270話 完璧と見られても思うところがある
「想定していた作戦はこれくらいかな。他にも色々と考えられることはあるが、お互いに時間が無いこともあってそこまで辿り着けないと思って排除した」
「お、お見事です」
アーバスが想定していた4年生側の作戦とそれに対応した行動マニュアルを一通り話すとテリーヌ先輩は降参とばかりに声を上げる。テリーヌ先輩がこの土日の間に考えた作戦は全てアーバスに読まれており、それに対する作戦も戦力を均衡にするところまで含めて完璧な対応であったのだ。
「それでも想定外があったように思えますが?」
「4年生側に個人戦の成績が共有されていないと思っていなかったな。個人的に調べれば簡単に手に入れていたのでてっきりテリーヌ先輩達も手に入れていると思っていたんだが」
「映像の確認だけで相当な時間を使いましたからね。個人戦の結果は確認してはいましたが、教員推薦枠の確認は怠りましたね」
何せ新人戦を勝つことしかない頭に無かったアーバスでも最上位戦の結果くらいは確認しているからな。試合の映像はシエスに断られたので試合の詳細は伝聞でしか拾えなかったが、それでも情報としては十分な量は集まったしな。アーバスは4年生側が個人戦の結果も確認した上で作戦を考えて来ていると踏んでいたのでそこは予想外だったのである。
「それと作戦と連携なんだが、俺達のクラスには1つ問題があってな」
「それはなんですか?」
アーバス4年生に勝った自分のクラスに対して不満があるみたいである。テリーヌ先輩としては文句の付けようがないクラスに聞こえたので課題と聞いて何処にあるのかわからなかったのである。対してシエスはそれを知っているようでニコニコしながらそれを聞いていた。
「アミールとジャックが作戦行動が苦手なんだよ。だから細かい連携を使った作戦を立てないようにしているんだ」
アーバスも本当ならロイン達みたいに特定のタイミングで前衛を引いて相手に一方的に攻撃魔法を撃ち込んだり、特定の範囲だけアミールにフィールドを張ってもらって乱戦をしたりと色々と試したい作戦があるのだが、作戦行動が苦手な人物が前衛主力にいるせいで作戦が実行することが出来ないのである。
「もしかして団体戦の練習が週1回というのは」
「その2人が理由だな。作戦の連携を練習するよりもダンジョンで実践経験を積むほうがこのクラスに合っているからな」
それを聞いてテリーヌ先輩はどうして1年生の団体戦の練習が週1度だけなのかを理解する。恐らくその1回も模擬戦形式の練習で試合を通じて最低限の連携を作る為のものであるのだと察しがつく。
それをわかっているからこそ、団体戦の練習を最低限にして残りをダンジョンなどの自分を成長させる時間に当てるように促しているのだろう。テリーヌ先輩はてっきりアーバスが自身の攻略ダンジョンのレベルを上げる為に練習時間を削っているのだと思っていたのだが、そうでもなくクラスが1番勝てる為に考えた結果なのだと知って逆に関心する。
「アーバスくんは意外と考えて行動していますからね。アミールさんが劇的に強くなったのも彼のお陰ですからね」
「意外とは余計だ。それに真面目に練習してくれているからこそこっちの予定よりも速く成長が進んでいるからな」
なんせ魔力操作なんて最初に見たときは半年は掛かると思ったからな。それが1ヶ月程度で終わったのだから背景には相当な努力があったのだとアーバスは思っている。
「そうですよ。アミールさんの実力が聞いていた情報よりも明らかに強かったですからね。あれでBランクはランク詐欺ですよ」
別人のような強さになったアミールに対してテリーヌ先輩はランクに見合っていないと声を上げる。確かに今の状態だと適正ランクはAランク以上だろうが、それは急激な成長にランクが追いついていないだけだからな。
「そう言っても入学当初のランクは適正だったからな。確かに剣術のレベルはAランク相当だったが、氷魔法しか使えなかったからな」
「そうですね。魔力操作を今よりも無駄が多かったですので冒険者ランクは適正値だったと思います」
王都の冒険者ギルドが不正をしていたせいでアミール達の冒険者ランクが不当に低くしていると思われがちなのだが、実は冒険者ランクは不正が介入することが限りなく不可能な仕様となっていたので正当な評価となっていたのである。
「えっ、適正だったのですか。それならこの数ヶ月の間に劇的に強くなったということになりますが」
「その通りですよ。アミールさんが使っていた雷属性と属性融合、そして高度な魔力操作はこの学園に来てから習得したものですよ」
シエスは「全てはそこにいる人のせいですけどね」と付け加える。アーバスとしてはハードを目標としているパーティーメンバーに対してハードでも戦えるような実力作りをしているだけだからな。基本的には本人の意思で練習しているし、アーバスも目標に対して無茶な指導をしているつもりもないからな。
「聞きたくないのですがダンジョンの攻略レベルって聞けたりしますか?」
とテリーヌ先輩が恐る恐るアーバスに聞いてくる。アーバス達は攻略レベルを秘密にはしていないが、パーティーによっては秘匿しているところもあるからな。なのでダンジョンの攻略レベルを聞くことはタブーという風潮があるのだけれど、それを知っていても尚、テリーヌ先輩はどれ程攻略が進んでいるか気になってしまったようだった。
「今はレベル21を攻略中だな。木曜日には攻略出来るんじゃないかな」
細かな魔力操作や属性融合の練習に一区切り付いたのもあって今までしていなかった放課後のダンジョン攻略を始めるつもりなのである。これはダンジョンが1日で1レベル上がらなくなったのが原因となっており、最初の5層で一度最下層のボスと戦うのとその後の次のレベルの5層目のボスが非常に弱く感じてしまうのでそれを防止する為に、攻略する日を平日に追加して切りの良いところから始めようというのが目的だな。
「レベル21ですか、それって私達の次に攻略が進んでいるのではないですか!?」
「そういうことになるな。というよりこのペースだと夏休みが終わる頃には抜かせそうだな」
テリーヌ先輩はその攻略の速さに驚いているみたいだが、アーバスとしては当然なくらいのペースなのでそこまで気にしてはおらず、どれくらいで抜かせそうかまで答えてしまう。
「どうやったらそんなペースで攻略出来るのですか…………」
「索敵で最短ルートがわかっているから迷子にならないんだよ。だから他のパーティーよりも1層に対する攻略の時間が短いんだよ」
なんせアーバスが各階の階層を丸裸にしているのでダンジョン攻略でよくある次の階層まで闇雲に彷徨うということがないからな。それだけでもダンジョンの攻略速度が劇的に速くなるのだが、それに加えてイレギュラーモンスターをアーバスが倒しているせいでダンジョンの攻略途中に全滅したり、誰かが退場になるといったことがないからな。
「私から一言付け加えておくとアーバスくんのパーティーだけは別次元ですから気にしない方がいいですよ」
「シエス、それは言い過ぎじゃないか?」
確かに一般生徒よりも遥かに速いペースで攻略してはいるが、殆どアミール達に戦闘を任せて実績を積ませているので問題ないはずなんだけどな。それに習得している魔法は上位の冒険者が使う共通の魔法しか教えていないしな。
「なる程……。ちなみにアーバスくん、その週一度の模擬戦を私達が相手してもよろしいですか?」
「むしろ上級生と模擬戦をしたかったので丁度良いくらいだ」
テリーヌ先輩は何かを考えた後にアーバスに模擬戦の対戦相手として自身のクラスを提案する。アーバスとしてはアミール達の練習相手としては問題ないだろうと思って了承する。それから次の模擬戦の日程の候補をある程度決めて解散となった。




