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105.孤児院訪問(2)


 すぐさまユリウスが私の前に立ちはだかった。

「姫に不用意に近づくな」

 美しい容貌の男性が目の前に立ちはだかり、院長は怯んだようだ。

 連れている侍女達の髪色から、この見るからに美男子なユリウスも、闇色の髪ではあるが貴族と気づいているのだろう。身なりも態度も帯剣している魔剣もどう考えても平民などではあり得ないと。



「も、申し訳ございません。いや、ここは孤児院ですからね、可愛らしいお嬢様に目がいってしまって」

 手を揉み込むようにして言い訳を述べているその指には、孤児院関係者とは思えない程ごてごてと指輪が着いている。

 ここではこれで通常なのだろうか。魔術具や魔導具の指輪?でも装飾が華美に見える。髪色は白髪混じりの茶髪だ。魔力のない平民。では魔導具かただの装身具か。


 彼らは仕立ての良い修道服のような黒っぽい衣服を揃いで着ていて、首からさげているのは金色に輝く首飾り。でもそれは孤児院側の皆が着けている。

 ロザリオみたいなものだろうか。もしあれがメッキではなくて金ならば、値打ち物だろう。

 別に木でも鉄でもいいではないか。金にこだわる必要のある神なのか。まさか初代王の金色の魔力にちなんで?そこは聖職者なんだから清貧を心掛けるところじゃないのか。


 周りの大人達もそれなりに値打ちのありそうな宝飾品を身に着けている。そしてその身に着け方に品がない。高い物をあるだけ着けている感じだ。

 もう私の中では入口時点で黒である。これは厳しい目で見なければ。



「ではどちらからご覧になりますか?」

「いつもはどうしているのです?」

「いつもはそうですね、院長室や応接室で運営状況や必要な物資についてや……子供達についてのお話をしまして、少し子供達の様子を見たら終わりですよ。せっかくの支援ですからね。どこに手が足りないかを相談させていただいています」

 院長と話していたヘリガは私を見た。それでいいかと尋ねているようだ。

 何を言う。全て見るのだ。


「全てです。時間の許す限り全て」

 私が言うと院長は困ったように、

「いや、それは…私達にも仕事がありますからね…」

 何も知らない困ったお嬢様だな、そんな雰囲気だ。

「案内はこんなにいらないでしょう?一人でもかまいません。お忙しいなら途中で交代していただいてもいいですし、それもできないというのなら私達だけで自由に見て行きます。子供達に案内してもらってもかまいませんよ?」


 私は院長ににこやかに笑いかけた。彼は少し苦笑を浮かべている。

 皮肉が入りすぎたか。あまり警戒させないつもりだったが、やはり私は子供関係が黒いと地がでやすい。気をつけなければ。



「いや、そのようなことは今までになく…」

 今までと同じでは視察ではない。それでは単なる茶番だ。出来レースだ。やる必要がない。

「お友達がここに来ているはずなので、皆が快適に暮らせるように支援金を上げるかどうか、ちゃんと検討しないと…」

 もちろん出すのは私ではない。でもきっとこの人の頭の中では、いもしない私のパパが出してくれるのだろう。これだけ貴族の従者を伴っているのだから。


「支援金を…」

 ゴクッと喉仏が動いたのが見えた。

「ははは。そうですか。ではどうぞご覧ください。ご案内は…そうですね、君、丁重にご案内しなさい」

「はい、院長」

「ざっと見終わったら院長室でお茶でもどうですかな。美味しいお茶菓子もご用意いたしましたので」

「それはありがとうございます」

 無駄に警戒させないように、優雅に笑ってあげよう。




『姫…大丈夫か?そんなに嫌だったのか?』

 院長達がいなくなり、残された案内人についていく途中でユリウスが念話で話しかけてきた。やはりユリウスにはわかってしまうらしい。

『確かにあやつは姫に興味を持っていたようだったが…』

「大丈夫ですよ、ユリウス」

 ユリウスの手をキュッと握った。



 施設内はとても綺麗だった。孤児院というのはこんなに小綺麗なのがデフォなのか。私のイメージとは違う。

「ヘリガ。孤児院とは皆このように綺麗なのですか?」

「さあ…?私も初めて来ましたが、このようなものではないのですか?」

 そうか。私以外、皆貴族。庶民の生活など知る由もない。参考にならない一行だ。


「他の孤児院はここまで設備は整っていないと思いますよ?ここはクライスラー様や他にも貴族の方々が支援してくださいますから」

 案内人がにこやかにそう説明した。



 入口から入ってすぐの所にあるのは、広い職員室と綺麗な応接室。そこには高そうな花瓶や彫刻、絵画などが飾られていた。孤児院という施設に対して、すでに装飾過多な印象を受ける。足元にはふかふかで模様鮮やかな絨毯。まるで貴族の邸宅の貴賓室だ。

 院長室はあとで見ることにして、そのまま廊下を進み、突き当りで廊下が分かれていた。

 広いな。

 案内人が向かおうとする方向とは反対の廊下には、扉がいくつかある。


「向こうのお部屋は何ですか?」

「ええと。…客室です」

「客室?応接室はありましたよね。…お客様がここに泊まるのですか?」

「遠方から視察に来る方もいらっしゃいますから」

「遠方から来た方は宿を取るのではないのですか?」

「…ご支援くださっている皆様ですからね、些細な接待ですよ」



 些細な接待?…なんだか表現が気持ち悪い。

 そして足早に違う方向に進もうとする。

「中を見せてはもらえませんか?」

「え……?…いや、今は清掃が済んでおりませんので」

「いくつかお部屋はあるようですが、その全てが見せられないのですか?」

「ええ。まあ…」

 挙動が明らかに不審である。


「私達も泊まれるのでしょうか?」

「え?……ええ。…ご希望とあれば。ですが今は片付いておりませんので、お嬢様がお泊りになられるのでしたら後日にはなってしまいますね。事前にお教えいただかないと」

 そして案内人は話を切り上げて足を進めた。




 子供達がいる広間に着いた。中では子供達が遊んでいる。今までの美術品などがあった部屋と違って、内装も家具もとても素朴な部屋だ。子供部屋にあんな花瓶などがあったら壊してしまいそうだが。それにしてもあまりにも印象が違う。大人と子供の空間の違いなのか。

 部屋に本棚もないと思うのは、私の常識が違うからだろうか。



「子供用の教材などはないのですか?」

「…教材…ですか?例えばどのような?」

「本とか、筆記用具などです」

「…はは。お嬢様。平民はだいたい本など読めないものですよ」

「文字は教えないのですか?」

「ええ」

「あなたも書けないのですか?」

「いえ。私は書けます。仕事に必要ですから」

「ここの子供達もここを出たら仕事に必要になると思うのですが」

「ここを出る孤児達は皆、肉体労働ですから、文字など必要ありません」


 案内人が断言したことに少し驚く。それが常識なのか。…それでいいのか…

「……あなたは本気でそう思っているようですね。ではそれはここの職員の総意なのですね」

「え?……ええ、まあ」

 何か狼狽えているようだ。それが普通なのだろうか。ここでは。

「ではあなたはどうやって文字を学んだのですか?」

「私は…っ、…私は商家の生まれですから。家で教師に教わりましたよ」

 少し吹き出しそうになりながら彼は言った。



 は?…何がおかしいのだ?孤児と一緒にするなということか?お前だって平民だろうが。文字を教えたらできることが増えるだろうが。お前には必要なのに何故この子達には必要ないなんて平然と言えるんだよ。


「…………」

 腹は立つが、ここで論破してこいつを泣かせても何も得られるものはないな。


「そうですか。どうりで立ち居振る舞いが素敵だと思いました」

 にこりと案内人に微笑んでみせた。

「そ、そうですか。ありがとうございます。お嬢様もそのお年で見識が深いようで驚きました」

 褒められて嬉しそうだ。それまでの不審な表情が一気に緩んだ。

 やはり褒め殺しは有効だったね。


「当然です。うちのお嬢様は素晴らしいのです」

「ヘリガ」

 小声でヘリガとリオニーが何か言っている。ウルリカは青い瞳で冷静に部屋の中を見回していた。素朴な部屋が珍しいのかな。



「子供達のお部屋はどこですか?」

「ああ。寝泊まりする部屋ならここの上です。あちらから上ります」

 この広間の奥にある狭くて暗い階段を指し示した。

「見てもいいですか?」

「え?…それは…散らかっておりますので、お嬢様にお見せするような場所では…」

「お片付けを教えないのですか?自分でお布団を畳んだり」

「いえ。させていますよ。ただ、やはり子供部屋とは散らかっているものですから」

「私は一向にかまわないのですけれど」

「いえ、そんなわけには…」



 そんなやりとりをしていると、子供達が私達に気づいて集まってきた。

「お姉ちゃんだれー?」

「こら!大人の話に混ざってくるんじゃない!」

 急に案内人が小さな子供に声を荒げる。するとビクッと体を萎縮させて怯えた目をした。

「まあ、そんなに大きな声を出さないでくださいね、先生。皆がびっくりしますから」

「あ、いや、すみません、エマ先生。こちらは大事なお客様なものですから」



 案内人はエマと呼んだ女性に対して、子供に対するものとは全然違う態度を見せた。

 奥からやってきた若い女性は、そのまま怯えた小さな子を抱きしめる。

 可愛らしい先生だ。その胸にはあの金の首飾りがある。それと、あれはカメオ、かな。赤い宝石のついたイヤリングもしている。指先を見るとやはりいくつか指輪もしていて爪も薄紅色に染め、指先も綺麗だった。何やら香水のような甘い香りもする。



「エマせんせー…」

「あらあら。大丈夫よ、テオ。びっくりしちゃったのね」

 エマはテオという小さな可愛い男の子をなでて慰めている。

「ここで子供を見ているのはエマ先生だけなのですか?」

「…え?…」

 エマは私達を観察するように見てから、案内人に目をやる。

「いや、エマ先生だけではありませんよ。交代でちゃんと見ています」


「ええ…でもエマせんせーしかぼくたちにやさしくないよ」

「お、おい、嘘言うんじゃない」

 テオ…

「お忙しいようですから、もうよろしいですよ」

「そ、そうですか。それでは院長が待っていますのでこちらへどうぞ」

「いえ。私はしばらく子供達と遊びたいです。私も子供ですから」

「え…?」



「エマ先生、よろしいですか?皆の生活を少し見たいだけなのです」

「え?…あ、はい…私は…かまいません…けど…」

 受け答えがあやしいなと思ったら、エマはユリウスから目が離せないようだ。頬を染め、その瞳は明らかにほの字である。

 さもあろう。ユリウスはそんじょそこらにはいない美男子だからね。


 くいくいと服を引っ張られて、エマとユリウスから視線を外す。

「お姉ちゃんだれー?あたらしいひとー?」


 ちょっと。なんなの?もう。

 茶色いくりくりお目めで私を見上げている。

 …テオが可愛過ぎるんですけど…



「ニカか…?」

 聞き覚えのある声がした。




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