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フレイヘルムお家騒動 3


 父とともに先鋒を任された若きゴルドは他の騎兵たちと同じく下馬し、闇夜に紛れ、息を殺し、銃を握り締め、自らの心音を必死に鎮めようとしていた。


 ひどく緊張するゴルド達、新兵に比べ、シュタインら古株は落ち着いている。


 (ルイーゼ様は立派なお方だ)


 ゴルドより先頭にいる小さな少女、主君ルイーゼは獲物を狙う鷹のような目つきで敵をじっくりと見つめている。

 最初は女に、それも五歳の少女に仕えることが嫌でたまらなかった。

 だが、そのうち成人して数年が経った自分よりも戦慣れし、支配者としての荘厳な気迫を身にまとうルイーゼに劣等感を通り越して尊崇の念を抱き始めていた。

 それはルイーゼの側近であるメリーにも強く感じている。


 (ルイーゼ様のためならこのゴルドここで死んでも構わない。一人でも多くの敵兵を道連れにしてやる)

 

 ルイーゼと一緒に戦っているとゴルドは不思議と勇気づけられた。それが王というものなのだろうとゴルドはわからないなりに解釈している。

 兵士たちはじっと号令の合図を待ちながらゆっくりと歩を進めていく。

 敵の総大将が居座る本陣はもう一寸先だ。

 ほんの一瞬の時の流れをゆっくりと重く感じる。


 「全軍」


 ルイーゼがゆっくりと腕を上げ


 「突撃」


 素早く振り下ろす。


 「「ルイーゼ様に栄光あれ」」


 ゴルド達兵士はこのルイーゼの甲高い声を聴いたとき、考えるよりも先に馬を走らせ、雄叫びを上げながら、敵陣めがけて緩やかな坂を駆け降りる。


 「敵襲、敵襲」


 事態を察知した見張りの敵兵が声を上げるがもう遅い。

 闇夜に無数の光が現れる。

 魔法陣だ。

 魔法陣からは炎球や雷撃、水槍、風矢が、一気に放たれ、敵陣に殺到する。

 陣屋は火に焼かれ、兵は雷に裂かれ、馬は水に沈んでいく。

 ブルタールの軍勢は宴から一転、阿鼻叫喚の地獄とかす。

 次々と敵陣に投げ込まれていく魔法砲撃を背に波を打って転がり込んだルイーゼ方の兵士が、銃を乱れ討ちながら前進し、意表を突かれた敵兵たちを銃剣で刺し、次々に血祭りにあげていく。

 異常な興奮と死への恐怖入り混じる戦場で兵士たちは敵を見つけては斬り裂いていく。


 「ブルタールを探せ」


 とルイーゼが叫びながら、敵兵を次々に得意の炎で炭に変え、両手に持つ双剣、神器エレボスとニュクスの錆に変えていく。 


 「悪く思わないでください。これもルイーゼ様のため。ルイーゼ様の敵は私の敵です」


 メリーは体格に見合わぬ大鎌にその身を振り回されるようにして竜巻のごとく敵陣に切り込む。

 さらに四方八方に魔法陣を展開すると轟雷が爆ぜ、敵兵が爆発四散する。

 

 体内に魔力を循環させ、身体能力を極限まで強化する身体強化の魔法は幼いルイーゼやメリーを一騎当千の兵士に変える。


 「構え」


 体勢を立て直した一部の敵兵が、一矢報いんとルイーゼたちにライフル銃を構える。

 この銃は魔力によって鉄の筒から鉛の球を高速で打ち出す魔導兵器である。魔導鉄騎や飛行艦と並んで、パンゲア大陸における人類の覇権に貢献した兵器で、魔法が使えない農民を魔導兵と同等の戦力にすることができる。


 「放て」


 銃から滑り出した弾丸はルイーゼたちを襲う。

 ルイーゼや魔法に長ける精鋭の兵士たちは魔力による見えない障壁を瞬時に展開し、弾丸を弾き返す。

 が、戦い慣れていない新兵は対応が間に合わずに凶弾に倒れていく。

 

 「くそぉ」


 肩を撃ち抜かれ、血しぶきを浴びながらも前進しようとするゴルドは死への恐怖が足に絡みついて動けなくなる。


 「怯むな。進め。狙うはブルタールただ一人」


 ルイーゼの声を頼りにゴルドは恐怖を振り切りなんとか一歩進める。


 「反逆者ブルタールを討て。逆賊は皆殺しだ」

 

 兵士たちも盛んに叫ぶ。戦場全体に響き渡るほどに。


 「ひぃい。助けてくれ」

 「反逆者に慈悲はありません」


 命乞いをする敵の貴族の首をメリーは躊躇なく跳ね飛ばす。

 

 殺傷力の高い魔法が飛び交い、魔導兵器が闊歩する戦場での兵士の死亡率は極めて高い。敵も味方もごみのようになぎ倒され焼かれ塵になっていく。

 その中でもとりわけこの戦いは異常だ。

 この奇襲作戦が失敗すれば破滅することがわかっているルイーゼ方の士気は異様なほどに高く、鬼神のごとき戦いぶりを見せる兵士たちは何倍もの敵を死へと追いやった。


 「落ち着け。敵は少ないぞ」

 

 土煙が立ち込め、血のにおいが充満する暗闇の戦場で松明の火に照らされ、大剣を背負った大猪のごとき猛将ブルタールが姿を現す。


 「鉄騎隊。捻り潰せ」


 そう叫ぶブルタールの背後から鉄の巨人がその巨躯を揺らしながら現れる。

 魔導鉄騎。人の三倍はあろうかという大鎧だ。分厚い装甲は魔力に覆われ、銃弾や銃剣では傷一つつかず、生半可な魔法は直撃する前にはじけて消えてしまう。

 鉄騎は剛力で剣というにはあまりにも巨大な鉄の塊を振るい敵兵を磨り潰し、大地をえぐる。


 「見つけたぞ。ブルタール」


 ルイーゼは魔導鉄騎を意に返さない。

 目を血走らせ、歯をむき出しにしながら、ブルタール目がけて突っ込む。

 が、二騎の魔導鉄騎はそれを阻まんと壁になる。

 そこにルイーゼの背後からアイゼンとメリーが躍り出る。


 「ルイーゼ様の道を開けろ」

 

 アイゼンは魔法陣を魔導鉄騎の足元に展開すると魔力を流し込み、土を隆起させて、それを巧みに操り、魔導鉄騎に足に絡みつかせて動きを止める。

 すかさず、土で足場を作って飛び上がると自慢の大槌にありったけの魔力を込めて振り上げ、魔導鉄騎の脳天めがけて振り下ろす。

 鈍重な魔導鉄騎は対応しきれずにもろに直撃を食らう。立派な兜はグシャグシャにひしゃげて中の人ごと押しつぶされる。


 「邪魔です」


 メリーは大鎌を振り回しながら、刃に魔力を込める。

 極限まで切れ味を高めた大鎌は魔力による装甲を破壊し、分厚い大鎧をものともせずに滑らかに一刀両断する。


 「すごい。魔導鉄騎を一瞬で」


 ゴルドは思わず二人の常人離れした戦いぶりに見入ってしまう。

 

 どれだけの研鑽を積めば人はあそこまで強くなれるのだろう。

 どれだけ神に愛されればあれほどの才能を持って生まれてくるのだろう。

 自分とはあまりにかけ離れている。

 二人を見てゴルドはつい、そう思ってしまう。

 だが、ゴルドの見る世界は小さな狭い世界に過ぎない。

 

 「小童どもが」

 

 慎重さを失ったブルタールが、暴れ牛のように爆炎を纏った大剣を振り回す。

  

 「ぐっ」

 「きゃあ」

 

 アイゼンもメリーも全力で応戦するもあっけなく後方に吹き飛ばされる。

 魔導鉄騎を押し倒した二人を単純に力だけでねじ伏せた。

 

 「そんな、父上が惜し負けるなんて」

 

 ゴルドは恐怖する。

 今目の前にいるのは神話の怪物か何かだろうか。

 猛牛のごとき圧倒的な力。

 ブルタールの前では経験豊富なアイゼンも才能あふれるメリーも雑兵に過ぎない。 

 

 「まだまだだな。ロートルシアとの戦の時には貴様ら程度五万とおったわ」


 ブルタールは昔を思い出し、二人をあざ笑う。


 三十年前、パンゲア大陸は大きな戦火に包まれていた。

 神聖エルトリア帝国の三つの隣国ロートルシア、ガルドラーク、スカンザールが同時に攻撃を仕掛けた三王国戦争と呼ばれる戦いは長きに渡り、熾烈を極めた。

 帝国は敗北寸前まで追いつめられたが、若かりし頃の皇帝とルイーゼの父の活躍で帝国の勝利に終わった。 

 

 「その程度では本当の地獄を生き抜いたこのわしには勝てぬぞ」


 三十年前の戦争のときまだ若かったブルタールは勇猛さで知られ、多くの戦場で名を上げ活躍したが、その中でたった一度だけ手痛い敗北を喫し、臆病な老人になってしまった。

 年老いたブルタールだが、それでも戦争を知らぬ腑抜けた世代よりは強い自負がある。

 戦争終結から今日に至るまで大きな戦争は起こらず、長きに渡る平和は人類に繁栄をもたらしたが、同時に人類を弱くした。

 大陸を巻き込んだ死力を尽くした戦争にその身をさらし続けたブルタールとは比べるまでもない。


 「死ねぇえええ」


 ブルタールが大剣を振り上げ、メリーに振り下ろす。

 吹き飛ばされた衝撃でメリーの体は痺れ、避けることは叶わない。


 「させるものか」


 ルイーゼはブルタールの重い一撃を右手に持つエレボスではじき返す。


 「片腕で。その細腕のどこにそんな力が」


 ブルタールは驚くが、瞬時に理解する。

 

 「神器か。そんなものどこで」


 ブルタールの脳裏に苦い経験が過ぎる。

 

 剛力無双を誇ったブルタールはたった一度だけ、戦場で神器の使い手と遭遇し、完膚なきまでに敗れた。文字通り手も足も出なかった。

 そこでは戦術も勇気も数もまったく無意味なものとなり、ただ神器の圧倒的暴力の前に支配された。

 人智を超越した神の武器。それが神器だ。


 「これで終わりだ。ブルタール」


 ルイーゼは魔法陣を展開すると炎弾を三発食らわせる。

 後ろによろけていたブルタールは体勢を立て直すことができずに炎弾の直撃を食らう。


 「なんのこれしき。温いわ」

 「やるな」

  

 ブルタールはルイーゼ渾身の炎をものともしない。 

 すかさず、その剛腕で大剣を振り下ろす。

 ルイーゼは身を軽やかに翻し、紙一重のところで避ける。


 「小さい体も役に立つ」

 

 すかさずルイーゼは左腕のニュクスでブルタールを斬りつける。

 が、届かない。

 すんでのところで避けられてしまう。

 ブルタールは大柄な体からは考えられないほどの瞬発力と老いを感じさせない反射神経で神器の強烈な一撃を交わしていく。

 無数の剣戟が闇に火花を散らし、衝撃波は他者の介入を許さない。

 大魔法の撃ち合いは戦場を焼き尽くした。

 煌めく若きフレイヘルムの炎と洗練されたカーフレイルの炎。

 ルイーゼとブルタール両者とも一歩も引かない。

 そして一瞬の隙が、勝敗を分ける。

 神器の力なしに魔力を体中に循環させ続け、極度の負荷を体にかけ続けたブルタールの体は完全に焼き切れている。

 ほんの少しだけブルタールの体は彼の想定より動かなかった。

 ルイーゼはその隙を見逃さない。

 ブルタールの左腕をエレボスで斬り飛ばす。

 

 「舐めるな。若造が。わしはまだ終わらんぞ」


 ブルタールは怒号が天を震わす。

 もはや一滴も残っていない力を振り絞り魔力を体に循環させ、鋼鉄のごとく体を硬直させる。

 骨という骨は砕け、血管は焼き切れ、筋肉は弾けた。

 このルイーゼとの戦いにブルタールは最期の命を燃やす。

 

 「老兵は去れ。これからは私の時代だ」


 ルイーゼは構わずそのままニュクスを押し込む。

 ニュクスの刀身からは黒い炎が噴き出し、ブルタールを焼き尽くす。


 ブルタールは耐えきれず、魔力による障壁は弾け、体は裂ける。

 血しぶきをあげながら、大剣が手から滑り落ち、地に膝を屈する。

 

 「くはは、またしても神器に敗れるか」

 

 また完膚なきまでに神器に敗北したとブルタールは笑う。

 しかし、前に感じた絶望感はなくどこか清々しさを感じていた。

 

 (わしは死に場所を求めていただけなのかもしれぬ)


 ブルタールは長きに渡る戦いが終わり、その後は安静に生きられるように慎重に生きてきた。

 それは彼にとって楽ではあったが、いい生き方ではなかったのかもしれない。

 

 「見事だ。ブルタール。神器に頼らず人の身でよくぞここまで。お前ほどの強敵とこれから合わないことを願うばかりだ」


 ブルタールが最期にそういうとルイーゼは静かに首を跳ねた。


 「ブルタール・フォン・カーフレイル打ち取った」


 ルイーゼはブルタールの首をエレボスに突き刺し、天高く掲げる。


 「勝った。勝ったんだ」

 

 兵士たちが口々に言う。


 「「うおおおおおおおおお」」


 歓声が巻き起こり、勝鬨が戦場に響き渡たる。

 総大将を失い烏合の衆となった反ルイーゼ派の兵士たちは散り散りになって逃げ去る。

 

 「やりましたな。ルイーゼ様」


 アイゼンがゴルドの肩を借りて立ち上がると笑みを浮かべる。


 「ええ。やりました。ルイーゼ様の勝利です」


 ルイーゼに抱き起された満身創痍のメリーも涙を流して喜ぶ。

 だが、当のルイーゼは一人浮かない顔だ。


 「ルイーゼ様」


 メリーはルイーゼの様子に気付き、心配そうに見つめる。


 「ああ、メリー」

 「はい」

 「何人殺した」

 「えっ」


 冷酷無比な支配者を気取るルイーゼからはおおよそ想像もつかない質問にメリーはうろたえる。

 

 「私は大勢斬った。ブルタールも名も分からぬ兵士も」


 ルイーゼは明け方の虚空を見つめ、一筋の細い涙を流す。


 「だが決断した。すべてを征服するのだと」


 ルイーゼが過去に戻ってきてから人の死について他人に感情的に漏らしたのはこの時だけだった。


 その後、ブルタールを討ちとったルイーゼは、軍を翻し、総大将を失い大混乱に陥る敵軍の主力をマンフレート、ハーゲル率いる軍と挟撃し、撃滅せしめた。

 フレイヘルム家のお家騒動は多くの血を流しながらも幼き当主ルイーゼの勝利に終わり、ルイーゼを頂点とする新体制の下でフレイヘルム家は大きな発展と変革を遂げていくことになる。


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