>>第二王子視点
<※第二王子・ピグスゼグド視点>
6歳の時、夢に見た。
壮大スペクタクル長編ムービー。
この世界ではない場所で生まれ、平凡に生き、不慮の事故で死んだ青年の人生。
その世界で遊んだ“コンピューターゲーム”。この世界には無い技術で表現された『この世界の物語』。
あれは確か『姉』のゲームだった。
女性向けの恋愛シミュレーションゲーム。
「あんたそんなだからモテないのよ! このゲームの中のイケメンたちを見習って、女心の勉強しなさいよ!! 私のオススメは勿論メイン攻略キャラの第二王子よ! 優しい彼の言動を真似たらあんたも少しはマシな感じになるかもしれないんだから! ちゃんとプレイしたか確認するからね! それまではあんたのゲームは私がやってて上げる!!」
なんて言って無理矢理やらされたっけ……
なんで俺は男に媚を売って男を落としてるんだとチベスナみたいな顔になりながら全員攻略したっけな……
参考にしろと言われた第二王子ピグスゼグド、通称ピグ様はリアルなフツ面がやったらドン引きものの言動だった……オタクな姉にはアレが理想の男像だったんだろう……
知り合って間もない女に
「大丈夫か? 何かあったら俺を頼ってくれ。女性の手助けをする事は紳士として当然の事だ。お前が気にする事ではない。
……そうだな……
では言い方を変えようか?
……俺がお前を助けたいんだ……お前の笑顔の為にな……
なんて……こんなんじゃダメか?」
(超美麗照れ笑いスチル)
なんて言えるのはイケボなイケメンだけだっつの。
そんな事を色々色々夢に観ながら思い出した俺は
自分が異世界転生している事に気づいたんだ。
◇ ◇ ◇
それからの俺は目覚ましい動きだった。
身体は6歳だが頭は大人だ。
当然にアレはやった。
「体は子供! 頭脳は〜」
鏡に向かってポーズを取る俺は可愛い美少年だった。
ピグスゼグド・ロイ・スマルス。
スマルス国第二王子。
それが俺だ。
俺が姉だったら鼻血を出して卒倒していただろうが生憎俺はあのゲームに思い入れはない。これが心の経典にしていた狩りゲームの自キャラの外見だったなら、俺はナルシストゲイになっていたかも知れないな。
この世界が『乙女ゲーム』の世界かもしれないと思ったが、だからどうしたと思った。
俺は自由に動ける。自由に思考出来る。
なら、『俺』は俺の自由だ。
王子という立場は最高だった。欲しいものが確実に手に入る。
俺は図書室に通い、体を鍛え、剣技を磨いた。
何よりこの世界には魔法があった!!
魔法だ! あの魔法だ!!!
それを放置するなど俺には考えられなかった。
そんな俺を周りは褒め称えた。
“まだ幼いのに素晴らしい!”、“将来有望だ!”、“お兄様を超えるつもりなのか!”、“子供とは思えない!”、“神童だ!”、“知識だけでなく剣にも才能を開花されるとは!”、“既にそこらの騎士では相手になりませんな!”、“魔法をそこまで扱えるとは?!”、“まさか新しい魔法を生み出されたのですか?!”、“まだ幼いのになんという成長スピード!!”、“将来が末恐ろしいですな!!”
周りからの俺への評価に、俺を見る兄の目には嫉妬が見えたが、俺は笑ってそれを受け流した。
当然だ。
俺は兄の立場を脅かすつもりなんか微塵も無かった。
7歳になった更に半年後。
俺は意気揚々と城を出た。
手持ちの荷物は背中に背負ったリュックに数枚の着替えとちょっとくすねた銅貨に銀貨。日持ちしそうなクッキーに皿とフォークとスプーンに水袋、それに剣だ。
それだけが俺の荷物だった。
◇ ◇ ◇
しかし半年と少しで見つかってしまい、強固な包囲網を張られた末に家出は強制終了させられた。
城に連れ戻された俺を見て、父の国王は目を見開いて静止し、母の王妃は卒倒し、兄は目と口を開いて驚いた顔をしていた。
当然だろう。
俺は家出した後、普通に孤児の様な暮らしをしながら王都を離れ、その足で森に入って木の実や小動物を狩って食べていた。前世で子供の頃からやっていた野外活動グループやキャンプの経験や知識が生きた。
魔法が使えたのも7歳児が一人で生きれた理由だ。水は手から出るし火も起こせる。多少の怪我なら治せるし木の上で寝ても落ちない。
俺は森の中を走り回り飛び回り、危険なモノから逃げ隠れ、倒せそうな魔物や動物は倒して経験を積んだ。
一応お湯を作って体を洗ったりはしたが、生きてるだけで汚れていくのでその内気にならなくなった。
連れ戻された時の俺の姿は街中の孤児よりも汚らしい浮浪児だった事だろう。
半年だ。
城から抜け出してたった半年で王子が溝に住んでる様な浮浪児の様になって帰ってきたのだ。
そりゃぁ驚くよなぁ…………
そんな俺に我に返った父である国王が声を掛けた。
「本当に、ピグスゼグド……なのか……?」
「違います!!」
「違いません!! この目、この整ったお顔! 汚れてしまっていますが間違いなくピグスゼグド第二王子殿下であります!!!」
チッ。
一応否定してみたが俺付きの執事だった男が額に青筋を浮かべながら否定しやがった。俺が家出した事できっと滅茶苦茶怒られたんだろう。目の下に隈を作って俺を睨んでくる顔から察するに、二度と俺を逃さないと思っていそうだ。
「……ピグスゼグド、何があったのだ?
どうして城を出たのだ……
お前が誘拐されたのではなく自ら城を出た事は分かっている……
どうしてだ……何か嫌な事でもあったのか?」
俺がさっき本人じゃないと否定した事に若干呆れた顔をした父が思いの外優しく俺に話しかけた。
父に続き、兄が少しだけ焦った顔で俺に話しかける。
「わ、私の所為か?
私がお前より出来が悪いからお前は」
「え?! 違うよ兄さん!?」
突然の兄の発言に俺は驚いた。
兄さんが俺より出来が悪い?!
そんな事言ったの誰だよ!? ぶっ飛ばすぞ!?!
俺は慌てて口を開いた。
「兄さんは関係ない!!
っていうか家族も城のみんなも誰も何も関係無いよ!
俺が出て行きたかったんだ!!
俺はここには居られない!
俺は城より森で生きたいんだ!!
だって俺は、
冒険者になるんだから!!!!」
喉の限界まで叫んだ俺の言葉に、
場は無音室の様に静まり返り、
数秒後に数名が倒れる音が響いた……
◇ ◇ ◇
どうやら俺の言葉があまりにもセンセーショナルだった為に心労で疲れていた俺付きの執事や真面目な侍女たちなどがショックのあまり倒れてしまったらしい。
国王たちも頭が痛そうな顔をしながら、一度場を変えようと言い出し、俺はメイドたちに担ぎ上げられて風呂へと連行された。
綺麗さっぱり見目麗しい王子に戻された俺は改めて家族や国の重鎮たちの前に置かれた。
馬鹿な事を言い出した俺を呆れた気持ちで見る者、怒りながら見る者、困った顔で見る者。色んな感情が俺に向けられていた。
緊張した空間で父国王が口を開く。
「さて……改めて聞こう……
ピグスゼグド、お前は何を考えている?」
真剣な父の顔に、俺も真剣な目をして拳を握った。
「言葉のままだ。
俺は冒険者として生きていく!!
王子にはなれない!!
貴族のままでもいられない!!
必要なら俺を去勢してくれ!!
廃嫡希望!! 絶縁歓迎!!
俺をただの“人間”にしてくれ!
あ! 奴隷も幽閉もヤダ!!
そんな事になれば周りがどうなろうとも全力で逃げるから!!
そん時は二度とこの国には近付かない!
国外追放してもいいけど、俺、世界で1番の冒険者になるからそれは得策では無いと思う!!
俺を自由にしてくれたら、俺はこの国に冒険者として最大限に貢献出来ると思うから!!!
俺が冒険者になる事を許して下さい!!!」
全力で叫んで腰まで頭を下げた。
王族として頭を下げるなと教えられて育った俺が頭を下げた事に皆が息を呑む気配がした。
「…………全てを捨てると言うのか」
父の言葉に一瞬息が止まる。
王子として生まれたからにはそれだけで義務や責任が伴う。神ではないが人でもない。それが王族だ。本来ならば『第二王子』として生まれた時点で、俺は『俺』を殺さなければいけない。
だが、前世を思い出した俺にはそんな事は出来そうにない。
……だって………
…………だって………………
だって、この世界は☆剣☆と☆魔法☆の世界なんだもん!!!!!
冒険に出ないなんて選択なんかねぇよ!!!!!!
俺は下げていた頭を勢いよく上げて父を見た。
「捨てる!!!!!
俺にはここに欲しいものなんて何も無い!!!!!!!
冒険が俺の生きる意味だ!!!!!!」
言い切った俺に父は少しだけ悲しそうな目をして言った。
「家族も……要らないと言うのだな、お前は……」
「うっ……!」
さすがにその言葉には罪悪感で心が痛んだ。だが、捨てると言っても絆までもを俺は捨てる気はない。皆が困っていたら助けに戻ってくるに決まってる。
だけどそれを説明して説得するのも言い訳じみている気がして俺はぐっと言葉を呑み込んだ。
その代わり
「ごめんなさい!!!!!!!」
精一杯の気持ちを込めて謝った。
父は……ただ疲れた様に溜め息を吐いて目を閉じた。
◇ ◇ ◇
俺は無事に王族から除籍された。
俺が魔法で暴れたら王城に多大な損害が起きると危惧されたのもすんなり話が進んだ理由だろう。
俺の意志が固過ぎて再教育も出来ない。幽閉も出来ない。もし幽閉出来たとしてもただ飼い殺しにしておくメリットはあまり無い。俺を植物状態にして精子だけ取れる技術でもあれば違っただろうが、そんな技術も魔法も無いので最初から第二王子など居なかったのだと考える事にした様だ。
ありがたい。
俺は子種だけ出来ない処置をされて平民となった。
魔法でチャチャッと処理されたので痛みもなかった。やっぱり魔法は最高だなっと改めて思ったね。
たださすがに大人たちは8歳の子供を身1つで平民へと落とす事に抵抗があったらしく、俺が好んで住み着いていた森の側に小さい家を建ててくれて、そこに世話人の老夫婦を住まわせて俺がちゃんと成人するまで“人並みの”生活をする様に手配してくれた。
手配してくれたというか、最低限の人としての生活をしろ!、と言われたというか…………
森の中で野生児の様に生きるのだけはやめて、風呂に入るのを忘れないで、ちゃんとした(食器を使った)食事をして、ちゃんと服を着てっ!、と母に涙ながらに説得されてしまい、俺は渋々頷かされたのだった……
「俺、必ず世界に名を轟かせる冒険者になるよ!!!」
今度はちゃんと玄関──と言っても使用人用の出入り口だが──から城を出る俺に父は言った。
「国に恥じぬ活躍をして見せろ」
そして兄も俺に誓ってくれた。
「お前が出て行った事を後悔するくらいの国にしてみせるから」
母はただ俺を一度抱きしめて涙の浮かんだ笑顔で言った。
「……元気で……精一杯に生きなさい」
俺は皆に拳を空に突き上げて見せ、笑顔でさよならを言った。
ここから、俺の大冒険は始まるんだ………っ!!!
なんて、
成人するまでの間は町外れでじいちゃんばあちゃんの世話になるんだけどな。