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108.孤児院訪問(5)


「姫。私のすることはないのか?」

 ヘリガが魔術具で連絡をとっている間、ユリウスがまた私の傍までやってきた。

「ありますよ。クライスラー卿の許可を得られたら、今日はヴィム達を一度連れ帰るので、ユリウスは院長が渋ったら威圧してください。ユリウスは高位貴族に見えるので効果的かと」

「ふはっ。そうか。威圧は得意だ」

「私が言うことに口裏を合わせてくださいね」

「わかった」


「それと、ユリウスも通信の魔術具、欲しくないですか?」

「…誰と連絡を取るんだ?」

「もちろん、私です」

「ふっ…それは欲しいな。帰ったらコンラートに言おう、姫」

「ふふっ」

 ユリウスの笑顔を見ていると、いつの間にか心が和んで穏やかになってくる。

「…で?いつまで姫の手を握ってるんだ?小僧」

「え?…あ」

 言われて気づいたのか、リュカがぱっと手を離した。



「お嬢様。クライスラー卿と連絡がつきました。子供達を連れ帰るのも問題はないとのことですが、向こうは詳細を知りたがっています」

「今は現場なので無理です。あとでお話します。それから、子供達を運ぶ馬車の手配も頼めますか?」

「はい、かしこまりました」


「ニカ、ニカの友達を皆連れ帰るの?」

「うん。ここにいたら、また連れて行かれるかもしれないから。だからといって女の子だけ連れて行くと、気づかれて証拠を揉み消されたりするかもしれないし。なるべく早くここをなんとかしてもらえるように、帰ったらすぐにお願いするから。…待ってて、リュカ」



「…そう。でも、連れ帰る理由はあるの?」

「それはさっきの騒ぎを利用するの」

「さっきの騒ぎって?」

「ほら、あそこでエマがまだ泣いてるでしょ?…ああ。リュカはエマ先生のことはどう思う?」

「……偽善者」

「ふーん」


 子供にしてはなかなか難しい言葉を知っているものだ。そういう環境にあったのだろうか。



「…ニカは、違うの?優しい先生だと思った?」

 リュカの質問に私は微笑んだ。

「エマがあそこで今だに泣いてるのはどうしてだと思う?ユリウス」

 ユリウスは部屋の方を向いて、泣いているエマと寄り添うリオニーや子供達を見た。

「ん?…さぁ?責められると思ってるからだろ」


「あれはね、私を悪者にしようとしてるのよ?」

「え?お嬢様をですか?」

 ヘリガは馬車の手配が終わったらしい。途中から私達の話に加わってきた。



「小さな子供達に人気がある先生を私が泣かせた。子供達は、大好きな先生を泣かせた私は悪い人だと思う。『ごめんなさい、先生が悪いの』『エマ先生は悪くなんてないよ』…なんてことを言って、さっきの布団の衛生問題を有耶無耶にしたいのよ?だからあれは私が謝るのを、もしくは許してくれるのを待ってるの。あなたは悪くないって言われるのを待ってるのよ。それで済むと思ってたのに、私がいつまでたっても謝りにこない。だからまだ泣いてるの。じゃないと有耶無耶にできないと思ってるからよ」



「そう、なんですね…。でも本当に私達に責められるのが怖いだけなのではないのでしょうか。責任をとらされると思っているからかもしれませんよ。お嬢様を悪者にしようだなんて……怖いもの知らずでは?」

「そう、責任。ねぇ、ヘリガ。本当に彼女が善人だったら責任感があるはずでしょ?……いつまでも泣いている場合じゃないとは思わない?」

 私はそれまでにこやかに話していた声のトーンを低く落とした。



「泣く暇があったら他の先生に手伝ってもらって、あのカビだらけの布団を洗濯すればいいでしょ?ほんとは洗いたいのに子守で手一杯だって本人が言うんだから。それなのになんでまだ泣いてるの?大の大人が、いつまでああやってるわけ?それが答えよ。彼女はこの状況を変えたいとは思ってはいない。あの子達が本当に可愛いなら、環境を変えてあげなきゃいけないのに。泣いたって何も解決しないわ。単なる時間の無駄よ。…ま、彼女はただのぶりっ子で、浅はかな小市民って可能性もまだあるけれど…」



「…………」

 私の話に皆、目を丸くしてしまったようだ。ちょっと毒の刺激が強すぎたらしい。

 ふーむ。…じゃあ…


「だってほら、見て。さっきからユリウスをちらちらと見てるの。ほんとはリオニーじゃなくてユリウスに慰めて欲しいのよ、あれ。でもそれはだめ。ユリウスは私のなの」


 ユリウスは「ぶはっ」と吹き出して笑い出す。

 ユリウスは私に甘いな。時々黒さを出してもこんな風に笑ってくれる。…嬉しいけれど。



「ニカって、印象と違って…なんか、すごいね」

 リュカの笑顔がぎこちない。だがヘリガはさっきから朱色の瞳を輝かせてこちらを見ている。

「お嬢様…尊敬します」

「ありがとう、ヘリガ」

 ヘリガの称賛に笑顔で返した。

 推理かな?毒かな?何に惹かれたのか良くわからないけれど、ちょっとズレてるヘリガも好きよ。



 ユリウスは楽しそうに笑っているし、ウルリカも興味深そうに見ている。

「ニカってほんとに変な子…」

「ありがとう、リュカ」

「褒めてないよ」

 リュカは苦笑いをしている。なんだかだいぶ打ち解けられた気がする。


「で?ニカ。皆を連れ帰るのにどうするって?」




◆◆◆◆◆◆




「こんなに布団がカビだらけなんて、病気になってしまいます。この子達は私のお友達なんですよ?こんな扱いでは困ります。改善したと私が判断するまでは、私が連れて帰りますから」

「そ、そんな、困りますよ、お嬢様。そんなことを急に言われましても」


「あなた方が困ろうが私は困りません。なんのために支援していると思っているのですか?それとも、もう、打ち切りましょうか?クライスラー卿は私の言うことに賛同してくれるはずです。支援して欲しい孤児院なら、他にもあるはずですからね」


「え、そ、そんな…」

 院長は明らかに狼狽し、焦りが顔に出ていた。

「何故連れ帰ってはいけないのですか?改善が見られるまでの間です。ほんの少しの期間でしょう?そちらの食費も浮くではないですか。まさか、…改善する気がないのですか?」

「そんなことはありません。早急に解決いたします。ですから、今日のところはこのままお帰りになってはくださいませんか?」



 こんなに言ってもまだ食い下がるのね。この事がハインツの耳に入るのが嫌なのかもしれない。いや、この子達から孤児院の実情が漏れる可能性を憂慮しているのか。

 ふぅ。と私は大げさにため息をつき、検討するように気だるげに口元に指を当てた。

 それを見て、やっと諦めて帰ってくれるのかと顔を明るくする院長達。


「…ユリウス」

「ん?」

 私はユリウスに顎でくいと示した。

「姫、どうして欲しい?…歯向かう奴は斬ってもいいか?…この魔剣は魔素金属製だからな。そろそろ血を吸わせてやりたいと思っていたところだ。平民の魔力では満足せんとは思うが。ないよりはマシか…。では、姫に楯突いたのだから、その命で償ってもらおうか」


 ユリウスは腰に佩いている剣に左手をかけた。カチャッと剣が鞘からかすかに浮く音が聞こえた。

「わ、わかりました!わかりましたから…どうかお許しください、お嬢様!」




 と、いうわけで、皆で馬車に乗って帰ります。行き先はクライスラー子爵邸です。



 あの後は馬車の手配も完了して、軽く私の意図を皆に話し、いざ出陣。

 エマが泣いている所に寄っていって、リオニーとのやりとりを少し確認する。エマはまだ泣いていた。子供達はエマを囲み、私を悪の化身のように睨み上げる。

 ようし、悪役とはどんなものなのか、思い知りたまえ、ちびっ子達よ!



 お嬢様が怒っているとヘリガに孤児院の院長を現場に呼び出してもらって、さっそく始まった小芝居。


 慌ててやって来た院長ははじめ、泣いているエマを見て同情してみせた。

 でも。

 いや、同情するなら布団の洗濯手伝えよ。エマ先生一人でできないって言ってるよ。と言ってやる。

 それってエマ先生に全部仕事を押し付けてるってことだよね?って流れになったら、ちびエマファン達が、そうだ、そうだと勢いづく。



 いや、ちゃんとやってるよ。エマ先生に押し付けてなんかいないよ。と院長達は反論。

 だったらなんでこんなに布団がカビてんだよ、ええ?よく見てみろよってなる。


 そこでカビだらけの布団、登場。

 おい、ふざけんなよ。こんなとこに友達置いておけねーよ。である。

 あーだこーだで、金、止めるよ?え?まだ食い下がんの?じゃ、斬っちゃうから。平民だし、いいよね?

 わがままお嬢様、圧倒的貴族権力を振りかざして、一件落着。



 ちなみにリュカはその一部始終をしっかり側で感心したように見ているから、ちょっと途中笑いそうにもなってしまった。




「素晴らしかったです。ヴェローニカ様。本当に尊敬します」

 ヘリガはまたさっきと同じことを言っている。

 馬車内は先ほどの小芝居に大盛り上がりである。

 知らなかったリオニーはちょっと呆気にとられていたが、なるほどそういうことかと今ヘリガとウルリカに解説されている。


 いや、でも。なんとかなって良かったぁ。

 一時はどうなることかと本気で思った。

 でもこれでヴィム達からさらに詳しい話が聞ける。そしてあの孤児院の連中を、断罪することができる。



 わいわいと話し合うヘリガやリオニー、ウルリカの三人を見ながら人知れず安堵の深呼吸をすると、ユリウスが膝の上の手を握ってきた。


「すごいな、姫は」

「…たまたま今回はうまくいっただけです。皆を救えなかったらどうしようかと思いました。…怖かった…」

 つい本音を漏らすと、ユリウスが握ったその手にきゅっと力を込めてくれた。



 ああ。ユリウスの手が温かい。安心して少し泣きそうだ。

 まだこれからこの騒動の成り行きを子爵に説明して、あの孤児院の皆を救ってもらわなきゃいけないのに。

 平民の、しかも孤児のために、この世界の貴族がちゃんと動いてくれるのかどうか正直わからない。その時はまた説得…というか、上手いこと丸め込まないといけない。つまり今日はまだ終わってはいないのである。

 再び気合いを入れないと。



 気持ちを新たにしていると、ユリウスの体が傾いてきて、何かな?と思ったら耳元で囁かれた。



「今、ものすごくヴェローニカを抱きしめたい」



 急に耳元で吐息混じりに言われて、体がビクッと硬直した。


「…びっくりしました。もう、急にやめてください…」

 私は俯いたまま呟いた。

 なんだか耳がこそばゆい。


『何故だ?…私は姫のものなのだろ?』

「……あれは……うぅ……」


 もう。意地悪を言うために念話を使うなんて。

 安心して泣きそうだったのに、今度は驚きすぎて涙が引っ込んでしまった。




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