第1話 ~新入兵士~
モンスターの出現に悩まされるターハル領。
戦力を増強するため、兵士を増員することにした。
そして、田舎から1人の青年が志を果たすため、兵士として採用されるのであった。
大勢の人で賑わっているターハルの街。整然とした街並みの奥に堅牢な石造りの城が建っている。
普段は頑強な扉で閉じられている城門だが、今日ばかりは珍しく開放されている。
そして今、城門に向かって1人の男が歩みを進めている。短めの茶髪が印象的な細身の青年。
この男の名はホーク。元々、田舎のトリンと言う地域に住んでいたが、立身出世のため、さらには自らの志を叶えるため、このターハル領へと移り住むことになった。
「思ったよりも大きいな」
目の前に建つ城を眺めながら呟くホーク。今まで田舎で生まれ育ってきたためか、こうした巨大な建物を見るのは初めてのことであった。田舎の人間が都会の景色を見て、カルチャーショックを受けるのと同じである。
今日、ホークが城を訪れた理由。それはこの城の兵士となるためだ。
ここ最近、モンスターの出現の増加に伴い、ターハル領では兵士達の増員が行われることになったのだ。一方、これを千載一遇の好機と見たホークは兵士へと志願したのである。
その後、採用試験を経て無事に合格。今日へと至るのだ。その際、金銭的な支援を母親が行ってくれた。実に有り難いことだ。
「俺は立派にやってみせる……」
一呼吸を置いた後、自らに言い聞かせているホーク。兵士としての経験を積み、立派な騎士となり、ゆくゆくは自分を送り出してくれた母親孝行をするのだ。
「そして、俺の手でこの世界を守ってみせる!」
大瀬の人が行き交う街中にもかかわらず、右手を握り拳に変えて叫ぶホーク。通行人の何人かは青年のことを奇異の眼差しで見ている。
「お母さん、あの人~」
「しっ!見ちゃいけませんよ!」
ホークのことを不思議そうに見ている娘、逆に見せまいとする母親。当然、本人は気づいているはずもない。真面目な性格ではあるのだが、どこか空回りしているところがあるのだ。
そもそも、ホークが城の兵士に志願したのも、故郷の村で聞かされた英雄物語の憧れも多分にあった。
いつの日か、自分もまた、英雄となって世界のために戦いたい。御伽噺の内容を現実で実行しようとしているのだ。見方によれば、空想と現実をごっちゃにしており、何とも痛い話である。
その後、高揚する気持ちを抑えながらも、ホークは城の中へと足を踏み入れるのであった。
◇
城の中にあるグラウンド。そこは大勢の人達が集まっていた。防具で身を包んだ兵士、制服を着用した役人達、さらに普段着の男達がいる。
今、ここでは兵士の登録手続きが行われていた。テントで文官達が登録を行い、その前では試験合格者達が並んでいる。また、問題が起こらないように兵士達が周囲を巡回している。
勿論、この中にホークの姿もあった。他の合格者と同じく、順に並んで自分の番が訪れるのを待つ。
「次の方、どうぞ」
しばらくした後、文官が事務的な口調で呼んでくる。ホークは自分の番となったため、試験の合格通知書を見せる。
「これでお願いします」
「はい。大丈夫です」
合格通知書を見て、登録手続きを済ませる文官。それなりの時間を待たされたものの、手続き自体は驚くほどにあっさりとしていた。
手続きが完了した後、城のグラウンドをうろつきながら、周囲をキョロキョロと眺めているホーク。
「(ここが俺の職場になるのか)」
憧れの職場を前にして、ホークは表情を緩ませる。表情はいささか顔芸じみており、まさにミーハーと言えるだろう。そうした最中、1人の年若い男と出会う。
グラウンドの中で出会った年若い男。一見すると、純朴そうであるものの、どこかマイペースな雰囲気を漂わせた長身の男である。
「君もこの城の兵士に?」
初対面のホークに話しかけてくる長身の男。どうやら、同じ兵士候補者であるようだ。
「そうだ。俺の名前はホーク、よろしくお願いする」
「僕の名前はナオ。よろしく」
お互いに自己紹介を行うホークとナオ。その後、2人はしばしの間、自分達の身の上話等で盛り上がる。
「それじゃ。この辺で」
「ナオも気をつけて」
世間話も終わって立ち去るナオを見送るホーク。短い間であるが、2人はある程度、打ち解けることができた。
「(なかなか面白くなってきたな)」
ナオを見送った後、そんなことを思うホーク。新天地での新しい生活、新しい友人、否が応でも期待が高まっていた。
◇
翌日の城内グラウンド。昨日とは打って変わり、ここでは現在、新しく採用された兵士達の入隊式が行われていた。
重要な式典ということもあり、折り目正しく整列している新人兵士達。この中にはホークの姿もある。
騎士団長による挨拶など、式は速やかに進行していく。そして、最後の締め括りとして、1人の男が仮設の壇上に登ってくる。
壇上に立っている白髪の男。顔には幾分かの皺を刻んでいるが、それでも若々しい佇まいだ。この男こそが領主のターハル伯爵である。
「諸君、よく我がターハル領の兵士となってくれた。嬉しく思う」
目の前に整列している新人兵士達に演説を開始するターハル伯爵。下の者を率いる立場ということもあり、透き通った声と明瞭な口調で話している。
「諸君等には命懸けで任務に当たってもらうことになる。城の警護、街の巡回、モンスターの討伐、いずれも気の抜けないものだ。しかし、全ては領民のため、ひいては我がターハル領のためなのだ」
やがて、ターハル伯爵による演説は兵士達への訓示に変わる。今度は圧のある口調で兵士としての心構えを説く。
教条的なターハル伯爵の訓示。あまりにも当たり前の内容であるため、新人兵士達の中には退屈そうな表情をしているものも多い。
さらに情けない話であるが、既に何度かの死線を経験したであろう、古参の兵士達の中にも退屈そうな表情をしているのもいる。
「(そんなこと分かってるって)」
「(要するに仕事ができれば良いんだろ)」
領主からの訓示を聞いている中、新人兵士達は心の中で本音を漏らす。
上から与えられた任務を遂行し、それに見合った報酬を受ける。それが兵士という仕事だ。
兵士も勤め人とさして変わらない。多くの人達の共通認識となっているが、この中に1人、違った認識を持つ者がいた。
「(そうだ。民を守り、この世界を守る……これこそが俺の務め!)」
ターハル伯爵の訓示を聞く中、内なる闘志を燃え上がらせているホーク。英雄物語を聞く中で育まれた正義心が強く反応していた。
「(だが……)」
ホークは心が熱くなるのを感じながらも、冷静にターハル伯爵の様子を見ている。
「(ターハル伯爵か……どこか怪しいな)」
訓示を続けているターハル伯爵に対して、一種の違和感のようなものを抱いているホーク。まるで腹に一物を抱えているような……邪な雰囲気を感じたのである。
やがて、ターハル伯爵の訓示も終わり、それに伴って入隊式も終了する。
式の終了後、グラウンドを後にする新人兵士達。ようやく堅苦しい式典から解放されたためか、彼等の表情はとてもリラックスしていた。
「さて、俺も戻るとするかな」
他の新人兵士達と同様、ホークもまた、グラウンドを離れることにする。明日からは訓練等で忙しくなる。休むのであれば今のうちである。
ゆっくりと歩み出すホーク。誰かに歩調を合わせる訳ではなく、まるで我が道を歩もうとしているかのようだ。
今、ターハル領で新しい兵士が任命された。新しく迎え入れられた若い血は、この領地に新しい息吹を吹き込むことになることを今は誰も知らなかった。
皆さん、はじめまして。
今回は「新入兵士が令嬢に一目惚れしたようです」を読んでいただきありがとうございました。
三嶋与夢さんの小説「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です」に刺激を受け、僕もライトノベルを創作・投稿することにしました
ライトノベル形式は初めてですが、面白い小説を書けるように頑張ります(^^)
もしよければ、感想等をいただけると大変うれしいです。
これから先、どうぞよろしくお願いします