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悲劇の公爵令嬢

 パンゲア大陸。

 精霊や龍、魔物たちが跋扈するこの大陸で人間は互いに争いあいながらも懸命に生き残ってきた。

 人間は魔法を駆使して、魔力を動力とする鉄道や飛行艦。そして銃や魔導鉄騎と呼ばれる兵器を作り上げ、大陸でもっとも繁栄する種族となった。

 そしてもう一つ、神よりもたらされたとされる超兵器、神器も人間の繁栄に貢献した。

 

 そんなパンゲア大陸に神聖エルトリア帝国はある。

 大陸の中央部に位置し、四方を他国に囲まれたこの国は、三百諸侯の連合体によって構成される巨大な帝国で、優秀な皇帝と四大貴族の下で絶妙なバランスを保ちつつ、大陸最強国の地位を維持していた。

  

 だが、偉大な皇帝が病に倒れると状況は一変する。精神薄弱とされた皇太子ヘルマンを押しのけて第二皇子のルークが、皇帝の座に就き、帝都エイルンフォートには戒厳令が敷かれ、帝都から繁栄の火は消えた。

 帝位の簒奪者であるルークは帝国諸侯との協調を嫌い、絶対的な皇帝権力を築こうとした。

 最初に目を付けたのは、帝都にある学園とそこに通う学生たちが住む貴族街だ。

 

 学園は、帝国諸侯の子女が、十二歳になると成人するまでの三年の間、通い、剣術や魔法、貴族の礼儀作法などを学ぶ帝国の伝統的な教育機関だ。

 その間、生徒はみな親元を離れ、エイルンフォートにある自分の家が所有する屋敷に住むことになるが、その屋敷が集まる場所が貴族街と呼ばれる。

 皇帝ルークはその貴族の子女たちを捕らえることで帝国諸侯への支配を強めようとしたのである。

―――――――――――――

神聖歴1003年 冬 帝都エイルンフォート 貴族街


 貴族街にある屋敷の中でも一際大きな屋敷が四つある。四大公爵と呼ばれる帝国諸侯の中でも力ある貴族の屋敷だ。

 その力はたとえ皇帝であっても無視できないほど強大で、どの家も帝国建国以来の名族だ。

 ルークにとっては目の上のたんこぶと言える存在だろう。


 四大貴族の中で北に広大な領地を持つ、フレイヘルム公爵家の屋敷の寝室で眠っていた少女は外の騒がしさに目を覚ます。

 彼女の名はルイーゼ・フォン・フレイヘルム。

 フレイヘルム家の一人娘で親元を離れて、この屋敷に住み、学園に通っている。最近、成人したばかりでもうすぐ卒業の十八歳だ。


 ルイーゼは布団から飛び起きると外の様子をうかがう。

 連日振り続けていた雪のせいで凍える寒さだが、真夜中にもかかわらず、カーテンの向こうは明るい。


 危険を察知したルイーゼは素早く壁に掛けてある古びた愛剣を手に取る。

 この剣は領地を出るとき父親に渡された神器クロノスだ。

 

 神器は大陸各地に伝わる、人の手では作り出すことのできない、人知を超えた道具だ。

 たった一振りで万軍を相手にできたり、傷を瞬く間に回復させたりとその能力は様々。 

 パンゲア大陸の宗教とも密接に関係しており、人々はそれを神の作り出したものと信じ、神器と呼んでいる。

 神器クロノスも例にもれず、強力な兵器で岩をも滑らかに切れるほど抜群に切れ味が良く、何度打ち合っても刃こぼれすることがない。

 

 バンバンと寝室の扉をたたく音がする。

 ルイーゼは万が一を考えて、ゆっくりと扉に近づくと剣に手をかけ

 

 「誰?」

 と短く問う。

 

 「メリーです。ルイーゼ様」

 

 ルイーゼは聞き覚えのある声に安堵し、扉を開く。

 剣を携えた黒髪黒目の従者、メリーだ。

 メリーはフレイヘルム家に仕えるトート伯爵家の娘でルイーゼとは幼少期から共に育てられた。

 ルイーゼが、唯一信頼する臣下であり、友人であり、家族だ。

 

 「外が騒がしいですわ。一体どうなっていますの」

 「敵の襲撃を受けています。紋章から見るに近衛兵でしょう。兵が応戦していますが、長くは持ちそうにありません」

 

 近衛兵は皇帝直属の軍で大陸にその名を轟かせる精鋭だ。近衛兵が来たということは十中八九、指示したのは皇帝ルークだろう。

 

 「交渉の余地はなしですか。早まったことを」

 

 ルイーゼはルークが学園にいたころから知っている。

 ルークは強いリーダーシップを発揮していたし、剣術や魔法、座学も学園でトップクラスだった。

 兄であるヘルマンを押しのけて皇帝に推す声も多かった。

 しかし、ルイーゼが見るにルークは皇帝の器ではない。

 今回の短絡的な行動がその表れと言えるだろう。


 「とにかく今は、お逃げください。屋敷を出て、帝都から脱出を」

 「そうですわね。行きましょう」


 ルイーゼは剣を引き抜き、歩きやすいように着ていたネグリジェを斬り裂き、丈を短くする。


 「メリー。ちょっとどきなさい。屋敷に火を放ちますわ」


 敵にみすみす屋敷を渡す必要はないとルイーゼは魔法陣を展開して得意の魔法で炎を振りまく。

 爆炎が瞬時に壁を這いながら屋敷全体に回っていく。

 

 「表は駄目です。裏から行きましょう」

  

 ルイーゼはメリーに先導されながら、屋敷の裏口へと回る。

 すでに屋敷の中にも近衛兵が侵入してきているのか、警備兵たちの悲鳴と近衛兵の怒号が響き渡る。

 裏口がようやく見えてきたところで、ルイーゼとメリーの足が止まる。敵だ。

 

 「いたぞ。ルイーゼ・フォン・フレイヘルムだ」

 

 軍服に身を包み、銃剣のついたライフルを手に持つ近衛兵が、ルイーゼを捕らえようと襲ってくる。

 

 「引きなさい。手荒な真似はしたくありません」

 

 ルイーゼはクロノスを引き抜くと、クロノスと体に魔力を流す。

 そして近衛兵が銃剣を振り下ろすよりも早く剣を振るい、下から斜めに近衛兵を斬りつける。

 魔力を帯びたクロノスに斬られた近衛兵は体の半分がずるりと地面に滑り落ちる。

 ルイーゼは廊下を飛び跳ねながら、近衛兵を次々にクロノスの錆へと変えてゆく。

 その豊かな金髪は、返り血に赤く染まり、持ち前の紅い瞳はぎらついている。

 

 「大丈夫ですか。ルイーゼ様」

 「ええ。大事ありませんわ」

 

 メリーも近衛兵の相手を終えてルイーゼに合流する。ルイーゼは胸に手を当て、深呼吸をして火照った体を落ち着かせる。

 ルイーゼとメリーは二人とも剣術や魔法に優れ、学園でも一目置かれる存在だった。帝国の中でも精鋭を誇る近衛騎士をものともしない強さがある。当然、人を斬ったのは初めてだ。

 だが、存外躊躇することなく自分が、人の命を奪ったことにルイーゼは戸惑ってはいたが、その手の感触を握りつぶす。足踏みしている暇はない。

 

 「急ぎますわよ。このままではきりがない」

 

 ルイーゼがまた進もうとするがその足は止まる。

 煌びやかな装飾の軍服を身に着けた男が、数人の近衛兵を連れて、道を阻んでいる。

 

 「やあ。ルイーゼ嬢。どちらにお出かけかな」

 

 男は仲間の死体が、ごろごろ転がっているのに平然としている。まるで道端で偶然知り合いにあったかのような雰囲気だ。

 

 「あら。これは皇帝陛下。寝付けなかったので外に散歩に行こうかと。陛下こそ、このような場所に何用ですか」

 

 ルイーゼの顔は一瞬こわばるが、すぐに平静を装い、皮肉をぶつける。

 目の前の男はまぎれもなく皇帝ルークだ。

 

 「いや。さすがに神器持ち相手では、優秀な近衛兵でも、てこずると思ってね。わざわざ僕が出てきたというわけさ。この神器ゼウスの力も試したかったから、ちょうどよかったよ」

 

 ルークは爽やかな笑みを浮かべ、白く美しい長剣ゼウスを引き抜き、撫でる。

 神器の中でも代々皇帝に受け継がれる神器ゼウスは帝国の支配者の象徴であり、大陸最強の神器の呼び声も高い。だが、その全容は知られていない。

 

 「なぜこんなことを。学園の生徒に危害を加えれば、帝国諸侯すべてがあなたに反逆するでしょう」

 

 ルイーゼはルークを睨みつける。

 彼女の言う通り、正当な理由もなく学園の生徒である貴族の子女たちを捕らえれば、帝国諸侯は激怒するだろう。

 この国が、三百諸侯の連合によって成り立っている以上いくら皇帝といえども、帝国諸侯すべてを敵に回せば、勝ち目はない。

 

 「関係ないよ。僕は皇帝だ。この国の支配者だ。この世界の支配者だ。所有物をどうこうしようと僕の勝手だろう。

 皇帝たる僕に逆らうやつらのほうがどうかしている。どうかしているに決まっている。逆らうものはすべて。すべて滅ぼすまでだ。

 それにいくら諸侯が集まろうとこの神器ゼウスさえあれば造作もない。ゼウスに選ばれた僕の前ではだれもが膝を屈するしかないんだよ」

 

 ルークは高らかに笑い飛ばす。

 

 「狂っている」

 「狂っている? 違うな。この世界が狂っている。この狂った世界のせいで僕も君もひどい目にあわされてきたじゃないか」

 「私が?」

 

 ルイーゼにはルークの言う意味が分からない。

 由緒正しき家に生まれ、何不自由なく育てられ、学園でも優秀な成績を収め、第三皇子アルベルトとの結婚も決まっている。

 そんな貴族令嬢としての幸福の絶頂にいる彼女に何の苦しみがあろうか。

 

 「君はまるで満足していない。周囲に抑圧され、貴族令嬢であることを余儀なくされている。それが幸せだと強制されている」

 「知ったような口をきくな」

 

 ルイーゼは珍しく怒りをあらわにし、語気を強くする。

 

 「ほら、怒った。僕と同じだ。僕も抑圧されてきた。第二皇子だからと。だから兄ヘルマン殺し、弟であるアルベルトですら殺し、皇帝になった」

 

 ルークはすべてを見透かしたかのような目でルイーゼを見る。

 

 「私は違う。私は満足している」

 「違わないさ。君がその大事な、大事な剣で僕の近衛兵を斬っているとき君は笑っていた。

 それが君の本性だ。おしとやかな令嬢からはかけ離れた恐ろしい獣を心のうちに飼っている」

 「貴様に。貴様に何がわかる」


 ルイーゼは怒りに震え、無意識的に周囲に炎をまき散らす。

 

 「ルイーゼ様。挑発に乗ってはいけません」

 

 メリーの言葉はルイーゼには届かない。

 

 「ようやく本性を現したね。君も僕と同じで抑圧されてきた。君に貴族令嬢なんて相応しくない。君は僕と同じさ。支配者になるべく生まれてきた。

 実際、君は近衛兵たちをバッサリと斬り捨ててきた。人を人とも思わぬ所業だ。まさに絶対的な支配者のふるまいだ。

 でも、この世界に支配者は一人だけでいい」

 

 ルークの持つゼウスから莫大な量の魔力が溢れ出す。その力の噴流にあてられ、メリーも近衛兵たちも立っていることもままならない

 

 「ルイーゼ様。早くお逃げください。ここは私が」

 

 メリーは剣を引き抜くと体中に魔力を流し、身体能力を強化して、魔力の噴流に抗い、ルークに突っ込む。

 

 「ふはは。神器もなしに僕に挑むなんて愚かだね」

 

 ルークが軽くゼウスを一振りすると雷撃がほとばしり、か細いメリーの体を引き裂く。

 

 「ルイー……ゼ様……」

 

 メリーは血しぶきをあげながら後方に吹き飛び、炎に飲まれる。

 

 「まったく。もう火の手がこんなところにまで。余計なことをしてくれたね」

 

 ルークは自分の軍服に着いた返り血をハンカチで面倒くさそうにぬぐう。

 

 「貴様。よくもメリーを……。神器クロノス!」

 

 ルイーゼは手を震わせながら剣をルークに突きつける。

 その怒りは頂点に達している。

 クロノスの刀身に炎が宿す。まるでルイーゼの怒りに呼応するかのように轟轟と燃え盛る。

 感情を滅多に見せず静かに笑うだけの令嬢ルイーゼが、今は皇帝であるルークに対してその内に秘めた激烈な感情を存分に発露している。

 

 「それが噂に聞くフレイヘルムの炎か。面白くなってきた」

 

 ルークはゼウスを素早く振り上げ、雷撃を飛ばす。

 ルイーゼもクロノスを振り、雷撃を懸命にかき消しながら、ルークに突進する。

 

 「腐っても神器か。なかなかやるね。でも僕のゼウスには勝てないよ」

 

 ルークとルイーゼの剣戟が屋敷に響き渡る。

 ゼウスとクロノスは目にもとまらぬ速さでぶつかり合い、その余波は屋敷をも吹き飛ばしていく。

 

 「ぐっ」

 

 勢いづいていたルイーゼが一歩一歩圧されていく。

 

 「君はまだ、神器の使い方というものをわかっていないようだな。そんなことじゃ、ただの切れ味のいい剣と同じだよ」

 

 神器は、わかっていないことがあまりにも多い。

 フレイヘルム家に伝わる神器クロノスもその本当の力はわかっていない。ルークの言う通りただの頑丈な剣でしかない。

 

 一瞬の隙をついてルークがルイーゼの腹を蹴り上げ吹き飛ばす。

 ルイーゼは呼吸もできずに床にあおむけに倒れる。


 「これで終わりだよ。ルイーゼ。怖がることはない。愛しの従者が先に奈落で待っている」

 

 ルークがゼウスを振り上げる。

 命の灯が掻き消えようとするその刹那。ルイーゼは走馬灯のように人生を振り返る。

 

 (私は全てを諦めていたのかもしれない。

 令嬢として立ち振る舞い、無能な皇子の妻となり、その子を産み、ただ屋敷に押し込められるだけの人生を受け入れた。 

 そうすることが幸福だと思ってきたから。いつしか己を殺し、甘んじてすべてを受け入れた。そうすれば、幸せになれると思ったから。それでもまだ足りないのか。

 なぜ私がこんな不条理な目に合わなくてはならぬ。こんなところで終わってたまるか。

 すべてを征服してやる。私を縛るすべての存在を。この不条理な世界を)

 

 ルイーゼを縛る鎖はこの時、はじけ飛んだ。

 彼女が自らを縛っていた固くきつく重い鎖が。

 

 抑圧から解放された彼女の秘めたる力は行き場を求めて暴走する。

 

 「神器クロノス!」

 

 ルイーゼは叫びは天を衝く。

 彼女の中で踊り狂う魔力や生命力そして感情に至るまですべてのエネルギーがクロノスになだれ込む。

 古びた長剣に過ぎなかったクロノスは神器としてふさわしい姿を取り戻し、輝きを放つ。

 その輝きはこの世界を包み込んだ。

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