水風船 13
「それにしても、気を紛らわせようと思って夏祭りに来たんだけど、なんかそれどころじゃなくなったし、爆食デー開催しなくても当初の目的通りにすこーんっと忘れられそうだわ。」
「ん?どういうこと?」
爆食デーなんて聞きなれない言葉なのだろうか。まあ、イズマは力を保持するために食べ物食べれないしな。
なので丁寧に爆食デーとは何かを説明すると、そうじゃないよ、と言われた。あらまあ。
「気を紛らわせようとしたって、何かあったの?」
「あ、そっち。いやさ、1年半片思いしてたんだけど失恋しちゃってね。今日ユキちゃん……ああ、友達と屋台で食いまくって失恋のショックを癒そうと思ってたんだよね。」
こんな物騒な世界から戻れたら、もうそれだけで失恋がなんだってなるわ。普通に生きていけることに感謝すらするわ。だってあっちの世界は見渡せば得体のしれない存在じゃなく、普通の人間が溢れかえってるし、そんな中から他に好きな人だって見つけられるはず。
方法はだいぶ違うけど、まあ結果良ければ全て良しよ。
「好きな人いたの?」
疑問多いな。そして失礼な。
「出会ってそんな時間経ってないけど、あたしのこと一体何だと思ってるの?普通に人並みに好きな人くらいいるわ。」
「サヨはサヨだと思ってるよ。思ってるんだけど、うーん。」
「そうだね、あたしはあたしだね。」
哲学か?何かの問答か?あたしそういうの苦手なんだけどな。
というか、どうしてイズマはそこで悩む?何を悩む必要があるのか。
「ここにいると、失恋なんてちっちゃいことに思えたし。ちゃーんと忘れて次にいくよ。」
「次……。」
ああ、そうか。イズマはこんなところにいて、周りはよくないものに囲まれてるから、誰かを好きになるっていう環境じゃないから愛だの恋だのが珍しいのか。そういう対象ができるあたしが羨ましいのか。
これはあたしの失態だ。
「イズマごめん。無神経なこと言った。」
「いや、だからサヨが悪いことは何ひとつないんだって。」
ここでもあたしファーストとは。優しいが過ぎる。その根性は見上げたものがある。
「そしてサヨ、残念なお知らせだ。巻き戻ったとき、記憶は消える。それは迷い込み戻ったヒトもだ。」
つまり、ここで怖い目にあったことも忘れるけど、失恋から立ち直ったことも忘れると。そしてイズマのことも。
なんだろう。イズマのことを忘れるのはとても悲しい。こんな場所で助けてくれて、唯一信頼できるひとだからかな。吊り橋効果に思えなくないけど、でも悲しいものは悲しい。
「辛いわ。」
「そうだね、もう一回失恋の痛みを感じるってことだもんね。」
「いやそうじゃなくて、せっかくこうして仲良くなったイズマのことを忘れちゃうのは悲しいよ。」
さっきも言ったとおり、あってそんなに時間は経っていないのにね。
自分でも自分がよくわかんない。
この状況か?この絶対的非日常がそうさせているのか?
ふと横を見ると、イズマがこちらを見つめていた。
「そう言ってくれて、ありがとうサヨ。」
とても綺麗な笑顔で、その笑顔にあたしの心はどうしようもなく締め付けられた。