光輝と探偵
「意外ですね。あなたがこちらにつくとは」
「こっちこそ意外だ。お前はアイツについてやるもんだとばかり思っていたよ」
ラエルとレインの二人は互いの顔も見ずにそう言った。
二人は余計な会話をするような間柄にはない。すれ違いざまに小さな毒を吐く。そんなトゲだらけの噛み合わない関係だ。けれど、そんな二人でも此度ばかりは話すべきことがあった。
「私は己の信念に従った結果です。王につく方が、彼女に対して適切な試練を与えることができます」
顔も見ずにそんなことを言い放つ。何について問われているかなど、確認の必要もない。
「やっぱりそんなことか。変わらないな、その自信過剰さは」
レインも同様だった。それでも二人の間に流れる空気は、いつもよりも弛緩している。
「あなたこそ、なぜ彼女につかないのです? あなたは博愛主義者だと勝手に思っていたのですが」
「やめてくれ。お前からそういわれると鳥肌が立ちそうになる。知ってるだろ。私は博愛主義者でもなければ平等主義者でもない。昔よりほんの少しわがままになっただけさ」
「その結果導き出した結論が、彼女を手放し、あなたの周囲の人間にだけ手を差し伸べることだと?」
「ああ、そうだ。私じゃすべては救えないからな。だが、二人くらいなら守ってやれる。それ以上は無理だ。それに――」
唇を嚙んだのは、ある種の良心からだった。
「それに?」
「矛盾してるだろうがアイツはきっとやり遂げる。なら、あとは私個人の感情に従うまでだ。お前ふうに言うなら信念ってやつだな」
「同じように扱われると流石に腹が立ちますね。ですが、あなたの選択は尊重しましょう。実に弱くなったと残念に思いますが」
「本性を知らなかっただけだろ。昔から私はこうだったよ」
「だとしても今のあなたは少し憐れですよ」
認められないと、彼女は思うだろう。それこそが彼女たらしめると言ってもいい。彼女は人を慈しむ優しさを持つ。それはどれほど忠実に冷酷に徹しようと変わらないものだ。彼女は無機質なものを扱うがゆえに、有機的な変化を見せるものに対して心を得てしまった。それは悪ではない。本質とさえ断言できる。だが、だからこそ言葉は強くなる。
「鏡を見るんだな」
彼女を初めて見たものは、きっと似ていると言うだろう。王に仕えたあの幼き側近に。しかし、彼女と密接にかかわることがあればあるほど、その性質からは乖離する。彼女と彼女は表面上似ているが、本質は対照的だ。二人はすべてを目にしてきた。二人を隔てたのはその距離、接し方に他ならない。それこそが彼女たちでもある。
ラエルはそのことに自然と気づいていた。だから、否定する言葉も持ち合わせ、それでもいつものようにただ悪態をつくわけではない。自分の信念の表明こそが、レインに対する敬意の表れでもあった。
「それはないでしょう。私はあなたのように何かを捨てて、何かを拾う選択をしたわけではありません。彼女の結末のために、もっともふさわしい、私ができることをすると決断したまでです」
それが決定打になった。レインが覚悟を決めたのはこの時だった。
「言い様だなそれは」
「認められませんか?」
「認めないよ。結局は似た者同士だろう」
「それこそ、認めませんね」
「平行線だな」
「私たちは常にそうでした」
そうして二人はいつもの関係に戻る。干渉はせず、それでいて互いのやり方を嫌う関係に。
「それは、確かにそうか。私たちはどこまでいってもこういう関係だろうからな」
「ええ、認めるのはそこだけでいいでしょう」
でも、と、思うところは常にあったのだ。だから、今という時間では口にすることが望ましいとレインは判断した。
「だが……」
「なんです?」
「お互い、後悔することになるとは思わないか?」
後悔という単語はラエルに水をかけたも同然だった。その温度を後から感じ取り、正体は背中を伝う。だが、彼女は気づきには怯えない。彼女はそれすら受け入れようとしていた。そのありようは確かに彼女だったが、同時に、明確な成長であり、変容でもあった。
「不確定要素があると?」
不確定要素――正しい言葉だろう。彼女たちの今後には勘案することのできない事柄がある。それは未知と呼ばれる。今まで考えることすらなかったという意味で。
「今回は特に。いや、というか最近はずっとだ。なにもかもがどんどん色褪せていく」
違和感は、口にすることで、水に落とした絵の具のように広がった。
二人に不安はない。見えない未来を知ったところで、そんなものには動じない。ただ、考えるべきことがあるとすれば、それは彼女たちが信じたもののことだった。それに対しては、どこか不明瞭な思考にかかった靄を払おうと、試行錯誤を繰り返したくなる。
信じたものの実現に対してではない。ただ、考えるのだ、彼女たちは、■■■が本当にそれでよかったのかと。
「仕方がありませんね。彼女は大渦ですから。私たちに抗うことはできない。それに、私たちは皆、初めから大渦に飲まれています」
「正しいな、それは」
「堪えられませんか?」
「少し頭痛がするくらいだよ」
「なら、健全ですね」
しかし、二人は未成熟な存在ではない。本来は成長も延伸もない存在だが、だからと言って赤子でもないのだ。だから、当面の答えを導き出すことができる。ただ、そこに答えという名前はない。
「頭痛持ちじゃないだろう?」
「それはあなたも」
「結局こうなるか」
「ええ。言ったでしょう。元来、私たちはそういう関係です」
「いいだろう。今回は譲ってやる」
「では、ありがたく」
そうして、互いの目を見ることもなく、二人は背中を向けた。彼女たちは信じたもののために歩みを再開する。