196話 不正を利用する
「ねぇ、アーバス本当に作戦なしでいいの?」
試合開始早々に勢いよく飛び出したアミールが通信を使ってそんなことを言ってくる。
「あぁ、問題ない。何せアミールの方が実力が上だからな」
心配するアミールを他所にアーバスは何も気にすることは無いとアミールに言い返す。何せ相手のパーティーは作戦で戦うだけで実力はアミールに遠く及んでいないからな。ただ、特殊属性は実力があったとしても食らってしまうのでこの試合も特殊属性無効化とスタン耐性の指輪は装備してもらっている。
「でも、向こうは卑怯な戦法で戦って来るのでしょ?」
「そうだけどこっちには殆ど通用しない作戦ばっかりだからな」
相手はどう想定しているかはわからないが、アミールは多少囲まれたところで力負けすることはないからな。ただ、決勝のフィールドが森林という隠れる場所が多くて奇襲がしやすいことから相手に有利なステージと言えるな。
「アーバス、向こうの動きはどうなっているの?」
「まだ、索敵している段階みたいで闇雲に探しているみたいだな。1番近い奴まで後200メートルくらいの距離があるな」
相手はまだアミールを見つけることが出来ていないようで索敵しながら敵を探しているみたいだった。1番近い敵もオールマイティーの奴ではなく、しかも索敵手段を持ってないので余程近づかない限りはアミールが見つかることはないだろう。
「わかったわ。また、近づいたら教えて頂戴ね」
「了解した」
そう言ってアミールとの通信を終了する。通信は相手にオールマイティーがいるので逆探知されるかもしれないのだが、アーバスは通信にも聞かれないように特殊な妨害魔法を組み込んで送受信しているので探知されたとしても話の内容まで聞かれることはないだろう。
「アミールは何て言っていたのですか?」
「本当にこれで良いのかと聞いてきただけだな」
アミールとの会話が気になっていたのかサーラが会話の内容を聞いてくる。戦闘になってないかや罠に掛かったのかの心配だったみたいだが、それは今のところは杞憂だな。
「アーバス、今相手の索敵に引っ掛ってないと言ってたが本当なんか?」
「本当だぞ。相手は闇雲に探しているだけだ」
オールマイティーのヤツから1番遠い位置をアミールが移動しているせいか、接触まで残り200メートルを切っても誰もアミールを見つけることが出来て居なかったのだ。それどころか敵はアミールから離れるように移動しているのでこのままだと敵のフラッグまで素通り出来そうだな
「何か気になったのですか?」
「ウチの記憶やとオールマイティーの生徒の索敵範囲は500メートルはあったはずやからな。普通なら見つかってるはずやからおかしいと思ってな」
準決勝でのオールマイティーの子の索敵範囲は全てを把握出来る程の索敵範囲は無いものの、それでも直径500メートルとAクラスにしては大きすぎる索敵範囲を持っていたのである。対してアミールは全試合開始直後からフラッグへの最短距離で進んでいるので普通であればそこに索敵を配置して真ん中を中心に捜索するのが普通であるのだが、相手はフィールドの1番外に索敵を置いてそこを中心に索敵をしているのである。
「予測であるが答えれるぞ」
「心当たりがあるんか?」
「聞きたいですね」
どうやらアーバスは知ってるらしく、何も知らないサーラとリンウェルは聞いてくるのでアーバスは何も躊躇いもなく答える。
「どうやら控え室を盗聴していたみたいでな。一芝居打っておいた」
「……………何か納得いきました」
「やからここに来たタイミングで全てを無かったことにしたんやな」
「そういうことだ」
実は事前見学から帰ってきた時にアーバスは机の下に盗聴機が仕掛けられているのを発見していたのだ。最初に控え室に来た時には仕掛けられていなかったので、アーバス達が事前見学に行っている隙に仕掛けたのだろう。それ気づいたアーバスは作戦会議の際にアミールに中央は罠が仕掛けられているかもしれないからと右から迂回してフラッグを強襲するように指示を出しておいたのだ。相手はこれを聞いて右側に戦力を集中させたみたいなのだが、アーバスはそれを試合開始直前で全て無かったことにしてアミールに中央突破の指示を出していたのである。
「でも、それってそろそろ向こう側に気づかれるんやないか?」
もし、芝居を打っていたとしても索敵範囲に引っかかるこのタイミングでも索敵に誰も居なかったら向こうを流石に気づくだろう。
「位置偽装しているからそれはないな」
「なんてもの使ってるや…」
「位置偽装って何ですか?」
リンウェルの質問にアーバスが答えるとリンウェルは決勝とはいえそんな高度な魔法を平気で使うアーバスにリンウェルは味方でありながら絶望する。位置偽装とは妨害魔法の一瞬で索敵してくる相手に本来とは違う場所に索敵が反応してしまうというものである。それにより本来ならアミールは発見される位置に居ないにも関わらず索敵上はアミールは相手チームへと近づいているということになっているのだ。
「それって目視でバレないのですか?」
「隠密を使っていたら目視では気付きにいくから目視で見抜かれることはあんまりないな」
隠密は周囲から気づかにくくなる効果があるので、周りが見にくい森林フィールドなら隠密を併用すれば索敵でバレても目視で見えるということは起こりにくいだろう。
「それで準決勝と決勝でアミールに隠密の装飾品を持たしてるんか?」
「単純に有効だから使って貰ってるだけだ。周りが見えににくいところでは隠密の効果は絶大だから使うに決まっているだろ」
決勝が草原などの開けたフィールドならアミールに隠密を持たせなかったのだけどな。相手はアミールが準決勝で隠密を使っていることを知っていたのでアミールが目視で見えそうな距離になってもアミールが見えないことに違和感を覚えないんだろうな
「さてと仕上げに入りますか。サーラ」
「どうしましまか?」
「距離があるんだが、ここにヘルファイアを撃ち込むことは出来るか?」
とアーバスは地図を取り出すとその場所を指差す。そこは今まさに相手パーティーがアミールを嵌めようと動いている場所なのだが、直線距離で500メートル以上離れている場所なのでアーバスは撃ち込めるかの確認をしたのだった。
「威力は落ちると思いますが可能ですね。今撃てばいいですか?」
「そうしてくれ」
アーバスが言うとサーラはヘルファイアを撃つために集中し始める。スライムキングの時は直ぐに撃ち込んでいたはずなのだが、集中しているのには結構な遠距離なので狙った場所に着弾させる為なのだろう。
『ヘルファイア』
サーラが魔法を放つとアーバスの指定した場所に寸分違わずにヘルファイアが炸裂する。ヘルファイアは周囲の森を燃やしつくしながら全てを火で飲み込んでいく。
「どうでしたか?」
「完璧だな。今ので2人退場したな」
炸裂したヘルファイアはオールマイティーの人物の真上で炸裂したこともあってか、オールマイティーと近くにいたヒーラーを巻き込んで退場させることに成功したのである。ここでやっと敵チームはこれが罠に気づいたのか急いでフラッグの元へと撤退していく。
その間もアーバスはサーラに指示してファイアーレインで追撃を仕掛けており、残った2人はダメージを負いながらも何とか自陣のフラッグの元へと到達する。
「やっと来たわね」
自陣フラッグには既にアミールが到着しており、アミールは帰ってきた2人も見ると既に引き抜いていた氷刀に魔力を込める。2人はまさかアミールに先回りされていると思っていなかったのでその場で理解が出来ずに固まってしまう。
「さようなら」
とアミールは2人の元へと一瞬で到達すると氷刀で残り2人のHPを全て刈り取って退場させるのだった。




