夏祭り 11
すぐ後ろで聞こえた子どもの声に驚いて立ち止まり後ろを見ると、こちらの足元を見る幼稚園ぐらいの女の子が立っていた。
その視線の先には破れた緑色の水風船、そしておそらくその水がはねて濡れただろうイズマの着物の裾があった。
「ご、ごめんなさい!水風船が破けて水が……」
今にも泣きそうな顔で、濡らしてしまったことを謝られる。
ちらりと横を見ると、イズマはへらりと笑っていた。
「いやいいよ。」
イズマはだいたい笑ってる気がする。平常時でも困った時でもうっすら笑ってる。怒ったり泣いたりすることが想像できない。
何はともあれ、女の子はほっとしたようだった。
さっきあたしが取ったのも同じ緑色の水風船だったな、と指から下げている水風船を見つめる。
「あたしの水風船あげるよ。」
指から輪ゴムを引き抜き、女の子に渡すと「いいの?」とキラキラした目で聞かれた。それはもう、りんご飴の飴部分なみにきらきらとした目だった。
「ああ、あとりんご飴もあげる。」
「え?でも、それお兄さんのじゃないの?」
ああ、イズマが持っていたんだっけか。女の子からしたら、お兄さんのものを何でこの人が決めてる?っていうところだよね。
「うん。もらったんだけど、あたしたち2人ともいらないからさ。」
良いよね?とイズマを見ると、頷いて女の子にりんご飴を譲っていた。
女の子は大喜びで礼を言うと、この場を小走りで立ち去って行った。
「今更だけど、あげても大丈夫だった?」
言外にあれを渡すことが、戻るための正規の手順から外れていないかどうかを問う。
「夏祭りの雰囲気を楽しんでるから大丈夫だよ。」
ちゃんと質問の本質をわかっているようで、そう返事が来た。
正直どこからどこまでが良くて、何がダメなのかわからない。わからないけど、イズマが大丈夫というなら大丈夫なんだろう。
「でも水風船まであげちゃって良かったの?」
「いいの。」
あれをずっと持っていたいっていうわけじゃない。水風船すくい自体をとても楽しめた。だから良いのだ。
それに水風船を割ってしまった悲しそうにする子を見て、既視感を覚えた。まあ、あんまり覚えてないけど、きっとあたしも小さい頃あんな状況に陥ったことがあったはず。
「あ、裾濡れちゃってたよね。」
あたしじゃなくて、イズマの裾が。
「今更だけど大丈夫そ?あ、ハンカチ貸すよ。」
ハンカチを取り出そうとバッグを漁ればその手をイズマに止められる。
あれ、こんなやり取り、そう言えば。
「ありがとう。でもいらないよ。」
「ほんと?」
「本当。濡れたと言っても、本当に少しだし、それにいずれ元通りになる。」
すぐに乾くとは言わずに、元通りになると告げたイズマ。
そうだ、ここは永遠に夏祭りを繰り返す世界。だから終わればまた元通りとなって夏祭りが始まる。