343話 お互いに全力で
「全員揃ってるか?始めるぞ」
昼食を終えてアリーナへ戻ったアーバス達は集合時間と同時に会議を始める。普通なら試合前に相手と挨拶をするのだが、それはさっきアリーナで練習する際に済ませているので行かなくていいのである。
「試合数だが、時間の許す限りやるつもりだ。制限時間や作戦会議時間も取ってあるから最低でも3戦はするつもりだ」
試合は代表戦本番と同じルールと制限時間であり、それに加えて試合との間に10分の作戦会議時間を設けている。なので作戦の変更は可能な上に試合毎に色々な戦術も試せるのは良いことだな。
「ということは色々な作戦を試すということですね」
「そうだターニー。大まかな戦術自体は変えるつもりはないが、試合毎に細かい部分で変化を加えるつもりだ」
1組の作戦として基本的にはアミールを中心とした力押しということには変わりないが、それ以外に奇襲や前衛と後衛の連携やバランスを調整する必要があるので初回の練習ではアーバスが事前に考えた布陣で問題無いのかの確認が主となっている。
「それで?最初の作戦はどうするのよ。まさかいきなり奇襲とかやるんじゃないでしょうね」
「そんな訳無いだろ。奇襲とかは2試合目以降だ」
とアミールが聞いてくるが、アーバスはそんなことはないと断言する。奇襲するのもアーバスの作戦の中にはあるものの、初回からそんなことをするつもりはない。なんせ向こうも様子見だろうから作戦勝負というよりも純粋な力比べになりそうだしな。
「でも、作戦はあるんだよね?」
とクロエが聞いてくる。なんせ練習なのだから色々と試す場である上に団体戦の練習は週一回なのである。効率良く色々な作戦を試さないと時間が足りなくなるだろう。
「初戦は細かい作戦はない。純粋な力比べをするつもりだ」
とアーバスは自信満々に言い放つと3組と4組が座っている席からざわつきの声が聞こえる。まさか初戦から何もなしで戦うなんて思ってもいなかったのだろうな。
「理由を聞いていいか?」
動揺する他クラスのメンバーの中で冷静だったクロロトはアーバスに理由を聞くために質問する。どうやらクロロトはアーバスが無策で初戦を戦うのには何か理由があると思っているみたいだな。
「単純に現状の把握だな。今の時点で俺の指示なしでどれくらい戦えるのか確認しておきたいだけだ」
これには意図があって他のクラスは通信を使って頻繁に連絡と取り合っているのに対して1組の場合はアーバスが基本的に姿を消して奇襲することが多く、そのせいで通信に出ないということが多いのである。その為、アーバスからの通信が無くても作戦は円滑に進める必要があり、現場で判断しないといけないことが多々あるのである。なので、他のクラスから来ているメンバーにはそれに慣れてもらわないといけないのでアーバスは敢えて作戦なしで行くことを決めていたのである。
「後、俺は手出ししないから初戦は前線が勝てるかどうかで勝敗が決まるはずだからそのつもりでいてくれ」
とアーバスはメンバーにプレッシャーを掛ける。なんせクラス単位では1組は4年生相手でも勝てるということを全員に共有しているので、この試合もやり方次第で勝てるとアーバスは言ってるのである。
「各指揮官は前衛はリンウェル、後衛はターニーに任せる。通信のやり取りの頻度も全て任せるから頑張ってくれ」
とアーバスが言うと2人は無言で頷く。どうやら勝って当たり前と思われて緊張しているみたいだが、初戦で失敗ところで指揮官を変えるつもりはないから安心して指揮して欲しいんだけどな。
「そろそろ時間だな。今日は全試合本番のつもりで頑張ってくれ。いくぞ」
アーバスは全員に気合を入れるとスタート地点である本陣へ移動するのだった。
☆
「テリーヌ初戦はどうしますか?」
ここは場所が変わって4年生側の控え室で、全員が揃ったタイミングで参謀であるミーナはテリーヌに初戦の作戦をどうするのかを確認する。
「そうですね。初戦は力比べにしましょうか」
とテリーヌはうーんと悩んだ後、そこように言うが、その口調にはどこか余裕があり、まるで初戦は決めていたかのような言い方であった。
「いいのかい?今年の1年生は歴代最強らしいぞ」
と言うのは4年S2組のクラス代表であるミュリエルである。今年の1年生は異常に強いと知られており、その異常なダンジョンの攻略速度と強さは最高学年である4年生に匹敵するとミュリエルは聞いていたのである。そんな強さの1年生相手にほぼ無策と言って良い力比べでいいのかと疑問に思ったのである。
「問題ありません。というより向こうからのオーダーですからそれに合わせただけです」
午前中にアリーナで1年生の模擬戦を視察していた時に実質的なリーダーであるアーバスくんから初戦はお互いに力比べで対戦して欲しいという話があったのである。恐らく追加10人を加えた代表戦メンバーが何処までの実力なのかを確認する為だろうが、まさかそれを4年生相手にやるとは思わなかったのである。
「代表、陣形は普段通りでいいんだよな?」
「それで大丈夫です。奇襲もしないと聞いていますので思いっきり戦ってください」
前回の模擬戦では1年生に奇襲で主力2人退場させられるという屈辱を味わったが、初戦はそれは無いと聞いて1組メンバーは安心する。なんせ前回味わったアーバスによる奇襲のインパクトは強烈であり、ノーダメージで撤退されてしまったことから1組は試合後から奇襲の対策や対処の仕方を重点的に練習していたのである。
「テリーヌ。1年生の強さはどうだったの?見ていたのでしょ」
とミーナは1年生の様子について聞いてくる。テリーヌとミーナは同じパーティーで、テリーヌが1年生の練習を観戦する為に午前中の練習を休んだのを知っていたので1年生の成長具合を確認する意味も込めて聞いたのである。
「既に全体的に仕上がってますね。歴代最強と言われるのも納得ですよ」
とテリーヌは個人戦の練習を見た感想を言う。テリーヌは去年も新人戦の練習を見ているのだが、去年と比べて今年の1年生はBランク冒険者が多いこともあってか練習のレベルが全体的に高く、最上位戦メンバーと練習しても問題ないくらいである。
「そして、アミールさんのパーティーは飛び抜けて強いですね。先月よりも格段に強くなっています」
とテリーヌはアミール達をそう評価する。模擬戦でアミール、サーラ、リンウェルが代表戦ルールで戦うところを見たのだが、技術や魔力が先月見た代表戦の時よりも格段に上がっていたのである。特に伸びていたのはアミールで、剣の速さと鋭さに更に磨きが掛かった上に魔力も明らかに向上していたのである。
「テリーヌ、それは不味くないですか?」
とミーナは焦った顔をする。なんせ先月の模擬戦でテリーヌはアミールに1VS1で負けているのだが、その時よりも強くなっているのであればテリーヌだけでは勝てないということなので誰かしらの応援が必須となる。
「わかっていますよ。キバナ、ドルヌイ。貴方達は私と一緒にアミールさんの迎撃に当たってもらいます」
その一言に4年生全員に衝撃が走る。テリーヌ、キバナ、ドルヌイは4年生S1組の前衛最高戦力である。1年生の首席1人相手に切り札の3人を出さないと対抗出来ないという事実に本当に1年生なのかと疑いを掛けたくなる。
「テリーヌ、そんなに必要なのか?」
「これでも五分なんですけどね。ですが、これ以上人材を引き抜くと前衛が崩壊しますからね」
なんせ近接戦代表のクロロトや教員推薦枠のリンウェルという前衛にいるのである。今日の練習を見た限りでは代表メンバーに対してクラス代表を1人当てる必要があり、それを考慮すると3人が引き抜ける限界であった。それに総合戦代表のサポーネが団体戦代表に漏れるくらいの層の厚さだ、主力以外の前衛陣はほぼ互角と計算した方がいいだろう。
「皆さん。相手は1年生ですが、強さは本戦で対戦する相手と遜色はありません。練習というよりは代表戦本戦だと思って戦ってください」
テリーヌはそのように締めくくると全員を引き連れてアリーナへと向うのであった。




