのか、とても聡明らしい。ヘリガ達も言っていた。

 ヘリガなどは初め、エリアスのような反応を見せたとコンラートからは聞いたのだが、それはどちらかというとヴェローニカから離れない正体不明のユリウスに対する警戒心だったようだし。



 まあとにかくそんな聡明な彼女と話すのを単純に楽しんでいるということなのか。

 馬車の旅でずっと一緒だったからには、無言で過ごしたわけではないはず。このエーリヒと話題が合うとは。それこそヴェローニカとはどういう少女なのだろうか。そちらの方が気になってくる。

 だがリーンハルトらはエーリヒの護衛騎士なので、ヘリガ達のようにヴェローニカの人となりを詳しく知る機会は特にない。

 少し、話をしてみたいものだ。




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