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「第二王子が婚約破棄したってよ!」

作者: 八月 あやの

ふと思い立って一日でガッと書いた婚約破棄モノ。メイン連載放っといて何やってるんでしょうね(遠い目)

でも書いてる時は楽しかったので後悔はしていない(キリ


5/14 23:40追記

日間コメディー1位、だと……(戦慄)。ありがとうございます!

「マリアローゼ・ブリリアント! 貴様、このナンシー・フェイカー男爵令嬢を不当におとしめて虐めた挙句、ついには直接危害まで加えたそうだな! そのような心根の腐った女と、婚約などしていられるものか! 貴様との婚約、この場をもって破棄とする!」


 ここは王立学院の学生食堂。学生食堂といっても、どこのお城の広間かしらってくらいに広くて豪華で、十名程度が着席できるテーブル席があちこちに配置されたゆったりとした空間。昼食はもちろん、放課後にはここでサロンを開いて、仲の良いグループ同士でお茶するのが当たり前の光景だったりする。

 田舎領地から出て来たしがない子爵令嬢であるわたしも、有難いことに同じくらいの家格のグループに入れて貰えて、放課後のお茶会を楽しんでいた――んだけど。


 このところとみに皆さんの話題に――悪い意味で――上ることの多い第二王子殿下とその取り巻きの方々が、こちらも悪い意味で有名な男爵令嬢を伴って、ご婚約者であらせられるマリアローゼ・ブリリアント公爵令嬢のサロンに乱入、盛大にやらかした。


「こんなにも可憐なナンシーを貶めるとは……淑女にあるまじき方ですね」

「まったくだ! 見ろ、その曲がった心根が表れたあの卑しい顔を!」

「いくら公爵家のご令嬢っていっても、そんな性悪じゃあねえ……美しくないよねえ」

「あんな女と多少なりとも血が繋がっているなんて、吐き気がします!」


 殿下の尻馬に乗って口々にマリアローゼ様を侮辱する、いずれ劣らぬ美男子揃いの取り巻きの方々――台詞の順に財務大臣ライアー侯爵のご子息のウィルソン様、騎士団長フールズ伯爵のご子息のマイケル様、殿下の家庭教師を務めるヴァニティ侯爵のご子息トーマス様、そしてブリリアント公爵家の分家であるインソレント伯爵家のご子息ディーノ様。このディーノ様はマリアローゼ様の叔母上のご子息にもあたるそうで、つまりは従弟いとこということになる。これに第二王子殿下ことアンブローズ・ユージャル様を加えた五人が、一人の男爵令嬢にトチ狂って――もとい、競って寵愛している、というのが今学院で一番ホットな話題。

 ちなみに取り巻きの四人に関しては、ある方たちが「陰険、脳筋、ナルシスト、お子ちゃま」とあだ名を付けていたけど、割と的確でちょっと笑った。


 ……おっと、それどころじゃない。


 誰かこの暴挙を止める人はいないのかと探したけど、監督の先生――放課後のサロンではまさにこんなことが起きないように、先生が一人監督に付く――はニヤニヤしながら頷いてるだけ。そういえばこのバルドネス先生は、上級貴族の生徒を贔屓ひいきして下級貴族の生徒をいびるので、以前にマリアローゼ様から糾弾きゅうだんされたことがあるクソ教師――失礼、先生だった。だからか、ここぞとばかりにマリアローゼ様への侮辱を楽しんでいるらしい。見た目は豊かな髪でそこそこイケているルックスなのに、そんなわけで生徒からはあまり人気のない人だ。


「彼女の私物を取り上げて壊し、不名誉な虚偽の噂を広め、他の令嬢に無理強いして彼女を孤立させ、ついには昨日、校舎裏にある回廊の階段から突き落としたそうだな! 貴様の悪行はすべて、このナンシー嬢から聞いたぞ!」

「お、お願いです、マリアローゼ様! せめて今ここで謝ってください!」


 マリアローゼ様が扇子で口元を覆って無言なのを良いことに、殿下がさらに言いつのり、その腕に抱き付くみたいに寄り添ったナンシー様も、オレンジブロンドの髪を振り乱して涙ながらに叫ぶ。

 ……でも、彼女の不名誉な虚偽の噂って、何かあったっけ? “身分をわきまえず、婚約者のいる上級貴族の方々に馴れ馴れしい”とか、“紹介もないのに勝手に茶会に乱入して来た”とかヒソヒソされてるのは聞いたことあるけど、それは虚偽じゃなくて紛れもない事実だし。


 と――食堂の片隅で男子生徒が一人立ち上がり、小走りに食堂を出て行った。出て行ったといっても、テラス席の方にだけど。この食堂にはテラス席もあって、季候の良い日はそこでもお茶会ができるけど、今日はちょっと肌寒いせいかほとんど人がいない。ただ、男子生徒が五人、テーブルでカードゲームみたいなことをやっているだけ。彼らは伯爵家~男爵家の子息だけど、休日にはあまり治安の良くない下町に出入りしているだとか、仲間内でよく賭け事をしているだとかで、こちらもちょっとよろしくない方向で有名な方たちだ。たびたびマリアローゼ様に苦言をていされてもいる。そういえば、今しがたテラス席に向かったのも、その内の一人だった。

 彼は窓も半開きのままテラス席に出ると、仲間たちのテーブルに行き、そして大声でのたまった。


「おい! 第二王子が婚約破棄したってよ!」


 次の瞬間。


「――うぉおおおお!!」


 テラス席から数人分の、雄叫びのような声が響いた。


「よっしゃああ! オリヴァー、アンガス、ビリー、今度の休みの昼飯はおまえらのおごりな!」

「マジかよぉぉ!!」

「俺デザート付けて良い?」

「あー、まさかとは思ってたけど本当にやっちゃったのかー……」


 何と彼ら、今回は第二王子殿下が婚約破棄するかしないかで賭けをしていたらしい。まあ、賭けるものが昼食の奢り程度なら可愛いものなんだろうか。とはいえ見方によっては不敬だ。殿下たちも何だか口の端が引きつってるし。

 いつの間にか婚約破棄騒動の当事者より目立ってる彼らだけど、テラス席にいるせいか気付いていないみたい。誰も動くに動けなくて窓は半開きのままだし。おかげで外の声がよーく聞こえてくる。

 スラリと細身でこちらもなかなかの美男子、ディーア子爵家のユリシーズ様が、がっくりと項垂うなだれているライナソス男爵家のアンガス様の背中をバシバシと叩いて言った。


「ほら、だから言ったろ? ありゃ絶対やらかすって。見てりゃ分かるのに、何で“しない”に賭けたんだよおまえ」


 すると、アンガス様はテーブルを叩きながら叫んだ。


「そうは言ってもな! 王家の方から申し込んだっていう、半分王命みたいな婚約を、己が一存で破棄だなんて無謀なことを、まさか本当になさるとは思わないだろう!? 貴族の間では常識だぞ!?」


 あ、言葉の流れ弾が剛速球で殿下にクリーンヒット。


「ぐふっ!?」


 殿下がむせた。

 でもこれ、アンガス様のおっしゃった通りなのよね。殿下とマリアローゼ様の婚約が王家肝いりだっていうのは、貴族だったら大抵が知ってること。よっぽど不勉強か、都合良く忘れ去ってでもいない限り。

 さっきの流れ弾でようやく思い出したのか、殿下と取り巻きの方々、今度は違う意味で顔が引きつってる。

 でもこの自覚なきザマァの絨毯爆撃、まだまだ始まったばかりだった。


「ていうか、他の人たちも大丈夫なのかな、あれ? 婚約破棄までは行かないにしても、パートナーが違う女性に夢中なんて、婚約者のご令嬢は面白くないよね?」


 と、バジャー男爵家のビリー様。ふくよかな体格でおっとりと優しそうな容貌をなさっている。成績上位なのにこの問題児集団に溶け込んでる、ちょっと変わった方だ。

 その隣にひょいと座ったレパード子爵家のシモン様。アンガス様もそうだけど、騎士の鎧が映えそうな均整の取れたたくましいお身体の方だ。そんな彼がけらけら笑いながら、


「まあなー。けどまあ、貴族の婚約とか結婚なんて、家同士の利害が一致して結ぶもんだろ? 最悪、男の方だけげ変えりゃ良くね? どの家にもスペアで弟いるし。ぶっちゃけ、ご令嬢の家にとっちゃ、娘婿が交替してもそう影響ないだろうしな」

「…………!」


 今度は取り巻きの方々に流れ弾が炸裂。全員、さらに顔が引きつった。

 ……彼らの婚約者であるご令嬢が集まるテーブル、皆様の笑顔が怖いんですけど。どなたかが「それも一つの手ですわね」とか呟いた気がしますけど、アーアーキコエナーイ。


「つーかさ、公爵家のご令嬢相手に“貴様”とかさ、“曲がった心根”とか、あと“性悪”? ねーわー」

「確かに、年頃のご令嬢にそれは、無礼にも程があるな。仮にも上級貴族の子息ともあろう方々が、人前でそれは……」

「たはー、恋って怖いねえ。そこまで周りが見えなくなるもんかね」

「いやユリシーズ、おまえは人のことより自分のことを気にしちゃどうだ? 未だに外じゃ婚約者と手も繋げねえなんて、奥手にも程があるだろうが」


 問題児集団のリーダー格、ウォルフ伯爵家のオリヴァー様が呆れたように言った。こちらはちょっと野性味のある美男子で、実は密かに女生徒の間で人気がある方。そのオリヴァー様に、ユリシーズ様が食って掛かる。


「それができりゃあ苦労しねえよ! か、仮にも嫁入り前の女の子にだな――」

「じゃあ嫁に来てからならするの?」

「ぐっ……!」


 そこに追い打ちを掛けたのは問題児集団最後の一人、リンクス子爵家のミーシャ様。オリヴァー様とは幼馴染みで、兄弟みたいな存在らしい。小柄で可愛らしい方だけど、以前社会見学の授業で街に出た時に、絡んできたゴロツキを拳一発ワンパンで五メートルほど吹き飛ばして以降、彼の名前や体格をからかう方はいなくなった。

 そんなミーシャ様は、小動物みたいにクッキーをかじりながら、


「……でもさ、“淑女にあるまじき”って、どっちかっていうとあっちのオレンジ頭じゃないの? あれ、殿下の腕に胸当ててるようにしか見えないけど。ブラウスのボタンもギリギリだしスカート短いし、淑女っていうより痴女だよね」


 ……あ、誰かが噴いた音がした。他にも、口元を覆ってぷるぷるしてる方がちらほら。


「な、なっ……!」

「無礼な……!」


 ナンシー様が真っ赤な顔で口をぱくぱくさせて、殿下と取り巻きの方々が激昂するけど、誰もミーシャ様に文句は言いに行かない。まあね、あの方強いものね。マイケル様なんて入学してすぐ、“肩が当たった”って因縁付けて決闘を申し込んで、開始三秒で顎にアッパー食らって伸びたものね。

 ちなみに、校内での決闘は家格問わずで、勝った方の家格が低いから後で罰せられる、なんてことはない。というか、それをやったら卒業してからも、社交界で延々と馬鹿にされる。だから負けたら文句言えないのよね。

 そんな殿下たちプラス1のことなんて気にもせず、テラス席での歓談はなおも続く。


「そもそもさ、マリアローゼ嬢とナンシー嬢が関わること自体、なくないか? 上級貴族クラスと下級貴族クラスだろ?」

「まあそれ言っちゃうと、殿下たちとナンシー嬢が関わることも本来ないんだけどね……何だっけ、入学式の日に講堂の場所が分からなくて困ってたところを、殿下たちが見つけて声を掛けたのがきっかけだっけ?」


 すると。


「はぁ? 入学式の日は、校内のあちこちに講堂への案内板が立ってただろうが? アレ見たら猿でも行けるくらい分かりやすかったのに、何で迷うんだよ?」


 オリヴァー様の呆れたような声が、静まり返った食堂によく響いた。


「……ブフォッ」


 あ、また誰かが噴いた。誰だろうと思って探してみたら、下級貴族クラスの男子が一人、お腹を抱えてぷるぷるしている。そういえばあの方、ちょっとしたことでよく笑うから“笑い袋”って呼ばれていたような。


「ま、まあ、あわよくば殿下方にお声掛けして貰おうって下心が、なかったとは言えないかも……」

「何でだよ? 看板読めないって馬鹿さらしただけだろうが」


 オリヴァー様! もう止めてあげて! ナンシー様の血管と笑い袋さんの腹筋がそろそろピンチです!

 ……あ、よくよく見たら、マリアローゼ様の肩と扇子を持った手もぷるぷるしてらっしゃる……。


「あと、殿下曰く、マリアローゼ嬢がナンシー嬢の私物取り上げて壊したらしいぜ」

「は? こう言っちゃ何だけど、公爵令嬢にとって男爵令嬢の私物なんて、取るに足らない安物じゃね? わざわざ壊すかあ?」

「……私物といえば、俺がこの間街に行った時、彼女が質屋で色々装飾品を売っているところを見掛けたぞ。フェイカー家の台所はそこまで苦しいものなのか? その割には同じ品がいくつもあった気がするんだが」


 アンガス様が首を傾げる。――あら? ナンシー様のお顔の色が一気に悪くなったけど。


「だっは! それあれじゃねーの、色街の女の子が良くやる手!」

「何だそれ?」

「貢がせてる男全員に同じもん強請ねだって買わせて、一つだけ残して後は売っ払うの! 男は自分が買ったもん着けてると思い込んで満足だし、女の子は稼げるし、まあバレなきゃどっちも幸せ(WINWIN)ってやつ!」

「うわ、えげつねえー!」

「女の子ってすごいねー」


 笑い混じりのシモン様の説明にテラス席は爆笑、ナンシー様のお顔は真っ青で、殿下と取り巻きの方々は微妙な顔して彼女を見てる。


「けどよ、そんなもん、買わせた男が鉢合わせしたらバレるだろうが?」

「そりゃもう、『これはあなたとあたしだけのヒ・ミ・ツ(ハァト)』なんて囁いときゃ、男の方は気付きゃしねえよ。一回見せて後は『大事に仕舞ってるの(ハァト)』とでも言っときゃ済むこった」


 そこでぽつりと、


「……わたしが買ってやった、あのサファイアのネックレスは……」

「殿下もですか……? じゃあ、僕が買ったピンクトルマリンのブローチも……」

「か、髪飾りも……エメラルドの……」


 殿下たち五人が顔を見合わせて、さらに微妙な顔になった。あー、貢いでますね、あれは。ちなみにナンシー様は必死で目を逸らしてる。

 ここですでに結構な流れ弾が直撃してるけど、テラス席はまだまだ盛り上がっていた。


「つーかさ、ナンシー嬢何で上級貴族クラスにいんの? 最近こっちのクラスで見ないとは思ってたけど。あの子男爵家だろ?」

「さあ? 殿下と取り巻きが引き込んでんじゃねーの?」

「うわあ、可哀想なことするなあ……上級貴族クラスと下級貴族クラスじゃ、そもそも授業のカリキュラムからして違うのに。そういえば、上級貴族クラスのご令嬢たちにノートせがんでるの見たことあるけど、授業内容からして違うんだもん、そりゃ貸せないよね」


 ああ、なるほど、ナンシー様を孤立させてるって、ひょっとしてこのこと?

 国政にも関わる可能性がある上級貴族の子女と、そうでない下級貴族の子女とは、学ぶべきことが違うから、授業内容も別なのよね。ナンシー様はあくまでも下級貴族クラスの生徒だから、そっちの授業で単位取らないと成績付かないはずだけど。


「…………」


 あ、殿下たち無言になった。

 だけどそんなの関係ないとばかりに、テラス席ではトークが続いております。


「それとさ、何かナンシー嬢、昨日校舎裏の回廊の階段から突き落とされたって話だけど。ミーシャ、あの辺おまえの縄張りだろ? よく昼寝してたじゃんか。何か見たか?」


 すると、ミーシャ様はことんと首を傾げた。


「縄張りって、俺動物じゃないんだけど……それにあの回廊と階段、っていうか校舎裏一帯、一月くらい前から立入禁止になってるよ。鳥があの辺の木に巣を作って繁殖してて、もう一面糞だらけで臭いんだよね。この国じゃ珍しい鳥みたいで、生物の先生が嬉しそうに発狂して、“人間の臭いを付けるな!”って、元々人が来ないのをさらに立入禁止にしたから、入るの難しいと思うけど。もし階段から落ちたのが本当なら、糞(まみ)れになったんじゃない?」


 殿下たち、思わずという風にナンシー様から心持ち距離を取る。


「……そ、そうなのか、ナンシー? まさか清らかな君が、鳥の糞に塗れたなど……」

「違います! そもそも階段なんて行ってないし!――あ」


 はい、アウトー。

 ペロッと嘘を白状しちゃったナンシー様、はっと気付いて凍り付く。殿下たちも凍った。


「……それで? 殿下。先ほど仰ったことですけれど」


 ここでやっとマリアローゼ様が口を開いた。


「婚約破棄と仰いましたわよね。ええ、殿下のお心は確かにお伺い致しましたわ。ただ、“わたくしの一存ではお返事できませんので”父に申し伝えまして、父と陛下との協議になろうかと存じますが、それでよろしゅうございますわね?」

「あ、い、いや……」


 さすがマリアローゼ様、優雅に微笑みながらチクリと殿下への当てこすりも忘れない。

 と、思わぬところからくちばしを突っ込む方がいらした。


「ブリリアント公爵令嬢、殿下に対してその口の利き方は何かね! 深窓の姫君でありながらそのような居丈高な振る舞い、感心できんぞ! 貴族の女は多少気に入らぬことがあろうとも、おとなしく主人となる男に従い、口答えなどしないものだ! そもそもこの国の貴族の男は重婚が認められておるのだ。いくら公爵家の者であろうと女は選ばれる立場、それをわきまえたまえ!」


 あらまあ。バルドネス先生、ずいぶんと自信満々に、殿方に都合の良いことを仰ること。今完全に、ここにいるご令嬢の方々を敵に回したわね。空気がスーッと冷えましたことよ。

 女子生徒の冷ややかな視線にも気付かず、胸を張っていらしたバルドネス先生だった――けれども。


「あんなこと言ってるけど、あの先生、こないだ娘くらいの年の愛人囲ってたのが奥方にバレて、もの凄い夫婦喧嘩になってたぜ。俺、偶然家の前通り掛かったんだけど、奥方の金切り声が外まで聞こえてきたもん。もうすげーのなんのって。――しかもだぜ」


 半分笑いながら、ユリシーズ様が止めの一言。


「開いてた窓から飛んだんだよ、カツラがさあ!!」


 間。

 そして次の瞬間。


「――ブファッフ!!」

「ぐふっ、ごほ、げっほ!!」

「…………ッ!」

「な、なぁっ!?」


 運悪く飲み物を口にしていた男子生徒の大部分が、噴水みたいにそれを噴いて咳き込んだ。女子生徒は根性でこらえたみたいだけど、真っ赤な顔で口元を押さえてうつむいてる。あ、殿下たちもぷるぷるしてるじゃない。先生だけが笑いじゃなくて怒りで真っ赤になって湯気でも噴きそう。

 もちろん、テラス席は大盛り上がりだ。


「え!? あれカツラなのか!?」

「マジか!」

「ああ、そういえば風吹いた時に髪の毛がだんだん横にズレたりしてたっけ。おかしいとは思ったけど」

「ブッファ!!」

「変に格好付けずに、いっそ潔く丸坊主スキンヘッドにすりゃいいのに! なあ、ビリーもそう思うだろ?」

「え!? あ、えっと」


 いきなり話を振られたビリー様は、ちょっとあわあわしてから、


「き、きっと、前列の生徒が眩しくないようにってご配慮だよ、多分!」


 ……フォローのつもりだったのかもしれないけど、むしろ止めを刺した。


「ブッハァァ!!」

「ぐはっ、ちょっ……!」

「ひっ、も、もうダメ……!」


 食堂は爆笑の渦。といっても、笑い過ぎてかえって声が出ないんだけど。今度ばかりは女生徒の皆さんも耐え切れず、お腹を抱えてテーブルに突っ伏しぷるぷるしている。できればわたしもそうしたい。ちょうどバルドネス先生の真正面の延長線上にさえいなければ。

 ……というか例の笑い袋さん、もうテーブルに突っ伏したまま微動だにしてないんだけど。いえ、よくよく見れば小さくぴくぴくしてるんだけど、あれ痙攣けいれんじゃないわよね? 笑い過ぎて過呼吸になってるんじゃないよね?


「……ていうか中、何でみんなして腹押さえて倒れてんの? 食中毒か何か?」

「何それ怖っ!」

「そんな季節じゃないと思うがなあ……」

「もう寮に戻るかあ。――あ、そうだ、今度はナンシー嬢が誰選ぶか賭けようぜ。この国、男の重婚はOKだけど女は駄目だもんな。いずれ絶対、誰か選ばなきゃいけねーだろ」

「乗った。俺はやっぱ殿下に賭けようかな」

「いや、意外とお子ちゃまじゃねえ?」

「けどそれ、結果出るまで時間掛かるだろ。とりあえず最初にくっついた相手採用な。それ以降の心変わりはノーカンで。俺は陰険に賭けとく」

「僕は誰にしようかなあ」


 そんなことを言いながら、彼らは屋内には戻らず、テラス側から食堂を後にした。

 半開きの窓には最後まで気付かないままに。



 ◇◇◇◇◇



 ――その後の話。


 バルドネス先生は、学院側の意向で職を辞した。まあ、娘くらいの年の愛人がいたってことは、学院の女子生徒(わたしたち)も守備範囲に入ってる可能性が濃厚だし。貴族の娘が通う学院の教員としてそれはまずい。色々と。


 一方の殿下と取り巻きの皆さんは、婚約者のご令嬢たちの機嫌を取るのに大忙しだ。特に殿下は一旦“破棄”とまで言っちゃったから、お父君の陛下にギリッギリに絞られた挙句、マリアローゼ様に猫撫で声で話しかけてはあしらわれているらしい。あ、例の賭けは殿下たちが全員ナンシー様から手を引いたため、勝ち負けなしの無効になったそうだ。


 そのナンシー様は、先生のご厚意で受けさせて貰った単位認定追試験で見事に全教科赤点を取り、留年が決定したとのこと。まあ、何の根回しもなしで上級貴族クラスに入り浸って、本来受けるべき下級貴族クラスの授業をすっぽかしてたんだから、仕方ないことではあるんだけど。恨むんなら手配もせずに自分のクラスに引っ張り込んだ殿下たちよね。


 そして、本人たちはまったく自覚なしにザマァと爆笑を振り撒いた問題児六人組は、相変わらず下町に出入りしたり賭けをしたりして、今日もマリアローゼ様に注意されていた。


 ……ただし、彼女のその口調が以前より少しばかり柔らかかったことを、ここに付け加えておく。


ご子息たちのお口が少々砕け過ぎているのは、下町に馴染み過ぎたせいです。

彼らはごく健全に街で遊んでいます。

ただし下町で色々聞かされていらんことまで詳しくなりました。

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― 新着の感想 ―
何回読んでも面白いなー…。
定期的にランキングに上がってきますよね。 何回読んでも面白い! いつか問題児組が下町で遊ぶ様子を見てみたいです✴︎
てっきり問題児たちとサレ令嬢ズがくっつくのかと思ったらそこまでは行かなかったんですねー。
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