第3話 ~初めての戦闘~
ゴブリン討伐に同僚のナオ、上司のライと共に出撃したホーク。
兵士となって以来、初めての戦闘。彼等を待ち受けているものは一体何か?
ターハル領の街外れにある野原。既に太陽は西の彼方に沈み切っており、闇夜を無数の星が彩っている。
全てが夜の闇で支配された野原。明るい昼間とは打って変わり、不気味な雰囲気が漂っている。
そして、ここには今、武具で身を固めたホーク、ナオ、ライトの姿があった。昨日の打ち合わせのとおり、ゴブリン討伐を行おうとしていた。
「ゴブリン討伐、気が抜けないな」
夜の野原を眺めている中、独り呟いているホーク。今回の討伐対象はさして脅威ではないが、人間を襲うモンスターである以上、油断は禁物であった。
「それでゴブリン達はいつ頃に現れるんでしょうか?」
「恐らく、もうすぐだな」
素朴な疑問を漏らしているナオに対して、落ち着いた様子で答えているライト。長年、モンスター討伐に従事してきた経験則に基づく回答であった。
「静かにしろ。来るぞ……」
すると突然、ホークとナオに口を閉じるように指示をするライト。一方、2人は黙って頷くことで返答している。
やがて、夜の闇に紛れて人影のようなものが浮かび上がってくる。背丈は人間の子どもぐらいであろうか。しかも、影は1体だけではなく複数体存在している。
徐々に明らかになってくる謎の影達の正体。それは醜悪な顔立ち、手には棍棒で武装したゴブリン達であった。そう、待ち構えていた敵が現れたのだ。
「一気に仕掛けるぞ。ついてこい!」
ゴブリン達を視認した途端、叫ぶように号令を出すライト。そのまま大剣を携えて敵の集団の中に飛び込んでいく。そして、やや遅れる形でホークとナオも後に続いた。
ゴブリン達の前に颯爽と立ち塞がるライト、ホーク、ナオの3人。一方、思わぬ敵襲に相手側は動揺を隠せないでいる。
「円陣を組め!」
「「はいっ!」」
次の指示を飛ばすライトに対して、手短に返事をするホークとナオ。3人は背中合わせにそれぞれの武器を構える。
まず、ホークの装備であるが、軽装の防具に身を固めており、さらに使い勝手の良い長剣を握り締めている。
次にナオの装備であるが、ホークと同様の防具を装着した上、リーチに優れる長槍を構えている。
そして、ライトの装備であるが、重厚感溢れる甲冑で身を固め、さらに身幅のある大剣を構えている。
「おおおおおおおっ!」
「!?」
獅子のような雄叫びと共に愛用の大剣を振り上げ、何の躊躇もなく敵に殺到するライト。一方、勇ましい相手に恐怖しているのか、ゴブリンはその場から動けずにいる。
次の瞬間、一閃の下にゴブリンを斬り伏せるライト。その後、相手の死亡を確認すると、すぐさま別の敵へと立ち向かっていく。その様は得物を狩る腕利きの狩人のようだ。
ライトが着実に敵を仕留めていく中、部下であるホークとナオもまた、ゴブリン達との戦闘を繰り広げていた。
「くっ!」
得物越しにゴブリンと睨み合っているホーク。今、両者の長剣と棍棒が激突することで鍔迫り合いが行われている。
「ぐぐ……」
激しい鍔迫り合いを行う中、ホークは苦い表情を浮かべる。ゴブリンの力は思ったよりも強いため、なかなか力で押し切れずにいるのだ。ちなみに近くで戦っているナオもまた、同じような状況である。
「何をモタモタしている!早く倒せ!」
すると突然、既に何体ものゴブリンを葬っているライトから怒号が飛んでくる。今後、ホーク達はターハル領の兵士として、さらに強いモンスター達と戦うことになる。この程度の敵に苦戦するようでは先が思いやられるのだ。
「ホーク、お前は型に嵌り過ぎだ!もっと臨機応変に動け!」
さらにライトから熱のこもった檄がホークに送られる。基本に忠実な動きは良いのだが、それに囚われ過ぎている傾向があり、柔軟さが失われてしまっているのだ。
「(でも、どうすれば!)」
ライトから送られた助言に耳を傾けながらも、思うように活かせずにいるホーク。初めての戦闘という緊張感、苦戦を強いられているという焦り、それらが冷静な判断と柔軟な思考を鈍らせていた。
「(何とかならないのか!?)」
必死に今の状況から抜け出そうとしているホーク。そうした時、視界にゴブリンの股間が映り込んでくる。
「これだっ!」
言うが早いか、ホークはゴブリンの股間を力一杯に蹴り上げる。一方、蹴られた側は悶絶しながら、必死になって股間に手を当てている。どうやら、異形の姿をしたモンスターでも、急所は人間と変わらないらしい。
「もらった!」
敵が痛みで呻いている隙を狙い、袈裟掛けに斬撃を浴びせるホーク。一方のゴブリンは不意を突かれた攻撃で即死する。
1体目のゴブリンを倒した後、即座にホークはライトと合流する。同じくナオもまた合流を果たす。
その後、勢いに乗る形で次々とゴブリン達を倒していくホーク、ライト、ナオの3人。やがて、彼等が敵の集団を全滅させるまでにそれほどの時間はかからなかった。
静けさが戻った頃、夜の野原に転がっているゴブリン達の亡骸。最早、彼等が動き出すことはない。これで戦いが終わったと思われた時であった。
「っ!!!」
突然、不気味な奇声を上げながら、この場に何者かが乱入してくる。一方、ホーク、ナオ、ライトの3人はすぐに視線を向ける。
ホーク達の前に現れた闖入者の正体。それは蜥蜴のような姿をした人型のモンスターであった。
リザードマン。これが新しく現れたモンスターの名前である。全身が固い皮膚で被われており、鋭い爪と尻尾を武器としている。
「あれは!?」
「こんな時に……」
リザードマンの出現に直面して、驚きの声を上げるホークとナオ。彼等にしてみれば、新しい敵との遭遇など予想外の出来事であった。
「落ち着け、この程度のこと何でもない」
動揺するホークとナオを窘めるライト。戦闘では予想外の出来事など日常茶飯事である。いちいち取り乱していてはキリがない。
目の前のホーク達を敵と認識しているのか、気を荒立たせているリザードマン。今にでも襲い掛かりそうな勢いである。
「ホーク、ナオ、いくぞ!奴を囲んで攻撃しろ!」
「分かりました!」
「あっ、はい」
力強い口調で簡潔に指示を出すライト。一方、ホークとナオは返事をした後、すぐさま移動してリザードマンを挟み込む。
リザードマンと正面から対峙するライト。それぞれ敵の左右に位置しているホークとナオ。これで敵と戦う準備は整った。
「いくぞ!」
迅速な動きでリザードマンとの距離を詰めていき、構えた長剣を一気に振り下ろすホーク。
ホークによる縦一文字の斬撃。しかし、リザードマンは自慢の右腕で防ぎ、反撃に転じようとする。
「このっ!」
すると、今度は反対側からナオが長槍でリザードマンに突きを見舞う。槍の穂先は敵の横腹を捉えていたものの、固い皮膚で弾かれてしまう。
ナオによる文字どおりの横槍により、苛立ちを募らせるリザードマン。同時に冷静な判断力や注意力が削がれてしまう。
「よし、よくやった!」
リザードマンに戦いを挑むホークとナオを労うライト。一旦、大剣を構え直した後、一気に踏み込んでいく。
ホークとナオがリザードマンの注意を惹きつけ、その間にライトが攻撃を仕掛ける。人間のチームワークを最大限に活かした戦法であった。
「ふんっ!」
次の瞬間、大剣で怒濤のような斬撃を敵に見舞うライト。一方のリザードマンは血飛沫を上げ、その場にどっと倒れ込んでしまう。
そして、地面に倒れ込んだ後、糸の切れた人形のように動かなくなるリザードマン。それは同時に生命が尽きたことを意味していた。
その後、粛々とリザードマンの死亡を確認するホーク、ナオ、ライトの3人。それは同時に本当の意味で今回の任務が終了したことを意味していた。
◇
ターハル領の街中にある酒場。ここでは仕事を終えた人々の憩いの場所となっている。それぞれが思い思いに酒を飲み、料理を食している。
そうした酒場の一角において、ホーク、ナオ、ライトの姿があった。先日のゴブリン討伐任務の祝勝会である。
「「「乾杯!!」」」
最初の乾杯をした後、コップに注がれたビールを一気に飲み干していくホーク、ナオ、ライトの3人。
「いやぁ~美味いなぁ~!」
コップに注がれたビールを飲み干した後、素直な感想を漏らしているライト。やはり、一仕事をやり遂げた後の酒は美味いものだ。
「美味しいです!」
「そうですね」
遅れてビールを飲み干した後、ライトと意見に同調するホークとナオ。特に新入兵士である2人にしてみれば、初めての任務が無事に成功した後の酒は格別であった。
その後、お代わりのビールを飲み、料理を食し、雑談を楽しんでいるホーク、ナオ、ライトの3人。ほどよく祝勝会が盛り上がっていく。
「そう言えば、ホーク、君はどうして兵士になったんだ」
「えっ?」
突然、素朴な疑問を投げかけるライトに対して、キョトンとしているホーク。あまりにも唐突であったため、不意打ちを受けたような感覚だ。
「……出世して故郷にいる母親孝行をするためです。そして、いつかの日か、この世界、皆を守れる正義の兵士になりたいと思っています」
視線の先にいるライト、さらに隣にいるナオに向け、自分の内に秘める目的を語っていくホーク。今の気分であるが、酒で酔ったせいもあるのか、まるで大衆に自らの理念を語る領主のようであった。
ホークの演説じみた話を聞いた後、しばしの間、この場に沈黙が漂っている。微妙にこの沈黙は居心地の悪いものであった。
「確かに君の目標は立派だ……」
やがて、ゆっくりと口を開き、言葉を紡いでくライト。一方、当事者であるホーク、隣にいるナオは黙って耳を傾けている。
「だがな、言っていることが固過ぎる。もっと他にないのか?」
さらに言葉を続けるライト。確かにホークの言っていることは立派であるが、あまりにも真面目過ぎるために面白味に欠けるのだ。
「それではどんな目標であれば?」
「そうだな。女を作るとかだな」
ホークからの質問にさも当たり前のように返しているライト。ガチガチに固まった思考を柔らかくするためには、それが最良であると考えていた。
実はこのライトと言う男。今でこそ落ち着いているものの、以前はいくつもの浮き名を流したモテ男でもあった。
「(女?それは個人の勝手じゃないか?)」
ライトからの助言を聞いた後、心の中で疑問を募らせるホーク。正直に言って納得することができずにいた。
そもそも、異性を好きになるなど、個人の自由である。他人からとやかく言われるものではない。少なくとも、ホークはそのように思っていた。
それから、しばらくして祝勝会は幕を閉じる。酒場から出て兵舎に戻る際、ホークの心にはライトの言葉が留まり続けるのであった。
◇
ターハル領の中に建っている巨大な屋敷。どんな建物よりも大きく、かつ豪奢な造りとなっている。恐らくは相当に高貴な人間が住んでいるのだろう。
巨大な屋敷の一角にある部屋。室内には繊細な装飾が施されており、高級な調度品が緻密に配置されている。さらに空気を清浄に保つため、アロマが焚かれている。
そして、アロマの香りが芳しい部屋の中、ドレスに身を包んだ1人の女性が立っていた。雪のように白い肌、絹織物のような長い髪が印象的な美しい女性。彼女が良家の令嬢であることは一目で分かる。
「ごほごほっ!」
咳き込みながらも、窓越しに外の景色を眺めている美しい女性。その視線の先にはターハルの街中の様子が映し出される。
思うように動くことができない身体、令嬢としての立場。美しい女性の人生はまさしく自由を奪われた人生と言えるだろう。
「(私は外に出ることの許されない人間……)」
女性もまた、自分の置かれた状況を弁えていた。だからこそ、せめて窓越しから広い世界へと想いを馳せよう。それが今の自分に許された僅かな自由であった。
皆さん、こんにちは。疾風のナイトです。
「新入兵士が令嬢に一目惚れしたようです」を読んでいただき、誠にありがとうございます。
今回の話は初めての戦闘ということもあり、戦闘描写がメインとなっています。
そして最後の方に複線らしきものを描いています。
次回からいよいよ物語が本格的に動く予定です。
楽しみにお待ちください。