452話 損失
アーバスはテントから出てホテルへ戻り私服に着替えた後、お茶会の会場であるアリーナ2へと移動する。アリーナ2は午後からは個人戦の会場となるようでアーバスは道中に一旦トイレへと駆け込んでからシエス達がいるVIP室へと入室する。
「アーバス来ましたか」
「遅くなってすまない」
とアーバスはそのまま椅子へと腰掛ける。シエス達からの連絡が遅かったのと寄り道したせいで到着が少し遅くなってしまったからな。
「それよりもその格好の方が気になるが?」
とギルディオンがアーバスの服装にツッコミを入れる。今のアーバスの服装は私服でサングラスにキャップという代表戦を見に来た学生のような服装をしており、更には隠密の魔法まで用いて極力存在を隠した状態でやってきたのであった。
「学生服はどうしても目立つ上にシエス以外は代表戦の運営だからな。学生が会うのはよろしくないだろう」
なんせ本来はお茶会組と会う予定なんて無かったのだが、初日は全員が代表戦の会場にいる都合でどうせならとお茶会が開催されたのであった。
「そうでしたね。これは失念していました」
リリファスはそのことをすっかりと忘れていたようで、失敗したなという顔をする。リリファス達のパーティーは仲の良いことは知られているので会うのは問題ないのだが、アーバスに関してはお茶会組ではあるもののその存在はほぼ知られていないので会ったら何か疑われてしまうからな。
「そういえば、何か変わった動きはあったか?」
とアーバスは聞いてくる。午前中の試合は団体戦を見ていたのでわからないが、代表戦に介入する組織があるかもと聞いているのでアーバスは警戒しながらテリーヌ先輩達の試合を見ていたのであったが、そんな様子は一切として見当たらなかったのであった。
「今のところは見てないぞ」
ギルディオンが否定すると他のメンバーを今のところはそのような事案を見たり聞いたりしていないようである。ギルディオン達は午前中は別々の試合を見ていたそうなのでそこで何も無いということは本当に何も無いのだろう。
「午前中はファルフォス対ツオークだったからそれもあるんじゃないかしら」
「それは有り得そうですね」
そういえば初戦はファルフォス対ツオークの不正が疑われている同士の試合だったな。この2カ国は協力体制だと聞いているのでお互いに何もしなかったと予想が出来るな。
「それに今日は貴賓も多いから仕掛けにくいのもあるんじゃないかしら」
とシエスは考察する。確かに今日は初日というのもあって各国から多くの要人がこの会場へと足を運んでいるのでその中で仕掛けるというのが難しいというのがあるのだろう。
「その貴賓も大抵は今日だけの観戦で明日には帰ります。なので仕掛けるのは明日以降でしょう」
今日は対戦カードや貴賓が多いことから不正をしにくい状況となっているので仕掛ける側としても人の多い初日に実行するのは避けるだろう。それに一番ポイントの高いパーティー戦と団体戦の今日の組み合わせはファルフォス対ツオークな上に残りの個人戦の相手は弱小国ばかりなので不正しなくても勝てそうだしな。
(ワザとだと思うけどな)
初日から強豪ばかり当たるセーティスやグリファーズと違ってファルフォスとツオークは全く当たってないからな。むしろ初日からの不正の使用を避ける為だけにこの組み合わせにしたと考える方がいいだろう。
「アーバス様はいつ仕掛けてくると思いますか?」
「最速で明後日以降、多分だが新人戦のセーティス戦だろうな」
というアーバスにその場にいた全員がえっ!?とした表情をする。まさかアーバスがそこまで考えているなんて思っていなかったのだろう。
「アーバス様、やはり例の賭博ですか?」
リーゼロッテは心当たりがあったのかアーバスに聞くとアーバスは無言で頷く。
「賭博ですか?」
「あぁ、これを見てくれ」
とアーバスは例の賭博のオッズを見せる。そこには今朝時点の最新情報が書かれており、セーティスの倍率はそこまで高くないものの一番人気となっていたのであった。
「セーティスが圧倒的に人気ですね」
「そうね。でも、これがどう不正に繋がるのよ」
とシエスが聞いてくる。まぁ、これを見ただけで察しろは中々難しいけどな。
「もし、セーティスが優勝すれば損失が金白金貨数枚に規模になるんだよ」
アーバスはミーサスの掛け金が膨大なことからレイラに損失のシュミレーションをしてもらったのである。その結果、セーティスが新人戦で優勝すればその損失額は新人戦だけで金白金貨4枚失うことになるそうだ。ここまで正確な数にまで辿り着けたのはレイラ達が帳簿を発見したからであり、そこには誰が幾ら賭けたのかが詳細に記されていたのであった。
そこで発覚した新事実なのだが、ミーサスはなんと白金貨を20枚セーティスに掛けており、アーバスへは10枚と過小に申告てしたのである。これがトゥールに関係することなら小言を言っていたが、個人的なお小遣いで掛けていたことなのでアーバスはスルーすることに決めたのであった。
「それはとてつもない損失ですね」
「それで仮にオッズで3位のツオークが総合優勝したとしても損益は微マイナスということも判明している」
なので非合法の賭博の胴元がこの状況を回避するには新人戦でセーティスが優勝を逃すという方法しかないのでアーバスは仕掛けてくるのなら新人戦の何処かだろうと考えていたのである。
「俺達は新人戦のセーティス戦を見張っておけばいいのだな」
ギルディオンがアーバスの予想を元に考え始める。ギルド本部のマスターとして君臨しているギルディオンが信頼できる者を審判に派遣しようかと考えているのだろう。セーティス戦にさえ不正出来ないように審判を入れてくれればそれだけでも大きな抑止になるだろう。
「残念ですけどギルディオン。それは出来ませんよ」
「は?名案だろ。何故出来ない」
リリファスは考えを読んだかのように否定するとギルディオンは何故出来ないか聞くが、こればかりはリリファスの方が正しい。
「新人戦は学園の審判レベルを上げるという名目上、各学園の教師が分担して審判をするということになっているのです。なのでギルドや我々メルファスから審判を出すということは出来ないのです」
ギルディオンの質問に答えるようにルーファは答える。実は新人戦の審判は各学園の教師が行っているのである。これは毎年行われている慣例行事であり、これを直前で変更するのはそれ相応の理由が必要だろう。
「ということはだ。俺達は指を加えて不正を見届けろということか?」
「各試合に第3の審判としてメルファスかギルドから試合の介入権を持つ人員を配置できますのでそれで配置するしかないわね」
新人戦といってもれ順位に関わる競技ということで責任審判が配置されており、そこはメルファスかギルドの人員を配置することが義務付けられているのでそこに平等な審判をできる者を入れるのが限界だろうな。
「先に言っておくが俺の試合はそこまで気にしなくていいぞ」
とアーバスは4人に気を使うように言う。どうせ相手が小細工をしたところでアーバスが実力行使で倒せるので少ない人員から人を割かなくていいだろう。
「ならアーバスに甘えましょうか。ミー、ギルディオン此処で配置を決めましょうか」
とリリファス主導の元で審判員の変更が始まるのであった。




