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第4話 精霊②

 魔物に警戒しつつ街の中心へと向かった。簡素な家が並ぶ街中は静かで、皆息を殺して潜んでいるのだろう。


「誰もいない……街の人は…?」

「全員避難してるはずだよ。」


 奏の声は前を走っていた男に聞こえていたようで、疑問に答えてくれる。その言葉に奏はホッと安堵の息をつく。

「ほんと…お人好し」というセツの呟きは奏の耳に届かなかった。

 数分程走ると突然道が開けた。

 魔法の明かりだろうか、先ほどまでの道とは違って、足元までしっかり見えるくらい明るくなっていた。

 普段は市場でもやっているような場所で、布の(ひさし)()を描くように立てられていて、その下は倉庫のように荷が積まれている。

 奏の来た道はその広場にぶつかり、対角線にそのまま道が続く。


 そしてその広場には魔物があちらこちらで倒れていた。


 奏が助けた男は、誰かを見つけたようでそちらに向かって走って行ってしまう。

 奏はあがった息を整えて男のあとを追いつつ、怪我人がいないかを確認していった。


「ジャン!」

「おう、トマス。あっちはどんな様子だ?」


 トマスと呼ばれた男が声をかけた相手は、昼間に街を案内してくれたジャンだった。

 彼は奏に気づいていないようで、自分が倒した魔物に突き刺さった剣を抜きながら、トマスに目を向ける。


「ええっと、城壁の方に見張りが数体います。」

「こっちに向かってきている数は?」

「いません。」


 トマスの答えにジャンは怪訝な顔をした。


「どういうことだ?後に魔物が続いて来ていないのか?」

「いいえ。全て討伐しました。」

「お前ひとりで!?」


 ジャンはトマスの元に駆け寄って怪我はないかと見回している。


「彼女のおかげです。」


 スッと半身を引いてトマスが後ろを見るように促すと、ジャンは再び驚いて目を見開いた。


「か…アリア、なんでこんなところに!?」

「えっ、あっ、なんか騒がしかったから気になって…」


 責められているように感じて奏は尻すぼみになる。


「あっ、いや、責めているわけじゃない。…調子狂うな。」

「え?」

「いや、こっちの話だ。…ってトマス、なんだその顔は。」


 そう言って眉間にシワを寄せるジャンを、奏の隣に佇むトマスは呆然と見ている。


「だって、女っ気のないジャンに、こんな可愛らしい知り合いがいるんだから、驚き以外ないでしょ。」


 驚きに声が大きくなって、周りの人間もその騒ぎに気付いたようで、

「そりゃあ驚きだ。」とか「どんな娘なんだっ?」

 と奏の元に集まってくる。


「こりゃあ、確かに可愛らしい」

「ジャンの知り合いだって?信じられん。」

「あっ、俺、昼間見たよ!ジャンが連れてた娘だ。」

 などと口々に言いたいことを言う男たちにじろじろと見られれば、人見知りの奏は怖くなり身を縮めるように腕を抱きしめた。


「おいおい、怖がらせんなよ。おめーら自分の顔を鏡で見たことなねーのか。」


 退いた退いたと、ジャンが奏を取り囲んでいる男たちを追い払うようにかき分けて、奏の方にやって来る。退いた男たちは口々に文句を言いつつも、ジャンに逆らう者はいなかった。


「わりぃ…」

「そ、それよりも……」

「ん?」

「け、怪我人はいませんかっ!」


 周りに気圧されつつも奏が勇気を出して叫ぶと、一瞬場が静まる。ジャンは呆気にとられた顔をして、周りは奏の方を注目していた。

 そして、ぶわっと一斉に笑い声が上がった。今度は奏が呆気にとられる。


「なっ、なんで…」

「わりぃわりぃ。あまりにもあんたが一生懸命だったからな、気が抜けたんだよ。」

「わ、私は真剣に…」

「分かってる分かってる。とりあえず、ここに怪我人って程の怪我をしてる奴はいないぜ。魔物はここに引き入れて倒したし、あんたが後部隊を殲滅(せんめつ)したというなら、大丈夫だ。」

「でも外には見張りが…」

「あれは来ねーよ。見張りはあくまでも見張りだ。いつもこんな感じなんだ。」

「で、でもいつも同じとは限らないんじゃ。」

「まぁな。だから、トマスに確認させるさ。もちろん今度は2人以上で行動させるから安心してくれ。」


 ジャンはそう言って、トマスとあと数名に声をかけた。


「じゃあ、俺はあんたを宿屋まで送るよ。」

「え、平気ですよ?」

「いや、万が一にも魔物が残ってたらいけねぇ。」

「でも、忙しいんじゃ…」

「あとはあいつらだけでも大丈夫だろ。それに、こんな遅い時間に一人で帰したら、俺がなんて言われるか。ここの奴らは仲間意識が強いから怖いんだよ。」


 わざとらしく両腕を抱いてブルッと身震いするジャンを見てなんだか可笑しくなり、フフッと笑いつつ「ありがとうございます。」と礼を言えば、ジャンもニッと笑う。


「今日は助かったよ。」

「へ…」

「なに驚いてんだよ。」

「い、いえ…」

「俺がそんな冷たい人間に見えんのかね。」

「そ、そうじゃないですが…」


 奏はなぜ自分が驚いたのか正直分かっていなかった。

 ただ、まるで同じことを前にも言われたように感じたのだ。どこでだったのか思い出すことはできなくて、不思議な感覚に奏は首を捻った。


「…まぁいいや。トマスを助けてくれたんだろ。ありがとうな。」


 ジャンの言葉に奏は再び違和感を覚えて、そちらに気を取られてすぐに答えられなかった。


「なんだよ、人助けしたってのにあんまり嬉しそうじゃねーな。」

「いえ、そんなことは」

「報酬とか目当てだったか?」

「もうっ!怒りますよ。」

「悪い悪い。」

「本当に思ってますか…?」

「ほんと、ほんとだって」


 手をパンッと顔の前で合わせるジャンは胡散臭い。


「…もう良いです。ただ、庶民の暮らしがこんなだったなんて思ってもいませんでした。」


 そこまで言ってから奏は、ハッと口を噤む。

 庶民出身とジャンには話をしていたのだ。だが彼は気にした様子もなく、まあなぁ…と難しい顔をしている。


「全く辛くねーって言ったら嘘になるが…でも、ここだって楽しいこともいっぱいあるぞ。」

「ええ、そうですね…」

「どうした?」


 ジャンが奏を覗き込む。彼のボサっとした少し長めの前髪が邪魔をしていてあまり気にしていなかったが、まじまじと見れば凛々しい顔立ちをしている。瞳も少しくすんでいるが空色で、じっと見つめられればなんだか奏は落ち着かなくなる。


「庶民出身のはずのあんたが、おかしな発言してしまったのにどうして突っ込まれないのかしら?って思ってんのか?」


 そう言ってジャンはニカッと悪戯っ子のように笑う。


「貴方って、性格が悪いのね。」

「失礼な。これでも俺は紳士な人間だと言われてるんだぞ。っと、話しているうちにあっという間に宿屋だ。」


 通りすぎそうになり、ジャンは急ブレーキをかけて立ち止まる。そして、宿屋の扉を開けると恭しい態度で、奏をエスコートした。


「お嬢様、どうぞ。」

「なによそれ。紳士のつもり?…なんか貴方にそうされると、なんだかむず痒い。」

「失礼だな。」

「お互い様よ。」

「ハッ、ちげーねぇ。

 今日は本当に助かった。なにか困ったことがあれば、俺を頼ってくれ。」

「ホント?じゃあ、早速頼らせてもらいたいわ。」

「なんなりと。」


 ジャンはまたも恭しく腰を折って礼をする。まるで貴族に仕える執事のようだ。奏はもう気にしないようにして話を続ける。


「明日、街の外に出たいの。地図か何かないかしら?」

「それなら、明日持ってきてやるよ。」

「えっ、悪いわよ。」

「構わねーよ。代わりに朝食をおごってもらうから。」

「抜け目ないわね。」

「ここはそういうところなんでね。じゃあ、明日の朝、宿屋の食堂で。」

「ええ、分かったわ。」

「そんじゃ、おやすみ。」

「お、おやすみなさい。」


 ジャンに言われた言葉に、奏は何故だかドクンと心臓が落ち着かなかった。


「はぁ、疲れた。」

「行儀悪いよ。奏。」

「リズみたいなこと言わないでよ、セツ。」


 ジト目をすれば、セツはツーンとそっぽを向く。


「僕、ずっといないものみたいに扱われてかわいそーなのにさ、部屋に戻っても無視するんだもん。」

「ごめんごめん。でも、無視しているつもりはなかったよ。だってセツは人に見えないんでしょ?」

「そうだよ。よっぽど魔力を持っているなら別だけどね。」

「なら、他の人がいるときに話せないじゃない。その余程の魔力持ちだって珍しいんじゃ、目をつけられちゃうじゃない。私、もうあの城には戻りたくないの。」


 枕に顔を埋めて奏が言えば、セツの声が頭に響いた。


 ”なら、念話にすれば良いんじゃないの?”

「なにこれ?頭に声が響いてる。」


 驚いてセツに顔を向ければ、得意気な顔をしてへへんと、可愛らしいピンクの鼻を前足で掻いた。


「どうやるの?」

「そうだね…魔法で願ってもできるけど…はい、これあげるよ。」


 そう言ってセツはどこからか腕輪を取り出して奏に渡す。


「それを身に付けておいて。念話はそれに指で触れている間だけできるようにしておくよ。」

 ”こういう感じ?”

「そうそう。ちゃんと届いてるよ。」

「分かったわ。ありがとう、セツ。」

「うん、僕も奏の役に立てて嬉しいよ。」

「ふわぁー、今日は本当に疲れた…もう眠い…おやすみ、セツ。」

「うん、おやすみ。」


 急な睡魔に襲われて、奏はそのまま眠りにと就いたのだった。

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