144話 それぞれの作戦
「改造された形跡はなしか」
アーバスは、シヴドラの死体を見ながらそう呟く。シヴドラ自体はそこまでの強さがなかったものの、ドラゴンがネクロマンスの魔法を使うことに違和感を感じて死体を調べたのだが、特に魔法で改造されたりといったことはなかったのだ。
(ならどこでネクロマンスの魔法を覚えたんだ?)
シヴドラは、鱗が漆黒であるが分類上はレッドドラゴン系なのだ。なので火属性上位の魔法は勝手に覚えたとしても闇属性魔法のネクロマンスは自然に覚えることはないのだ。しかもネクロマンスは最上位魔法に当たるのでシヴドラは闇属性をマスターしていたということになる。
(殺したから記憶見れないしなぁ)
記憶を除く魔法には生きていることという制限があり、既に死んでいるシヴドラに記憶を見る魔法を使っても何も見ることが出来ないのだ。まだ死んですぐなのでエクスハイヒールをかければ蘇生することはできるが、またシヴドラの相手をしないといけないのが面倒だな。
(いっそ屈服するまで何回も殺すのもありか?)
と、アーバスは一瞬考えたが、それをしたところでシヴドラが屈服するとは限らないし、魔力も勿体ないので蘇生するのは諦めることにした。
(ただ、何か裏があるかもしれないから警戒しておかないとな。もしかしたら別の組織が動いているのかもしれないしな)
いくらトゥールのトップのアーバスと言えど全てを知っている訳でもないし、トゥールが裏の世界全てを管理出来ていると思ってはいないからな。これが組織的だった場合は潰しておかないと世界の平和に影響が出かねないので調査は必要だろうな
「さてと、そろそろ死んだフリするのはやめたらどうなんだ?」
アーバスはそんなことを思いながらシヴドラの横にいたもう1体のドラゴンに声を掛ける。ドラゴンは既に一部白骨化しているが、頭は残っているので意識はあるだろうからな。
「何故意識があるとわかったのだ?」
「ネクロマンスの魔法は術者が死んだ場合は5分だけ魔法が続くからな」
シムタイはアーバスに言われ目を開ける。ネクロマンスの魔法が術者が対象の魔法を解除すれば即座に骨になるのだが、術者が何らかの理由で死んだ場合はモンスターの中にある術者の魔力で5分だけネクロマンスの魔法が続くのだ。アーバスはそれを知っていたので、シムタイの意識がまだあるのは知っていたのだ。
「さて、何故俺達を裏切ったんだ?」
「それは我の意思ではない。シヴドラの魔法の命令だ」
やはりそうか。身体が腐敗し、一部が白骨化しているのを見るにドラゴンとしての身体がこれ以上保てそうにないからシヴドラが引き上げたのだろう。チッタを攫うのはついでで失敗していたとしてもシムタイはここへ来ることになっていたのだろう。
「なら最初の時に魔法で蘇生されたと言えたはずなのに言わなかったのはどうしてなんだ?」
「それも魔法で口止めされていたからな。仮にアーバスが聞いてきたとしても答えれなかっただろう」
ネクロマンスにそこまでの制限があるなんてな。アーバスはてっきり蘇生と簡単な命令の効果しかないと思っていたが、細かい命令も出来るなんてな。それが本当だとしたら大きな発見だろう。
「これで最後の質問だ」
その質問にシムタイは目を見開いて頷くのだった。
「チッタ。助けに来たよ」
ルーは地上へ着地するとまっ先にチッタの元へと駆け寄る。チッタは人型のまま柱に鎖で括りつけられた状態であった。
「ルー、どうしてこんなところに」
「それはアーバス様の命令です」
「そうなのね。ありがとうございます」
チッタの質問にルーの後ろからゆっくり歩いてきたリーゼロッテが答える。チッタは誰だか知らないので警戒したが、アーバスの部下ということがわかると安心したようだ。
「チッタ、今から解放するからね」
「待ちなさい」
とチッタの鎖を解放しようとしたルーをリーゼロッテが止める。鎖は一見普通そうに見えるのだが魔法が付与されているのをリーゼロッテは見逃さなかった。
「おばさん、何で止めるの?」
「おばっ」
「イッたーい」
リーゼロッテはその言葉を聞いて反射的にルーの頭頂部をグーで殴る。リーゼロッテの年齢は800歳を超えているのでそういう自覚があるにはあるが、100歳を超えるドラゴン達には言われたくはなかった。
「良く見なさい普通の鎖じゃなくて闇属性のダークチェインよ。これに触れたら能力全て消されるわよ」
ダークチェインとは闇属性の継続型の魔法の1つで、触れている敵の能力を全て無効化するという能力を持っているのだ。これによりチッタは人型からドラゴンの姿へと戻れなくなっており、しかも魔法は一切使えないという普通の人間と変わらない状態になっていたのである。
「じゃあどうやって破壊するのさ」
「こうするのよっ」
リーゼロッテは手に闇属性を付与するとそのまま突きの要領で鎖の切れ目に突き刺すと、ダークチェインは粉々に砕けて消えて行ったのだ。
「チッタ」
「ありがとうございますえーっと」
抱きつくルーを余所目にチッタをお礼を言おうとするが、名前を聞いていなかったので言葉に詰まってしまう。
「リーゼロッテよ」
「!!!!」
その名前にチッタは驚愕する。リーゼロッテとは暗黒属性魔法の使い手で、ネクロマンスの魔法の技術に関しては追随するものはおらず、英雄や神をもネクロマンスで蘇らることが出来ると噂で聞いたことがある。その噂から漆黒の魔女や悪魔の魔女と恐れられている人物である。最近は暴れている噂は聞かないがまさかこんなところに出会うとは思わなかった。
「あら?ちょっとそのままでいてくれる?」
リーゼロッテはそういうと闇属性の障壁でルーとチッタを覆う。すると
「ギャオォォォォォッ」
「「キ(ギ)ャァァァァァァァッ」」
という声と共に地面から白骨化したドラゴン達が出てくると、そのまま上空へと飛び立っていく。その光景を見てルーとチッタは叫ぶのだが
「うるさい。気が散るわ」
と半ギレのリーゼロッテの怖さに2人は何も言うことが出来なくなってしまう。
「アーバス様とキリコね。こっちには気付いて居なくて良かったわ」
リーゼロッテはドラゴンゾンビ達が全て飛び上がり、ターゲットが自分達ではないことを確認すると障壁を解除する。
「さ、残りの人達も解放して連れて帰るわよ。協力してくれるわよね?」
不敵な笑みを浮かべるリーゼロッテ、その言葉にルーとチッタは頷くしかなかった。
「艦長状況は?」
「敵は500まで減少。ですが、航空機に損害が出始めています」
その言葉にキリコは下を噛み締める。突如として地面から湧いてきたドラゴンゾンビの数は約800体。その内100体程はアーバス様の方に向かったが、残り700体ものドラゴンゾンビが次元艦隊へと殺到してきたのだ。対してこちらが準備していた護衛戦闘機の数は400しかなく数で負けている状態だったのだ。しかも、普通のドラゴンと違って上級のドラゴンゾンビばっかりなせいで1体倒すのにかなりの時間が掛かっており、追加の護衛戦闘機や副砲で対処したのもあって200体は倒すことに成功したが、数負けした代償として既に戦闘機が30機程落ちており、一部ドラゴンは未だに次元戦艦へ攻撃をしている状態だ。
「航空機もそうですが艦の方はどうなのです?シールドの耐久値は?」
シールドとは艦を護る防壁のことであり、その耐久値は有限だ。旗艦のヤマト級は耐久値は高く、艦内に表示された耐久値には8割以上残っておりドラゴンゾンビが全滅するまで耐えきれそうだが、他の艦はここまで耐久値が高くないのでどうしても気になってしまう
「各艦まだ半分以上あります。1番消耗しているフリゲート級でも6割はあります」
6割か。まだ半分以上あるとはいえ、フリゲート級はそこまで装甲が厚くないので何かの拍子に一気削られかねないからこちらが優勢になるまで気が抜けないわね。護衛戦闘機も少しずつ落ちていることを考えるとここで勝負するしかないわね
「艦長、残りの護衛戦闘機も投入してください。優勢を取りにいきます」
「それだと非常時に対応できませんがよろしいですか?」
「そこは問題ありません。既にリーゼロッテさんとアーバス様の作戦が終了しているみたいですのでイレギュラーはそちらが対処するでしょう」
「はっ。わかりました総統閣下」
中央の立体レーダーを確認すると龍王シヴドラは既に倒されており、リーゼロッテもチッタを救出した後に他の囚われたドラゴン達を救出しているところだった。なので予備戦力を投入しても問題ないでしょう。
「ここが踏ん張りどころです。確実に撃破してください」
と、キリコは喝を入れるのだった。