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帝都へ

 神聖歴1000年 冬

 

 フレイヘルムのお家騒動の終結から十年。

 幼かったルイーゼも十五歳になり、メリーと共に強く美しく成長した。

 十五歳と言えば神聖エルトリア帝国では貴族の子女が帝都の学園に入学する頃合いだ。

 公爵となり、すでにフレイヘルム家の当主となったルイーゼだが、自らの意思で学園に通うことになった。


 冬が終わり、春が訪れようとしていた頃、フレイガルドにある彼女の屋敷には主要な家臣や屋敷に勤めるものなどが一堂に集まった。


 「先に愚息のシルバとシュネー伯の娘キュルが準備しております」


 アイゼンの息子シルバとハーゲルの娘キュルはルイーゼに先立ち、学園に入学しており、帝都でいろいろと活動し、準備している。

 

 「ああ、わかっている。帝都の状況はどうなっている」


 ルイーゼはマンフレートに尋ねる。


 「相も変わらず、きな臭いですね。公にはされていませんが、密偵の情報によれば皇帝陛下が崩御したのはほぼ確実。次代の皇帝を誰にするかで宮廷は相当揉めている様子です」


 マンフレートの調べた情報通りなら皇帝の死ぬ時期はルイーゼの知る未来と同じだ。


 「特に皇太子ヘルマンの婚約者ルミリアの家であるマールシュトローム家と第二皇子ルークを支持するベルクヴェルグ家の対立は激しいようです」

 「そうか」

 

 ルイーゼは苦々しい表情を浮かべる。

 

 マールシュトローム家もベルクヴェルグ家もフレイヘルム家と同じ四大貴族だ。

 しかも、経済的に豊かな帝国南部に位置する両家は帝国諸侯の中でも群を抜いて裕福で影響力も強い。

 この二家の対立構造はルイーゼの知る未来にはなかったものだ。

 とすれば順当にヘルマンが、皇帝になる可能性も十分ある。だが、ルークが皇帝になるにしろならないにしろろくでもない未来になるだろうとルイーゼは予測している。

 この十年、ルイーゼの知る未来と違うことが起こると決まって悪い方向に転がっていくからだ。

 正確に状況を見定めなければ、また命を落とすことになる。

 そうならないためにルイーゼは十年準備してきたが、問題は次から次へと起こってくる。

 

 頭は抱えるルイーゼの横でメリーもまた問題の対処に困っている。

 「「お姉さま……」」

 「ノンネ、シャル。いい子だから泣かないで」

 その横でメリーは泣いて抱き着いてくる妹たちをあやしている。

 彼女たちはメリーとは年の離れた妹たちでよく姉にべったりで、メリーが学園に行ってしまうとわかってからはずっと泣いている。

 戦場で無数の敵兵を血祭りにあげてきたメリーも妹たちには敵わない。


 「あなたもですよ。ガイスト。泣いてはいけません。あなたはトート家を継ぐのだからお父様みたいにしっかりしなくちゃ」

 「で、でも、僕は姉さんたちみたいに強くないし、メリー姉さんが、当主になったほうが絶対いいよ」

 トート家の末っ子で唯一の男子であるガイストは素質があるが、ルイーゼの右腕であるメリーやほかの姉たちにいらぬ劣等感を抱いている。

 主家であるフレイヘルム家が女当主なのだからメリーの方がふさわしいと思っている。


 「いいえ。それは駄目です。私はルイーゼ様にこの身を捧げると誓いました。トート家はあなたが守りなさい」


 いつもは妹たちや弟に甘いメリーだが、珍しく厳しく接する。


 「大丈夫。あなたならできます。お姉ちゃんよりずっと強くなれますよ」


 メリーはそういうとガイストの頭をなでる。


 「僕、頑張るよ。メリー姉さんみたいに強くなる」


 ガイストも涙をぬぐうと力強くうなずいた。


 今回、学園に入学するのはルイーゼとメリーだけではない。もう二人入学することになっている。

 一人目はいらいらした様子でせわしなく動き回る青髪の少女。


 「ああ、もう。今日は学園に行く日だって言ったのに、ラヴィ姉さまはどうしてきてないの」


 彼女の名はリア・フォン・シュネー。シュネー家三姉妹の末娘だ。

 変人一家と呼ばれるシュネー家にあってリアは奇跡のような人物で父には似ても似つかず美人でルイーゼをして堅物と呼ばれるほどに真面目だ。

 親や姉妹への反抗心からそうなってしまったのだろう。


 「案ずるな。リア。奴に研究を優先させているのは私だ。それに学園に行く程度で何も全員集まる必要がない」

 

 いきり立つリアをルイーゼはなだめる。

 リアの姉でシュネー家長女のラヴィーネ・フォン・シュネーは父親に似て魔法研究の天才でフレイヘルム公爵領にあるとある研究施設で昼夜を問わず働いている。

 妹であるリアに負けず劣らず美人なのだが、研究狂いで、がさつ。そして滅多に研究施設から出てくることはない。

 それでも結果を出しているのでルイーゼは多額の資金を彼女の研究に投じている。


 「はっ。ルイーゼ様の寛大なお心に感謝いたします。ラヴィーネには私から後できつく言っておきます」


 リアは身内の失態を恥じて深々と頭を下げる。

 

 「いい子だな。リアは」

 「はい。まったく誰に似たのやら」

 「少なくとも貴様ではなかろう」

 

 おどけるハーゲルにルイーゼは鋭く突っ込む。


 二人目のシュタイン家の三男坊ザンド・フォン・シュタインも家族の誰とも似ていない。

 大柄で筋骨隆々なところはシュタイン家の男といったところだが、武人気質のシュタイン家には珍しく、ひどく臆病で寡黙な男だ。

 

 「兄上。くれぐれもルイーゼ様に粗相がないように」

 

 自分の倍以上はあろうかというザンドに小さな少女が大声で説教している

 彼女はサフィーア・フォン・シュタイン。シュタイン家唯一の娘で末っ子だ。

 まだ幼いが、武芸と魔法に優れ、男勝りな性格でなよなよしているザンドをいつも叱り飛ばしている。

 

 「い、痛いよ。サフィ」

 「兄上は覇気がありません。覇気が」


 サフィはバシバシと兄の大きな背中をたたく。

 言葉数の少ないザンドは機関銃のように話す妹に言い返すこともできない

 

 「あまり恥をかかせるものではないぞ。サフィ。お前が思っている以上にザンドは優秀な男だ」

見かねたルイーゼが助け舟を出す。

 「そ、それはわかっていますけど……」


 急に恥ずかしくなったのか小声になったサフィは顔を赤らめ、うつむいてしまう。

 ザンドにはなぜサフィがそのまま隅に走って行ってしまったのかわからない。


 (本当に大丈夫だろうか)

 

 ルイーゼの頭の中にそんな考えが過ぎる。

 フレイヘルム家の家臣はみな優秀な者ばかりだが、人材不足でまだ子供が多い。不安だらけだ。

 それでもルイーゼは皆、一軍の将になりうる逸材だと思っている。


 「皆、後は任せたぞ」


 ルイーゼは側近であるメリー、リア、ザンドをはじめとする多くの従者を引き連れ、馬車に乗り、沿道でフレイヘルムの旗を振る多くの領民に惜しまれつつも、帝都エイルンフォートへと旅立った。


 「ルイーゼ様は行ってしまわれましたか」

 

 帝都へと向かう馬車の一団を眺めながら、一番名残惜しそうするのは、マンフレート・フォン・トートだ。

 彼がフレイヘルム家で家宰として采配を振るうルイーゼを見てきた十年。

 それは驚嘆と苦労の連続であった。

 

 当主であった父ハインリヒの突然の死により、窮地に立たされたルイーゼはたった五歳にして軍事的才を発揮し、家中の混乱を収め、当主の座についてしまった。

 ルイーゼのおとぎ話の英雄のごとき所業は一連の騒動だけにとどまらなかった。

 戦いの後、ルイーゼは領地改革を断行。逆臣への容赦のない粛清はマンフレートをはじめとする譜代の家臣をも震え上がらせた。

 家臣たちはその後、フレイガルドへと集められ、貴族特権を剥奪された。

 『すべてをルイーゼへ」を目標に強固な中央集権体制が確立。

 ルイーゼ新体制の下で粛清と軍備拡張の両輪、鉄と血による改革によってフレイヘルム家の領地は飛躍的な発展を遂げた。

 いつしかルイーゼは家臣たちから鉄血令嬢と畏怖されるようになった。

 

 そんな激動の十年の中で最も苦労したのは家宰であるマンフレートだろう。

 ルイーゼから度重なる無理難題や殺人的な仕事量を押し付けられ、身を粉にして働いた。

 そのせいか娘であるメリーと同じく黒かった髪の毛はすっかり枯れ果てて白くなって しまった。

 

 「後のことは任せるとは言われたものの仕事は増える一方」

 

 それでも、ルイーゼやメリーが先頭に立って、指揮することで相当数の仕事をこなしていたからこそ、その程度の仕事量で済んできたともいえる。

 二人が学園に行くとなるとマンフレートは胃が千切れてしまいそうな気分だ。

 

 「こうなってしまった以上、仕方がありません」

 

 不安げな貴族たちの中でハーゲル・フォン・シュネーは一人嬉しそうな表情を浮かべる。

 

 「よいではないか。これほどの仕事を任されているということは信頼されているということだ」


 アイゼン・フォン・シュタインも感傷に浸りきっている。


 「しかし、今更学園に行かずとも」


 マンフレートは今日、何度目かも知れぬ溜め息をつく。

 弱冠十五歳にしてフレイヘルム家の当主として辣腕を振るうルイーゼがいくら帝国貴族のしきたりとは言え、もう学園に通うことはないのではと家臣たちは考えていたが。当の本人は案外乗り気だった。


 「トート伯も計画はご存じでしょう。それに子供たちにもいい経験になります」

 

 ハーゲルの言う通り、ルイーゼのある計画を聞き、マンフレートも最後には頷いた。

 ルイーゼは今更、ただ学園に通う気は毛頭ない。


 「左様。わしのバカ息子はルイーゼ様やメリー殿に比べてまだまだ、ひよっこ。学園に行き、広い世界を知れば多少は成長するだろう」


 今回のルイーゼの学園行きには生徒兼従者としてメリーやハーゲルの娘、アイゼンの息子も参加する。

 皆、ルイーゼと年が近いこともあって将来、ルイーゼを支える有望な人材として十年前からルイーゼのそばで従者として共に教育を受けてきた。

 今回の学園行きの帝都での任務と暮らしは成長につながるはずだ。


 「ルイーゼ様は当然としてメリーも不思議です。いつの間に成長してしまったのやら。ほかの子供たちも父親には目もくれずメリーばかり」


 マンフレートは部下の育成は得意だが、子供たちの世話は不器用でいつも妻に投げている。

 その妻ものほほんとした人物ゆえに、ルイーゼの側近としてメリーがどうして急に成長を遂げたのか十年解けぬ難題となっている。

 

 「泣き言を言っていても仕方ありません。皆、仕事にかかりましょう。計画の遅れるとどんな目に合うか、わかったものではありません」


 マンフレートは疲れた表情で笑う。

 意気揚々のハーゲルやアイゼンを除く家臣たちは皆、一様に引きつった表情だ。

 それでも本心ではルイーゼの粛清も怖いが、それ以上に有能な君主の下で存分に力を振ることができている現状に皆、一様に満足している。


 「「フレイヘルム万歳。ルイーゼ様に栄光あれ」」


 彼らは決して文句など言わない。決まってこの言葉だけだ


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