6 治療開始
いよいよ本格的な治療が始まります。
中学三年生になっていよいよGIDの検査を受けることになりました。今日は最初に精神的な検査を上杉先生ともうひとり、霧島先生が診断します。それと臨床心理士の先生です。霧島先生は本当に優しくないのかな? ちょっと心配です。
「お母さん、今日はよろしくお願いします。こちらは精神科の霧島先生です」
「霧島智司です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
母はいつもより少し緊張してるみたいでした。
「それでは早速始めさせて頂きます。性別違和を感じたのはいつ頃ですか」
私は先生の質問に少し考えていると母が答えました。
「この子は小さい時から姉のお下がりをよく着ていたのであまり判らなかったんですけど幼稚園の制服を見に行った時が最初だと思います」
「飛鳥君はその頃のこと覚えていますか?」
「私はあまり覚えていませんけどその時スカートが履けないなら幼稚園には行かないと駄々をこねたと姉から聞きました」
母は当時のことを思い出しながら話ました。
「この子は姉の幼稚園の制服に憧れていたのかも知れません」
「飛鳥君はいつ頃から違和感を感じたの」
「私は小学生になった頃から違和感を感じました。柔道教室の時も私は男の子だから女子柔道には入れないとか男子柔道はTシャツを着てはいけないとかでTシャツは絶対着たかったので柔道教室には入部しませんでした」
「あれ、その時男子六年生と柔道をしたんじゃなかったかな」
私はちょっと恥ずかしそうに「あれは私の柔道がどれくらいのものなのか確かめたかったからです」
「でも勝ったんだよね! それで六年男子が肩に手を乗せて来たからキャーって叫んだんだよね」
「あれは突然だったし気持ち悪かったから……」
霧島先生はちょっと笑みを浮かべて言いました。
「それじゃ質問を変えます。飛鳥君は一緒にデートしたいと思うのは男の子、それとも女の子?」
「それは女の子です」
私は即答で断言しました。
「男の子には今までいじめられたり偏見の目で見られたりして来たのであまりいい思い出がありません。ですから、お付き合いしたいとかは思いません。でも女の子はそんなとき、いつでも助けてくれましたから……」
私は少し顔を赤くして断言しましたけど、匠君なら良いかな…… でも玲奈に悪いか! そう思いました。
「それじゃ飛鳥君はどこまで治療をしたいと思ってますか」
霧島先生が核心を突いて来ました。
「飛鳥君はホルモン療法は早くやりたいと言っていたよね」
上杉先生が訊いて来ました。
「はい、女性らしい姿になりたいのは確かです」
「豊胸手術とか性別適合手術とかは希望しますか?」
私は首を横に振りながら否定しました。
「手術はあまりしたくありません」
「そうですか……」
その時母が訊きました。
「手術を希望しない場合でも認定はしてもらえるんでしょうか?」
母はそれが一番心配だったようです。最初から私の事だけを考えていたのです。
「大丈夫ですよ認定は他の精神的疾患や染色体異常が原因でGIDのような症状がある場合のことを言っていますので手術をしないから認定が貰えない訳ではありません」
母はそれを聞いて安心したみたいでした。しかし、私は思いました。母は私が手術をすることに躊躇いは無いのだろうかと。
その後、臨床心理士の先生による心理テストをしました。テストといっても何か問題を解く訳では無く木や男性や女性の絵を自由に描くように言われました。
「あの、私はあまり絵は得意では無いんですけど……」
「あ、大丈夫ですよ! 上手い下手を見るものではありません飛鳥君が描いた絵を見て心理的に判断するだけですから」
私は半信半疑でしたがA4用紙の真ん中に大きな木を描いて左側に女性右側に男性の絵を描き色鉛筆で青空と下半分は草原のように黄緑色に色付けしました。
「はい、これでいいですよ」
この後、上杉先生、霧島先生と心理士の先生の三人で何か話を始めました。
「飛鳥君、これで精神的検査は終わりです。この後休憩を挟んで身体的検査をしますので待合室で待っていて下さい」
そして、私と母は待合室へ移動し椅子に腰掛けた時、私は母に訊きました。
「お母さんは私が手術をすることに賛成なの?」
母は私をジッと見つめて優しく微笑んで言いました。
「それであなたが幸せならね」
「でも、身体にメスを入れるんだよ……」
「本当はどうしたいの?」
私は戸惑いながら母の顔を見て言いました。
「…… さっき先生にも言ったけど男の子はやっぱり好きになれないと思う」
「それで?」
「私のことを好きになってくれる女の人がもし現れたらお付き合い出来るよね戸籍上は男なんだから」
「あなたがそうしたいのならそうしなさい」
母は優しく微笑みました。
「そういう人が現れてくれればいいわね」
母はそう言ってくれましたが、そう都合のいい人はなかなかいないと思います。だってホルモン療法をすれば今以上に女性らしくなるし、胸だって少しは大きくなります。しかしながら下には男性器がある訳だから普通に考えれば変な身体になるのですから……
「今村さん身体的検査を行いますのでこちらへお願いします」
この後、私はMRI検査と採血と触診による検査を泌尿器科の先生から受けました。男性器の異常や染色体異常が無いか診断するものです。検査は一時間程で終わりました。
「はい、これで終了です。お疲れ様でした。結果は後日上杉先生からあると思います」
これでGIDの検査が終わり、あとは認定が出ればホルモン療法が始まります。
中三の夏休み前、高校受験の志望校を決めなければいけません。
「匠はどうするの?」
玲奈が恥ずかしそうに訊いています。
「俺は聖華高校に行こうと思ってる。玲奈は?」
「私は……」
「お二人さんは一緒の高校がいいよね」
久美が半分茶化しながら言いました。
「どうして一緒がいいの?」
「飛鳥は鈍いね! この二人は付き合ってるのよ」
「えええ! そうなの?」
私はびっくりしました。幼稚園のとき、匠君はよく玲奈のことをいじめていたようだったのに……
「飛鳥はどうするの?」
「私は、城南高校に行こうと思ってる」
「城南高校って進学校だよな、どっか行きたい大学とかあるのか?」
匠君は驚いたように私を見ています。
「うん、北山大学に……」
「それじゃ私と一緒じゃん」
「瑞稀も北山大学志望なの?」
「うん、教育学部。飛鳥は?」
「私は…… 医学部」
なんとなく声が小さくなりました。
「えええ! 医学部に行くの」
「まあ、飛鳥は比較的成績良いからな」
匠君は羨ましそうに私を見てる。瑞稀も玲奈も久美も違う人でも見るような目だ。
「そんな目で見ないでよ」
「大丈夫なの? 飛鳥が成績が良いのは分かるけど…… 英語が苦手だよね」
「うん」
「あの大学は、英語が中心の大学って聞いたけど……」
「え! そうなの?」
私は目の前が真っ暗になったように感じました。
「私立とか受けないの?」
「まだ、そこまでは考えていないけど…… とりあえず城南高校に合格しないとね」
しかし、英語は厄介だと思いました。なんとかしないと……
「そういうことなら美彩にお願いしてあげようか?」
大学病院へ行ったとき上杉先生から思いもよらない言葉が返って来ました。
「英語は美彩が得意だから、数学だったら僕が教えてあげてもいいからね」
「ありがとうございます」
まさか、勉強まで教えてもらえるとは思いませんでしたけどなんとなく嬉しくなりました。
「先生、二次性徴抑制の注射するんですよね?」
「あ、そのことなんだけど、この間お母さんには話したんだけど認定が出たんだよ。それで治療の同意書も提出してもらったから今日からホルモン療法に切り替えます」
私はとっても嬉しくなりました。念願のホルモン療法を開始してもらい勉強も教えて貰えるなんて良いことづくしです。
「でも、注射痛いんですよね?」
「皮下注射より筋肉注射の方が痛くないと思うけど」
注射の準備をしながら上杉先生が言いました。私は覚悟を決めて腕を出しました。
「飛鳥君、最後にもう一度聞くけど、治療を始めて良いんだよね」
「はい、お願いします」
そして、女性ホルモンであるエストロゲン製剤の投与を受けました。これでもう後戻りは出来ません。しかしその反面念願の女性らしい身体を手に入れることが出来ます。
次回から第二章になります。
これからもよろしくお願いします。
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