表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

新たなる神器

 ハインリヒの死から数日後。

 公爵領の中心地、フレイガルドの公爵邸にフレイヘルム家の家臣が全員、集められ、ハインリヒの葬儀が行われた。

 

 その後、数週間が経っても、いまだ多くの家臣たちが、自らの領地に帰らずフレイガルドに残ったままだ。

 皆、厳粛な空気からは一転、会議場に集められ、怒号を飛ばしあっている。

 原因はフレイヘルム家の今後だ。

 次の当主に関してはルイーゼが婿に迎えることになっている神聖エルトリア帝国の第三皇子アルベルトにとフレイヘルム公爵存命中に決定はしていた。

 だが、ルイーゼが成人し、結婚するまでの間、誰がフレイヘルム家を取り仕切るかで意見が真っ二つになっている。

 ルイーゼもアルベルトもまだ五歳の子供。成人するまではあと十年以上かかる。

 それまでは現在フレイヘルム家の家宰であり、メリーの父であるマンフレート・フォン・トート伯爵がフレイヘルム家を取り仕切るのが筋だ。

 ところが、トート伯爵家はハインリヒに取り立てられて出世した新興の家ということで古参の家臣たちが難色を示している。


 一方、渦中のルイーゼは五歳児ということで蚊帳の外。

 会議に参加できず、公爵令嬢という身分ゆえに外にも出れず、屋敷に閉じ込められているような状態だ。

 ルイーゼはふくれっ面で廊下を歩いている。相当ご立腹のようだ。

 

 「私はもうこの家を取り仕切ることができるのになぜ、家臣共だけで話を進めている」

 「仕方ありません。中身はともかく見た目はまだ学園にも通っていない子供。未来を思い出したといっても信じてもらえないでしょう」

 

 メリーの表情は暗い。

 父親であるマンフレート・フォン・トート伯爵は窮地に立たされている。

 

 「そんなことはわかっている。わかっているのだが、ブルタールが厄介だ。放っておけば、マンフレートは家宰職を追われ、フレイヘルム家を乗っ取られかねない」


 ルイーゼは奥歯を噛む。


 ブルタール・フォン・カーフレイル。

 この男、年老いてはいるが、そのぶん老獪で武勇に優れる。

 その上、カーフレイル家はフレイヘルム家の血筋で、昔から大きな発言力がある。

 ブルタールはハインリヒが死んでからは取って代わろうという野望を隠す気がない。

 その動きに対抗するのが、マンフレートたち新興貴族だが、ブルタールの勢力に比べるとその力は弱い。

 

 そんな話をしているとまたしてもハインリヒの寝室に着く。

 カーテンが閉められたこの部屋は薄暗く、片付けが済んでいない遺品が無造作に積み上げられている。

 

 「ここで一体何を」

 

 メリーは不思議に思う。

 ルイーゼは今にでも会議の場に突入しそうな勢いなのに、誰もいない遺品整理中の部屋に来ている。


 

 「話し合いでは解決しない。万の言論は時に一発の銃弾よりも弱い。私はそれをあの日に思い知った」

 

 ルイーゼは扉を開いて部屋に入る。

 父親の後ろ盾だけが頼りの令嬢では自分の身の安全を情勢に左右されがちだ。

 ルイーゼには父親に代わる強力な力が必要だった。

 

 「ここにはあるものを取りに来た」

 「もしかして神器ですか。ですが、クロノスは粉々に」

 

 ハインリヒの急死のごたごたで騒ぎにはなっていないが、家宝であり、最大戦力であったクロノスは消失したままだ。

 

 「ああ、正解だ。私は神器を取りに来た」

 

 ルイーゼは数ある遺品の中から古びた棺の様な箱を見つけ、引きずり出す。

 その箱は鎖でぐるぐる巻きにされて厳重に施錠されている。

 

 「私は学園卒業間近の冬、父上からある秘密を聞かされた。フレイヘルム家の神器についてだ」

 

 ルイーゼは鎖の錠を握りしめて、魔法陣を展開すると魔力を流し込む。

 すると鎖がフレイヘルム家の象徴たる炎を帯びて、ひとりでに棺から離れていく。

 

 「フレイヘルム家の神器はクロノスだけじゃない。もう二つある」

 「神器がほかに二つもあるのですか」

 

 メリーが驚くのも無理はない。

 神器はまだ発見されていないものや行方不明のものが多数あると言われているが、いくら大貴族とはいえ、一貴族が複数所持することはほとんどない。

 

 「クロノスはミュトロギア教よりも古い神だ」

 

 ルイーゼがゆっくりと棺を開く。

 パンゲア大陸の宗教は神器と密接に関連している。神器はすべてなにかしらの神の名を冠しているからだ。

 神器から神の名が生まれたのか、神器に神の名が名付けられたのかはわからない。

 しかし、大陸の人々は神器とは神によって作られたものだと信じている。

 

 いくつかある宗教の中でもミュトロギア教は古い宗教で十二柱の神を基本とする神聖エルトリア帝国の国教だ。

 近年、アースヴァン教や神器を否定する新興の一神教などに押されがちだが、強力な神器がすべて現存し、信徒の数も多い。

 クロノスは現在では信仰されておらず、神器もほとんど見つかっていない古い神々の一柱でフレイヘルム家はそれを代々守ってきた。

 

 「そしてこの神器はクロノスよりもさらに古い原初の神だ」

 「これが原初の神?」


 ルイーゼによって棺から取り出されたのは二本の錆の塊のような物体だ。かろうじて剣の形をしているように見える。

 

 「こんな見てくれだからな。私も最初に見たときはガラクタだと思った。だが、姿かたちにとらわれるな、と父上は言っていた。神器とは一定の形を持たない。使用者によってその姿を変える」

 

 ルイーゼは錆の塊に魔法陣を発動するとすぐに、魔法の炎が全体を包み込む。錆の塊がドクンと脈動する。

 

 「おお、素晴らしい。父上の言った通りだ」

 

 ルイーゼが感嘆の声を漏らす。

 錆の塊は見る見るうちに姿を変えて、鮮やかな紋章が刻み込まれた流線型の刃を持つ美しい双剣に変わった。

 

 「神器エレボス。神器ニュクス」

 

 ルイーゼが双剣を掲げる。

 双剣はそれぞれカーテンの隙間から差し込む、一筋の日の光に照らされて美しい輝きを放つ。

 

 「エレボスは幽冥を、ニュクスは夜を司る」

 「なんだか恐ろしい神ですね」

 「だが、強力な神器だ。こやつらが私を支配しようとしているのを感じる」


 ルイーゼが持つ二つの神器が小刻みに震える。

 生きている。そう感じられるほどに強いエネルギーを感じる。

 神器とは人智を超越したもの。本当に生きていてもおかしくはない。

 その様子をメリーは心配そうに見つめる。


 「私が支配されるわけにはいかない。私がすべてを征服してくれよう」

 

 ルイーゼは神器を強く握りしめると神器は動きを止める。


 「父の死で一つ分かったことがある。この先、もう私たちの知る未来にはならないだろう。それどころかもっと過酷なものになりかねない。あらゆる困難を振り払い、その芽を摘むにはこの大陸を征服するしかない」


 ルイーゼはこの数週間で戦いの道を選ぶことに決めていた。


 「父上が亡き今、私が私であるためには戦うしかない」


 貴族令嬢である限りはいいように利用されてしまうだろう。それを回避するにはフレイヘルム家の当主になるほかない。

 しかし、フレイヘルム家の当主になれば今度は皇帝やほかの大貴族と渡り合わねばならない。

 それに憎き皇帝となるはずの皇子ルークも死んではいな。そうなれば、神聖エルトリア帝国を征服するしかない。

 帝国を征服すれば今度は近隣諸国に悩まされることになるだろう。大陸中央部に位置する帝国は四方八方敵だらけだ。となればもう大陸すべてを征服するほか身を守る手段はない。

 あまりに突飛な発想だが、このルイーゼという少女にはそういう考え以外に思いつかなかったし、それをやってのけるだけの自信がある。

 

 「私はルイーゼ様にどこまでもついていきます」


 メリーはルイーゼに跪きこうべを垂れる。絶対の忠誠の証だ。

 次は必ず愛する主君ルイーゼを守り抜く。

 メリーの意志は固い。

 たとえ皇帝であろうと父であろうとルイーゼのためならば、討つ。


 「せっかく時間を巻き戻したのだ。好き放題やろうではないか」

 

 ルイーゼはドレスの上から腰にベルトを巻き付け、神器エレボスとニュクスを差すとメリーとともに会議場となっている部屋に一直線に向かっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ