ぷれぜんと・ふぉー・ゆう
【自宅 12月24日:夜】
「サンタさん、ウチにくるかな?」
小学生の女の子は不安そうにこちらを見る。
黒く流れる髪は雪の結晶のように
白と透明でできた肌を引き立ている。
茶色の瞳で小動物のような顔をした顔でこちらを覗く
肉食動物と草食動物たちが愉快に描かれたイラストの布団の挟まれている。
自然の世界では肉食動物と草食動物は愉快に仲良くするなどあり得ないが、私を見つめる小動物のような人間の女の子には百獣の王でも守ってあげたくなるだろう。
「せっちゃんは、とても良い子だったからサンタさんは絶対にくるよ。」
となり寝ている髪の毛が芸術のように暴走している男。この男こそがせっちゃんの父親である。無精髭で冴えない男。駅で段ボールの家にするホームレスと言われれば納得できるような見た目をしている。
「パパにはサンタさんはこないね。」
「だってお仕事もしてないし、ずっとダラダラ過ごしてるもんね。」
せっちゃんは天使のような顔をしながら
トゲのある言葉で父親をからかう。
「あー、いまの言葉でサンタさんこないかもよ~」
と意地悪な口調で言うと
「寝ます!寝ます!」
とせっちゃんは布団に潜る。
絵に描いたような幸せな家庭の光景。
せっちゃんが眠りについたのを見届けると
なるべく静かに身体を起こす。
スライド式の扉を開けると
遅い夕食をとっている30代の女性。
薄い茶色の地毛の中にほど程よく肉付いた白い肉。男というケモノなら貪りつくような食欲をそそる身体をしている。だが、瞳のなかに社会の冷たさや過酷さを鈍く写している。その瞳が他の男が気安く声をかけるという選択肢を奪っている。
「せっちゃんは寝た?」
崩れたスーツが「懸命に社会というモンスターと戦ってきたんだ。」と語っている。
2LDKのアパートの家賃から生活費まですべてのお金をこの人が払っている。夏子という名前でせっちゃんの母であり私の妻。私の月2万円のおこづかいさえも払っている為にこの人には頭があがらない。一家の大黒柱である。
「せっちゃん寝たよ。サンタさんくるかな。って聞いてたよ?プレゼント買ってきてくれた?」
夏子の隣、席の椅子に社会と戦う武器のバッグの後ろに戦利品の「せっちゃんへのプレゼント」が輝いている。
「少女向けの魔法少女の変身するおもちゃ
こんなものが私の5時間分の給料だど思うと
なんともいえない気持ちになるわ。」
とため息をつくとともに
夏子は1日一本しか飲めない格安のビールを喉に流し込む
「子供の頃って変身って憧れるよね。
俺も弱い自分から強い自分に変身したかった。」
ー子供の頃ー
母親も父親もいない部屋の中で
一人でおもちゃで遊んでいる。
留守番である。ごはんは冷蔵庫に入っている。父親と母親は各自で「おでかけ」をして
僕は留守番をするペットのように一人で家で待つ。家という飼育小屋の中。空想とおもちゃだけ僕が友達だった。
「変身なんて幻想より現実をみなさいよ」
子供の頃の思い出から目を覚ます言葉が放たれる。
「あなたは仕事をしなさい。仕事しても続かないなら仕事を続ける努力をしなさなさい。」
「いつまで、女の私に甘えてるのよ?あなたはせっちゃんのパパなのよ?自覚もってよ」
「今日も暇でパチンコにいったでしょ?タバコの匂いがするわ。パチンコにいく位に暇なら将来を考えなさいよ!」
夏子からマシンガンのように放たれた。
言葉の弾丸。情報を詰め込まれすぎて頭が追い付かなく思考がフリーズする。
「もう・・寝るよ。」
せっちゃんの隣に敷かれた寝床に逃げようと
扉を開けようとする。
「また逃げるのか!春夫!」
そう俺の名前は春夫。
子供に無関心の親に育児放棄を受け
人とのコミュニケーションが取り方がわからず
一人ぼっちの春夫
一人ぼっちで誰も守ってくれない孤立した草食動物はいじめっ子という肉食動物に弄ばれる。
ずっと逃げてきた。そのスパイラルから生まれてからずっと繰り返してきた。
家族から学校から社会から自分から
逃げてきた。
「パパにはサンタさんはこないね」