【ショートショート】婚約破棄つれづれ物語
【伯爵令嬢と妹ちゃん】
「おねーさま、今日のおねーさまの婚約者……え~~と、エドなんとか子爵の息子さん。いつもと違っておとなしいですね~。いつもだったら威張り散らして、おねーさまと伯爵家のことをバカにして、貧乏領主とか借金のカタにもらってやったんだ、とかゲロ気分の悪いことを延々と怒鳴っているだけなのに」
「いいから、黙って穴を掘るのを手伝いなさい」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【婚約者の恋】
あるふたりの貴族の若者が話をしていた。
「なあ、君は婚約者以外の女性を好きになってしまったことはあるかい? 例えば、その……婚約者の傍にいつも同行している相手とか」
「……まあ目移りすることもあるな。僕らだって人間なんだから恋ぐらいする。たまたま相手が婚約者の隣にいた、ということだけさ」
貴族の令嬢に侍る使用人なら、それなりの家柄の娘だろう。
場合によっては公的な第二夫人として、婚約者と結婚する際に認めてもらうという手もある。そう思って相槌を打つ友人の言葉に、俄然色めき立つ若者。
「そうだよな。恋したっていいんだよな」
「何だ、まさかお前……」
「ああ、実はそうなんだ。立場上、許されない恋かもしれないと悩んだけど、おまえのお陰で吹っ切れたよ。ありがとう。俺、シェリーと付き合うよ!」
「シェリーってお前の婚約者が飼っている犬だろう! 吹っ切れちゃだめだっ!」
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【愛しの婚約者様】
貴族学園のカフェテリアで談笑をしていた令嬢たちのそばを、ナタリア嬢の婚約者である伯爵家嫡男が通りかかった。
気が付いたナタリア嬢が立ち上がって優雅に淑女の挨拶をし、軽く雑談をして別れたが、ふたりともお互いを呼ぶ際に、ハニーとか、マイラブとか、ダーリンとか、スウィートハートとか呼び合っていた。
戻ってきたナタリア嬢に他の令嬢たちが目を輝かせて言う。
「素敵ですわ、ナタリア様。確かおふたりが婚約されて八年になりますけど、いまだにアツアツなのですわね!」
「羨ましいですわ。私の婚約者など最近は手紙の頻度も減っているというのに」
「お家のためとはいえ、やっぱり好きな相手と結婚したいものですものね」
そんな彼女たちに向かって、ナタリア嬢は艶然と微笑みながら小声になって答えた。
「本当のことを申しますと、実は五年前から私たち、お互いの名前を忘れてしまったのですわ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【良いお知らせと悪いお知らせ】
「お嬢様。良い知らせと悪い知らせがございます」
執事のセバスが沈痛な面持ちで、窓辺でレース編みをしていた来月に結婚を控えた当子爵家の令嬢に向かって、言葉を選びながらその知らせを伝えるのだった。
「お嬢様の婚約者であるイザッコ伯爵家ご令息が事故でお亡くなりになりました」
それを聞いて大きく目を見開き、息を止めた令嬢は編み物の目がほどけるのも構わず、まじまじとセバスを見詰め、それが嘘や冗談ではないことを確認すると、気丈にも大きく息を吐いただけで普段通りの気品を取り戻して、改めて尋ね返した。
「そう。――では、悪い知らせのほうも教えてもらえる?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【婚約者と未亡人】
「は~~っ、貴族学園を卒業したら俺もカリサと結婚か。いよいよ年貢の納め時か……」
憂鬱にため息をつく子爵家の次男アドルフォのボヤキに、旧友のラミロが苦笑いを浮かべてとりなす。
「いいじゃないか。法衣貴族とはいえ伯爵家に入り婿になって当主を名乗れるんだろう? 俺みたいな男爵家の三男なんて、どこからもお呼びがかからないから役人になるか騎士になるか……いずれにしても羨ましい話だよ」
「それはいいんだよ。だけどカリサがなあ。地味だし子供っぽいし、全然好みじゃないっつーの。俺はもっとこう、大人の色気溢れるタイプが――」
げんなりした顔でなおも愚痴るアドルフォ。
それを聞いていたラミロの表情に苦々しいものが混じって、周囲に聞こえないようにはばかりながらアドルフォに言い含める。
「カリサ嬢はまだ十五歳だろう。これから成長するさ。それよりもアドルフォ、お前ジョランダ夫人のところへたびたび顔を出しているそうじゃないか。いくら相手が未亡人とはいえ、いまだ若いご夫人の元へ頻繁に足を運ぶのはどうかと思うぞ」
「別にふしだらな関係じゃないぞ。あのゾクゾクするような色気はたまらんが」
「夫を亡くした未亡人の魅力ってやつだな」
「そうか、なるほど。なら早くカリサも未亡人にならないかなぁ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【毒薬】
公爵家に出入りしている医者のもとへ、公爵家令息の婚約者である伯爵家令嬢が訪れた。
「誰にもバレない毒薬を処方してもらいたいのですが」
「そんなものをどうするのですか?」
「婚約者であるジャチント様に飲ませます」
「冗談じゃない! そんなことはできませんよ!!」
顔色を変える医者に向かって、令嬢は持っていた資料を渡した。そこにはいつも助手として同行していた医者の妻と、公爵家令息が長年にわたって不義密通を重ねていた証拠が揃っていた。
「……処方箋をお持ちでしたら最初からお見せください」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【ポジティブ】
伯爵家三男であるクラウディオの私室に、執事がいかめしい顔で入室してきた。
「クラウディオ様、重大な問題が発生いたしました」
「またか、ハンス。お前はいつもいつも『入り婿に入る予定のアバスカル領の勉強をしろ』とか『婚約者のルフィナをもっとパーティや観劇などに誘え』などと、つまらんことをネチネチとネガティブに口にする。そういう言い方をされるとこっちのやる気も削がれるというものだ。物事は悪い面もあれば良い面もあるだろう? もっとポジティブに説明することはできんのか?」
うんざりとした顔でそう文句を放ったクラウディオの言葉を聞いた執事のハンスは、慇懃に一礼をして陳謝するとともに、一転して軽い口調で言い放った。
「おめでとうございます、クラウディオ様。浮気相手であるハスミン男爵令嬢により、クラウディオ様が健康かつ子供を作る能力があることが実証されました! 結果を踏まえて旦那様、奥様、アバスカル侯爵閣下、ルフィナ様が、ただいま屋敷の応接間で談笑中でございます」
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【仲の悪いふたり】
政略結婚で婚約させられたグイドとルイーザはそれはもう仲が悪かった。
何が原因ということはない。単純に馬が合わないのだろう、ふたりでいる時にはお互いの悪口に終始しているくらいである。
そんなふたりが嫌々ながらパーティに向かうために同じ馬車に乗っていると、たまたま隣に豚を満載した荷車が止まった。
「あら、グイド。お隣にあなたのご両親や親戚がいるわよ」
あてこすられたグイドはちらりと荷車を一瞥し、ルイーザに向かって頷いてみせた。
「ああ、そのようだね。もっとも義理の両親と親戚になるわけだが」
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【お妃教育】
愚鈍なオルランド第一王子と、半ば無理やり婚約させられた公爵家令嬢クロリンダは、王宮にて前国王妃である王太后様からお妃教育を手ほどきされることになった。
「オルランドの将来の妻として、まず何を最初に覚えるべきかわかりますか?」
王太后様からの問いかけに即答をするクロリンダ嬢。
「はい。まずは銃の使い方を覚えることですね」
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【悪魔の取り引き】
父親が亡くなり、若くして領地を継いだばかりの貴族が上手くいかない領地経営と、そこに付け込んでカモにしようとする親族や婚約者たちに辟易して、思い余って悪魔を呼び出した。
呼び出された悪魔が揉み手をしながら営業トークを語る。
「領地の収入を五倍にしてあげましょう。婚約者とその父親には大切に扱われるようになり、国王からも一目置かれる存在にしてあげます」
「へえ、けっこうな話じゃないか」
「そうでしょう、まだあります。性格のいいグラマラスな美女の愛妾。さらに健康で百歳まで生きられるようにしてあげます」
「ふーん。それでその代償はなんだい?」
警戒しながら貴族が問い返すと、悪魔は待ってましたとばかり言い放った。
「将来、奥様になられる婚約者さんの魂とそのご両親の魂。そして生まれてくるであろうお子さんたちの魂のすべてをいただきます。その魂を未来永劫、地獄で苦しめさせていただきたい」
「う~~ん、さすがに我が子の魂を犠牲にするのは……」
さすがに渋る貴族に向かって、悪魔が笑みを深くして囁いた。
「ご安心ください。お子さんはあなたの血の引いた子供ではありません」
「信じられない! そんなにうまい話があるのか?」
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【薔薇色の人生】
結婚を明日に控えたファビオ侯爵子息の元へ、義父になるロッセリーニ辺境伯が、ワイングラス片手にやってきた。
今日は身内の祝賀パーティの席ということで、お互いに無礼講……ということになっている。
「やあ、ファビオ卿。楽しんでいるかね?」
「あ、これはロッセリーニ辺境伯! はい、お嬢様のような素晴らしい女性を伴侶とできるなど、誠にもって私は三国一の幸せ者です!」
「はははははっ。そう言ってもらうと嬉しいね。娘は武骨な私に似ず、妻に見た目も性格もそっくりだからね。ぜひよろしく頼むよ。……しかし、まだ固いな。これからは身内になるのだから、プライベートな席では気楽にお義父さんと呼んでくれたまえ」
「は、はあ、では今後ともよろしくお願いします、お義父さん」
「うんうん。せっかくの人生最良の日に説教臭いことは言いたくないので、目いっぱい楽しんでくれたまえ」
乾杯とグラスを差し上げるロッセリーニ辺境伯の常になく浮ついた態度に、もう出来上がっているのかな? などと思いながら苦笑するファビオ。
「人生最良の日というのはちょっと早いのではないですか? 結婚式は明日ですよ」
「そうだよ。だから今日が人生最良の日じゃないか」
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【四人のメイド】
メネンデス子爵家の長男フリアンは見た目こそそこそこ見られるが、その実、素行が悪く。婚約者であるリナレス伯爵令嬢をないがしろにして、女性遊びに耽っていた。
そんなメネンデス子爵家の若いメイドたちが集まって、フリアンに対する不満――通りすがりにお尻や胸を触っていくとか、リナレス伯爵令嬢に対する不誠実な態度など――について盛り上がり、話はいつの間にかフリアンに対するささやかな意趣返しを、各々が暴露する場になっていた。
「あたしは『絶対にこれじゃないとオレの舌には合わない』とか言っていた最高級の紅茶を、安物に替えておいたわ。それを飲みながら『ん~、さすがは初摘みのファーストフラッシュだけのことはある』とか言ってるのよ。去年のクズ葉だっつーの。知ったかぶりして、バカ舌が」
最初のメイドがそう言ってせせら笑うと、続いて二番目のメイドが、
「私はリナレス伯爵家からお嬢様の手紙を届けに来た秘書官さんに、『いくら書いても無駄ですよ。フリアン様はお手紙を開封もしないでゴミ箱に捨てていますから』と教えて、いままで回収した分のお手紙を証拠に渡しておいたわ。受け取った秘書官さん、凄い顔で黙り込んで手紙を抱えて帰っていったけど」
そう憤慨しながら顛末を口にした。
これから婚約どうなるのかしらね、ざまあみろよね~と、お互いに同意するメイドたち。
三人目のメイドはいかにも痛快という顔で話し出す。
「私はフリアン様の引き出しにしまってある避妊具。魔物の皮でできていてとても薄くて丈夫だというソレ全部に、こっそりと穴を開けておいたわ!」
そうして四人目のメイドの番になったが、彼女は青い顔になってその場から離れたのだった。
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【山】
高名な登山家として知られるスパーダ男爵が冬山で遭難した、という知らせを受けた婚約者のディーナ嬢の元へ、同行していた登山隊の隊長から手紙が届いた。
『我々としましてもスパーダ卿が生存されている可能性を信じて、ギリギリまで粘る所存です。どうか卿の無事と神の加護をお祈りください。なお、念のために登山前にスパーダ卿が貴女宛に書いておいた遺書を同封します』
同封されていた遺書には、すでに親兄弟のない自分のわずかばかりの財産は遺産としてディーナ嬢へ贈ると書かれていた。
それから一週間ほどして、登山隊の隊長から続報が届いた。
『レディ、誠に残念ながらスパーダ卿の遺体が発見されました。迷路のように入り組んだ渓谷の非常に不安定な岩棚に張り付くような形でこと切れており、正直オレンジ色の防寒着を着ていなければ、我々でも発見するのは難しかったでしょう。そのような状態で凍り付いていて剥がれず、また頻繁に天候も悪化するためいったん引き返しました。
なお、遺体の下の岩棚を削ったところ驚いたことにサファイアの鉱脈があり、今回だけで金貨五百枚相当の原石が採取できました。
天候と隊員の体力が回復次第、再び登頂する予定ですがご遺体はどうしましょう?』
ディーナ嬢は即座に返事をしたためた。
『こちらで人を手配しますので、目印はそのままにしておいてください』
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【政略結婚】
「おい。お前もこのパーティに来ていたのか?」
名ばかりの婚約者を発見したアルノルド伯爵家令息が、周囲の目もあって嫌々彼女に声をかけた。
「ええ、カルロッタ夫人とは親しくさせていただいておりますので……一応、同伴のお願いを兼ねて、アルノルド様へお手紙で知らせておいたのですが、どうやらご存じなかったようですわね」
「ふん。イヤミか。相変わらず面白くない女だな。たまにはジョークのひとつくらい口にしたらどうだ」
「そうですか。では『最低で大嫌いな奴と会ったら』というジョークをご存じですか?」
「いや、知らないな」
「それではお教えいたします。たとえば大嫌いな人間と街で会ったら、アルノルド様ならいかがなされます?」
「ん……そうだなあ。まずは目も合わせたくないな。口もきかない。まあ、とにかくその場を立ち去るだけだけだな……。おい、ちょっと待てよ! おい!!!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【もう遅い】
「ロゼッタ、俺が間違っていた。だから受け取ってくれ。この結婚指輪を」
「……はあっ!?」
「いままで邪険にしていてすまなかった。俺が馬鹿だったんだ。……だから、俺と結婚してください!」
満面の笑みを浮かべるマイヨール子爵令息相手に、ロゼッタ伯爵家令嬢は深々としたため息を放った。
「いまさら何を言っているの。さんざん陰で私を貶めて、どこぞの男爵令嬢と『真実の愛』を見つけたと啖呵を切ったその口で、よくも言えたものですね」
「……あ、あの時の俺はどうかしていたんだ。それに、あの後親父が人を雇って調べたら、他にも付き合っている男が何人もいたんだぜ、あのビッチが!」
「それくらい『真実の愛』で乗り越えてください。それにもう遅いわ。私たちの婚約は解消されていて、私も今度こそ信じられる素敵な人と結婚することになったの」
それを聞いて愕然としたのち、逆切れをするマイヨール。
「なっ!? ふざっけんなよ! マジかよ!」
「ええ、いまさらあなたには関係のない話ですわ」
「関係なくねえよ! この指輪どうしてくれんだよ。いくらかかったと思っているんだよ。どこの家の男だよ? 直接話をさせろよ!」
指輪を手に激昂するマイヨールを、同席していた伯爵家使用人が慌てて取り押さえる。
「やめて、マイヨール。あの人に乱暴したりしないで!」
「しないよ! なら俺の代わりにロゼッタ、お前がそいつに聞いてみてくれ。この指輪、いくらで下取りしてくれるかって」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【婚約交渉】
隣国の王子と自国の王女との婚約を前提とした交渉の席で、交渉役の大使が同席していた王子に尋ねた。
「殿下は国内の貴族の令嬢方と四度婚約をされた経歴がございますね? 失礼ながら女性に飽きやすい性格なのでしょうか?」
「とんでもない! 自分から別れを切り出したことは一度もありません!!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【浮気】
お互いに子爵家の嫡男同士であるベニートが、エリヒオに詰め寄ります。
「おい、エリヒオ。お前、浮気なんてやめろよ! 真面目だったお前が、いつからそんな風になったんだよ!?」
「君と出会ってからだよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【最愛】
エルミニア男爵令嬢の部屋の扉が軽くノックされた。
「誰?」
予定になかったノックにそう誰何したエルミニア嬢に、扉の向こうから婚約者のクリスティアン子爵令息の悪戯っぽい声が答える。
「貴女が生涯愛してやまない者です」
「嘘よ! ケーキは話せないわ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【ダメな婚約者】
「カリサ、僕のことダメな婚約者だと思うかい?」
「私はオフェリアですが」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【借金】
伯爵家の嫡男であるデリックが、大富豪でもある子爵家の婚約者を呼び出した。
「愛しのキャシー。ちょっと金貨百枚ほど融通してくれないか?」
「はあ……では、その担保は?」
特段動じることなく淡々と応じるキャシー嬢。
「なんだって! 信頼できる婚約者の言葉だけじゃ足りないって言うのか!?」
気色ばむデリックに向かって、キャシー嬢は心底不思議そうに問い返す。
「いえ、もちろんそれで充分です。――ですので早くその『信頼できる婚約者』という方を連れてきてください」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【魔女の呪い】
ひどく運が悪い男がいた。もとはそれなりの家柄の貴公子であったが、魔女を怒らせてしまったため、不幸になる呪いをかけられたのだ。
そのため領地経営は失敗し、ギャンブルには負けまくり、道を歩けば暴漢に襲われ、犬にかまれ、婚約者には逃げられると、踏んだり蹴ったりになった。
当然、次の婚約者など現れないかと思われたが、ある女性がぜひにと彼の婚約者に収まった。
とあるお茶会でガゼボに集まった令嬢方が、興味津々でその女性に尋ねた。
「よくあの方と婚約する気になりましたわね」
「ええ。出かける時やギャンブルに行くときはついて行きますの。彼の後を歩けば安全ですし、彼が何かに賭けたら反対のところに彼が賭けた何倍もの金額を賭ければ、私の丸儲けですのよ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【冷たいもの】
パーティの間中、若い令嬢の間をふらふらと歩いては、ウザ絡みしていた婚約者が戻ってきた。
「ふ~~っ、喉が渇いた。何か冷たいものはない?」
「私の視線だけではご不満ですか?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【手紙】
グンヒルド公爵令嬢は、久しく便りのなかった婚約者のエルネスト王子から手紙を受け取った。
そこには一言だけ、『バ~カ』と書かれていた。
手紙を畳んだグンヒルド公爵令嬢は、侍女に言った。
「世の中には自己紹介だけで内容を書かない方もいらっしゃるのね」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【言い分】
ある朝、貴族学園に登校してきたヘラルド伯爵令息が顔をボコボコに腫らし、制服を乱して廊下を歩いていた。
「おはよう……」
「おは――まあ! ヘラルド様っ、そのお怪我はどうなされたの!?」
ちょうど教室へ向かっていた彼の婚約者であるセナイダ嬢が、血相を変えてヘラルドのもとにやってきて尋ねた。
「ああ……。玄関のところで、フアニートと殴り合いのケンカしてきた」
フアニートは実家がヘラルドと対立する派閥の伯爵家の嫡男である。
「どうしてそんなこと!」
「あいつときたら、うちのクラスの女全員とデキてるなんて、出鱈目を言いふらしていたから頭にきたんだ。そんなの嘘だよな?」
「まぁ……! もちろん嘘よ! パトリシア王女様とグラシエラ公爵令嬢は違うはずよ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【意識の違い】
ある貴族同士が婚約破棄の危機を迎えていた。
「婚約破棄しましょう。あなたとは1度も意見が合った事がないし、もう限界だわ」
彼女に告げられた青年は心外だという顔で否定する。
「そんな事はないさ。仮に君が山で吹雪にあって山小屋に逃げ込んだとする。そこにはベッドが2つしか無くて片方には若い女性、もう片方には若い男性が寝てるとすると君はどっちのベッドで寝るんだい?」
「もちろん若い女性の方よ」
「僕もだよ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【毒薬2】
臨終の床についている青年の傍らに、婚約者である令嬢がたったひとりで看取っていた。
青年の最期の願いということで、彼女とふたりだけの時間をもらったのだった。
「……ク、クラレス……すまない、最後の最後まで……こんな僕を見捨てないでいてくれて……だ、だが、僕は君にあ、謝らないと……ずっと言えなかった罪が……あるんだ」
「大丈夫です。それがどのような罪であっても私は受け入れます」
「あ、ありがとう……ありがとう、クラレス……ぼ、僕は君を裏切って……ずっと不倫をしていた……んだ。そのことがツラくて……僕は……僕は……!」
滂沱と涙を流す婚約者の手を取って、クラレス嬢は優しく微笑んだ。
「ええ、大丈夫です。知っていたので、私が毒を盛ったのですから」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【男か!?】
婚約者の令嬢が最近素っ気ない。
パーティへの同伴も拒否され、プレゼントを贈ってもお礼の手紙ひとつない。そのくせ頻繁に出歩ているという噂を聞いたタウンゼント男爵が、思い余って相手の家に押しかけて令嬢に問い詰めた。
「お前、男が出来たのか!?」
「うるさいわね! そんなもの、産んでみなければわからないでしょ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【資産家の祖父】
夫人を亡くして以降、長らく独身だった資産家の前アッカーソン伯爵が、孫ほども年の離れた令嬢を後妻として娶ると発表した。
その話を聞いた実の孫が領地で隠居生活をしていた祖父の元を訪ねて、興味本位で聞いた。
「おじい様、いくら資産家であるとしても、五十歳のおじい様がどうやってあのような若い女性を口説けたのですか?」
すると前アッカーソン伯爵は、ニヤリと笑ってうそぶいた。
「そんなもの年齢偽ったに決まっているだろ、若く見えるが七十歳だと」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【プレゼント】
貴族学園において、エルドレッド王子とその友人である高位貴族の令息たちに、最近になって勝手にまとわりついて、いつの間にかチヤホヤされるようになった男爵家の庶子だという令嬢。
ある日、優雅に午後の紅茶をたしなんでいたエルドレッド王子の婚約者であるアメーリア公爵令嬢の元にやってきて、不躾に話しかけてきた。
「こんにちは、アメーリア様!」
「……ごきげんあそばせ」
その振る舞いに若干眉をひそめながらも、鷹揚に応じるアメーリア公爵令嬢。
一応相手の名前は知っているものの、紹介されたこともないので名前を呼ぶのを控えるアメーリア公爵令嬢に向かって、男爵令嬢が怒涛の勢いで話し始めるのだった。
「アメーリア様。先週は私の誕生日だったので、エルドレッド様からは最新のドレス。他の皆さまからもカメオのブローチやレースのハンカチ、本物と見まごうばかりの精巧な人形など、それはそれは素晴らしいものをもらったんですよ! ――ああ、そういえば先々週はアメーリア様のお誕生日だったそうですけど、エルドレッド様からは何をいただいたんですか?」
「……手書きのメッセージと花束ですが」
「はあ!? 花束! そんなケチ臭いものだったのですか? ほほほ、差をつけてしまって申し訳ございませんね」
「そうですか。良かったですわね」
淡々と応じるアメーリア公爵令嬢の変わらぬ態度に、癇癪を起こした様子で地団太を踏んで、その場を後にする男爵令嬢。
「――ふん。やせ我慢して、羨ましいくせに!」
捨て台詞を吐いて去っていく彼女の背中を見送りながら、アメーリア公爵令嬢はポツリと呟いた。
「でも私は貴女のように余命半年の不治の病ではありませんので……」
父親である男爵のたっての懇願で、当人と大多数の生徒は知らないが、エルドレッド王子を筆頭とした高位貴族の子弟とその婚約者たちにだけ明かされている秘密を口にして、アメーリア公爵令嬢は憐憫の眼差しを、肩を怒らせて遠ざかっていく男爵令嬢の背中にもう一度向けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【悩み】
二週間ぶりに会った婚約者が、何やら思い詰めているようなので、気になったクローディアが尋ねた。
「どうしたの深刻そうな顔して?」
「ちょっと悩んでいることがあるんだ、けどほっといてくれよ」
話題にするのも嫌だとばかりソッポを向く婚約者。
「ふーん、話変わるけどさぁ、髪薄くなった?」
「話変わってねーよ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【婚約破棄】
デニスとエリザベスが婚約を解消したと聞いて、友人達は驚いたが、デニスはその理由をすぐに説明した。
「浮気癖があって、しょっちゅう嘘をついて、我儘で、怠け者で、皮肉っぽい相手と、君なら結婚するかい?」
「勿論、嫌だよ」
それ見ろとばかりに、デニスは言った。
「そうだろう。エリザベスもそう言っていたさ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【弾劾裁判】
「セレスティーヌ! 貴様は私、カーリタス国王子エルネストの婚約者という立場を笠に着て、か弱いフロランス男爵令嬢を愚弄し、心身ともに虐げた罪は明白である! 私の婚約者として、否! 公爵令嬢として、否! 貴族として、否! 貴族学園の生徒として許されざる行為である。よってこの場で貴様との婚約を破棄し、フロランス嬢を新たな婚約者として迎えるとともに、生徒会の規約に従ってセレスティーヌ、貴様の退学をここに宣言する!!」
定例の生徒会集会で突如断行された、生徒会長でもあるエルネスト王子によるセレスティーヌ公爵令嬢に対する弾劾裁判を目の当たりにして、講堂に集まった生徒たちが一斉にどよめきを放った。
壇上ではエルネスト王子を筆頭にして、主だった生徒会の役員であり、同時に王子の腰巾着でもある高位貴族の子弟たちが、親の仇でも見るかのような眼差しを生徒会副会長でもあるセレスティーヌ公爵令嬢へと向けている。
そしてついでにピンク色の髪のふわふわした砂糖菓子みたいな美少女が、貴公子たちに守られるような形で場違いに壇上に上がっていた。
「……わかりました。婚約破棄が王族としてのエルネスト殿下のご下命とあらば、慎んでお受けいたします」
一瞬の動揺から即座に気持ちを切り替えて、うやうやしく膝を曲げて礼をするセレスティーヌ公爵令嬢。
「ふん。すがり付くなり見苦しく弁明するなりすればいいものを、俺はお前のそういう取り澄ましたところだ大っ嫌いだったんだ」
(((((自分と見比べて劣等感があるからだろうな)))))
講堂に集まった生徒たちの大部分が同じことを思った。
「では、貴様はこれで俺の婚約者でも学園の生徒でもない。さっさと荷物をまとめて出ていけ!」
シッシッと、犬でも振り払うように手を振るエルネスト王子に対して、顔を上げたセレスティーヌ公爵令嬢が真顔で尋ねた。
「失礼ながら殿下、殿下は王族の一存と法律と、どちらが優先されるかご存じですか?」
「あ? そんなもの王ぞ――」
「法律です。我が国は法治国家ですので」
素早く取り巻きのひとりである司法院議長の孫が耳打ちする。
「法だ! それがどうした?」
「貴族学園の学則は国法に準じる強制力を持っています。そして学則で『学園を強制退学させられる生徒は、その思想、性向、行動が学園に不利益を及ぼす者』となっており、生徒会の承認が必要となっております」
セレスティーヌ公爵令嬢の説明を聞いて、破顔するエルネスト王子。
「なんだ、そんなことか。ならば公平に多数決で決めてやろう。――セレスティーヌの退学に賛成の者!」
即座にセレスティーヌ公爵令嬢以外の生徒会メンバーとついでにフロランス男爵令嬢も力一杯手を上げた。
その結果にため息をつくセレスティーヌ公爵令嬢。
「……そうですか。では」
その後の多数決により、エルネスト王子とその取り巻き及びフロランス男爵令嬢の退学が、生徒たちの圧倒的多数で可決された。
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