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第8話 ~政略結婚~

健康な体になったウンディーヌ。彼女は父親であるグオルグ伯爵と結婚するように命じられる。

一方、ホークは同僚のナオとターハル伯爵の邸宅の警護任務に就いていた。

 広大なターハル邸の来客室。この部屋は文字どおり外からの客を応対する場所であり、屋敷内でも一際豪華な調度品や美術品で飾り立てられている。単に客をもてなすためであろうか、それとも自らの力を見せつけるためであろうか。

 メンツを示すために過剰なまで飾られた部屋の中、屋敷の主であるターハル伯爵はソファに腰を掛けていた。


「旦那様、グオルグ伯爵様がおこしです」

「よし、通せ」


 執事から来客の報告を受けた後、来客室へと案内するように指示を出すターハル伯爵。ほどなくして1人の男が入室してくる。

 来客室の中に足を踏み入れた男、上質な礼服に身を包んでいる上、ハンサムな顔立ちをしている。まさに貴公子を絵に描いたとも言えるだろう。

 この男の名前はグオルグ伯爵。ターハル領に隣接する領地を治める貴族である。そしてまた、この伯爵は顔立ちこそ端正ではあるものの、その裏に底知れない何かを抱えていた。


「ようこそ、我が屋敷へ」

「お招き感謝します」


 にこやかな表情と丁寧な言葉で挨拶を交えるターハル伯爵とグオルグ伯爵。一見、温和な挨拶に見えるが、両者の背後からは邪な影が見え隠れしていた。


 その後、執事から出されたお茶と菓子を楽しみつつ、近況を語り合うターハル伯爵とグオルグ伯爵。世間話も程々に盛り上がった頃であった。


「して、ターハル伯爵殿……今回のご用件は一体?」

「グオルグ伯爵殿もそれなりのお年であろう?」

「まぁ、確かに」

「そちらの方が良ければ、私の娘を娶ってもらえないか?」


 ターハル伯爵からの意外な申し出。この申し出を聞いた時、グオルグ伯爵の眉毛が微かに動く。驚きと疑問が入り交じったかのようだ。


「しかし、そちらのウンディーヌ殿は身体が弱い故、嫁にも行かずに屋敷で暮らしていると聞きますが?」

「それが最近、健康な身体になったのだ。おかげで他の貴族達と同じ生活ができる」

「……」


 ターハル伯爵からの話を黙って聞いているグオルグ伯爵。これまで嫁にも行くことのできない程の令嬢が急に健康な身体になるだろうか。しかし、話を聞く限りでは嘘を言っているようにも思えない。


「成程、確かに他の令嬢と同じ生活ができれば問題ありませんな」

「そうだろう。グオルグ伯爵殿、この提案はいかがだろうか?」

「申し分ありませんな。そちらの申し出、喜んで受けましょう」


 ターハル伯爵の申し出をすぐに受け入れるグオルグ伯爵。しかし、彼の柔和な表情は微かに歪んでいる。貴族の婚姻に関して、様々な思惑や利権等が絡んでいることが少なくない。今回のことも例外ではなない。


「おお、そうか!是非とも我が娘を頼む!」

「お任せください!必ずや幸せにします!」


 まるでテンプレート的な言葉を交わした後、その場で笑い合っているターハル伯爵とグオルグ伯爵。しかし、笑みの裏で両者は互いを出し抜き合う策謀を巡らせているのであった。



 ターハル伯爵の執務室前。そこに1人の女性が立っていた。それは健康体になったことで自由に動けるウンディーヌであった。彼女は執務室の扉をコンコンとノックする。


「お父様」

「ウンディーヌか、入れ」


 入室の許可が下りたので執務室内に足を踏み入れるウンディーヌ。彼女の前には今、悠然と腰を掛けているターハル伯爵の姿があった。


「よく来た。身体の調子はどうだ」

「はい。今のところ何の問題もありません」

「そうか」

「それで何のご用でしょうか」

「そう言えば、お前は結婚適齢期だったな」

「……」


 ターハル伯爵からの鋭い指摘に対して、無言になってしまうウンディーヌ。本来、彼女は他の貴族に嫁いでもおかしくない年齢である。しかし、病弱な身体であったため、結婚せずに屋敷で生活していたのだ。


「お前にはグオルグ伯爵公のところに嫁いでもらう」

「えっ!?」

「何だ?不服か?」

「い、いえ……しかし……」


 目の前のターハル伯爵に言い返され、言葉に詰まってしまうウンディーヌ。確かにグオルグ伯爵は非常に容姿端麗であり、若くして伯爵の地位を得た有能な人物である。

 しかし、その一方でグオルグ伯爵は野心家としても知られていた。先程の爵位の件に関しても、手段を選ばずに邪魔者を追い落とした末、手に入れたものだと言われている。


「ウンディーヌ、貴族の結婚というものがどういうものか……まさか知らぬ訳ではあるまい?」

「はい」

「それならば、お前がすることは分かっているだろう」


 圧のある言葉でウンディーヌのことを屈服させようとするターハル伯爵。この言葉は父親が実の娘に言うものではなく、主が臣下に対して発する命令であった。

 そして、この時、ウンディーヌは理解した。目の前の父もまた、グオルグ伯爵と同類なのだ。しかし、彼女には何の選択権も与えられてはいなかった。


「グオルグ伯爵との婚姻の件、謹んでお受けします」

「うむ。よく言った。具体的な話等はおって知らせる。下がってよいぞ」

「分かりました」


 用件が済んだのでウンディーヌを執務室から退室させるターハル伯爵。再び、1人だけの状態になる。


「いよいよ本格的に事が運ぶ……フフフ……ハハハハハッ!」


 他に誰もいない執務室の中、笑い声を上げているターハル伯爵。同時に内なる野心もさらに昂ぶっているのであった。



 ターハル公立図書館。館内では利用者達にまざって読書に勤しんでいるホークの姿があった。現在、彼が読んでいる書物であるが、領内での統計資料、法令集等であった。

 非番の日であるにもかかわらず、ホークが実務的な書物を読んでいる理由、それは文通相手からのアドバイスであった。


 先日、文通相手から届いた返事の手紙。それはホークの渡したツヅラーで身体の調子が良くなったこと、そのことに関する感謝であった。

 さらに手紙にはお礼の品として高価なペンが同封されており、その上で統計資料や法令集を読むことの勧めも書かれていた。


「(おかしい……)」


 統計資料を読み込んでいくうち、一種の違和感を覚えているホーク。今、彼が読み込んでいるのはモンスターの出現件数に関する資料であった。

 ターハル領ではモンスターの出現の増加に伴い、兵員拡充等の軍備増強政策を推進していると対外的には告知されている。

しかし、実のところ、ターハル領では兵士の増員が始まった後、モンスターの出現が増加している。まるで最初から予測していたかのようである。


「(しかも、何で急に……)」


 ターハル領内で出現するモンスターの増加に関して、さらなる違和感を抱いているホーク。出現件数の増加は本当に近年に見られる傾向であり、それまではむしろ減少傾向であった。

 何らかの要因がなければ、モンスター出現の増加に説明がつかない。それがホークの頭の中で出た結論である。


 早速、書物に書いてある内容を持参してきたノートに書き込むホーク。彼の手に握られているペン、文通相手から贈られた代物であり、愛用の剣とも呼べる存在になっていた。

 続いてターハル領の近年の記録を読み始めるホーク。ここで彼は領内で軍備増強政策が始まった時期と同じくして、近隣のグオルグ領との交流が始まったことを知るのであった。



 ターハル伯爵邸。巨大で豪華な屋敷は今、夜の時間にもかかわらず、賑やかな雰囲気に包まれていた。

広大なターハル伯爵の屋敷の出入口となる門前。この場所に今、武具に身を固めたホークとナオが立っていた。彼等は今、ここで警備の任務に就いていた。


「どうして、ここにいるんですかね?」

「さあ、分からないな」


 門前で立っている中、素朴な疑問を零しているナオに対して、周囲を警戒しながら返しているホーク。

 話は数日前に遡る。上司であるライトに呼び出されたホークとナオ。そこで2人はターハル伯爵邸での警護に就くように指示を受けたのだ。何でも伯爵邸で重要な催し物が開催されるとのことであった。

 重要な催し物であるが故、屋敷の警備の者は敷地内警護に専念することになり、足りなくなった人員の埋め合わせとしてホークとナオが呼ばれたのである。


「でも、重要な催し物であれば、もっと上の人達がやるべきじゃないですかね?」

「もしかすると、俺達も何か関わりあるかも知れないな……」

「それどういう意味です?」

「いや別に……それよりも私語が多いぞ。今は仕事に集中だ」


 不思議そうに聞いてくるナオを窘めた後、警護の仕事に集中しようとするホーク。どういう理由であろうとも、兵士としての任務を全うする。このことだけは変わらなかった。

 この時、ホークの脳裏にはどうしてだか、サーファの主である顔も見たこともない文通相手のことが思い起こされていた。



 ターハル伯爵邸の巨大ホール。ここでは現在、腕利きの音楽家達による演奏が場を盛り上げ、着飾った多くの貴人や淑女達が食事と歓談を楽しんでいた。

 ターハル伯爵の娘の婚約パーティー。それが今夜の催し物の内容である。そのため、伯爵は周囲の貴族や大商人等をこの場所に招いたのである。

 不意に音楽家達による演奏が止まる。同時に貴人や淑女達の歓談も止む。そして、巨大ホールのステージには紳士服に身を包んだターハル伯爵が立っていた。


「皆さん、今日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 巨大ホールに集まった貴人や淑女達にお礼の言葉を述べるターハル伯爵。対する客人達もまた、一様に今日のパーティーの主催者へと視線を向けている。


「有り難いことに我が娘、ウンディーヌはグオルグ伯爵に嫁ぐことが決まりました」


 にこやかな表情で客人達に報告するターハル伯爵。その後、社交場用のドレスに身を包んだウンディーヌがステージの上に登壇する。それと同時に貴人や淑女達の視線は令嬢の方へと向けられる。


「この度は私どもの婚約を祝っていただき、誠にありがとうございます。ターハル伯の

娘として恥じぬよう努めて参りたいと思います」


 ホールに集った客人達に対して、感謝の言葉と意気込みを語るウンディーヌ。その振る舞いはまさしく伯爵令嬢と呼ぶべきものである。

 しかし、その優雅な立ち振る舞いに対して、ウンディーヌ自身、心から喜んではいなかった。今回の婚姻はあくまでも政治的な意図によるもの、政略結婚なのである。あくまでも政治的な道具の扱いに過ぎないのだ。

 無論、貴族同士の婚姻自体、政治的な意図によるものであることはウンディーヌも理解はしている。しかし、今を生きる1人の人間として、言葉に表現し難い拒否感があった


「我がターハル領に栄えあれ!」


 娘であるウンディーヌからの挨拶が終わった後、その場で高らかに宣言してみせるターハル伯爵。それと同時に周囲からは割れんばかりの拍手が起こり、巨大なホールを瞬く間に包み込んでしまう。


 ホール全体を包み込む拍手を聞いている中、勝ち誇った表情をしているターハル伯爵。この時、自身の栄華が確約されたと彼は信じて疑わなかった。



 ターハル領兵舎の面会場。この場には今、来客の対応をしているホークの姿があった。無論、相手はいつものサーファである。

 しかし、今日、面会場に訪れたサーファの表情はいつもと違っていた。何か深刻な問題を抱えているかのようである。


「サーファさん、よく来てくださいました」

「ありがとう」

「それで今日はどのようなことで」

「これを……」


 にこやかな表情でサーファのことを迎えるホーク。しかし、彼女の方は言葉少なくある物を手渡す。

 サーファがホークに手渡した物、それは彼女の主からの手紙である。ここまではいつものやりとりだ。しかし、何故であろうか、様子が普段と違っている。


「手紙を読んで返事を書きますので少しこの場で……」

「いいえ。この手紙は今すぐここで読んで欲しいの」


 別室で手紙の読み込み、さらに返事を書こうとするホークに対して、この場で読むように要望するサーファ。

 やはり、何かがいつもと違う。嫌な予感を抱きながらも、サーファに言われるまま、ホークはこの場で手紙を読むことにする。


 ホークに宛てられた手紙の内容、それは衝撃的なものであった。親の意向でターハル領の近隣貴族に嫁がなければならなくなった文通相手。従って、もうすぐ文通ができなくなるという旨であった。


「そんな……」


 力なく言葉を絞り出しているホーク。まるで何か大事なものが失われてしまったかのような感覚である。しかし、衝撃的な事実はそれだけではなかった。


「!!」


 手紙に末尾に記された宛名を見て、目を白黒させているホーク。そこには綺麗な文体でウンディーヌと記されていた。


「そう、貴方が文通していた相手……それはターハル伯爵様の娘、ウンディーヌ様だったのよ」

「ま、まさか……」


 サーファの口から告げられた衝撃的な事実。この事実を知らされてホークは言葉が続かない。それと同時に彼の脳裏にかつての出来事が思い出される。

 ホークが兵舎で初めて見た麗しき令嬢、それがウンディーヌであった。あまりの美しさに彼女のためだけの忠誠を宣言したことがあった。無論、その後、すぐに諭されたのであるが、まさか、文通相手が彼女であるとは今まで夢にも思わなかった。


 こうして、これまで文通をしていた相手がウンディーヌであったこと、さらに彼女は近隣に嫁がなければならないことを告げられたホーク。彼は今、憧れの令嬢との別れが間近に迫っていることを噛み締めるのであった。

皆さん、お疲れ様です。疾風のナイトです。

今回はヒロインのウンディーヌが政略結婚を父親から命じられました。

いよいよ物語は終盤に入っていきますので、どうぞよろしくお願いします。

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