>> 前編
乙女ゲーム『愛する人を見つけた』。
攻略対象者は12人。第二王子にその側近。学園の先生に庭師や衛兵、平民の商人見習いの青年まで幅広く選べる、敵役の出てこないまったりとしたゲームだった。フルボイスで人気声優を起用し、美麗絵で織りなされる美形にマッチョに平凡ショタ系渋系色んな男性との恋愛が楽しめる地味に人気の出たゲームだった。
そのゲームのヒロインの名前は自由に付けられたけど、固定名も勿論有った。固定名でゲームを進めればちゃんと攻略対象者たちから名前を呼んで貰える上に、親交度が高まれば愛称呼びに変わる設定だったので、プレイヤーたちはヒロインの名前を変えるか変えないかでかなり悩むと話題になった。
そんなゲームのヒロインの固定名は【リザリア・ロアン】。
そう。今の私の名前です。
リザリア。
親から呼ばれる度に不思議な感じがしてた。
違和感? 既視感? なんて言ったらいいか分からない感覚を感じてたある日、父の話から聞こえてきた第二王子様の名前を聞いた瞬間に全てを理解した。
──私! 乙女ゲームの世界に転生したんだ!!──
それもヒロインに!!
そう気付いた日から私は頑張った。
この世界の元となった? この世界を舞台にした? 乙女ゲーム『愛する人を見つけた』は乙女ゲーム初心者向けとして有名で、攻略したいキャラと会話すれば親交度が上がるお手軽設定だったから攻略キャラを落とす事に対しては難しいことなんて考えなくていい。でもこの世界はゲームの世界じゃない事ぐらい私にも分かる。『攻略キャラと結ばれたら終わり』じゃないから私はその後の未来の為に頑張ったの。
ヒロイン、【リザリア・ロアン】はしがない男爵令嬢。本来なら王子やその側近である高位貴族の令息たちとなんて結ばれるはずなんてない。本来なら愛人や妾にしかなれないけど、ゲームではちゃんと正妻として迎えられる事になっていた。ゲームではエンディング後の事は描かれてないけれど、ただの男爵令嬢が王子妃や高位貴族の正妻になったらその後が滅茶苦茶大変に決まってる。姑からのイジメだってあるかもしれない。
だから今から知識やマナーを詰め込んで、どこに行っても馬鹿にされない様にしなくちゃ!
私が狙うのは勿論
【第二王子 ピグスゼグド・ロイ・スマルス】!
通称『ピグ』様!
ゲームのジャケット絵を見た時から愛してる!
金髪に青い瞳。強く優しく美しく頭も良い! 甘い声で囁かれる「それでもお前を愛している」に、全プレイヤーの腰が抜けたと言わしめた王子様!!
ヒロインはそんな王子様に15歳で入学した学園で出会い、恋に落ち、卒業と同時に婚約するの!!
あぁ! 早く会いたいわ!
私のピグ様!!
私、貴方の為に恥ずかしくない『ヒロイン』になるから!!!
◇ ◇ ◇
この世界が乙女ゲームの世界で自分がヒロインだと自覚してから数年、やっとゲームの舞台である学園に入学する!
待ちに待ったこの時を!!
ゲームでは入学式の日にヒロインは第二王子と出会う。貴族の令嬢としては廊下は走っちゃいけないんだけど、ゲームでは廊下を走っていたヒロインが曲がり角で王子様とぶつかりそうになる事が出会いのきっかけだから私もパタパタと廊下を走った。
学園には初めて来たけれど、何処に何があるのか直ぐに分かった。
ゲームの舞台と全く同じ。
自然と走る足も速くなる。気持ちが急いて止められない。
もう直ぐ……もう直ぐ愛しのピグ様に会える……!
同じ次元で生きて動くピグ様が私の目の前に現れる!
私を私と認識して、私個人に話しかけてくれるピグ様にもう直ぐ会えるっ!!
あぁ、ピグ様っっ!!!
バッ、と角を曲がった私は
目の前に広がる無人の廊下に唖然とした…………
◇ ◇ ◇
廊下を走っていたのを教師に見られていた私は入学式の日から教師に怒られた。
でも怒られたところで私の頭にはそんな教師の言葉は入って来ない。
なんで? なんで? なんで???
私は混乱した。
だって第二王子であるピグスゼグド・ロイ・スマルス様は今年入学してないんだもの?????
なんでなの???????
入学式の新入生代表挨拶をゲームでは第二王子殿下であるピグ様がやっていた。でも今日の入学式で壇上に上がったのは外交官の息子である侯爵令息様だった。彼もゲームの攻略対象キャラの一人だから知ってる。第二王子の側近の一人で冷静沈着キャラだった。
なのに…………
ゲームでは存在しない筈の『婚約者』の令嬢にデレデレするその顔にはゲームキャラとして知っていた冷静沈着キャラのイメージは全然無かった……
何が起こってるの????
分からないままに学園生活は始まって、ゲーム通りの登場キャラは居るのに第二王子だけが居ない事が分かった。
私のピグ様…………
私は思い切って事情を知ってそうな人に話を聞いた。
本来なら攻略対象キャラである外交官の息子の侯爵令息。メガネに黒い髪に緑色の瞳。ゲームでは好感度を上げきった後でしか見られない筈の笑顔を自分の婚約者に向けるアレックス・エドル侯爵令息様……
「え? 第二王子殿下?
……君、知らないのかい? 彼の事はこんな場所で話す事じゃないよ。自分の親に聞くといい。貴族の当主なら誰でも知っている事だ。
それと、こんな風に周りに人気が無い時に私に話しかけないでくれないか? 今回は話題が話題だから仕方がないが、他の令嬢と二人だけで話している姿なんてエマに見られたくないんだ。
と、あぁ、ほら見られた。彼女に誤解されたらどうするんだよ。
次からは気をつけてくれよ。
……エマ、ごめんよ。突然声を掛けられてね。質問されたんだ……」
ヒロインを前に顔色を変えないどころか注意をされてしまって……攻略対象者キャラの筈なのにヒロインよりゲームでは居なかった筈の婚約者の令嬢を気にするその姿に、私はこの世界が本当に乙女ゲーム『愛する人を見つけた』の世界なのか、分からなくなってきた……
私はヒロインじゃないの……?
アレックスに声を掛けた事に少なからず下心はあった。何故か婚約者持ちになっているけれど、それでも攻略対象者なのだからヒロインの私が話しかけたらときめいたりしてくれるんじゃないかと思ったのに……
攻略対象者はそんなだし、狙ってるピグ様は居ないし……
っていうか、第二王子のピグ様に何かあったの???
話題を出すのも憚られるなんてどう言う事???
混乱した状態で私はなんとか家に帰って直ぐにお父様の元へ向かった。
◇ ◇ ◇
お父様は言った。
「第二王子殿下なぁ……
一応病気療養中という事にはなっているのだが、後数年もすれば病死されるだろうなぁ……
同い年のお前はもしかしたら学園で王子と知り合えると思ったのかもしれないが、そんな夢物語はさっさと忘れなさい。殿下と同じクラスになっていたとしても、そもそも男爵令嬢のお前じゃ釣り合わないしな。
夢は所詮夢だ。
お前はそんな大物を狙わずに堅実に手頃な人を見つけなさい。
………………で、当の第二王子殿下だがな……
7歳の頃に病を発症されてな。
それまではとても元気なお姿を皆に見せておられたのだが、人前に出る事も出来なくなったと診断されて、もうずっと臥せって居られる……」
「そんな……」
父の話を聞いて愕然とした。
そんなバグってある?
最推しがゲームの舞台にすら上がって来ないなんて……
これが悪役令嬢の居るゲームなら私は絶対に悪役令嬢の事を疑ったと思う。でもこの世界の舞台になってるゲームには悪役令嬢は存在しない……だから第二王子であるピグ様は純粋に病に侵されて今ベッドに臥せっているのだ……
私は悲しくなって、泣きそうになった……
「と、言うのが表向きの話だ」
「え……?」
涙が出そうになっていた私をジッと見ていた父が真剣な顔のまま話を続ける。
表の話??
私は意味が分からず父を見返した。
「別に箝口令が敷かれている訳ではないんだが、余りにも陛下が不憫で皆この話は表立ってはしない様にしているんだ」
「陛下が不憫……?」
「不憫だよ……
大切に育てた王子が
“俺は冒険者になる!!!”
って言って城を飛び出して行ったんだから」
「え???」
眉間にシワを寄せて言われた父の言葉に、私は理解が追いつかずに間抜けにそんな声が出た。
冒険者????
ピグ様が冒険者に?????
乙女ゲームだと思っていたこの世界はもしかしたらRPGだったのかもしれないと私はその時初めて思い至った。