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100.宴のあと(3)

《リーンハルト・マイアー》




「ちょっと!なんなの、ディーター!あんた、やっぱり馬鹿でしょ!!」

「ええ??」


 ヘリガがディーターの胸ぐらを掴んで軽々と持ち上げる。怒りを宿した火属性を示す朱眼は、身体強化の補助魔法を得意としていることを思い出させる。女の細腕なのにも関わらずディーターの身体は余裕で宙に浮いて、その両足がすんなりと床から離れた。


「ちょ、ヘリガ、落ち着け」

 リーンハルトがヘリガを抑えようとするが、隣でリオニーがヘリガを煽る。

「ディーターは馬鹿なのよ!やった方がいいわ、ヘリガ!」

 仕方なくリーンハルトはウルリカを振り返ると、腕組みをしたまま青い目が据わっていた。仲裁はしてくれそうにない。

(だめだ、こいつら、完全にキレてる。)




 ハイデルバッハから侯爵邸に戻ると、いつの間にかヘリガとリオニーとウルリカの侍女三人はヴェローニカを溺愛していた。

 屋敷の使用人達も愛らしい彼女を可愛がっている。

 知らないうちに皆がヴェローニカの虜のようだ。


 エリアスもあれから考えを改めた。

 きっかけはあの日の厩舎でのヴェローニカの言葉であったが、ハイデルバッハに行きエルーシアについて調べだすと、ヴェローニカがどんな存在なのかということが嫌というほどにわかったのだ。



 そしてシュタールでの事件を受けての魔術回線による緊急会議で、ヴェローニカの行った奇跡を聞かされ、伯爵の側近が調べたエルーシアの聖女についての内容と自分達が調べ上げた内容との大方の一致を確認した。


 ディーターは自分達の今回の調査の必要性を疑ったが、それはヴェローニカの出自を気にしたことに対する罰であり、更にエリアスと同じような姿勢を見せる伯爵の側近に対しての牽制と、ヴェローニカを傍に置くために伯爵の側近が調べたものよりもさらなる情報を求めているからだということをエーリヒから聞いて納得したようだ。

 そしてリーンハルト達はハイデルバッハにて、より詳しく新たな情報を探って帰還したのである。




(これは…ディーターには犠牲になってもらわないと収まらないな。だが…なんでこんなに怒ってるんだ?確かに子供に聞かせるような内容ではなかったが。あの程度であればまだ意味もわからないだろう。…あ、いや。あの方は聡いからな…。シュタールでも男達の蛮行を察知して雷雲を巻き起こしたらしいし。…ああ、そうか。そういうことに潔癖な性格なのか。だからあまり耳に入れたくないんだな。)



「エーリヒ様が女に抱きつかれてたのを黙って見てたわけ?なんで追い払わないの?あんたたち、護衛騎士でしょ!その女がもし敵だったとしたら、あんた、どうすんのよ!武器とか隠し持ってたり、魔法とか使われたりだって想定しなきゃいけない立場でしょーがっ!あんたたちは!」


「ええ?だって、それ、無粋でしょ。自由恋愛だよ、ヘリガ」

「何が自由恋愛よ!変な女は追い払わないとだめでしょ、ディーター!」

「いてて!リオニー、痛い」

 ヘリガがディーターの胸ぐらを掴み上げているところへ、横からリオニーがディーターの耳を引っ張っている。



「…見損なったわ…」

 ヘリガが心底軽蔑するように言った。そしてディーターを床に無造作に投げ捨てる。まるでゴミを…いや不快な虫でも見るような蔑んだ目だ。

「ディーターは元からだめな男よ、ヘリガ」

「いいえ、エーリヒ様によ」


(ええ…。)


「あんなにヴェローニカ様を可愛がっておいて…」

「いや…ヴェローニカ様はまだ八歳だろ…」

 リーンハルトがヘリガに言うと、護衛侍女の三人がジロッと一斉にこちらを睨んだ。

(なんなんだよ、一体。)


「コンラート」

「なんだ、ヘリガ」

 この騒ぎの中、コンラートは部屋の入口で我関せずとして傍観し、ただ立っていたようだ。



「続き部屋の鍵を預けてください」



「なに?」

「知っていますよ。エーリヒ様は帰られると、毎晩ヴェローニカ様のお部屋に忍んでいることは」

「「え?」」


 驚いたのはリーンハルトとディーターだけだった。他のこの部屋にいる、コンラート、ヘリガ、リオニー、ウルリカの四人は平然としている。それはエーリヒが夜中に続き部屋であるヴェローニカの部屋に入っているのを皆が知っていたということだ。



「それは…顔を見に行っているということだろ…」


 そう言えばずっとエーリヒは忙しくて、ヴェローニカの顔さえまともに見れない毎日だったはずだとリーンハルトはフォローしようとする。

「いいえ。ヴェローニカ様のベッドで眠るのです。それも、初日からです」

(な、何してるんだよ、エーリヒ様…)


「そのようなことなら私達はヴェローニカ様の貞操を守らなければなりません。当然のことです」

「て、貞操って…」

「今はまだ幼くとも、いつ問題が起きるとも限らないでしょ」

「…………」



 動揺するリーンハルトとは違い、コンラートは静かなアイスブルーの瞳でヘリガを見ている。

(これは…エーリヒ様が悪いな…。だが、コンラート、どうするんだ?)


「お前達の主はヴェローニカ様だ。そう思うのは仕方がない。だが私の主はエーリヒ様だ。私は主に従う」

「渡さないって、ことね」

 コンラートの態度は堂々としたものだった。さすがエーリヒの執事をしているだけのことはある。

「では、入れないように封じるだけです。エーリヒ様にはそのようにお伝えを」

 そう言って、護衛侍女達三人は応接室を出ていった。




「……やってくれましたね、ディーター」

 侍女達がいなくなったあと、今度はコンラートの怒りがこちらに向けられる。

「いや、だって、知らなかったし、そんなこと…」

 ヘリガに床に投げ捨てられたまま尻もちをついた体勢で、ディーターのいつもは陽気な緋色の瞳はおろおろとコンラートを見上げている。

 はあ…とコンラートは目元を押さえて盛大にため息をつく。

(ああ…そりゃ頭痛いよね、コンラート…)


「で?エーリヒ様は本当にその女の誘いに乗ったのですか?…リーンハルト」

(俺に聞くのか。)

「いや、あのあとどうなったかは。ジークヴァルト様がエーリヒ様に先に行くって声をかけて、エーリヒ様は俺達に主君を頼むって」

「そうですか。では、本当にそのようですね」

 コンラートは首を振っている。



「……いい女だったんですか?」

「そこは断言するぞ、コンラート。いい女だった。美人だし、体つきも色っぽくてもろタイプ。ちょっと高慢そうだけど甘え上手な感じもして、男を転がすのに慣れてそうだったな。俺なら迷わず転がされるね」

 ディーターはまだ尻もちをついたまま腕を組み、胡座を組んでキリッと答える。

(おい、ディーター。)


「だってあのエーリヒ様が手の甲にキスしてたんだから、あれはオーケーってことでしょ。じゃなきゃいつも通り微笑みながら、内心面倒臭そうに追い払ってるよ。女も嬉しそうに抱きついてたし、エーリヒ様も受け入れてたし」



「そうですか…。困りましたね。まさかエーリヒ様に女を控えろとも言えませんし。かと言ってヴェローニカ様に理解しろとも言えません。普通の方ならばともかく、あの方は…きっと覚ったことでしょうね。今後エーリヒ様にどのように対応されるのか、全く読めません。…せめてバレなければ良かったのですが…」


「本当にエーリヒ様は夜中に忍び込んでるの?」

「ディーター、言い方」

(懲りないな、こいつ。)

 うんざりした顔でしばらくディーターを眺めていたコンラートだったが。

「本来であれば主のそのような話はしませんが、今回は知らなかったゆえに起きたことですからね。…これからは軽口は気をつけるように、ディーター」


「わかったよ。ごめん、コンラート。もう余計なことは言わないから」

 コンラートに念押しをされ、さすがにディーターも反省しているようだ。ようやく立ち上がって埃を払い、ソファーに座り直す。リーンハルトとコンラートも違うソファーにかけた。



「しかし…毎晩とは私も知りませんでした。朝の支度に向かうとたまに隣部屋から出てくるのは知っていたのですが」

「何も言わなかったのか、コンラートは」

「最近エーリヒ様がお忙しくてヴェローニカ様との時間がとれなくなったのは知っていましたし、王城にお泊りになることもありましたしね。ただ隣部屋から出てきた朝はいつもよりも顔色がいいので、そちらの方がよく眠れるのかと思い…。朝からご自分のベッドにおられるときはお疲れがとれていないご様子でしたから」



 精神的なものだろうか。それともそれも聖女による何かしらの回復効果の一つなのか。ハイデルバッハで聖女について調べたリーンハルトには思い当たる節がある。

 だがそうなると……


「コンラート、なんとかしないとだめそうだぞ」

「そうですね。エーリヒ様もヴェローニカ様もどう反応なさるか」

「いや、それもあるが…、多分ヴェローニカ様の傍にいないと回復できないくらいエーリヒ様が疲れてるってことだからな」

「回復、ですか?」


「ヴェローニカ様の出自についてはどこまで聞いた?」

「出自ですか?…いえ。詳しいことは」

「そうなのか…」



 おそらく秘密にしているのではなくて、話す機会がないのだろう。ヴェローニカについてはさらっと話せるような内容でもない。近いうちに時間をとって改めて話そうと思っているのだろう。

 何よりコンラートはあのユリウスが実は人間ではないことを教えられている。

 間近に見た今でもリーンハルトには信じられないが、あれが人間ではなく、マリオネット、傀儡人形だとは…。どれだけ旧プロイセの技術は進んでいたんだろうか。王家に目をつけられる訳だ。


「コンラートは知っていていいはずだから話すけど…」

 リーンハルトはハイデルバッハで調べたエルーシアの聖女について話した。




「つまり、ヴェローニカ様はエルーシアの皇女で、聖女で…しかもユリウス様を傀儡人形に憑依させたのはヴェローニカ様で…?大気の魔素を操るとは…一体どうやって…?」

「だからどういう手段かは知らないがヴェローニカ様が傍にいることで、エーリヒ様を回復させてるんじゃないかってことだよ。このまま隣部屋に行けなくなったら、エーリヒ様の疲労はたまる一方だ。…もしかしたら、それがわかっててエーリヒ様は行ってるんじゃないのか?顔を見たいのもあるだろうけど」


 コンラートは一気に知らない知識を詰め込まれて混乱気味のようだ。

「今の話が本当なら……そうなるのかもしれませんね」

「だからコンラートがエーリヒ様の体調管理をしっかりしないとな」

「そうなのですが…」


 休めと言って休むような主ではないのだ。コンラートも困り顔である。

 とりあえずはヴェローニカの今後の反応の様子見と、エーリヒの体調管理に留意することになった。




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