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イレギュラーな新入生 1

 千を超える人と大量の荷物を満載した馬車の行列が、炎華の紋章の旗をはためかせながら、フレイヘルム公爵領と帝都エイルンフォートを結ぶ街道をゆく。

 その中でも一際豪華な四頭引きの馬車にフレイヘルム家当主ルイーゼが乗っている。

 学園に入学すべく、一行が帝都に向けて旅立ってから一週間が経った。

 

 「退屈だ。なぜ、帝国は北に鉄道を通さぬ」


 帝都まであと少しというところで車窓から代り映えのしない景色を眺める軍服姿のルイーゼが悪態をつく。

 共に馬車に乗る同じく軍服姿の従者たちも長旅で疲れ切っている。


 「仕方ありません。こちらは南に比べてあまり豊かではありませんから」

 

 ルイーゼの向かいに座る青髪の少女リアが、姿勢を正したまま、にべもなく言う。

 神聖エルトリア帝国に南北に経済格差が存在する。

 温暖な南部は昔から豊かで、冬の厳しい寒さと隣国との戦乱が多い北部は遅れている。

 ここ五年で整備され始めた魔力を動力とする鉄道も南に優先して敷かれていて、北側は馬車を使うしかない。


 「リア。父親や姉たちのようにとは言わんが、少しは肩の力を抜いたらどうだ。見ているこっちまで疲れる」

 「いえ、主人の前でそのような態度をとるわけにはいきません」

 

 リアはいつも気を抜かず、礼儀正しい。

 ルイーゼより一つ年上の十六歳で親であるハーゲルや姉たちの反抗心から真面目で堅物になってしまった。

 お家騒動後、ルイーゼに従者として仕えるようになってからの十年でますます磨きがかかっている。


 「ザンド。お前も言ってやれ」

 「えっ。僕はその」


 リアの隣に座る体の大きな青年ザンドが、震えた声で右往左往する。

 ザンドはリアと同じ頃に、ルイーゼの従者兼護衛として仕えることになった。

 神器の使い手でフレイヘルム家最高戦力であるルイーゼに護衛などは必要ないが、当主に護衛がいないというのもメンツが立たないので一応だ。


 「ザンド君。そこは私に何か言いなさいよ。ルイーゼ様がそうおっしゃっているのだから」

 「ええ。そんな。痛い。痛い」


 リアがザンドの脇腹をきつく肘で突くと頬をつねる。

 あまり痛がっている様子はないが、ザンドはリアに言い返すことはできない。

 ザンドはリアよりも一つ年上でルイーゼに仕える従者としてはメリーに次ぐ年長者なのだが、その威厳はなくリアの尻に敷かれてしまっている。


 「はぁ。リア。お前がそれを言うのか。まったくザンドも相変わらずだな」


 ルイーゼは二人を有力な家臣候補として高く評価しているが、まだまだ成長の余地がありそうだと頭を抱える。


 「メリーはまた寝ているのか」


 この二週間で見飽きたリアとザンドのやり取りを流しつつメリーの方に目を向ける。


 「寝ていますね。起きてくださいメリーお姉さま」


 見かねたリアがメリーを揺り起こす。


 「ん。あ。もう帝都に着きましたか」


 メリーは口から涎を垂らしながら、眠たそうに目をこする。


 「まだまだだ。メリー。お前は肩の力を抜きすぎだ」


 ルイーゼがあきれた表情で言う。


 この中で最年長者であるメリーは武芸にも魔法にも長け、頭も切れる優秀な従者でリアにもお姉さまと慕われている。

 しかし、オンとオフの差が激しく、馬車の中ではいつも眠りこけている。

ルイーゼとともに過去へ戻ってきて早十年。

 かれこれもう三十年近く生きているのにメリーには年相応の貫禄がない。仕事以外はいつも、のほほんとしている。


 「メリーはいつまでたってもメリーのままだな」


 貴族令嬢であることをやめてから劇的に変化したルイーゼとは違いメリーは過去に戻ってきても変わらず、メリーのままだ。

 一方で領内では評判が高くブルタールとの決戦以降、メリーは死神メイドという異名で恐れられるようになった。

 メリーは気にしていないようだが、マンフレートは嫁の貰い手がなくなると嘆いている。

 

 三人のかわいい従者たちとルイーゼは他愛のないやり取りを続けているようやく昼の時間になった。


 「ルイーゼ様。もうすぐお食事の時間です」

 

 仕事モードになったメリーが時間を確認する。当初の予定ではこの時間に昼食のはずだ。

 

 「ああ、早く皆で食事にしよう」


 ルイーゼは年甲斐もなくうずうずしている。

 あまりにも退屈な馬車の旅で食事は最高の娯楽だ。

 今回の旅には共に帝都にあるフレイヘルムの屋敷に連れていくために領地から連れてきた一流の料理人もいる。

 食事は時に空腹を満たすだけではなく、心も満たしうる。

 

 私服の時である昼食を前に、無慈悲にも馬車列が街道の途中でゆっくりと停車する。


 「何かあったのでしょうか」


 時間にはまだ早い。何かあったのだろうとメリーは車窓から顔をのぞかせる。

 すると伝令役の騎兵がルイーゼの乗る馬車へと駆け寄ってくる。


 「伝令。馬車が一台故障したようで道がふさがれています」


 騎兵が言う。


 「当家の馬車ですか」

 「いえ。プレイヤー伯爵家のものです。どうやら学園に入学すべく帝都に向かっていたところ脱輪してしまったようです」

 「ルイーゼ様、いかがいたしましょう」


 メリーはルイーゼに事情を説明する。


 「おのれ。私のせっかくの昼食が。馬車は早く脇にどけろ。同じ学園の生徒ならばこの馬車にいっしょに乗せてやれ」


 ルイーゼは空腹からくる苛立ちを押さえながら指示を出す。


 「ルイーゼ様よいのですか。他家のものを乗せるなど」


  警戒心の強いリアが、けげんな表情を浮かべる。


 「まあ、大丈夫だろう。なにか機密を乗せているわけでもない。それにプレイヤーという名前には聞き覚えがある」

 「プレイヤー家。羊毛生産が盛んな地域を治める家です。当家とも取引があります」

 

 ルイーゼの疑問にリアは即座に答える。


 「確かこの軍服もその羊毛を使っているはずです」


 沈黙していたザンドもそれに補足する。

 

 (二人ともよく学んでいる。いい傾向だ)


 ルイーゼは満足げな表情をする。

 重要な事にも関わらず、商取引などの経済的なことに興味を示さない若い貴族は多い。

 そんな中でリアとザンドはしっかりと父親たちやルイーゼ、メリーの姿を見て学んでいた。


 「それに、ちょうどルイーゼ様と同い年の一人娘がいたはずです。危険はないのでは」


 メリーが言う。


 「そうか。この軍服のか。よし、話を聞いてくるとしよう」


 ルイーゼたちの着る軍服はルイーゼの指示で作られたもので、その合理的思考が反映されていて動きやすく頑丈だ。見た目も洗練されている。

 ルイーゼはいつも、威厳が出ると特別にデザインされた専用の軍服を好んで着用しており、従者たちも勤務中は着用が義務付けられている。

 その材料を提供している家と聞きルイーゼはすっかり上機嫌だ。

 さらに一人娘の貴族令嬢というルイーゼと同じ境遇がまた親近感を沸かせる。

 ルイーゼはメリーたち三人を連れたって馬車の事故現場である前方へと歩いていく。

 遠目に一人の少女がぺこぺこと頭を下げているのがわかる。


 「ごめんなさい。ごめんなさい」


 かわいらしい栗毛色の髪の少女だ。

 学園の制服に身を包み、二本の古く汚れた剣を背中に担いでいる。

 貴族令嬢が持つにはふさわしくない剣も気になるが、ルイーゼは彼女自身に異質なものを感じていた。

 

 (あの少女の魔力の流れ。今までに感じたことのないものだ。まるで人間のものではないような)

 

 魔力は大気中に満ちたエネルギーで人間やほか生物にとっても生命の根源となる重要なものだ。

 人間の体にため込まれた魔力や神器に込められた魔力はそれ特有の独特な波長を生み出す。

 魔力に敏感なルイーゼが人間ならば誰しもが放つその特有の波長を目の前の少女からは感じられない。

 

 (いや、ないわけではない。それを覆い隠すほどの大きな力を持っている。それも神器以外の)

 

 ルイーゼは警戒しつつも気さくに話しかける。

 

 「貴族が簡単に頭を下げるものではないぞ」

 

 ルイーゼは謝られ続けているのか困り顔の兵たちに助け舟を出す。


 「これはルイーゼ様」


 主君の存在に気付いた兵たちは敬礼する。


 「あなたはフレイヘルム家のご令嬢でしょうか。私はユリア・フォン・プレイヤー。プレイヤー伯爵家の一人娘です。この度は本当に申し訳ありません」


 制服姿の少女は深々と申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 ルイーゼが幼くして四大貴族であるフレイヘルム公爵家の当主になった話は面白おかしく帝国中に広まっている。

 しかし、こともあろうに貴族であるはずのこのユリアという少女はそんな有名な話を知らないらしい。

 さらに不思議なことにルイーゼはユリアを知らない。

 未来では学園に三年間通いあげ、生徒の代表まで務めたルイーゼが名前を聞いたこともなければ、顔を見たことがない。

 ルイーゼはメリーに目配せするが、メリーも首を横に振る。

 まさか学園の生徒の顔ぶれまで変わることになろうとはルイーゼが考えるよりも未来は細かなところまで変わっているらしい。


 「よいよい。それと私は令嬢ではないぞ。ルイーゼ・フォン・フレイヘルム。公爵だ」


 面白い勘違いをしていると、にこやかな表情でルイーゼが宣言する。


 「ええっ。こんなちっちゃい子が公爵様なの」


 ユリアは驚きのあまり思わず、そう叫ぶとピリッとその場の空気が変わる。


 「無礼者」


 リアは腰に差していた剣に今にも抜刀せんと手をかける。


 「駄目ですよ。リアちゃん」

 

 メリーはリアを制止しつつも左手の指輪に魔力を流し込む。

 この指輪。ただの指輪ではない。指輪の形に姿を変えた神器だ。

 最近、フレイヘルム公爵領内で発見され、メリーに預けられたものだ

 ルイーゼも今はエレボスとニュクスをペンダントの姿に変えて首から下げている。


 「お前もだ。メリー。おとなげない」


 ルイーゼは慌てて二人を諭す。

 忠誠心が高いのはいいことだが、この二人は少しのことで激高してしまうのが玉に瑕だ。

 神器の保有数を皇帝やほかの諸侯に目を付けられないように誤魔化しているので露見するのは避けたい。


 「身長の低さなど私は気にしていない。それに身分は違うが、学園では対等だ。そんなにかしこまらなくてもいいぞ」

 

 いつにない早口でルイーゼが言う。


 「は、はい」

 「やはり気に……むぐぐ」

 「申し訳ありません。取り乱してしまいました」


 メリーは余計なことを言いそうになったリアの口を乱暴にふさぐ。

 ルイーゼは大柄なザンドはさておきメリー、リアに比べて身長が低いことを気にしている節がある。

 本人はそんなこと気にするものか、とかこれは神器の呪いであると、一蹴するが、メリーは鏡の前で必死に背伸びするルイーゼの姿を屋敷で目撃していた。

 やはり幼くして当主となったルイーゼは威厳を大事にしているので気になるのだろう。

 

 「ごごご、ごめんなさい。私、公爵様だとは知らずに飛んだご無礼を。かくなるうえは死んでお詫びをおおおお」


 事の重大さを感じ取ったユリアはものすごい勢いで地面に座り込み、お腹をさらけ出し、どこからか取り出した短刀を握り締めている。


 「お、おい。早まるな。やめさせろ」

 

 ユリアの凶行にさすがのルイーゼも慌てる。

 命令通りにすぐさまザンドがユリアの細い腕を丁寧に掴み抑え込み凶行を食い止める。

 ユリアは暴れるが、ザンドの怪力には敵わない。

 

 (考えすぎか)

 

 ルイーゼはあまりにもあっけなくザンドに組み伏されるユリアに警戒心を緩める。

 ユリアは普通ではないが、どうやら人間ではあるらしい。

 魔力な不自然な流れに関してもそういう体質だと考えられなくもない。

 

 「止めないでください。家族や村のみんなが生活していけるのも、こうして私が学園に行けるのも全部フレイヘルム公爵様のおかげなのに」


 青ざめた表情でユリアは訴える。


 「ならば取引を中止しない代わりに言うことを聞いてもらおうか」


 ルイーゼは意地悪な笑みを浮かべる。


 「な、なんなりと」


 ユリアは、はだけた服も直さずに跪く。涙腺は恐怖で決壊寸前だ。


 「そ、そうだな。飯だ。一緒にゆっくり昼食をとってもらおうとしようか」

 「へ?」


 ルイーゼは流石にやりすぎたと反省し、ユリアの手を取り、優しく立たせた。

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