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107.孤児院訪問(4)

挿絵(By みてみん)




「お嬢様。あの状況を院長に訴えれば、あのエマという女の手伝いが増えて、環境は改善されるのでは?…もしくはクライスラー卿に訴えて…」

「本当にそれで根本的に解決できると思う?」

「え?…ですが、そうすればあの場所はもう少し綺麗になるのでは?」

「問題は多分そこじゃないのよ、ヘリガ」

「…お嬢様には何が見えているのですか?」



 もしかしたらヘリガ達は貴族だから、あの人達があんなに指輪をつけたり、値打ちのありそうな宝飾品をつけたりしてもそんなものだと思っているのかもしれない。装飾過多な世界で育ってきた彼らは、それが見慣れているのだ。侯爵邸のエントランスホールを思い出せば、そういった価値観であってもおかしくない。



 平民はそんなに日頃から華美な装身具なんてつけない。普段も装身具で着飾るのは富豪や、貴族に接するような職業や、宝飾品などを扱う仕事をしている人だけのはず。

 クルゼの村人達は比較対象にはならないけれど、各街の通りを歩いていた人や王都の商店街にいた人々を見ればわかる。



 エマが着けていたカメオなんて、宝石類を繊細に細工した貴重な宝飾品のはずだ。それにイヤリングや指輪もしていた。子供を相手にする職業でそんな物を身につけていては危ないし、子供に壊されてしまうこともあるだろう。形見などであれば別だろうが。


 そして子守をしている割に彼女は口紅もさし、香水も身にまとい、化粧もしっかりしていて身綺麗にしていたし、黒い修道服も子供達の擦り切れた服装とは違って汚れや破れもなく、手指や爪も綺麗だった。爪はどうやって染めているのかは知らないけれど、それを保つのは手間ではあるだろう。


 子供達の手は荒れていたけれど、まさか洗濯や掃除などは全てさせているのだろうか。今日は私達が来る予定だったから遊んでいるだけで。

 もう少し普段の生活をヴィムに聞けば良かった。



 ここは教会なの。孤児院なの。華美な装飾品なんていらないし、普通は手に入れられない。

 子供達の世話をするのにあんなに着飾って、支援の対象者である子供達にはとりあえずの粗末な衣服とカビた布団?

 入口からここまでのフロアや各部屋の豪華さと子供部屋もまるで違う。

 自分達は文字が読めるのに、子供達には教材も与えないことに何とも思わない。


 言いたいことは山ほどあるけれど。



 あれ…?あの子、あんな所で一人で何してるんだろう。



「ヘリガとユリウスはここにいて」

「え…?は、はい」

「姫…」

「大丈夫よ、ユリウス」

 ユリウスに微笑んで、私は裏庭の奥の木陰に座っている男の子に近づいた。




「誰?」

 木の根元に座って木に体を預けながら眠っているのかと思ったら、私が近づく気配にすぐに気づいて目を開けた。

 闇色の髪に闇色の瞳。平民では少し珍しい。まるで魔術具で擬態している貴族のようだ。


「私はニカ。あなたは?」

「……君もここに入るの?…いや、君は平民っぽくないね。何しに来たの?」

 彼は近づいてきた私の身なりを確認した。



「ここに知り合いがいるから、ちゃんと元気にしてるのか気になって様子を見に来たの」

「知り合い?…誰?」

「ヴィムやロッテちゃん達よ」

「ああ。先月来た…」

「友達が心配だから、知りたいの。ここの暮らしはどう?」

「…………」

 男の子は、私を見上げた。

 近くで見ると、瞳の色は闇色じゃないかもしれない。木漏れ日で煌めいて見えるのかな。

 私はもっと近くで見たくなって、彼に近づいてみた。


「な、なに…?」

「綺麗な色だなって思ったの。…夜空の色ね」

 近くで見たら、まるで夜空の星が浮かんだようなキラキラした色合いをした瞳で、本当に綺麗だった。

 こんな煌めいた瞳を前にも見た気がする。誰の瞳だったかな。確か……これが魔力なのかなって思って……



「ち、近いよ、君…」

 彼は腕で私の視線を避け、顔をそむけた。

 その瞳を見るために、木の根元に座っていた彼の横に四つん這いになっていた。

 私はそのまま彼の隣に座りこむ。


「ねぇ、お願い。教えて欲しいの。何か気になることでもあったら…」

「言ったらどうなるの?」

 彼は私を横目で見た。

 彼は察しがいいようだ。私が言いたいことを、みなまで言わずにわかっている。

 彼はきっと何かを知っている。それでこんな所で距離を置いているのかもしれないと思った。この孤児院と。



「何か困っていることでもあるの?」

「あるとして、君に言ってもどうにもならないよ」

「全力で助けるよ」

 私は彼に対して体を真正面に向けた。

「全力で助ける。絶対に」

 もう一度言った。すると彼は少し目を見張っていたけれど、すぐにふっと吹き出した。

 そして揶揄するように言った。



「君に、何ができるの?」



 軽蔑したような眼だった。冷めた瞳。諦めたような瞳だと思った。見ていると、歯痒い気持ちになる。

 私にできること。事実、子供である私に対して、彼が頼りになると思ってくれることって何だろう。


「覚悟ならあるよ?」

「何それ。一体何の覚悟?」

 彼は相変わらず、皮肉めいた笑顔を向けてきた。

「罪人なら殺すって、覚悟」

「………え?」

 彼は意味がわからないという顔をしている。



「罪人なら、殺すよ、本当に。だってもう殺したこと、あるもの」



「……本気で言ってるの?」

 訝しそうにこちらを見る。

「本気だよ。だから、何か知ってるなら私に教えて」

 彼は瞬きをしながら私を見つめて、その後ろに視線を移した。

「あの人達は?」

「私を助けてくれる人達。皆、強いの」

「ふーん。君、お嬢様なんだね」

 口調に少し侮蔑を含んだ雰囲気を感じた。


「お嬢様は嫌い?」

「そうだね、好きではないかな」



 この子、なんだか、面白い。ひねくれてて。でもヴィムのようにツンなのに感情的じゃなくて、どこか冷静に人を見ている。

 子供らしからぬその冷静さは、どこかの誰かに似ていた。それでもやっぱり子供だから、笑顔で感情に蓋をしたりはしない。事あるごとにちくちくっと皮肉や嫌みを交えてくる。所々に本心を散りばめてくる。

 面白いな。嫌いじゃないよ、そういうの。



「なに?好きじゃないって言われて、なんで笑うの?」

 彼は異物でも見るような目で少し身体を引いた。

「あ、ううん。ごめん。そうじゃないの。好きだなって思っただけ」

「は?」


 すると男の子の顔がじわじわと赤くなっていく。なんだかやっぱり可愛いな。こういうところは子供っぽくて。


「なんなんだよ…」

 彼は前髪をくしゃりと掴んで俯き、何か小声で呟いている。



「それで、教えてくれないの?」

 彼は掴んでいた髪をかきあげて、ため息をついた。

「…あんまり女の子には言いづらいことなんだけど」

「うん。…あの部屋のこと?」

「…なんで知ってるの?」

 また彼は怪訝そうな表情をした。

「なんとなく、そんな気がしたの」


 彼はまた髪をくしゃっと乱しながらため息をついて続けた。

「あそこに時々、大人達が泊まるんだ。そうすると年齢が上の女の子達が呼ばれて……朝帰ってくるか、そのまま帰らないこともある。帰ってきた子は泣いてる。殴られたりもしてるみたいで、何があったかは言わないけど」


 ああ、やっぱり。…またか。まだあんなに小さいのに。


「…わかった。…最近はあった?」

「…最近は…君の知り合いの中の女の子が、そうみたい。…朝、泣いてた。…しばらく具合も悪そうだったよ」

「…………」



「姫、どうした?大丈夫か?」

 いつの間にかユリウスが傍に来ていた。多分、私の感情が一瞬で怒りに満ちたのがわかったのだろう。

 頭に血が上って視界が霞んだようになって、心臓がドクドク鳴っていた。嫌な感覚だ。

 ふぅ……と深呼吸をする。


「…大丈夫、ユリウス。向こうで待ってて」

「…ああ。わかった」

 ユリウスは私を気遣いながらもまた戻ってくれた。

「姫?…どこの姫様なの?」

「あれは…愛称なの。どこの姫でもないわ」

「ふーん…」

 彼は私をじっと眺めた。



「君は変な子だね」

「私もそう思うわ」

「…ふっ、何それ」

 男の子が笑うと、それはとても可愛い笑顔で。


「あなたは笑顔が素敵ね。可愛いわ」

「ちょ…。ほんと君って…何なの…」

 彼はまた腕で顔を隠してそっぽを向いた。


 本当に可愛い子。…助けなきゃ。



「…ありがとう。よくわかったわ」

 私が立ち上がると、

「え?どこ行くの?」

 少し不安そうに瞳が揺れている。


「他にも何かあった?全部話してくれていいよ?」

「いや、そうじゃなくて…大丈夫なの、君」

「大丈夫。今からやるから。待ってて」

「やるって…何を?」

「ゴミ掃除よ。クズは見つけたら容赦なくゴミ箱に捨てないと…世界は綺麗にならないのよ。じゃあね、ありがと!」

「え?ちょっと…」

 私は彼に微笑み、踵を返した。



「待って、ニカ」

「え…?」

 振り返ると彼は立ち上がって私の腕を掴んだ。


「俺はリュカ。また、会える?ニカ」


 名前を教えてくれた。

 ふふ。なんだかシャーシャー猫が懐いてくれた時みたい。黒い毛並みのシャーシャー猫。星の瞳の気高い黒猫。

「うん。また、会えるよ、リュカ」

 私は彼にそう言って、また微笑んだ。




「お嬢様」

 そこにウルリカが帰ってきた。そして探ってもらった部屋の様子について話し出した。

「お嬢様。あの部屋は貴族の住むような部屋のようにとても豪勢に整えられていたのだが……あまり印象的に、良くなかった」

「どんな風にウルリカは思ったの?」

 ウルリカはチラリと隣に立っていたリュカを見る。

「いいわ。言って、ウルリカ」

「なんというか、娼館…のような装飾で。…お香の香りでよくはわからないのだが、何か、薬物のような匂いもしたようだ」


「うん。わかったわ。ありがとう、ウルリカ。…ヘリガ」

「はい」

 少し距離を置いて見守っていたヘリガを呼び寄せて、指示を伝える。

「ヘリガ。大至急クライスラー卿に面会要請をしてください」

「はい」

「それから、一度預けた子供達を子爵邸に連れ帰りたいことも言ってもらえますか?」

「…はい、お嬢様」

 一瞬ヘリガは、え?という顔をしたが、すぐに指示に従ってくれて、魔術具で連絡をとり始めた。




◆追記◆


画像はリュカのイメージ

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