愛を知らない聖女はなにも齋さない。
※人によってはつまらない、胸くそ、と言った感想があるかと思われます。
聖女が真心を籠めて祈ることで、安寧が齋されると信じられる世界で――――
『聖女』が遣わされたと神託が下った。
神官は、その神託に従い聖女を迎えに行った。
すると、神から遣わされたという『聖女』は生まれたばかりの赤子だった。
神官は規定に則り、『聖女』を神殿に召し上げると伝えると、赤子の家族はこぞって反対した。
しかし、聖女を保護するという名目で、神殿側は家族から、生まれたばかりの赤子を取り上げた。生まれたばかりの赤子から、家族を引き離して。
そして神殿は、神託として家族から取り上げた『聖女』を大切に大切に育てた。
餓えることの無いように。
渇くことの無いように。
怯えることの無いように。
悲しむことの無いように。
苦しむことの無いように。
傷一つ付くことの無いように。
病むことの無いように。
衣食住の、なに一つ不自由なことが無いように。
清く正しく、最高級の教育を丹念に施した。
神殿に、神に遣える神官達に、聖女の世話をする侍女達に、大切に大切に傅かれて・・・
そして赤子は磨き抜かれ、やがては常に優雅に微笑みを絶やさない、とても聖女らしい『聖女』へと成長した。
一切の穢れを排除し、世界でも最高位の『神の教え』を受けた『至高なる聖女』へと――――
そんな『聖女』の下には、人々が祈りを捧げる。
――――聖女様、お願いします――――
「病気が治りますように」
「怪我が治りますように」
「痛みが取れますように」
「豊作に成りますように」
「平和に成りますように」
「恋人が出来ますように」
「商売繁盛しますように」
「結婚出来ますように」
「子供が無事生まれますように」
「健康に成りますように」
「戦争で勝てますように」
「ご飯がお腹一杯食べられますように」
「清潔な水場が見付かりますように」
「ひもじい思いが終わりますように」
「もっと稼げますように」
「雨が降りますように」
「冬が暖かく成りますように」
「晴れますように」
「美人に成れますように」
「母さんが長生きしますように」
「おとうさんがかえってきますように」
「猫が懐きますように」
「国が豊かに成りますように」
「ねずみが減りますように」
「試験に合格しますように」
「仕事が見付かりますように」
「良い縁談が来ますように」
「病気にかかりませんように」
「彼女が振り向いてくれますように」
「あの人が口を利いてくれますように」
「晩ご飯に美味しいデザートが付きますように」
「いいアイディアが浮かびますように」
「旅程が無事終わりますように」
「足が速く成りますように」
「手先が器用に成りますように」
「楽器が上手く弾けますように」
「怪我をしませんように」
「野菜嫌いが治りますように」
「頭が良く成りますように」
「あいつに勝てますように」
「明日もご飯が食べられますように」
「長生き出来ますように」
幾千幾万もの、多種多様な願いが、切実な祈りが、欲望の声が、聖女へ聞いてほしい、叶えてほしいと、声を上げ続ける。
そして『聖女』は、その声を聞いて――――
柔らかく微笑み、神へと祈りを捧げる。
「生老病死は、神が人間へと与えたもうた試練。それを避けるなんて、とんでもないことです。老いや病に逆らわず、天命を受け入れましょう」
「欲をかいてはなりません」
「ひもじいのは、渇いているのは、あなた方だけではないのです。食べ物は、水は、全て皆で分け合いましょう」
「富める者は貧しき者へ施しを」
「貞淑で、清廉で在りましょう」
「貞節を守りましょう」
「妬心を抱くことなかれ」
「隣人を愛しましょう」
「虚栄心を捨てましょう」
「無欲で在りましょう」
「無私で在りましょう」
「苦難の全ては神の与えた試練です」
「耐えましょう」
「乗り越えましょう」
「努力を惜しむことなかれ」
「艱難辛苦の先にこそ、神の愛があるのです」
「神へ祈りと感謝を捧げましょう」
『聖女』は――――
一度も傷を負ったことが無く、
一度も空腹を覚えたことが無く、
病に罹ったことが無く、
労働を知らず、
世俗を知らず、
激情を知らず、
友を知らず、
家族を知らず、
神殿に、神官達に、侍女達に、真綿で包むように、大事に大事に守られて生きて来た。
『聖女』が知るのは、神官達が熱心に、丹念に教えた、『神の教え』の知識のみ。
故に痛みを知らず、
故に暑さ寒さを知らず、
故に渇くことを知らず、
故に餓えることを知らず、
故に苦しみを知らず、
故になにかを失うことを知らず、
故に悲しみを知らず、
故に他人を知らず、
故に好意を知らず、
故に悪意を知らず、
故に困難を知らず、
故に慾を知らず、
故に妬心を知らず、
故に恋を知らず、
故に人の温もりを知らず、
故に他者に愛されることを知らず、
故に他者を愛することを知らない『聖女』は、
他者のために祈ることを一切知らず、
唯一知っている、『神の教え』に従い――――
柔らかい声と優しい微笑みで、
悲痛な祈りを、
切実な願いを、
限りない欲望を、
ささやかな望みを、
なにも希うことなかれと、
無私で無欲で在れと、
耐えましょうと、
その一切を否定する。
「神よ、人間へ試練をお与えください」
純真無垢な『聖女』は――――
民の祈りを叶えること無く、
国を潤わすこと無く、
国を豊かにすること無く、
国を富ませること無く、
戦を終わらせること無く、
なにも齋すこと無く――――
偽物の聖女だと弾劾され、処刑された。
「神よ、私へ試練をお与えくださり、ありがとうございます」
と、死を恐れることなく微笑んで。
――――そして『聖女』を殺したこの国は、『聖女』の言う『神の試練』を受けて滅びて消えた。
読んでくださり、ありがとうございました。
ある意味、狂信者の殉教でしょうか?
本当の純真無垢で、なにも痛みを知らず、苦しみを知らず、他者に対して無関心、けれど優しい存在。というのは、ある意味とても怖いことなのかもしれませんね。
感想はお手柔らかにお願いします。
評価、ブックマークありがとうございます。