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第7話 ~思わぬ転機~

盗賊討伐をした後、現場捜索に従事するホーク。そこで彼はある物を見つける。

そして、ホークが手に入れた物がウンディーヌ、そして彼女の周囲を大きく変える。

 盗賊を捕縛することに成功したホーク、ナオ、ライト。後から来た増援に身柄を引き渡した後、三人は拠点となっていた古びた民家の捜索を行っていた。

 古びた民家の中、貨幣、装飾品、家具、その他雑貨類等がいくつもの革袋に詰められた上で雑然と並んでいる。


「うわっ~これは酷い」

「恐らく、奴等はここに盗んだ物を溜め込んでいたんだろう」


 古びた民家の中を目の当たりにして、若干引き気味なナオ。一方、ライトは冷静に状況を推察している。


「詳しく調べろ」

「はい」

「了解」


 より民家の状態を調べるよう、部下に指示を出しているライト。一方、ホークとナオは簡潔に返事をして家宅捜索を行う。

 三人で古びた民家の中を捜索しているホーク達。その結果、盗賊達は盗み出した金品のうち、貨幣類はそのまま使い、それ以外の品物は換金していることが分かった。


「うん?」


 箪笥を調べていた際、ホークの眼にある物が留る。それはサソリの文様が刻まれた紙袋であった。文様の下の部分には、何か文字が記されているが、ターハル領で使用されているものではない。


「ツヅラー……」


 本来、読めるはずのない文字を読み上げるホーク。そして、彼は紙袋から中身を出してみることにする。

 紙袋の中から出てきた物、それは無数の黒い丸薬であった。しかも、丸薬からは独特の匂いが漂っている。


「何かあったか?」

「は、はい!」


 上官であるライトからの問い掛けに対して、若干焦り気味に返答しているホーク。そのまま彼はツヅラーと呼んだ丸薬を紙袋に戻した後、盗賊達の証拠物品として提出するのであった。



 数日後、兵舎内にある打ち合わせ室前。この扉の前に立っているホーク。今、彼の右手には1冊の本と何枚かの紙が握られている。

 そして、いつも以上に緊張した面持ちでホークは打ち合わせ室の扉をノックする。まるで何かと対峙しているかのようだ。


「誰だ?」

「オークです」

「入れ」

「はい」


 扉越しに聞えてくるのは上官であるライトの声。入室を許可された後、ホークは打ち合わせ室の中に足を踏み入れる。

 打ち合わせ室の中に入ったホークの視界に映るもの、それは椅子に腰かけているライトの姿であった。さらに彼の机の上にはツヅラーと呼んだ丸薬が置かれている。


「失礼します。ホークです」

「それで話とはこの丸薬のことのようだな」


 机に置かれているツヅラーに視線を落とすライト。対するホークもまた、上官と同じ視線の動きをする。


「はい。この丸薬はツヅラーと言います」


 机の上に置かれた丸薬の名前に触れた後、ホークはその傍で持参してきた本を開く。本の表紙には百薬年鑑と記されている。簡単に言えば、薬や薬草に関する百科事典である。

 ライトが見守る中、手慣れた様子でページを捲っていくホーク。そして、彼が上官に見せたページ、そこにはツヅラーに関する解説が絵と一緒に記されていた。


「ツヅラー……南東のサソリの毒を煮詰め、複数の薬草を配合して製造する……効能は人間の身体機能を根本から高める」

「はい。ターハル領では手に入らない極めて希少な丸薬です」


 ライトの言葉を引き継ぐ形でツヅラーの説明を行うホーク。その言葉の端々には今までにないほどの力と熱が入っている。

 ホークがツヅラーを知っていた理由であるが、公立図書館で読書に耽っていた際、偶然にも百薬年鑑に記載されているのを目にしたからである。なお、ライトに見せている本も図書館から借りてきたものである。


「まさか、お前……」

「はい。このツヅラーを私に譲ってもらえないでしょうか?」

「お前……言っていることの意味が分かっているのか?」


 目の前のホークのことを睨みつけながら問い掛けているライト。その視線には怒気と殺気が含まれている。

 今回、回収したツヅラーは捕えた盗賊達に関する調査は勿論のこと、刑罰を下す上でも重要な証拠となるものである。個人的にどうこうできるものではない。従って、ホークの言っていることは規律を犯すものであった。


「分かっています」

「何故だ。俺はお前のことを真面目な兵士だと思っていたのに」

「実は……助けたい人がいるんです」

「助けたい人?」

「はい……」


 そう告げた後、ライトに文通相手のことを話し始めるホーク。相手は病気がちであること、このツヅラーを服用すれば、治せるかもしれないことを説明する。


「文通相手と言ったな?本当のことか?」

「本当のことです。証拠もお持ちしました」


 机の上に持参してきた紙を提出するホーク。一方、ライトは部下の文通相手の手紙を読み込んでいく。

 本来、ウンディーヌの手紙はホークのために書いたものであり、他人に見せる彼の行為は非常に失礼なものに当たる。

しかし、それでもなお、ホークは見知らぬ文通相手を助けたいと願い、あえて今の行為に及んでいるのであった。無論、彼自身、全ての責任を背負うつもりでいた。


「!!」

「……」


 手紙を読んでいく中、一瞬だけ驚きの表情を見せているライト。一方、ホークは固唾を呑んで様子を見守っている。


「……お前の言いたいことは分かった。しかし、このツヅラーは大事な代物だ。譲る訳にはいかん」

「……そうですね」


 ライトから告げられる譲渡拒否の言葉。一方、少しだけ寂しげな表情でホークも受け入れる。このツヅラーは公に用いられるものだ。個人的な事情でそれを犯す訳にはいかない。


「しかし、私が見ていないところで消えてしまっていてはどうしようもないな」

「それは……」

「悪い。これから少し仮眠をする」


 それだけ言った後、ライトは目を閉じると、椅子に腰を掛けたままで仮眠を始めてしまう。

そして、打ち合わせ室の中にたった1人で立っているホーク。この時、彼は上官の言葉の意図を理解していた。


「ありがとうございます」


 小声で感謝の言葉と共にお辞儀をした後、ホークは百薬年鑑、ウンディーヌからの手紙、そしてツヅラーを回収して部屋から出る。


「……言ったか」


 ホークが部屋を出て言った後、目を開いて起き上がるライト。彼は部下の行為を一部始終見届けていた。

 ライトの発言の意図。それは公にはツヅラーを渡すことはできないため、あえてホークに持ち出させたのである。これも部下の文通相手を助けるためである。


「まさか、俺がこんな三文芝居をするとはな……」


 たった独りの打ち合わせ室の中、苦笑気味な様子でいるライト。今、彼はかつて自身が新入兵士だった頃を思い出していた。


 ライトが新入兵士の頃、上官の騎士がいた。彼は武術の達人であり、人柄も大変よく、何より規律を重んじる人物であった。

 そんな騎士がライトに見せた意外な一面がある。度重なる任務で兵士達のフラストレーションが溜まっていた時、彼は自らの責任で酒場に連れ出したのである。

 無論、騎士の行為は規律違反である。しかし、兵士達全員は彼の心遣いに感謝したことは言うまでもない。この経験を通じて、規律は守るべきものであるが、必要に応じて破ることも大事であることをライトは学んだのである。


「それにあの手紙……」


 ポツリと呟いているライト。ホークの文通相手が書いた手紙、字が綺麗なことは言うまでもなく、文体そのものも流れるように心地良い。

 恐らく、ホークの文通相手はターハル領内でも相当に身分の高い人物だろう。そうなれば、このツヅラーを相手に渡すことは領内にとっても有益であるはずだ。


「それにあいつが女か……プププッ!」


 最後に噴き出しそうになっているライト。彼には分かる。手紙の字や文体、相手は間違いなく女だろう。

 以前、ライトはホークに女を作るように諭したことがあった。まさか、こんな形で女と親しくなっているとは思ってもみなかった。しかも、当人が気づいてないことがさらに笑いを誘うのであった。



 広大な敷地を保有するターハル伯爵邸。清浄な空間を維持している私室の中、ウンディーヌはいつものように窓から外の景色を眺めていた。この景色を眺めるのも既に何度めであろうか。


「ウンディーヌ様」

「サーファか。入ってきて頂戴」


 主に促され部屋の中に入ってくるサーファ。不意にウンディーヌの眼にある物が留る。それは従者の抱えている紙封筒であった。


「サーファ、これは何か?」

「まずはこれを」


 ウンディーヌの疑問に答えるように紙袋を開き始めるサーファ。その中から現れた物、1つの紙袋と1通の手紙であった。


「あの兵士がウンディーヌ様にと……」

「ホークが……?」


 サーファから手紙を受け取ると、早速、読み込み始めるウンディーヌ。手紙には同封された紙袋の説明、それを手に入れるまでの顛末が記されていた。

 ホークからの説明によれば、紙袋の中には丸薬が入っており、ウンディーヌの体質に効くかもしれないこと、それを手に入れるまでに上官に相談したこと、そして、交渉の際に彼女の書いた手紙を無断で見せたことの謝罪が書かれていた。


「どうしますか?捨てますか?あんな薬は見たこともありません」

「いや、飲んでみようと思う」

「本当ですか?」

「うむ」


 疑問と驚きを隠せないサーファに対し、真顔で答えているウンディーヌ。恐らく、ホークはツヅラーを手に入れる際、決死の覚悟で臨んだはずだ。それならば、こちらも相応の誠意を見せるのが筋である。


 その後、サーファに水を私室まで運ばせるウンディーヌ。そして、彼女はグラスに入った水と共にツヅラーの丸薬を呑む。


「後のことはよろしく頼む」

「かしこまりました」


 寝室着に着替えたウンディーヌはサーファに後を任せ、自らは豪奢なデザインのベッドで床に就く。そのまま彼女は眠りの世界に落ち込むのであった。


 眠りの中にいるウンディーヌ。この時、彼女は身体が焼けるように熱く、同時に肉と骨が痛むのを感じる。まるで自身が内なる皮を破り、さらなる成長を遂げようとしているかである。


 熱さと痛みに苛まされてから、どれほどの時間が経過したのだろう。気がつけば、朝の時間を迎えていた。

ベッドから起き上がるウンディーヌ。ふと彼女は身体から澱みが消えているのを感じる。そうした中、サーファが部屋の中に入ってくる。


「おはようございます。ウンディーヌ様」

「おはよう」

「気分はいかがですか?」

「これまでに感じたことないほど心地良い」


サーファからの問いに柔らかな笑みと共に答えるウンディーヌ。彼女は今、これまでにない清々しさも感じていた。


「朝食は何になさいますか。昨日のこともありますし、やはり軽い物の方が……」

「悪いけど、肉の料理を作ってくれないか?」

「肉ですか!?お身体の方は大丈夫ですか!?」

「うむ。むしろ……何と言うか、身体が欲しているのだ……」


 驚きを隠せないでいるサーファに対して、恥じらいの表情と共に語るウンディーヌ。これまで彼女は身体が弱いこともあり、食事は野菜中心で肉や魚を食べることは皆無であった。

 しかし、今はウンディーヌ自身、肉を強烈に欲しているのだ。もしかすると、これもツヅラーの効能かもしれない。


「分かりました。すぐに準備します」


 返事をした後、急いで部屋から出るサーファ。従者の後ろ姿を見守りつつ、ウンディーヌは食事を待つのであった。


 それから数日、ウンディーヌと周囲の環境は大きく変化した。彼女の食事には肉や魚の料理が増えた。それに比例するようにして、彼女が外に出歩く機会も増えた。

 食事内容の変化と運動量の増加。そのおかげでウンディーヌの身体は活性化していき、他の貴族令嬢と何ら変わることのない生活を送るようになっていた。そう、彼女は健康な肉体を手に入れることができたのだ。



 ターハル伯爵邸。この巨大な屋敷の奥に大きな部屋がある。この部屋こそがターハル領の最高権力者である伯爵の執務室であった。

 執務室の奥。巨大な椅子に腰を掛けている男がいた。既に白髪で顔には皺ができているが、若々しい顔立ちをしている男。彼こそがウンディーヌの父親であるターハル伯爵であった。


「以上が最近のウンディーヌ様の状況になります」

「成程、それは結構。下がってよいぞ」

「は……」


 執事から娘のウンディーヌの近況を聞いた後、満足そうな表情を浮かべているターハル伯爵。

 やがて、1人になった執務室で表情を変えるターハル伯爵。これまで柔和であった顔つきは邪なものへと変わる。


「使えないと思っていたが、健康な身体になるとはな。しかし、これで思った以上に事が上手く運ぶ」


 独り呟いているターハル伯爵。その顔は娘の回復を喜ぶ父親ではなく、人のことを道具あるいは駒としか見ていない権力者のものであった。

 病弱な身体から解放されて健康になったウンディーヌ。しかし、その裏で醜い策謀が少しずつではあるが、確実に進行しているのであった。

皆さんお疲れ様です。

今回の話も読んでいただき、ありがとうございます。

元々、今回の話は前回と1つの話でしたが、予想以上に長くなったために2つの話に分割しました。

いよいよ次回以降、物語が大きく変わっていきます。

是非、楽しみにしていてください。

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