267話 奇襲後の4年生
「テリーヌ大丈夫ですか」
「大丈夫よ。それよりも被害はどうなっていますか」
ミーナはアーバスのいた場所に向けて上級魔法であるアクアパルスを放った後、急いでミーナの元へと駆け寄っていた。テリーヌは既に麻痺の状態からは回復しており、ミーナに奇襲での被害の状況を確認する。
「ドルヌイとキバナが退場しましたが、それ以外は全員健在です」
「前衛主力じゃないの。やってくれたわね」
テリーヌは退場した人物を聞かされると思わず苦い顔をする。4年生の作戦ではテリーヌがアミールと戦っている間にドルヌイとキバナを主軸とした前衛で1年生前衛を圧倒するつもりでいたのだが、その作戦が一瞬にして崩壊してしまったので作戦の立て直しとなってしまう。
「ミーナ。このメンバーで1年生前衛と戦える?」
「戦えはしますが優勢は難しいでしょう。取れて均衡かと思います」
ミーナは残った前衛の戦力を計算してテリーヌへと伝える。退場したのは2人ではあるものの4年S1組の前衛を支えてきた主力の退場となるとその損失は大きすぎたのだ。これによりドルヌイとキバナの2人掛かりでリンウェルを優先的に倒すということも出来なくなったのである。ミーナは残ったメンバーでどうやってリンウェルを止めるか考えるが残ったメンバーの上位2人で対応してやっとだろうと推測する。
残りの前衛は4年間やってきただけあって技術では優勢だとは思うものの、それだけで1年生の前衛から簡単に優勢を取れるとは思ってもいなかった。
「ちなみに本陣を強襲することって出来ると思いますか?」
「可能ですが、その場合はテリーヌ単独での奇襲となりますので失敗すればその瞬間に敗北が確定すると思います」
テリーヌは1年生本陣への奇襲を提案するが、相手の本陣にいるのは大将であるサーラだろう。サーラは冒険者としてBランクの上位に居るだけあってか学年が違うテリーヌとミーナでもその話を聞いたことがあるくらいだ。その話が本当であるのなら生半可な奇襲部隊では障壁を突破することは難しく、確実に倒すとなると主力級を送る必要があるだろう。
ただ、前衛主力であるドルヌイとキバナが退場している以上サーラを倒そうとするのであればテリーヌを奇襲要因として送るしかなく、その場合は前衛は確実に崩壊するのでテリーヌが奇襲の成功可否がそのまま勝敗に直結することとなる。
「ならやめておきましょう。索敵や通信に妨害が掛かっている以上単独での奇襲はリスクだらけです」
テリーヌ達は試合開始直ぐに展開された索敵と通信妨害を即座に把握しており、何とか解読をしようとしたものの妨害魔法が非常に高度なものであったせいで解除するのを諦めたという経緯があるのだ。その状況でしかも自分達の場所も正確に把握出来ていない状態で奇襲するとなれば、1年生の本陣を正確に把握出来ていない状況で奇襲することになる上に迷子や逆に襲撃されるといった危険性が出てきてしまうのだ。失敗すれば敗北確実というのだからここは奇襲という無理をせずに均衡を取れるだろう前衛戦で勝つ方がまだ勝率は高いだろう。
「アーバスくんはどうしますか?あの実力では本陣を奇襲されれば確実に負けますよ」
テリーヌは逃げたアーバスの動向を心配する。なんせアーバスの実力が予想していたよりも数段階も強かったのである。アーバスはドルヌイとキバナを倒すと姿を消すと行方を眩ましたのだが、その先が本陣であったとしたら配置していた護衛は確実に倒されて本陣はあっと言う間に削られてしまうだろう。
「1年生の前衛を抑えながらどうやってアーバスくんを抑えますか?ミーナには名案がありますか?」
「それは…………」
とテリーヌがミーナに作戦があるのかと聞くとミーナは返事に詰まる。なんせ現状の戦力で1年生の前線と互角なのだ。その状況でアーバスへ対抗できる戦力をどこから捻出したらいいのだろか。
「それとどうやってアーバスくんを見つけるのですか。ミーナ、位置はわかりますか?」
「……………」
ミーナはテリーヌのパーティーで索敵を担当しているのだが、テリーヌにアーバスの所在を聞かれて完全に言葉を無くす。ミーナはアーバスの妨害によって索敵が使えない状態なのに透明化して目視でも見えないアーバスの位置を探し出すことなんてできるわけが無かったのだ。
「そういうことだから私達はこのまま総力戦で戦うしか無いのよ」
「それしかないのですね」
テリーヌの言葉を聞いて4年生はもう自分達には総力戦しか残された道がないことに気づかされる。テリーヌ自身もこの短時間で何かできることがないか考えたのだが、どの作戦もアーバスの目を掻い潜って仕掛けることが出来ないというのが結論だった。
「それにアーバスくんは総力戦を望んでいますからね」
「それは一体どういうことですか?」
アーバスが総力戦を望んでいると言い出したテリーヌにミーナはどういうことをか意味がわからなかったのである。普通は総力戦というのは相手からしたら脅威であり、こちらも全力を出しても負けてしまう可能性もある一大勝負なのである。それなのにアーバスはそれを望んでいるとはどういうことなのだろうか
「アーバスくんは自分のクラスメイトに実践経験を積ませたいと思っているのですよ。その為に先程の襲撃でワザと均衡になるように戦力を調整したのです」
「負けのリスクは1年生の方が大きいのに何故そこまでするのですか?」
この模擬戦の負けた時のデメリットは明らかに1年生側にしかなく、4年生側はデメリットが一切ない模擬戦なのである。普通なら全力で叩いて当然な状況なのにも関わらずクラスメイトの実践経験の為に勝てる場面でトドメを刺さないというアーバスの神経にミーナは一切理解が出来なかったのである。
「1年生の決勝リーグの試合を見たのだけれど1組はアミールさんとリンウェルさんによる一方的な試合ばっかりで他の前衛は残党処理ばかりで全くと言っていい程実践経験が積めてないのですよ」
これは映像試合をずっと見ていたテリーヌは気付いたのだが、先の代表戦ではアミールとリンウェル以外の前衛は全く活躍していないのである。3組戦では少しは戦っていたものの、2人の活躍のせいで残りの主力組であるジャックやニール達が相手主力と戦わずにそれ以外の格下と戦っていたのが現状なのである。
それによって実は1組は対人戦の実践経験はアミールとリンウェル相手の個人戦形式の模擬戦でしか出来なくなっており、対抗戦の相手として既に1年生相手では満足出来ないくらいの状況となってしまっているのであった。
「つまり私達は1年生の踏み台ということですか」
「そうですね。ついでに言えば先程の奇襲で私達は敗北したのと同然ですのでここからはただの悪足掻きですけどね」
踏み台ということを痛感するミーナを始めとした4年生はプライドを破壊された気分ではあるが、テリーヌはトドメに先程の奇襲で4年生は敗戦したことを伝える。これが模擬戦だからアーバスがテリーヌを倒していないだけでこれが代表戦本戦なら確実に倒していただろうとテリーヌは思う。
てっきりシエス学園長からこの模擬戦を非公開としたのは4年生が1年生をボコボコにするのがみっともないからだと思っていたのだが、学園最強と言われる4年生S1組が1年生に負けるところを見せたくないと言うのが本音だったと気付かされる。
「でも、だからといって状況はお互いに均衡な状況です。ここは上級生の意地を見せて勝ちますわよ」
テリーヌは落ちかかっていた士気を再び入れ直すと1年生に勝つべく進軍するのであった。




