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フレイヘルムお家騒動 2

 真夜中。月明かりの下で軍議が開かれた。

 ルイーゼを中心に目を覚ましたメリーとアイゼン。

 それにゴルドをはじめとするまだ若い指揮官たちがテーブルを囲んでいる。


 「わが軍は行軍速度を重視したがゆえに騎兵しかおらず、食料や水ももう底をつく」


 腕を組んだルイーゼが言う。

 ルイーゼ率いる別動隊は騎兵のみという大胆な陣容で、一撃離脱を目的としているため食料や水も兵士の手持ちの分以外は一切ない。

 

 「幸い敵の位置は先ほど帰還した斥候からの情報で把握済みです」

 

 偵察を任されていた指揮官が地図の上に駒を置いていく。


 「敵の主力三万はエキドナ平原でトート伯の軍とにらみ合っています」

 「ブルタールは」

 「カーフレイル伯の軍五千はその後方、この位置で陣を張っているものと思われます」

 「間違いないな」


 ルイーゼが偵察を任されていた若い指揮官をギロリとにらむ。


 「はい。間違いありません」

 

 指揮官は怯むことなく答える。


 「ふふ、さすがはブルタール。慎重な男だ。万一を考えて、後方に陣取っている」


 自分の予想通りの展開にルイーゼは笑みを浮かべる。

 ブルタールは己の身の安全とルイーゼの奇襲を警戒して、臨機応変に物事に対応できるようにある程度の数の軍と共に後方に構えているのだろう。


 「明日の夜、全軍で奇襲をかける。この距離ならば一日あれば着くだろう」

 「お待ちください。ルイーゼ様。いくら奇襲とはいえここ数日の強行軍でわが軍は満身創痍。数も敵のほうが優勢です。危険すぎます。もう少し様子を見て」


 若い指揮官が意見を述べる。


 「ならん。戦は時間が命だ。敵の主力と相対するマンフレートがこのまま押し切られれば、一気にフレイガルドは陥落する。悠長なことは言っていられない。私が先陣を切ってブルタールの首を取る」


 こうなるとルイーゼは頑固だ。


 「作戦はわかりました。が、ルイーゼ様が先陣を切るというのは承服しかねますな。ルイーゼ様をここで失えば我々は、フレイヘルム家は終わりだ」


 アイゼンはここで引くわけにはいかない。

 確かに総大将であるルイーゼが先頭に立てば、兵士たちの士気は大いに上がり、勝率もあがるだろう。

 だが、ルイーゼはどれほど優秀でもまだ子供。それをわかっていたからこそルイーゼは今まで指揮を執りながらも直接戦闘には参加していなかったとアイゼンは理解していた。


 「確かに私を失えば、フレイヘルム家は終わりだ。だがそれはブルタールも同じ。奴が死ねば私に歯向かうものはこのフレイヘルム公爵領からは消え去る」


 ルイーゼの言う通り、フレイヘルム公爵領内の反逆した貴族たちはブルタールによる所が極めて大きい。フレイヘルム家と血縁関係にあり、実力と名声があるブルタール・フォン・カーフレイルを失えば反逆者は空中分解するだろう。


 「もともと無理なことをしようとしている。されば、ここで私が無茶をしなくてどうする」


 戦は数の多いほうが勝つ。子供でも分かる道理だ。

 優れた英雄の活躍で時にそれをひっくり返すが、そんなことは稀だ。

 戦術など所詮は小手先の術に過ぎず、事前にどれほど準備ができているかで勝敗を決するとルイーゼは良く理解している。


 ルイーゼが対する敵の兵力は三倍。普通ならば勝つことは不可能だろう。だから、ルイーゼは危うい選択肢を選ぶ。

 しかし、本人は自分の命を運否天賦の勝負に賭ける気はない。最初から完全勝利を確信している。

 ルイーゼは英雄になろうとはしない。王になろうとしている。


 「御覚悟はわかりました。ならばもう、何も言いますまい」


 アイゼン他、指揮官たちは観念する。


 「ルイーゼ様は命に代え供お守りします」


 メリーは最初からルイーゼとともに戦場に突っ込む気満々だ。


 「これが最後の戦いだ。そしてルイーゼ・フォン・フレイヘルムの始まりでもある。各自、存分に体を休め、明日の出陣に備えよ」

 「「はっ」」


 ルイーゼが立ち上がり、指揮官たちに檄を飛ばすと皆、それに答える。

 フレイヘルム家の内乱は最後の時を迎えようとしていた。


 エキドナ平原から離れた後方のガルラ村近くの緩やかな谷あいに反乱軍の総大将ブルタール・フォン・カーフレイルは有力貴族ともに五千の兵で陣を張っていた。

 もう戦に勝利したかのような戦勝ムードの中でブルタールは一人、言い知れぬ不安を感じている。

 

 「戦況はどうなっている。警戒を怠ってはいないか」


 ブルタールは足を小刻みに揺すりながら、どこか落ち着かない様子ですでに何度もした質問を再び、息子であるオタカルに投げかける。


 「父上。何度も言ったではありませんか。すでに向こうのエキドナ平原ではわが軍の主力が憎きトート伯の軍を押していると」


 酒がなみなみ入った金属製の水筒片手にオタカルはあきれた表情だ。


 「まだ勝利してもいないのに酒はやめろ。敵の奇襲が来たら貴様はどうするつもりだ」

 

 ブルタールは烈火のごとくオタカルを怒鳴りつける。


 「申し訳ありません。父上。しかし、奇襲の心配はありませんよ。父上はいつも心配しすぎです。昼間の時点で敵の姿は周辺にはありませんでした。いくら、すばしっこいルイーゼ嬢といえども、今夜、仕掛けてくることはないですよ」


 へらへらした様子でオタカルが答える。


 「しかし」


 だが、慎重すぎる男ブルタールの心中穏やかではない。


 ブルタールは常に臆病なほど慎重に生きてきた。

 それで多くのチャンスを失ってきたたかもしれないが、大きな失敗をしたこともない。戦では常に危なげなく勝利を収めてきた。

 今回のフレイヘルム家への反乱はブルタールの長い人生で最も大きな初めての賭けだった。慎重なこの男も大きな成功を収めることを夢見てきた。裏切り者の烙印を押されることになるが、勝利すれば、四大貴族に並び立つことができる。

 

 フレイヘルム公爵の死を知り、幼いルイーゼを傀儡とし、フレイヘルム家は容易に支配できると確信していた。ほかの貴族の支持や兵力において、ルイーゼを圧倒的に凌駕していたからだ。

 しかし、小さな少女ルイーゼが、当主になるとすべての貴族の前で公爵になると宣言したあの日、すべてを後悔した。

 ブルタールは人を見る目には自信がある。ルイーゼは間違いなく王の器であった。が、すでに後戻りはできず反乱に踏み切った。


 ブルタールの予想通り、ルイーゼは英雄的活躍を見せ、初戦は連戦連勝だった。

 ようやく兵を整えたところで快進撃は止まったが、ブルタールは戦を始めたその日からまともに寝ることもできていない。


 「まあ、不安はわかります。長年、フレイヘルム家に仕えてきた我らカーフレイルが牙を剥くわけですから。ですが勝利は目前、大将が落ち着かなくては兵が怯えます。さあ、酒でも飲みましょう」


 怯える父を落ち着かせようとオタカルは酒を勧める。


 「そうだな。確かに兵を怯えさせるわけにはいくまい。勝てる戦も勝てなくなる」


 ブルタールはそれらしい理由をつけて、オタカルから渡された酒を流し込む。


 「父上。もう今日はお休みください。夜風は体に障ります」


 ブルタールの顔が赤みを帯び、酒が回ってきたところでオタカルは眠るように促す。

 ブルタールの警戒心が少しほぐれてきた、まさにその時、突然、見張りの兵士の怒号が飛び交う。


 「敵襲、敵襲」


 ブルタールの最も恐れていた奇襲であった。


 「ち、父上。急ぎお逃げください」


 オタカルの顔から血の気が引く。


 「これまでか」


 ブルタールは敵兵の雄叫びと魔法砲撃による振動に一瞬で酔いからさめる。


 「敵は誰だ。シュタイン伯か」

 「はっ。そのようです。先頭にはシュタイン伯と共に馬にしがみつく子供が二人見えました」


 実際に敵を目にした兵士は困惑した表情で告げる。


 「ルイーゼ嬢か」


 ブルタールはしばらく沈黙する。


 「ここで終わるわけにはいかん。魔導鉄騎を出せ、兵たちをまとめて、応戦しろ。わしも出る」


 ブルタールは敵襲に怯えるどころか顔つきは鋭くなった。

 不安はどこかへ消し飛び、むしろ、ここが正念場だという異様な興奮が、ブルタールを振り立たせている。


 「父上。ここはお逃げになったほうが」

 

 一転、先ほどまで勝ち誇っていたオタカルは腰を抜かしている。


 「馬鹿を言え。奇襲されたとはいえ兵力はこちらが上だ。勝機は十分。それにここで逃げれば、一生笑いものになるだろう」


 ブルタールは脇に常に抱えていた大剣を持つ。


 「ここでルイーゼ嬢の首を獲る。これで終わりだ」


 ブルタールは勇敢にも兵を率い、味方の兵士をなぎ倒しながら向かってくるルイーゼを迎え撃つべく、歩き出した。


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