350話 ギルドにて
「アーバス様、申し訳ありません」
「いいんだよ。こっちも手伝って貰っているしな」
朝からルーファ商会の本部に来たアーバスはルーファと話しながらもルーファ商会の目録にある備品をチェックしていく。ルーファ商会は倉庫の機能を全てオレミナへと移設させるのだが、それの前段階として各地の倉庫で実施した在庫の確認がブラックボードの中のデータと合っているのかの確認作業をしているのである。本来ならアーバスには関係のない話なのだが、この確認作業が遅れているという話をルーファから直接聞いたので何もない土曜日の朝からこうして2人で作業しているのである。ちなみに他の本部の人間に任せても中々作業が進まないそうなので時間効率といった観点からもルーファが1人で作業しているそうだ。
「アーバス様は作業が早いのですね」
「魔法で補助して処理しているからな。魔法なしだと他の本部の人間と変わらないぞ」
アーバスは身体能力向上の魔法で処理能力を上げた状態で書類と向き合っているのでルーファと同じ速度で処理が出来ているだけである。ちなみにこの使い方はリリファスから教わったことであり、リリファス達勇者パーティーもそれをすることで膨大な書類の山を片付けているそうだ。アーバスはリリファスから聞いていただけで眉唾物であったが本当に効果があるなんて思ってもいなかった。
「身体能力向上にそんな効果があったのですね。本部の人間にも教えたいところですが、魔力がそこまで高くないのですよね」
「魔力の高い人間は諜報部隊や討伐要員になっているからな。商会で魔力が高い人物なんて少数派のはずだしな」
そういった人間をワザと配置しているのではなく、ルーファ商会には事務や鑑定のスキル持ちを配置している関係で元から高い魔力を持っている人が入るなんてことは少ないからな。そのことはルーファにも説明済だし本人承諾の上での配置しているからな。そして処理能力が向上するといっても商会では依頼の受付や商品の受け渡しなど、身体能力強化を使ったところで意味のない業務が多すぎて普段は無意味な代物だしな。
「失礼しますって何でここにアーバスがいるのよ」
「ギルドマスターが自分のギルドに居て何が悪いんだ?」
朝9時になろうかというタイミングてアミールとサーラがギルドへとやって来たのである。ルーファの話しではいつも土曜日の9時にやってきて依頼を受けているそうで、今日もいつもと同じ時間に来たみたいだな。
「そういえばそうだったわね。忘れていたわ」
「そうですね。普段はギルドに来てもいませんからね」
「おいっ」
そんなことをいう2人にアーバスはツッコミを入れる。確かにアーバスは普段ギルドにいないとはいえそれは言い過ぎじゃないか?
「アーバス、指名依頼は来ていますか?」
「今日は来てないな。何か受けたい依頼とかあるか?」
アーバスは作業で使っていたブラックボードをギルド用の物へと切り替えるとアミール達宛の指名依頼を確認するが、エリースからの指名依頼は入ってはいなかった。他にも指名依頼は見当たらないのでアーバスはアミール達に希望を聞く。
「なら虫型モンスターをお願いしてもいいかしら」
というアミールにアーバスは思わず右手に持っていたペンを落とす。左手に持っていたブラックボードも落としそうになったが、それは寸前のところで落とすのを回避する。
「お前偽物か?」
「失礼ね。本物よ」
と思わず聞くアーバスにアミールは半分怒りながらそう答える。アーバスは聞くついでに鑑定と看破も掛けたのだが、精神汚染等はなく偽物でも無かったので安心する。
「それならどうして苦手な虫モンスターを選ぶんだ。普段なら避けてたはずだろ?」
アーバスの記憶が正しければアミールは嫌いなモンスターの依頼は受けてないはずなので1番嫌いな虫モンスターは絶対に受けない依頼の1つのはずである。
「少し方針を変えて苦手はモンスターの依頼も受けようと思ったのよ。ほら、ダンジョンだと嫌でも戦わないといけないじゃない」
「なる程な。ならこの3つが候補かな」
とアーバスは依頼の一覧から虫モンスターだけを抽出すると3種類の候補をアミール達に見せる。この3つはモンスターの難易度というよりは虫っぽいかどうかであり、それぞれの特徴を順番に説明していく。
「ちなみにモンスターの難易度は全部一緒だからこれが簡単といったものはないぞ」
と言われそうである難易度やお勧めといったことがないことを先に言っておく。じゃないとどうせ聞いてくるだろうしな。
「わかった。じゃあこれを受けるわね」
と選択した依頼はサンドワームというモンスターで冒険者へ向かって地面から口を開けて攻撃するというモンスターだな。モンスター自体はそこまで手強いことはないのだが、地面から攻撃することと体力が多いことからAランクとなっているモンスターだな。
「わかった。転移の指輪にフェギノを追加したから向かってくれ」
「ありがとう。サーラ、行くわよ」
とアーバスから依頼を受けたことを確認するとアミールとサーラは転移の指輪で移動していく。転移の指輪とは代表戦の期間中にエバクが新たに開発した装飾品で、行き先は2つまでしか登録出来ないものの書き換えが可能であり、従来の転移石とは違って消耗品では無くなったことで転移石の大量生産が不要と非常に便利な品物である。アーバスはアミール達の転移リングに討伐先とタポリスのギルドを登録しておくことで転移石なしでの往復を実現することが出来たのである。まだ試験段階ではあるものの問題無ければ本格的に採用するつもりである。
「アミールさん張り切っていましたね」
「そうだな。その調子で代表戦も頑張ってくれるといいんだけどな」
夏休みに入ってダンジョン漬けの日々を過ごしているからかアミールのテンションが非常に高く、モンスターの好き嫌い関係なく倒しまくっているからな。この調子がどこまで続くかわからないが、今代表戦があれば最上位戦でも優勝できそうなくらいである。
「ちなみにですが、アーバス様は今回の代表戦の目標はあるのですか?」
「目標は代表戦総合優勝だが、そっちは上位学年が絡むから自分の力では何とか出来ないんだよな。少なくとも新人戦は優勝できるだろうな」
新人戦のメンバーは既に顔合わせを行った上にこちらから練習指導をしているからな。去年まで10年間の新人戦出場者のレベルを確認したが、やはりアミールやサーラレベルの実力者が出てくるということが無かったのである。ただ、最上位戦の方はテリーヌ先輩クラスの実力者がいたので最上位戦の方はテリーヌ先輩であっても個人戦優勝は難しいかもしれない。
「優勝ですか。それは大胆に出ましたね」
とルーファは何やらノートから1枚の紙を取り出すとアーバスに見せてくる。そこには10の大陸の名前とその横に何やら数字が出てくる。
「これは?」
「裏で行われている非合法の賭博の倍率です。左が新人戦で右が総合成績ですね」
どうやら毎年代表戦での成績を予想しての賭け事があるらしく、そのオッズらしい。トゥール主催ではないのだが、ルーファはこれの存在を知っており賭けてはいないもののどこが優勝してどれくらいの倍率になるのかを楽しみに予想しているらしい。
「というか何でセーティスの新人戦はこんなに低いんだ?」
「それは優勝候補筆頭だからですよ」
どうやらアミールとサーラのせいで倍率が低くなっているらしい。更に言えば参加しないルーファが今年のセーティスが強いと吹聴しまわっているいるのもあるらしい。ルーファがそれだけ言うのだから相当期待されてそうだから尚更負けれないな




