344話 打ち合わせ通りに
ブザー開始と同時にアーバスは手を振ってアミール達前線組を見送って姿が見えなくなると索敵魔法を展開する。本当は索敵魔法を展開しなくてもいいのだが、それだとどのように戦ったのかわからないので戦況を確認する為だけに展開したのである。
「本当に作戦なんて無いのですね」
「向こうも余計なことをして来ないからな」
「でも、戦力の割り振りくらいはしても良かったのではないですか?」
テリーヌ先輩と事前に取り決めた通り、初戦はお互いに奇襲などはなしの単純な前線同士での力勝負である。誰に何人当てるかなど細かい部分はあるが、アーバスはそれすら指示を出さずにリンウェルとターニーに全て丸投げしたのである。
「必要ないだろ。代表戦はお互いに実力を知らない者同士で衝突するんだしな」
戦力もそうだが、大事なのは運用だからな。シエスが歴代最強というくらいに強い学年なのに作戦運用に失敗して優勝を逃すなんて勿体ないからな。しかも作戦上アーバスは遊撃として姿を隠しながら奇襲をするので必要な時以外ではこちらから連絡をするつもりはないからな。
「ターニーには伝えているのですか?」
「というか全員に伝えてはいるぞ。理解しているかは知らないけどな」
最初に1組の方針を伝えた時にアーバスは索敵を兼務するが通信頻度は非常に低いということを伝えているのである。他のクラスは索敵と頻回に通信をしたり、指揮官の近くに索敵要員を配置したりして周辺の様子を確認しているからな。一応アロマとクロエが索敵も出来るのでターニーとリンウェルの隣で索敵要員になって貰いながら戦闘に参加してもらっている。この2人はそれぞれの団体戦でも索敵要員となるくらいなので実力としても問題ないだろう。
「そういえばこの試合って大将は誰なのですか?」
とサーラが聞いてくる。普段の試合では誰が大将かは事前にアーバスから個別に伝えられるのだが、この試合に関してはサーラはアーバスから事前に大将と言われていなかったのである。そうなると大将はサーラ以外ということになり、サーラとアーバス以外の全員は前線へと出ているので前線にいる誰かが大将なのだろう。
「大将なんていないぞ。全滅か残り人数が5人以下かつ相手との差が5人以上で決着というルールだ」
「凄い特殊なルールを用意しましたね‥‥」
大将ありのルールにしても良かったのだが、ただの力比べのルールにおいて大将は必要ないと思ったアーバスはこの1戦だけは人数参照のルールに切り替えたのである。勝敗も単純で全滅の判定となる5人以下にすることが基本ルールなのだが、それだと拮抗した状態で5人以下になった時に強制終了してしうのでそれに加えて優勢と言われる条件である5人以上の人数有利も必要としたのである。
「それをアミール達には伝えたのですか?」
「伝えてないな。むしろ、総力戦なのにその情報は必要なのか?」
総力戦といってもクラス代表が大将ということではないからな。対抗戦や代表戦でも大将をクラス代表でない人物にすることは少なくなく、1組はサーラやアーバスを大将にしていたし、4組もアロマが大将になったりしていたからな。それに代表戦本戦のメンバーはクラス代表が何人かいるので4年生側も1組のテリーヌ先輩に大将じゃないクラス代表に大将にしていても不思議じゃないからな。
「テリーヌ先輩を倒して終わりと思っていたらどうするのですか?」
「それはないな。リンウェルもターニーもそんな作戦を代表戦ではしてなかったからな」
リンウェルはアーバスの指示があるからなのもあるが、ターニーとリンウェルは相手のクラス代表が攻めてきたとしてもそこに過剰な戦力を投入することはしなかったのである。これはクラス代表が大将では無いということを理解しているからであり、過剰に戦力を投入して失敗した時に前線が崩壊するというデメリットがあるからそうしないのである。
「特に4年生は模擬戦でテリーヌ先輩が倒されて敗北しているから、テリーヌ先輩がアミールを相手にするのなら大将で来ないだろうしな」
前回の模擬戦で1VS1で敗北しているテリーヌ先輩からすると自身が大将でアミールと対峙すると負けることはわかっているだろうから大将ありだったら自分以外を大将に据えてアミールと勝負するだろう。一応他の主力を引き連れてアミールと勝負するということもあり得るが、不利になったアミールに置き土産として相打ちに持っていかれるかもしれないので自身が出撃する場合、大将は他の誰かにするのが無難だろう。
「というか向こうは総力戦なんですよね?何故私達はここにいるのですか」
とこの試合のルールを確認して気づいたのかサーラがそんなことを言ってくる。お互い奇襲なしの総力戦なら本陣を奇襲されるということはないので、アーバスとサーラも前線にいて問題ないはずなのである。特にサーラのバフは本陣からだとバフの質が落ちてしまうので後衛の中に混ざった方が戦線を支えることが出来ただろう。
「そりゃ本番と同じ運用をしないと練習の意味がないだろ。本番でも総力戦はあり得る話だしな」
アーバスがサーラを前線に出さなかった理由は単純だったのである。4年生側は総力戦を利用した陣形で出撃しているのに、アーバス達は普段通りなのは団体戦でも総力戦で突撃してくる相手が少なくないと思っているからで、その練習の為にも格上である4年生相手にわざと普段通りに出撃させたのである。
「4年生を踏み台にしていいのですか?」
「逆だろ。踏み台にされるくらいに弱い4年生が悪い」
4年生も欠して弱くなく代表戦では各種目の優勝候補が勢揃いであり久しぶりにセーティス王国が優勝するのではないかと言われているくらいである。裏を返せばそんな4年生を踏み台に出来るくらい強い1年生の方が異常なのだが、実際にそうなってしまったものは仕方ないとアーバスは思っている。
「と言っても総合戦力は1年生の方が下だから気を抜ける状態では無いんだけどな」
踏み台に出来るといってもそれはアミールやリンウェルなど個人でしかも1VS1に限られる話しであり、主力を抜いたメンバーや対人戦経験の差でいえばやはり4年生の方に軍配が挙がるだろう。
「ちなみにどちらが有利とかはあるのですか?」
「戦闘が始まっていない今の時点では読めないな。どちらが有利かなんて始まって暫くしないとわからないからな」
アーバスの中ではこの総力戦の勝敗は配置の仕方が重要だと思っており、アミールやリンウェル達前衛主力が負ければ4年生側の勝ち。逆にアミール達が4年生主力に勝てれば1年生の勝ちだろう。特に重要なのがアミールで、テリーヌ先輩達との対決でこの戦闘はお互いのエースがぶつかる都合上勝敗がつくとどちらがのエースが消えるということになる。
負けた側はその前に自身の対戦相手を倒しておかないと応戦することが出来ないのでエース以外の他の主力には早期の決着が求められてるのである。
「凄い繊細な戦いなのですね」
「見ている分には面白いんだけどな」
やっている本人達は緊張しているだろうが、観客からすればこれ以上面白い試合なんてないからな。アーバスがそう思っているのだからVIP室で観戦しているシエスには更に面白く映っていそうだな。
「噂をすれば前衛戦が始まるな」
「ちゃんと戦況を教えて下さいね」
と他人事のように面白く言うアーバスに戦況を見れないサーラはそう言うのであった。




