第9話 ~信じるもの~
ウンディーヌの婚約を知らされたホーク。しかし、彼には兵士としての任務を放棄することは許されなかった。
そうした中、ホークは恐ろしい真実を知ることになる。
ターハル領における森林地帯。ここにモンスター討伐任務に就いているホークとナオの姿があった。
現在、ホークとナオが戦っている相手は2体のリザードマンである。彼等は二手に分かれることでモンスター達の各個撃破に当たっていた。
「せいっ!」
「!!?」
長槍でリザードマンの喉元に攻撃を見舞うナオ。一方、喉元を貫かれたことで敵は声にならない悲鳴を上げる。
確かにリザードマンの全身は固い皮膚で覆われている。しかし、喉元部分の皮膚は比較的柔らかいため、攻撃を仕掛ける場所としては打ってつけであった。
そして、ナオは長槍の穂先をさらに押し入れる。やがて、喉元を完全に潰されたリザードマンは呼吸もままならずに絶命するのであった。
ナオが敵と戦っている頃、ホークもまた、愛用の長剣を構えたまま、もう1体のリザードマンと戦っていた。
「くらえ!」
「?!」
長剣でリザードマンの喉元を一閃するホーク。次の瞬間、敵の喉元からは血が噴き出し、同時に声にならない悲鳴を上げる。ここまではナオと同じ攻撃方法と言っても過言ではなかった。
「もらった!」
さらにホークはリザードマンの脳天に向け、縦一直線の斬撃を全力で見舞う。最重要器官とも呼べる頭部を破壊された結果、さしもののモンスターもその場で倒れ込み、2度と起き上がることはなかった。
短時間で2体のリザードマン達を倒したホークとナオ。初めての戦闘任務では上官の力を借りて1体の撃破がやっとであるが、今では単独で個別撃破が可能となっていた。
戦闘が終わった後、リザードマンの亡骸をチェックするホークとナオ。何か変わったことがないかを調べるためである。
「何か変わったことはないか?」
「そうですね」
そんな会話を交えながら、それぞれ倒したリザードマンの亡骸を調べているホークとナオ。そうした時であった。
「これは!?」
「どうかしましたか?」
リザードマンの亡骸を調べている中、ある物に気がつくホーク。一方、気になったナオも彼の元に駆け寄る。
「これを見ろ!」
「首輪ですかね?」
やや興奮気味にホークがナオに指し示した物、それはリザードマンの首に巻かれた金属製の輪であった。しかも、ただの首輪ではない。中心部には蛇を模ったGの文字が刻み込まれていた。
「ナオ、そっちの方は!?」
「はい!すぐに調べます!」
ホークに言われてナオも自らの手で倒したリザードマンの亡骸を調べる。すると、こちらの亡骸も同様にGの文字が刻まれた首輪が巻かれていた。
「一体何なんだ?これは……?」
「何か気になりますね……」
倒したリザードマン達の調べていく中、率直な言葉を口にしているホークとナオ。モンスターの首元の輪は一体何なのか。謎が謎を呼ぶ状況であるが、彼等は嫌な予感を抱かずにはいられなかった。
◇
ターハル領の兵舎内にある打ち合わせ室。ここにホークとナオの姿があった。さらに彼等の前には椅子に腰を掛けているライトの姿もある。
今、ホークとナオの2人は上官のライトに対し、この前のリザードマン討伐任務の報告を行おうとしていた。しかし、今回の報告はただの報告ではなかった。
「今回のリザードマン討伐はいつもの討伐任務じゃないのか?」
部下達が提出した報告書を読み終えた後、疑問の言葉を呈しているライト。一方、上官からの言葉に緊張感を募らせるホークとライト。
「結論から言えば、今回の討伐任務は仕組まれたものです」
「何?」
一呼吸置いた後、意を決して口を開くホーク。部下からの思いもしない報告にライトは即座に反応する。
「リザードマン達の首元にはGの刻印がある首輪がつけられていました」
そう告げた後、ライトの前に設置された机の上にリザードマンの亡骸から回収した首輪を提出するホーク。
「この首輪の刻印はグオルグ伯爵家の紋章です!」
いつにも増して力んだ喋り方で報告するホーク。討伐任務完了後、彼はナオと一緒に蛇を模ったGの紋章を調べることにした。その結果、グオルグ伯爵の家の紋章でありことが判明したのだ。
「それだけではありません。リザードマンの口の中からは興奮作用のある薬が出てきました。何者かモンスターを人為的に操っている証拠です。それに我がターハル領とグオルグ伯爵領のモンスターの増減は反比例の関係にあります!これはどう見ても!」
「もう良い……」
口早にこれまで調べてきたことを熱っぽく報告するホーク。そうした中、何時になく冷徹な口調で部下の報告を遮るライト。
「よく調べたな……お前達」
ポツリと部下の熱心な仕事ぶりをたたえるライト、一方、黙って上官のことを見据えているホークとライト。
「知っていたさ。グオルグ領のモンスター達が我がターハル領に流れ込んでいることはな」
「なっ!?」
「えっ!?」
ライトの口から告げられる衝撃的な事実を聞かされて愕然としているホークとナオ。さらに上官は話を続ける。
「そもそも、グオルグ領のモンスター達が流れ込んでくること自体が仕組まれたことなんだ」
「仕組まれた?」
「本当ですか?」
「そうだ……今から言うことは秘密だぞ……」
部下であるホークとナオの疑問に答える形でライトはさらに詳細を話し始める。この話はターハル領でも機密事項であった。だからこそ、予め釘を刺したのである。
今から何年か前、ターハル伯爵とグオルグ伯爵は1つの密約を結んだ。それはグオルグ領のモンスター達をターハル領に送り込む代償として、経済的な支援を行うというものであった。
一見、この密約はターハル領に分が悪い約定である。しかし、この密約を口実としてターハル伯爵は領地内の軍備増強を開始したのだ。
「でも、どうして、そんな回りくどいことを?」
「そうそう。こんな約定は必要ない気がします」
「お前達の言うとおりだ。しかし、我が主のターハル伯爵とグオルグ伯爵は水面下で争っているのだ」
「そんなことが!」
「まさか!」
ライトから告げられる政治事情を聞かされて絶句しているホークとナオ。老獪なターハル伯爵と辣腕のグオルグ伯爵、両者は共に相当な野心家であり、お互いを出し抜き合うべく、好機を虎視眈々と狙っていた。先程の矛盾に満ちた密約もそのためである。
「先日、ターハル伯爵の令嬢がグオルグ伯爵と婚約したそうだが、あれも政略結婚だな。しかも、とても質の悪い」
「どういうことですか?」
「何だ?ホークは気になるのか?」
「はい……」
上官からの問い掛けにホークは素直に答えみせる。部下の真っ直ぐな視線にライトは思い切って話す。
「ターハル伯爵令嬢ことウンディーヌ嬢がグオルグ伯爵と婚姻して子どもが生まれた場合、その子どもの扱いによってはターハル伯爵、グオルグ伯爵のどちらにも有利に運ぶことができるんだ」
「そんなことが……」
「酷い……!」
ライトから今回の婚約に関する思惑を知らされ、驚きを禁じ得ないでいるナオ。一方、ホークは驚きながらも怒りを禁じ得なかった。
そう、今回の婚約ではウンディーヌの人格は無視され、半ば子どもを産むだけの道具扱いされているのだ。このことは彼女を敬愛するホークにとっては実に許し難いことであった。
「ああ、そうだ……今回の婚約ではウンディーヌ嬢が実に気の毒だ。そして、これまで下らない争いのためにターハル領の人民がどれだけ犠牲になったことか……」
そう呟いているライトは右手を握り拳に変えてわなわなと震わせている。今まで貴族同士の覇権争いのために罪なき民がどれだけ犠牲になっているか。
ライトだけではない。ターハル伯爵に仕える将兵達の多くはこの事実を知っていた。一部にはグオルグ伯爵との密約を歓迎する者もいたが、やはり大半はこの馬鹿げた政策を苦々しく思っていた。
「しかし、我々はターハル伯爵様に仕える身だ。どれほど理不尽であろうとも臣下である以上、主君の命令には従わなければならん」
「……」
「……」
「だんまりか……今は無言でも良い。兵士として生きていく以上、割り切って生きていくしかないんだ」
答えられないでいるホークとナオに対して、諭すように語りかけているライト。それはまるで自身を納得させようとしているかのようでもあった。事実、ターハル領の将兵達は苦々しく思いつつも、仕事の一環として割り切らざるを得なかった。
◇
討伐任務の報告から数日後、ターハル領兵舎の面会場。ここに来客のために呼び出されたホークの姿があった。しかし、彼の表情は浮かない。
それもそのはず、ターハル領におけるモンスター増加の真実、ウンディーヌの婚約の思惑、いずれもがホークにはショックな出来事ばかりであった。そのせいか、兵士としての意欲も削がれていた。
ぼんやりしていると、1人の女性がホークの待っている面会場の中に入ってくる。ウンディーヌの従者であるサーファだ。そしてまた、彼女もまた浮かない表情をしている。
「サーファさん、よくお越しになりました」
「ええ。早速で悪いけど、私の主から預かった手紙を今ここで読んでもらえる?」
用件を簡潔に告げた後、サーファは主であるウンディーヌから預かった手紙をホークに手渡す。
「……」
「これが最後の手紙になるわ。心して読んで」
ウンディーヌから預かった手紙をまじまじと見つめているホーク、サーファからの要望に答えるため、彼はゆっくりと中身を読み始めている。
高価な便箋に記されているウンディーヌの流麗な文章。そこにはこれまでの出会いと交流、これからの結婚までの予定、ホークへの感謝の気持ちが書かれている。
そして、手紙の末尾である追伸にはウンディーヌの赤裸々な心情が記されていた。
我が父は自らの野心のため、グオルグ伯爵と手を結ぶ素振りを見せながらも、その裏では相手を撃ち滅ぼそうとしてきました。そのため、どれだけ罪なき民達が犠牲になってきたのでしょうか。
そして、私も今、政略結婚のために嫁ぐことになりました。グオルグ伯爵は私と婚姻することで後継ぎをつくることを望んでいるでしょう。一方、我が父はまだ見ぬ後継ぎの外戚となることで力を得ようとするでしょう。
いずれにしても、この婚姻に私の意思が介入する余地はないでしょう。当然、貴族の婚姻がお互いに利益の結びつきであることは百も承知しています。それでも、私はこの結婚はたまらなく嫌なのです。
このことはサーファ以外の誰にも打ち明けることはないでしょう。最後に私が心を通わせた者として貴方に本心を打ち明けました。
「!!」
最後に記されていたウンディーヌの悲痛な本心。このことを知ってホークもまた沈痛な表情になる。
「この先、主はご自身の心を押し殺して生きていくことになるでしょう。でも、それは貴方のせいじゃないわ」
「しかし、それでも……」
「少なくとも、主は貴方と知り合えて幸せだったはずよ」
サーファに言われて何も言えなくなってしまうホーク。その場には重苦しい空気が支配する。既にウンディーヌの婚姻はターハル伯爵とグオルグ伯爵の間で決まったことなのだ。誰も逆らうことはできないのだ。
やがて、面会の終了時間が訪れてきたため、面会場を後にするサーファ。一方のホークも重々しい足取りで退室するのであった。
◇
ターハル領兵舎の共同部屋。兵士としての任務のないホークはベッドの上で寝っ転がっていた。普段の真面目な彼からは考えられない振る舞いである。
今のホークはターハル領の兵士として生きる意欲を失っていた。ターハル領に隠された事実、ウンディーヌの政略結婚と別れ、一体何のために戦えば良いのだろうか。
「はぁ……もういいか」
何気なしに呟いているホーク。貴族同士の謀略と争い、その裏で犠牲になる罪なき人々と麗しき令嬢。ターハル領の兵士として生きることが嫌になる。
後は立身出世して母親孝行するだけであるが、それならば、兵士としてでなくとも別のやりようもある。
「おい」
ベッドの上でホークがあれこれと考えていると、兵舎で事務方を務めている男が共同部屋に入ってくる。
「何でしょうか?」
「お客さんだ。面会場に来てくれ」
「?分かりました?」
事務方の男の要請に返事をするホーク。一体誰であろうかと思いながらも、彼は素早く身だしなみを整えると、面会場へと向かうのであった。
兵舎の面会場。この場所にやってきたホークを待っていた者、それは大柄でありながらも優しい雰囲気をたたえた白髪の女性であった。
「母さん!」
これまでの浮かない表情から一転、明るい表情で呼びかけるホーク。そう、この女性こそが彼の母親ことマリアであった。
「元気かい、ホーク?」
「うん、まあ」
何気ないやりとりを皮切りに会話を開始するホークとマリア。お互いに近況、ターハル領での兵士の仕事、故郷の様子等、実に色々な話題を話し込む。
「それにしても良かった。ホークが元気そうで」
「そうか?」
「そうさ、顔を合わせた時、元気がなさそうだったから」
「多分、母さんと話をしたからかな」
一安心した様子のマリアににこやかな表情で答えるホーク。実際、彼自身、先程まで塞ぎ込んでいたのだが、母親と話をすることで幾分か気分が軽くなっていた。
「ホーク、貴方に言っておきたいことがあるわ」
「急にどうした?」
「これから先、苦しいこと、決断に迷うことがあるかもしれない。でもね、貴方は貴方らしく信じる道を進めば良い」
「信じる道……?」
「そう、たった一度の人生、どんな結末を迎えるかも分からない。それでも、信じる道を進めば決して後悔はないはずよ。他人から見てどうこうじゃない。他の貴方自身が信じているかどうかなのよ」
きっぱりとした口調でホークに言い切ってみせるマリア。まるで彼女は息子の胸に抱える苦悩を見透かしているかのようであった。
「ありがとう、母さん。おかげですっきりしたよ」
「うん、後は元気でいることね」
母親から励まされた後、清々しい気分になったホークは感謝の言葉を述べる。一方のマリアも屈託のない笑みを浮かべている。
その後、面会の終了時間となったため、兵舎を後にするマリアを見送るホーク。同時に母親と息子は故郷で再び会う約束を交わす。しかも、その時は嫁となる女性を連れてくることも約束したのであった。
「さてと……」
母親のマリアを見送った後、軽やかな足取りで自室に戻るホーク。そして、彼は自らの信じるもののために行動を起こすことを決意するのであった。
お疲れ様です。今回の話で倒すべき黒幕が明らかになりました。
そして、ホークも信じるもののために行動を起こします。
最後まで駆け抜けていくつもりなので、皆さんどうぞよろしくお願いします、