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114.湖畔の廃教会(3)

挿絵(By みてみん)




《リーンハルト・マイアー》




 シュタールの事件で犯人の一人が持っていたメモの内容は、『次の出荷、子供十人。女は適宜。子供は全て教会へ。女と見目のよい者は別に出荷。補充、急げ』


 そしてメモを持っていたそいつは代官から受け取っただけだと供述し、実際に奴隷を運ぶ時は毎回指定される取引場所が異なった。

 当の代官は黙秘している。事件の重大さから拷問にもかけたいところだが、王族の遠縁であるため妨害が入っていて聴取は進まないらしい。



 そして第二王子アレクシオスからの伝言だという紙には、『教会 子供 プロイセ』と書いてあったと聞いた。

 確かにここはプロイセの旧教会の廃墟で、子供が囚われていた。メモの内容と合致する。


 だが、当初は神殿の下部組織である街の教会そのものが関わっていると見ていたのだが。たまたまこの廃教会が子供を運ぶ場所だったということなのか。それとも。

 今の段階ではまだ判断できないところだろう。




 エーリヒはまた通信魔術具でジークヴァルトに経過報告をしているようだ。

 このまま様子見で待機なのだろうか。それともこの面子で今夜攻め込むのか。

 リーンハルトは指示通りに穴を埋め直しながら、自分の無力さを歯がゆく感じた。エーリヒに勝てるなどとは思ってはいないが、余りにも劣っている自分に腹が立つ。



 リーンハルトの索敵魔法とエーリヒの探知魔法は習得の困難さが違う分、精度が違う。

 リーンハルトの索敵魔法でも、貴族であれば大人と子供の魔力の区別くらいならまだなんとなくわかる。

 平民の場合はそもそもの内在魔力も魔力差もごくわずかなので見極めは無理だが、近距離ならば大人の人数把握までは感知できているはずだ。だが魔力の弱い子供やましてや瀕死状態なんてのは、さすがに反応が微弱すぎてわからない。

 魔力感知の魔導具の探知といい、全く歯が立たないとはこのことだ。



 探知魔法を極めるとあれほど諜報活動に有利に働くとは。そしてあの精緻な風魔法にエーリヒの観察眼とあの度胸だ。


(全然足りない。比べられないなんてわかってるが。俺はあの方を守るための護衛なのに。このままでいいはずがない。…くそっ。)


 リーンハルトは焦りを感じた。もっと精密な魔力操作と感知能力を鍛えなければならない。



 もし今回エーリヒが同行していなかったのなら、リーンハルト達はすでに敵側に侵入を知られて先手を取られていたはずだ。

 しかもあちらには高位貴族がいる。高位貴族の魔法と魔力は計り知れない。リーンハルト達三人で相手すればなんとかなるとは思うのだが、話によるとその他にも貴族らしき者が三人いるという。その上先手を取られてはどう考えてもこちらが不利…どころか、良くて捕らわれ、最悪死んでいただろう。

 もし捕らわれていたら、そのまま実験台として使われていたかもしれない。この子のように。



 リーンハルトとディーターは穴を埋め終わると、エリアスの魔術刻印の模写を手伝う。

 なんとも痛ましい遺体だった。

 きっとあの廃墟の中には、この子のような子供達が今も囚われている。そして、この林の中にはもっと多くの子供の遺体が…


(いや待て。感傷はあとだ。)

 エーリヒを見るとまだジークヴァルトと話しているようだ。

(こんなに近くに高い目標があることに今は感謝しよう。)




「あの魔導具の処理の仕方がわかった」

 エーリヒは先ほどの連絡時に、魔術師団の第三軍軍団長であるリュディガーに魔術師団技術開発部製の最新型魔力感知魔導具の詳細を求めるように進言していた。その回答がきたようだ。

 普通ならそのような機密は知り得ることはできないだろうが、ジークヴァルトとリュディガーは幼馴染みであり、互いに信頼関係が成り立っているからこそだ。



「決行は深夜だ。あの施設に潜入する」



 リーンハルト達は男児の遺体を運び、教会跡の敵拠点から距離を取って作戦を詰める。


 重要なのは、相手に連絡を取らせないこと。

 魔力感知用魔導具の機能を解除できずに敵側に侵入を知られたとしても殲滅するだけなら何も問題はない。だが侵入を知られて連絡を取られれば、こちらに援軍が送られてしまう上、逃亡や証拠の隠滅などの時間も与えてしまう。


 さらにはこちらの正体もバレて敵側から警戒されるだけならまだしも、場合によっては先ほどエーリヒが言ったように、抗争が表面化して戦争となる。


 だから一番重要なのは、隠密性なのだ。

 敵の首脳部に知られずに今夜のうちにここを制圧する。そして誰がそれを行ったのかも証拠を残さない。

 そう、エーリヒには念を押された。



「そのためにはまず先に、貴族の通信用魔術具を取り上げる」

「魔術具を取り上げる…」

 エリアスがエーリヒの言葉を復唱し、具体的に方法を考え始める。


「どうということはない。接敵したらまず両腕を斬り落とせ」

「…………」

 エーリヒの言葉に三人は少し唖然とした。

「通信機は大体はバングル型だ。イヤーカフ型は魔石に触れねば起動しない。両腕を斬り落とせば全て解決する。それに、そうなればもはや魔導具も魔法も使えまい」


「…………」


(魔法も使えないだろうし、抵抗する気力もなくなるだろうな。痛みで。…だが出血多量で死なないだろうか。)



「その程度の命令でいちいち緊張するな。あのような蛮行をする者共に遠慮するほど、お前達は優しさを持ち合わせているのか?」

 エーリヒはいつものように美しく微笑んだ。

「ですが、死んでしまうのでは…」

 エリアスが尋ねる。


「止血くらいはしてやる。即死じゃなければ良い。あとは私がなんとかする。遠慮なくやれ。…なぁ、ディーター」

「…はは」

(ディーターの意外な嗜虐性も看破されているな、これ。)


 だが止血とは…応急処置をするということだろうか。

 リーンハルトは水魔術師なので、派生魔法である水癒はある程度できるが…腕を斬り落とした止血が自分にできるものだろうか。と想像してみた。



「貴族三人はお前達でいけるな」

「「は」」

「良し。では高位貴族は私がやる。だが早い者勝ちだ。目についたら私がお前達の分もやってしまうからな」

「…………」

(本当にそうなりそうな予感がする。)



「それと、次の優先順位としては証拠隠滅にも気をつけろ。次に子供の命だ。中にいる平民の大人はさっきの奴らだろう。逃げるようなら殺しても良い。…どうせ貴族よりは大した情報もあるまいが…一人くらいは残しても良いか。わかっているとは思うが拘束する際は持ち物も調べろ。魔導具類は特にだ。全て終わった頃…遅くとも日の出までには捜索班が来るだろう」


 そして朝のうちに証拠品も全て押収し、こちらの痕跡も消して撤収する予定のようだ。

 長い一日になりそうだ。


 最後に潜入する際の動きを確認し、作戦実行時間までに軽食をとったり、交代で仮眠をとることにした。




「エーリヒ様はお休みください。監視は私達が交代でしますので。コンラートから、だいぶお疲れのようだと伺いました」

 リーンハルトが声をかけると、エーリヒは少し考えるような素振りを見せたが「わかった」と頷いた。



 望遠と暗視の機能がある魔導具を使って廃墟周辺を監視するのだが、「こんな任務久しぶり過ぎて興奮して眠れないよ…やっぱ調べ物より殺しだよねぇ…」とディーターは魔導具を覗きながらえげつないことを呟いている。

 別に殺せとは言われていないのだが。…平民の大人達を殺る気なのか。


(おいおい。心の声が漏れ出ているぞ、ディーター。…仕方ない。俺が先に寝るか。)

 リーンハルトも緊張と不安で身体が興奮していたが、良い結果を出すためだと無理やり目を閉じて休んだ。

 結局ディーターは仮眠も取らずにずっと監視していたようだった。




 そして深夜、昼間活動していた動物達が寝静まった頃。辺りは耳が痛いほどの静けさとのっぺりとした闇に包まれている。

 夜の林の中は、恐怖を感じるほどに闇が深い。月も沈んで、辺りは指先も見えないほどの真っ暗闇だ。

 初夏なのにひやっとする風を感じるのは、湖が近くにあるからか。それとも…

「…………」

 リーンハルトは子供達が埋められているだろう林の奥を振り返る。



 顔を隠すために口元を覆い、暗視効果のある魔導具を装着して、まずは教会周辺に配置されている魔力感知機能がある魔導具を探し出し、魔力のない武器で一つ一つ慎重に破壊していく。

 破壊の際は下手な信号を送らないように少しコツがいるようだ。リュディガーの話では、結界石ほどではないが魔獣の忌避効果もあったらしい。それが本当ならば優れものだ。


 そして感知魔導具の全てを破壊したあとは、敵拠点に動きがないことを確認して、ついに突入作戦は開始された。




◆追記◆


画像は思案中のエーリヒのイメージ


動きやすさを求めてのポニーテールなのか…

こういうところが合理的ということか

あれ?髪色…目の錯覚かな

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