第11話 ~最後の任務~
グオルグ伯爵との決着をつけるため、ターハル領から出撃したホーク達。
強欲な貴族との最後の戦いが今始まる。
旧ターハル伯爵邸。今は亡きターハル伯爵の邸宅であり、領内の富が最も集中している場所と言っても過言ではない。
この屋敷内に今、大勢の兵士達が集結していた。誰もが完全装備で身を固めており、まるでどこかへ遠征にでも行くかのようだ。
そうした中、屋敷の中から誰かが姿を現す。それは従者であるサーファと引き連れたウンディーヌであった。兵士達と同様、彼女もマントを羽織っており、どこかに行こうとしているようだ。
「兵士諸君、これより我々はグオルグ伯爵へと向かう!」
屋敷前に集結した兵士達を見据えつつ、凛とした佇まいで宣言するウンディーヌ。対する兵士達は彼女の言うことを黙って聞いている。
「我が父、ターハル伯爵とグオルグ伯爵の密約は国王陛下へ既に報告してある。その上で陛下から伯爵を捕えよとの命令が下りた。これは正当な任務である!」
これまでの経緯を簡潔に伝えた後、今回の遠征についての正当性を兵士達に訴えるウンディーヌ。
ターハル伯爵が亡くなった後、ウンディーヌは真っ先にグオルグ伯爵との密約の証拠集めに着手した。
密約の証拠書類等は隠し金庫に保管されており、あっさりと見つけることができた。もしかすると、生前のターハル伯爵はいずれ自らの企みが露見することを自覚していたのかもしれない。
そして、ウンディーヌがとった選択、それは主君であるアストラル王国に今までのことを包み隠さずに報告することであった。ある意味、自首に近い行為と言えるだろう。
報告後、アストラル王国から届いた連絡はグオルグ伯爵捕縛の命令であった。具体的な沙汰はその後に行うということであった。
「これがターハル領での最後の任務となる!心して取り組んで欲しい!!」
「おおおおおおおっ!!!」
これまでターハル領に尽力してくれた兵士達に対して、最後の出撃命令を出すウンディーヌ。彼女からの命令に兵士達は1人1人、大音声を上げて返事をするのであった。
◇
領内を出て進軍しているターハルの軍団。最高司令官であるウンディーヌは馬に乗り行軍している。長い黒髪をポニーテール状に結んだ彼女の傍には、同じく馬に乗るサーファの姿もある。
そして、ウンディーヌのすぐ近くには徒歩で行軍するホーク、ナオ、ライトの姿があった。
「ウンディーヌ様、私めにブジンの鎧を与えていただき、誠にありがとうございます」
行軍している最中、ウンディーヌに感謝の言葉を述べているホーク。今、彼は最高の装備であるブジンの鎧で身を固めている。
本来、一介の兵士に過ぎないホークがブジンの鎧を装備することなど、とても許されないことである。しかし、ウンディーヌの計らいで今回の遠征でも装備することが許されたのだ。
「うむ。今回の戦闘でもしっかり頼むぞ」
「はっ!全力を尽くします!」
期待に満ちた表情で語りかけるウンディーヌに対して、あくまでも兵士の領分を全うしようとするホーク。2人の間には単なる主従を越えた関係が芽生えようとしていた。
「ホークさん、火焔槍の準備はいつでも大丈夫ですよ」
すると、ホークのすぐ近くにいるナオが話しかけてくる。彼は今、いつもの長槍ではなく赤い石が埋め込まれた槍を担いでいた。
この槍の名前は火焔槍。火属性の魔石が埋め込まれた槍であり、文字どおり炎を自在に操ることができるとも言う。そして、この槍はブジンの鎧のために作られた代物であった。
その後、グオルグ伯爵領の市街地に足を踏み入れるウンディーヌ達。彼女の視界に広がっていたもの、それは荒れた街の光景であった。建物や道路は汚れており、街の人達の身なりも粗末である。これでは貧民街ではないか。
「酷い」
「恐らく、己の私腹を肥やすことばかり考えてきたのでしょう」
市街地のありさまを目の当たりにして、驚きを禁じ得ないでいるウンディーヌ。対するライトは冷静に現状を分析しようとしている。
グオルグ伯爵はターハル領への介入に注力するばかり、自身の領土への統治が蔑ろになっているのであろう。いずれにしても、ウンディーヌ達にしてみれば、到底許せることではなかった。
「お願いです!我々をお助けください!」
「何でもしますから!どうか、このとおりです!」
市街地の人達が次々とウンディーヌ達に懇願してくる。他の領土しかも武装した人間達に頼まなければならないほど、彼等の生活は窮乏しているのだ。
「ウンディーヌ様」
「皆まで言うな。分かっている」
話しかけくるホークに対し、落ち着いた口調で答えるウンディーヌ。それと同時に彼女は一旦、行軍を中止して市街地の人達の方へと向き直る。
「我々はアストラル王国の命で動いておる!諸君等とって悪いようにはならないことを約束しよう!だからこそ、このまま我々のことを見守って欲しい!」
毅然とした口調でグオルグ領の民に語りかけるウンディーヌ。その姿はまさしく気高き令嬢である。彼女の言葉を聞いた後、市街地の人々は深々とお辞儀をする。
市街地の人達に見送られながら行軍を再開するウンディーヌ達。最早、ターハル領の人間達だけではない。この戦いにはグオルグ領の人間達の命運もかかっているのだ。
必ず、この戦いに勝利して、ターハル領とグオルグ領の双方に平和を取り戻す。行軍するウンディーヌ達は心の中で固く誓うのであった。
◇
荒れ果てた市街地の最深部に建っているグオルグ伯爵の屋敷。その規模はターハル伯爵の屋敷よりも巨大であり、さらに造形も絢爛豪華なものとなっている。
さらにグオルグ伯爵の屋敷の前には、数多くの騎士達で固められている。ターハルからの進軍を予期して兵力を集めてきたのだろう。
そして、グオルグ伯爵の屋敷前に到着するウンディーヌ達。双方の軍勢が睨み合う形となる。
開戦に向けて徐々に緊張感が高まる中、巨大な屋敷の中から1人の男が現れる。上質な服に身を包んだハンサムな男、今回の騒動のもう1人の元凶とも言えるグオルグ伯爵であった。
「これはこれは……ウンディーヌ嬢、ご機嫌麗しいことで」
「世辞はいらぬ。単刀直入に言おう……グオルグ伯爵、そなたにはアストラル王国の国王陛下から逮捕命令が出ている。大人しく縛につくのだ」
グオルグ伯爵の白々しいお世辞を切り捨てた後、ウンディーヌはアストラル王国の国王からの逮捕状を見せつけながら勧告する。逮捕状には国王の印も押されている。公式な文書だ。
「ふん、こんなもの、いくらでも捏造できる。貴様のやっていることは何の意味もない」
「あくまでもシラを切るつもりか……」
公式の逮捕状を見せつけられてもなお、見苦しい言い訳を続けているグオルグ伯爵。この時、ウンディーヌは最悪の事態を覚悟する。彼女だけではない。傍に付き従っているホーク、ナオとライト、他の兵士達もこの時点で最悪の事態を覚悟していた。
「力づくで押し通ってみろ……ものども!侵入者を排除しろ!!」
次の瞬間、屋敷前に集結していた兵士達に攻撃命令を出すグオルグ伯爵。それと同時に騎士達もウンディーヌ達に攻撃を開始する。
「兵士諸君、迎え撃て!そして、グオルグ伯爵を逮捕し、全てを終わらせるのだ!!」
グオルグ伯爵配下の騎士達が殺到する中、自軍の兵士達に迎撃命令と逮捕の指示を出すウンディーヌ。彼女の命令を受けて、兵士達も迎撃を開始する。
否が応なく始まったグオルグ伯爵との戦い。兵力の数ではターハル領が勝るものの、武器の質ではグオルグ領の方に分があった。
双方共に戦いを続ける中、安全な屋敷の前で様子を窺っているグオルグ伯爵。まるで試合を観戦しているかのようにも見える。
すると、戦いが延々と続くと思われる中、圧倒的な力をもってして、グオルグ伯爵の騎士達を撃破する者達がいた。
「はあっ!!」
両手で握り締めた太刀で騎士を一閃するホーク。彼の太刀による斬撃は次々と敵を仕留めていく。
「行くぞ、ナオ!」
「はい!」
愛用の大剣で騎士を切り倒すライト、長槍で敵の肩や太腿を貫くナオ。実戦経験豊富な彼等にしてみれば、グオルグ伯爵の騎士達は未熟者にしか見えなかった。
「私も戦おう……」
自らも戦いに加わるウンディーヌ。彼女は全身を覆うマントを脱ぎ捨てた後、ハイレグレオタードの戦闘衣装を露わにする。
「怒濤の大波よ、我が敵を排除せよ」
水魔法を発動させるための呪文を唱えるウンディーヌ。次の瞬間、どこからともなく大波が発生したかと思えば、グオルグ伯爵配下の騎士達を次々と押し流していく。
ホーク、ナオとライト、ウンディーヌの活躍を目の当たりにして、味方の兵士達も奮起する。そのおかげで戦いは五分五分以上、いや、こちらの有利に傾いていった。
「くっ……押されている」
芳しくない戦況を目の当たりにして苦い表情を浮かべているグオルグ。このままでは、こちらが負けることを理解していた。
「それならば!」
懐の中から何かを取り出すグオルグ伯爵。それは小さな笛であった。そのまま彼は何かを呼ぶように笛を吹いてみせる。
次の瞬間であった。グオルグ伯爵の屋敷前の地面が割れたかと思えば、その中から何者かが出現する。
地面を裂いて現れた者、それは人間よりも遥かに大きな巨人であった。しかも、その前身は金属でできているのが特徴である。
「これは……」
「グオルグ伯爵のモンスターか……」
戦いの場に突然現れた金属の巨人を前にして、それぞれ言葉を漏らしているホークとウンディーヌ。見るからに只者ではないことは明らかだ。
「これこそ、我が最強のモンスター……メタルゴーレムだ」
驚いているホークとウンディーヌに向かって、自慢げに語ってみせているグオルグ伯爵。その瞳には狂気の色が宿っていた。
「メタルゴーレムよ、邪魔者を始末するのだ!」
「!!」
グオルグ伯爵の指令を聞いた途端、荒々しい鳴き声を上げるメタルゴーレム。そのままモンスターはウンディーヌ達に襲い掛かる。
「全員、攻撃を避けることに専念するのだ」
すぐさま危険を察知したウンディーヌは兵士達に指示を出す。下手に攻撃して相手を刺激することは得策ではないと判断したためである。
持ち前の巨体で暴れ回るメタルゴーレム。モンスターの拳は固い地面さえもいとも簡単に砕いてしまう。しかし、その巨体は必ずしも良いとは限らなかった。
「ぎゃあっ!?」
「ぐわっ!」
メタルゴーレムが拳を撃ちつけた際、その衝撃に巻き込まれてしまうグオルグ伯爵配下の騎士達。そう、モンスターの攻撃は味方さえも巻き添えにするものであった。
「こいつ味方まで……」
メタルゴーレムの暴れぶりに呆然としているナオ。どうやら、このモンスターにとっては味方などお構いなしなのだ。
「この化物!」
「これでも喰らえ!」
憤ったグオルグ配下の騎士達はメタルゴーレムに攻撃を加える。ある者は剣で斬りつけ、また別の者は弓矢で仕掛ける。しかし、いずれの攻撃も硬い金属の表皮には通用しない。
「攻撃が通らない?」
「奴の身体は全て金属でできているというわけか……」
鉄壁の防御力を見せつけるメタルゴーレムの姿を目の当たりにして、それぞれに思ったことを口にしているナオとライト。並大抵の攻撃では通用しないことは明らかだ。
「一体どうすれば……?」
全身が金属でできているメタルゴーレムとどう戦うのか、必死に思考を巡らせているホーク。これまで培った経験、獲得してきた知識を総動員する。
「っ!そうか!ナオ、火焔槍を頼む!」
「はいっ!」
何か思いついたのか、ナオに火焔槍を持ってくるように頼むホーク。すぐさま彼は巨大な槍を受け取る。
「ウンディーヌ様、これから私は攻撃を仕掛けます!その後に水魔法での攻撃をお願いします!」
「……あいわかった」
メタルゴーレムに向かって火焔槍を構えている中、ウンディーヌに追加の攻撃を行うように依頼するホーク。彼女も素直に承諾する。
「最大出力、いけえっ!!」
火焔槍を構えながら叫ぶホーク。それと同時に槍に埋め込まれた魔石が光を発生したかと思えば、その穂先からは炎が激しい勢いで発射される。
「!?」
火焔槍からの炎を全身に浴びてしまい、動きを止めてしまうメタルゴーレム。それと同時にモンスターの身体は赤熱化する。
やがて、火焔槍の炎が鎮まる。ほどなくして、メタルゴーレムも再び動き出す。動きを止めることはできたものの、大した損傷を与えるまでには至らなかった。
「白き霧よ、敵の進軍を阻止せよ」
すると今度は水魔法の呪文を唱えるウンディーヌ。それと同時にメタルゴーレムの周囲には霧が発生する。
ウンディーヌの発生させた霧により、再び、動きを遮られてしまうメタルゴーレム。その時であった。
突然、頑強なメタルゴーレムの金属の身体に大小無数のヒビが生じる。それと同時にどんな攻撃にもビクともしなかったモンスターが苦しみ始める。
「成程、熱を帯びた金属は急に冷やされると脆くなる……それを利用したのだな」
「はい、そうです」
合点がいった様子のウンディーヌからの問い掛けに対して、歯切れよく返事をしているホーク。以前、彼は図書館で科学の本を読んだ際、熱疲労の原理を知っており、今回の戦闘に応用したのだ。
「もらった!!」
役目を終えた火焔槍を地面に置いた後、鞘から引き抜いた太刀でメタルゴーレムを一閃するホーク。その瞬間、頑強なモンスターは瓦礫のように崩れるのであった。
並みいる騎士達を退け、メタルゴーレムをも撃破したウンディーヌ達。残るはグオルグ伯爵のみとなっていた。
「くそっ!」
頼みの綱のメタルゴーレムを倒され、動揺を隠し切れないでいるグオルグ伯爵。そのまま彼は屋敷の中に逃げ込もうとする。
「逃がすな!追うのだ!」
「はっ!!」
今回の元凶であるグオルグ伯爵の逃亡を阻止するべく、兵士達に追撃の命令を出すウンディーヌ。最後の命令にホークが真っ先に返事をする。
そして、グオルグ伯爵の追撃を開始するホーク達。彼を中心とした何人かは屋敷の中に突入し、他の者達は巨大な屋敷内を包囲する。
大規模な屋敷内で展開されるホーク達による追跡劇。彼等の粘り強い活躍により、とうとうグオルグ伯爵をバルコニーまで追い詰めることに成功する。
「追い詰めたぞ!グオルグ伯爵!」
「ううっ……」
太刀の切っ先を向けながら叫んでいるホーク。一方、グオルグ伯爵は端正な顔を醜く歪めている。
グオルグ伯爵の前方にはホーク達が迫っており、後方はバルコニーであるために逃げることはできない。
「観念しろ……」
「く、来るな!!」
相手を確実に捕まえるため、徐々に詰め寄っていくホーク達。それでもなお、逃げようとするグオルグ伯爵。彼が無意識に後方へと下がった時であった。
「うわっ!?」
次の瞬間、バルコニーから転落してしまうグオルグ伯爵。そのまま彼は宙から落下して地面に激しく叩きつけられる。
地面に叩きつけられたグオルグ伯爵。彼は糸の切れた操り人形のように2度と立ち上がることはなかった。
「……」
バルコニーから地面に落下したグオルグ伯爵の様子を見ているホーク。彼の亡骸は既に別の兵士達が回収している。これでターハルの兵士達の戦いは終わったのだ。
あまりにも呆気ない黒幕の最期。それは同時に醜い貴族同士の争いが終焉を迎えたことを意味していた。そしてまた、ターハル領とグオルグ領に本当の平穏が訪れたことも意味していた。
皆さんお疲れ様です。
今回で最後の敵との戦い、その結末を描きました。
いよいよ次回で最終話になります。後日談的な内容になると思います。
最後までお付き合いいただければ幸いです。




