10.心残り
ふぁぁ……
今生で間違いなく一番まともな食事だった。
身体を気づかってくれたのか、野菜を煮込んだ消化の良さそうなスープが中心だったが、ちゃんと塩味がした。
調味料って尊いな。とても満足。
クルゼ村にいた頃は村長一家の残飯だったし、家出してからはずっと粗末なキャンプ飯みたいな生活。
知識はあっても身体は小さいし道具もないし、獲った獲物もさばけない上に調味料もないから、まともなものは作れない。
お肉はスーパーで売ってる姿じゃない。慣れるまでは苦労しました。
いくら雑学が好きと言ってもさすがに獣のさばき方なんて知らなかったもの。核戦争なんかで地球の文明が一気に衰退したら、それでも文明的な生活を送れる人なんてどれくらいいるだろうか。
山での白夜との生活は、調理器具や食器は村の捨場から拾った物を使い、穀物や野菜は畑から少し頂戴したり、落ちてる取り残しを拾って、あとは山の収穫物でなんとか料理と呼べそうなものを作っていた。他には白夜が獲物や木の実を持ってきてくれたりして。
火起こしは難しいから、村から火種を盗んできたこともあったけど、火を持って歩くのは見つかる可能性が高い。でもけっこう焚き木を掘り返したりするとまだ種火が残っていたり、眠りから覚めたら焚き火がついていたりして、そんなに火には苦労はしなかった。
その焚き火で白夜が獲った獲物を丸焼きとか、葉っぱで包んで熾火に入れて蒸し焼きにして食べていたんだよ。でも調味料は中々手に入るものではなかったから、やはり食事は味気ないものだったな。
「…………」
「どうした?」
「え?」
「いや、今ため息ついただろ」
「…………」
「なんだ?話したくないことか?」
「いえ。話したくないんじゃなくて。話しても仕方ないというか。だからどうしたと言われればそれまでというか」
「お前さ。何ていうか、考え過ぎなんじゃないか?」
フォルカーの言いたいことはわかる。自分でもそう思う。でも、それが自分なんだということも知っている。なんせ、フォルカー、貴方よりも私は前世で長く生きてきたのよ。
「…………」
「いや、だからさ。もっと子供らしくしてもいいというか、な…」
フォルカーは気まずそうな顔だ。
彼の求めている返事はわかっている。
私は心を決めて、一度深呼吸してみた。
「ずっと。ずっと一緒にいた友達がいて。…その子にお別れを言えずに連れてこられてしまったから、もしかして私を探しているかもしれなくて。それが、心配なの」
私も子供達もとりあえず無事だった。それならやっぱり次に心配なのは、白夜のことだ。
白夜はちゃんと自分で狩りができる。だから生きてはいけるだろう。でももし、私の事を探していたら可哀想だ。
それにもし私を探して山を下りたりしたら、あんなに綺麗な真っ白い毛皮をしているのだから、人間に捕まえられてしまうかもしれない。それともあれほど狩りが上手なら、人間から逃げることも問題ないのだろうか。
「あー。そうか。お前の場合はすぐに家に帰れるかわからないからなぁ…」
フォルカーは私の言った友達を、人間の友達だと思っているだろう。
友達が親に売られたと知らされるなんて、それはそれでシビアな話だな。
あれ?私の場合は帰れないって?私は皆と違って売られたってことをまだ言ってないけど。
もしかして正式に売買契約されているから帰れないってことなのかな。
…あれが正式かどうかは知らないけれど。
結局、どこの世界も弱者は搾取される世の中になっていくものよね。
慈悲深く思慮深い支配者なんていない。
何故なら善人は悪人には勝てないのだ。ありとあらゆる汚いことを躊躇いもなくできる方が、どう考えても強いに決まっている。
勧善懲悪とは、物語の中だけにしか存在しない理想の世界だ。
あらゆるフラストレーションを耐え凌いで、印籠を出して平伏させる瞬間をテレビの前で待ちわびたものだ。
あんなふうに、悪を懲らしめられたらな。
今この瞬間にも、一方的な暴虐に合おうとしている人達がいるのならば、その前に立ちはだかって救ってあげることができたらな……と、何度思ったことか。
英雄願望なんてまるで中二病みたいだけれど。でも、そうなんだから仕方ない。
助けたいのはきっと、純粋な気持ちからじゃない。自分も、助けてもらいたいから。
悪を罰することができる能力と権限。それには嘘偽りを見抜く力も必要だ。誤解も偏見も苦しいから。ずる賢い奴も見逃したくないから。
努力が、誠実が、正当に報われる世界。
優しい人達に、優しさを与えられる世界。
ああ……力が欲しい……
「子供達がどうやって集められたのかは聞いていますか?」
「ああ。お前が眠ってる間に商会の悪事の証拠集めのために王都の警備兵による事情聴取があってな。ほとんどがさらわれてきたって聞いた。全く酷い話だ」
「さらわれてきた子供達は家に帰れるんですか?」
「ん?ああ。事が済んだら馬車でちゃんと送ってくれるそうだ。皆お前が起きるのを待ってたんだぞ」
「そう、なんですか」
そっか。私と違ってさらわれてきた皆は早く両親に会いたかっただろうに。
でもさらわれてきた子供達はお家に帰してもらえることになったけれど、売られた子供達はどうなるんだろう。全くいないわけではないだろう。ならば権利は奴隷商会にあるのではないだろうか?
フォルカーはその辺には触れていないが。
「じゃあ……売られた子供はどうなりますか?」
恐る恐る聞いてみる。
「ん?その辺も心配するな。今回の取り締まりであの商会も痛手を受けてな。商隊の積荷の権利は全て剥奪されてる。つまりもう誰も奴隷じゃないってことだ」
万事解決じゃないか。もぉ。早く言ってよ。
「じゃあ、皆に会いに行きます」
早く皆をお家に帰してあげなきゃ。帰れる場所があるのならば。
◆◆◆◆◆◆
「お姉ちゃん!」
案内された中庭に出ると、目が合った途端に笑顔のリーナが駆け寄って来た。
子供達は別棟にいると聞いて、部屋を出て階段を降りたり、渡り廊下を歩いたり、結構な距離があった。
ここに来るまでに改めてこの邸宅の広さや豪華さを思い知らされたところだ。
駆け寄って来たリーナがお腹にダイブしてくる。
「おおう…」
かなりの衝撃。地味に蹴られたお腹が痛い。
「リーナ、乱暴にしちゃダメだよ」
ミーナちゃん、ありがとう。流石お姉ちゃんだね。
「あ、そっか。大丈夫お姉ちゃん?ごめんね?」
「ふふ。大丈夫だよ」
本当にこの姉妹はいい子達だ。このまま育っていって欲しいものだな。
「大丈夫か?身体は。ずっと寝てたんだってな」
少し高いところから声をかけられて見上げると、ヴィムとロッテが傍まで来ていた。
「うん。ありがとう。ヴィムこそ、大丈夫だった?殴られたでしょ?」
「あんなもん、殴られた内に入んねーよ。どうってことない」
ちょっと照れくさそうにそっぽを向いた。
「そっか。…ふふ」
わぁ。やっぱりこの子はツンデレ属性だなぁ。なんか慣れてきたぞ。
「皆はいつ帰れるの?」
するとミーナとリーナはちょっと首を傾げた。ヴィムに至っては表情を曇らせている。
後ろについてきたフォルカーを振り返ると、
「事情聴取が終わったんなら、いつでも馬車を出してくれるらしいぞ」
フォルカーの答えにミーナとリーナ、他の子供達も嬉しそうに笑顔を見せた。
良かった。皆をやっと家族の元へ帰せる。
こんな風になるなんて今回はついていた。もしかしたらあのまま最悪な結果になるかもしれないと何処かで思っていたから。
その後は皆と中庭で遊んで、日が暮れてくると一緒に夕食をとった。
この別棟で子供達が寝食ができるように、部屋も施設も全て完備されているようだ。中庭で走って遊んだりもできるし。
本当に至れり尽くせりで、ここの主には感謝しかない。あの悪徳商会の敵対勢力で取り締まる側って聞いたけれど、もしかしたら貴族かな。
昼食よりも固形物が増えた美味しい夕食を食べ終わり、リーナとロッテが一緒に寝ようと部屋に誘ってくれたのだが、フォルカーがまだ身体の具合の経過を見ないといけないからと私だけ自分の部屋に戻るように促してきた。
皆と私の違いなんて決まっている。
…危険人物だものな。個別監視下に置きたいのだろう。
ここで突っ込むのもなんだろうし。それより。
「ヴィム?」
「……?」
「どうしたの?さっきから何か考えてるでしょ?」
「別に…」
別にな訳があるか。
そんな暗い顔をしていれば何か悩みがあるのは名探偵でなくてもお見通しである。
女性の“別に”には深い裏があるのと一緒で、子供にもそれは適用されそうだ。
「ロッテちゃん。ヴィム兄ちゃんは何を悩んでいるのかわかるかな?」
「な!」
「ヴィム兄…?」
「やめろ!ロッテは関係ない!」
あ…。なんか下手打った。
ヴィムのこれはツンデレを通り越して、本当の怒り……いや、焦りかな。
そうか。なるほど。
「ロッテちゃん。ちょっとヴィムと話があるから、ミーナちゃんとリーナちゃんと一緒に遊んでて?」
ミーナとリーナを見ると、「いいよ。行こう?ロッテちゃん」と部屋にロッテを連れて行ってくれた。
さて……