417話 代表戦前の情報
「2人共すまない。こんな時間に呼び出して」
夏休みが終わる2日前の夜、アーバスは拠点にエバクとレイラを呼び出していた。
「いえ。そろそろアーバス様に報告をと思っておりましたので丁度よかったのであります」
「私も同意見です」
どうやらエバクとレイラもアーバスに報告しないといけない内容があるみたいでアーバスからの呼び出しは丁度いいタイミングだったらしい。
「ではまず、レイラから聞こうか」
「了解であります」
とレイラは立ち上がる。報告は別に座ってでも話せるのだが、今日は立って話すスタイルらしい。
「代表戦の全ての代表が出揃ったのであります。残っていたファルフォスとツオークの試合に関しては私自身現地でこっそりと観戦致しましたが、やはり優勝争い常連さんの割に実力が足りていないというのが私の意見であります」
レイラはわざわざファルフォスとツオークの決勝戦に諜報部隊を派遣しただけに留まらず、自身でもその実力を確認したようだな。その上で実力が足りていないという結論に至ったようである。
「実力を隠していたということはありませんか。最後に決勝戦をする2校ですから、選出する人物を決めてわざわざ実力を見せないということもあるのではないですか?」
というのはこの場にいるもう2人の内の1人であるルーファである。ルーファには事前に今日の話をしていたのだが、この報告会に参加する為に仕事を詰めて時間を捻出したみたいだな。参加しなくてもアーバスから報告するので別に参加は任意でよかったのだが、意見とかを言うために参加を決めたそうだ。
「保有魔力などを鑑定で確認しましたが、手を抜くことはなくほぼ全力で戦っていましたので、パフォーマンスの可能性は低いと考えております」
どうやら手抜きの可能性はほぼないそうだ。武器などで不正していると知っているアーバス達なら全力で戦っていると判断できるのだが、それを知らない他国となると手を抜いて戦っているという印象しかないだろう。
「なる程。ちなみに実力はどの程度で?」
ともう一人の予定外の参加者であるリーゼロッテが質問する。リーゼロッテは報告会とは別で定期的なメルファス内の報告の為にたまたまやって来ただけで、来たのならついでにとアーバスが勝手に参加を決めたのである。
「トップクラスで最上位戦の代表がBランク、新人戦だとDランク程度の実力であります」
「論外ね」
とリーゼロッテはその報告を聞いて呆れ返る。レイラから貰った資料ではファルフォスとツオーク以外の学園の個人戦は新人戦でCランク、最上位戦ではAランクが出場者の中で最低限ランクなのである。そんな状態なのに約半月後に開かれる代表戦は優勝出来るとなると完全に不正していると言っているようなものである。
「後は情報の修正がいくつかありますが、これといった新しい情報は見当たりませんでした」
「なる程な。ありがとうレイラ」
とレイラから受け取った資料をその場で流し読みしながら確認する。確かに更新された情報があるにはあるが本当に誤差程度であり、この前考えた作戦を大きく変更させるような情報は無さそうだな。
「続いて私から。まずは代表戦へ派遣される補充要員ですが、アーバス様の言われた通り全て私の派閥から選ばせて頂きました」
「そうか。通ったか」
どうやら王はエバクの無理難題を許可してくれようであった。補充する鍛冶師を全て自分の派閥から選ぶという行為は各派閥から反感を買いそうな行為ではあるものの、エバク自身の安全を考えるのならこうするするしかアーバスは思いつかなかったのである。
「ただ、やはり一部の派閥は予想と違ったようで抗議の声が上がりましたが、理由を話すと全派閥納得されました」
そうだろうなとアーバスは心の中で思う。なんせ選抜した派閥で問題が起こったのだから他の派閥を信頼して選出しろというのも無理のある話だからな。
「ただ、そのせいで少し問題が起こりまして‥‥‥」
「何が起こったんだ?」
何やらアルバイス国で問題が起こったようでエバクが少し頭を抱える。エバクが頭を抱えるなんて余程面倒事なのだろう。
「一部派閥から買収を持ち掛けられているという報告が上がっております。報告してきた者については白だと思ってはおりますが、誰かが買収される危険性があると考えております」
「あり得るだろうな」
どうやら予定していた人材を送り込めなかったことで焦っているのか、数を揃える為に買収を画策しているらしい。エバクは買収されることはあり得ないにしてもその部下であれば金や人質を使って買収される可能性はあるだろうな。もし、それでエバクの部下が問題を起こした場合はエバクが管理責任を問われてしまうだろう。
「王には?」
「報告済ではありますが、万が一不正が発覚した場合に私が処分なしというのは厳しいと言われております」
「だろうな」
買収されていたとはいえそれがエバクの部下であった場合にエバクが無責任という訳にはいかないだろう。アーバスが王の立場だったらそうしているのでこればっかりは仕方ないと言うしかないだろう。
「ということは買収されるのを阻止しないといけないのでありますか?」
「レイラ、それは厳しいかと思います」
レイラの意見にルーファが厳しいと答える。確かに事前に阻止するのが理想ではあるが、今回選抜される鍛冶師の数というのはエバクの派閥であってもそこそこな数がいるのである。その全てを常に監視して買収を阻止するとなると現実的に厳しいだろう。
「私も同意見です。部下を管理するのは上司の務めとはいえ、こればかりは逸脱していると言わざるを得ません」
とエバクもそう答える。やはりエバクも買収阻止の為とはいえ、そんなことをしたくはないようである。
「エバク、その辺りの警告はしたのか?」
「接触の動きがあった翌日に派閥全体に警告を出しております。今は誰に声が掛かったのか調査中でございます」
どうやらエバクは早急に行動したようで既に派閥全体に警告をした上で接触された者の洗い出しを進めているらしい。
「ならいっそ買収させればいいんじゃないか?」
とアーバスは唐突にそんなことを言い出したのである。この発言に全員目が飛び出る程の顔で思わずアーバスの方を見る。
「アーバス様、エバクに失脚しろと言っているのですか?」
とリーゼロッテがアーバスに聞いてくる。アーバスにそんなことを聞いてくる辺り、ここに居る全員がそのように受け取ったらしい。
「そんな訳ないだろ。今から調査したところで買収された奴は口を割らないし、代表戦当日までにこちら側が調べ上げるのは非常に困難だ」
精鋭部隊を投入すればその辺の調査は可能であるだろうが、万が一王の耳に入ればエバクが何かしら処罰される可能性があるのでそれはやりたくないからな。
「では、どうしろというのですか?」
「代表戦当日に抜き打ちで記憶の検査をしろ。そうすれば向こうの思惑は阻止出来るはずだ」
なんせ向こうが知りたいのは当日使われる紋章である。それさえ伝わらなければ買収は失敗に終わるからな。それに検査員は全日程参加しているのではなく日によってメンバーが入れ替えられるのでエバクにそこまでの負担が掛からないはずである。
「もし、買収された鍛冶師がした場合はどうすれば?」
「そんなの引き渡した上で処分すればいいだけだ。そうすればエバクまで処分されることはないだろう」
不正させる前に捕まえて処分してしまえば共犯と見なされないだろうからな。それを考えればこれが現状最善の方法だろう。
「わかりました。そう致します」
エバクはアーバスの提案に賛成しながら誰も買収されていないことを信じるのであった。




