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「由夢ちゃん、相変わらずみたいでよかったね」
あの後クレープを食べた愛梨と共に家に戻ってきた二人は、少しくつろいだ後晩御飯の調理を開始した。とはいっても、料理をしたことがほぼない志軌は手伝えることもなく、テーブルの上でテレビを見ながら大人しく料理が出てくるのを待っていた。
そんな志軌を尻目に愛梨はてきぱきと事を進めていく。普段愛梨の姉が使っているであろうエプロンを身にまとい包丁を動かしている。どこか嬉しそうな表情を浮かべる愛梨は傍から見れば、旦那のために料理する若妻のようだ。
「そうだな。由夢のことだから大丈夫だろうとは思ってたけど、やっぱ気になりはなってたから一安心だ」
「今更ボク相手に言葉選ぶ必要ないでしょ。ずっと気にしてたのバレバレ。心配なのは分かるけどあんまり度が過ぎると、重いって嫌われるわよ」
料理をしながらも、途切れることなく志軌と会話し調理する手も止めない。このスムーズさが愛梨がどれだけ料理慣れているかの証明である。
「これぐらい普通だろ。別に好きだからって訳だけじゃなくて、プロゲーマーの由夢としても応援してるだけだし」
志軌は幼馴染だから、という理由ではなくそのプレイスタイルや逆境でもそれをものともせず跳ね返す力強い精神力などゲーマーとして憧れる部分が多い。
「はいはい。そういうことにしといてあげるわ」
ジュウジュウと食欲をそそる食材を炒める音が聞こえてくる。それに伴い香りもしてきて、お腹の減っていた志軌は思わずお腹が鳴ってしまう。
「……」
「しっかり聞こえてるよ志軌。そんなにボクが作ったご飯食べたいのかな?」
意地の悪そうな表情を浮かべ、志軌を見つめる。自分の作った料理に志軌が反応を見せているのが嬉しいのだ。
「腹が減ったからただの生理現象だ。別に愛梨が作ってくれたからとかじゃない」
「じゃあ、いい。もうこれは志軌にはあげないから」
志軌の言葉にむっとした愛梨はそう告げる。勿論わざとだ。
「あ、いや……悪い。せっかく作ってくれてるのに」
今はふざけてそう言っているだけの愛梨だが、この後の選択次第では本当に臍を曲げてしまう可能性があった。それは回避しなければと咄嗟に謝る。
「分かればいいのよ」
ふふんっと得意げになって愛梨は言った。遠出ということに加え、由夢に出会えたということで本人も知らず知らずのうちにテンションが上がっているのだろう。何をするのにも楽しそうだ。
その後も他愛無い会話を繰り返しながら、テレビをながら見しているとテーブルにお皿が運ばれてきた。
「どうよ、志軌。美味しそうでしょ?」
「食ってみるまで分からないって」
目の前にあるのは野菜炒めだった。程よく炒められたきゃべつや豚肉、もやしなどが綺麗なきつね色をしていて食欲をそそられる見た目をしている。どや顔をして志軌を見つめてくる愛梨の自信も納得できる出来だ。
それでも素直に認めるのがしゃくだった志軌は、何とも思ってない風を装ったのだが、愛梨には通じていないのかにやにやしている。
「早く食べようぜ」
向けられた視線から逃げるように、先をうながす。
二人が食べる準備をした後、どちらからともなく「いただきます」と行儀よく言ってから志軌は手を付け始めた。
感想を言うこともなく黙々と箸を進める志軌が気になるのか、愛梨は食べずに視線を静かに向けている。そんな様子に気まずさを感じた志軌は思わず手を止めた。
「食いにくいんだが」
「折角作ってあげたんだから、美味しいとかもっと食べたいとかあっても罰は当たらないと思うんだけど」
静かにぱくついている姿を見ているのも楽しいのだが、やはり直接志軌の口から聞きたいと愛梨は料理を作った者として思っていたのだ。
「美味いよ。愛梨がこんなに美味しいもの作れるなんて正直思ってなかった。……これでいいか」
こうして褒めることが照れくさい志軌は最後にぶっきらぼうに付け足したあと、照れ隠しに再び無言で野菜炒めを口に運び始めた。
「ふふーん、そうなんだ美味しいんだあ。へえー」
満面の笑顔を浮かべた後愛梨も料理を口に運び始めた。
「ん、ほんとだ、美味しい。流石ボク」
照れ隠しにそんなことを言いながら箸を進める。
「……ねえ、志軌はどきどきしたりしてない?」
「なんで?」
愛梨の言葉に本当に意味が分からないと聞き返す。そんな態度にむっとしながらなるべくそれを表に出さないようにしながら言葉を続ける。
「ボクと二人っきりで緊張しない?」
わざわざそれを聞くのは、愛梨自身が緊張しているからか。
「別に。二人っきりの時なんて前から何回もあったし、一緒にいることなんてしょっちゅうだろ」
「そうだけど、一緒に寝泊りするのは無かったじゃん。それに、その言葉由夢ちゃん相手でも言えるの?」
当然もう一人の幼馴染である由夢とも一緒に過ごした時間は多い。そしてその場には愛梨がいた時もあり、無防備な由夢が詰め寄ったり隙のある動作を見た時に志軌がうろたえていたところを幾度となく発見していた。
「分かってて言ってるだろ」
食事をする手は止めずに、拗ねたように言い返す。だがその言葉は認めているのと同意だ。
「ひどーい、差別だー。ボクも女の子なのに」
「そりゃ好きな相手とただの幼馴染じゃ違うっての」
何気ない一言だったが、それが志軌が愛梨と由夢相手に抱いている気持ちの差だ。
「……そんなに好きなら早く告白しなさいよ。見てるこっちもじれったいのよ」
「明日にでもするよ」
「……やっぱり決めてたんだ」
考える素振りも見せずに即答したことに愛梨は驚いた顔をみせる。東京に来たということはそういうことなのだろうと思ってはいたが、実際に言葉にされるとやはり違う。どこか寂しそうに食事をする手を止め、志軌を見つめる。
「何もしないまま後悔したくないからな」
「よく言うわね、今までも何度もチャンスはあったのに」
「それを言われると耳が痛いけど。とにかく、もう決めたから」
決意を表すかのように視線を受け止め、見つめ返す。
「…………そ」
それだけを言い返すと、愛梨は再び食事を再開した。もう会話をする気はないのか付きっぱなしになっていたテレビに視線を注いでいる。
何か言おうかと思った志軌だが、かける言葉も見つからず自身も同じようにするほか選択肢は無かった。
食事が終わると、二人は翌日のことで話し合うことにした。
「明日は少し余裕もって行こうぜ。イベントが始まるまで少し練習したいし」
「そうね。集まってくる人は強い人ばかりだろうし、由夢ちゃんの前で無様な姿晒したくないものね」
「初戦から俺と当たって負けても文句言うなよ」
にやにやした視線を向けてくる愛梨に挑発し返す様に言い返す。
「こないだたまたま偶然勝てたからって調子に乗らない。次やったらボクが勝つわよ、志軌相手に二回も連続で負けてられない」
お互い長い間付き合ってきた相手同士ということもあり、負けたくないライバルという認識が心の中にあった。由夢がいなくなってからは特にそれが顕著だ。
「じゃあどうせだから賭けようぜ」
「賭ける? なにを?」
「負けたら勝った方の言うことを何でも聞く、ってのはどうだ」
既に志軌の中では自分が勝つことが確定事項なのか強めな要求をする。
「なんでも……もしかしてえっちなこと要求するつもり?」
それに対し、愛梨は腕を使って自分の身体を隠すように抱く。
「誰がお前の貧相な身体にそんな要求するか」
「むっか。着やせするタイプなんですー、志軌は見たことないからそう思うだけなのよ」
志軌の率直な物言いに愛梨は気分を害したように言い返す。実際は志軌が言うように同年代の女性に比べてスタイルが良くなく、そのことを自覚していた。しかしそれを志軌に言われるのは当然のことながら遺憾である。
「ふーん、まあどっちでもいいよ。とりあえずそういうことは要求する気ないし。幼馴染としての関係悪くするようなことわざわざしないよ」
「まあ信じてあげる。なんでもいいけど、無茶ぶりはやめてよ」
勿論愛梨も志軌を疑っていた訳でなく、冗談で言っただけだ。
「別にそんなたいそうなことは頼まないよ。ただ……いや、いい。勝ってから話す」
志軌は由夢に告白するときに手助けして欲しかったのだ。しかし告白しろと急き立てる愛梨にそれを言うのは、負けてくれと言ってるのと同じことだと気付き、すんでのところで言うのを踏みとどまった。
「……なんだか気になる言い方ね。ま、いいわ。でも分かってるでしょうね。ボクが勝ったらボクの言うことなんでも聞くのよ」
まるで自分が勝つことが確定事項の様に話す志軌にむっとする。
「分かってる。ま、どうせ俺が勝つけどな」
「ふーん、言ってなさい。その自信明日には無くなってるわよ」
志軌から叩きつけられる挑戦状を愛梨は受け取る。お互いに煽りあう二人だがそれはお互いに認めているからであり、決勝で戦うことになるなら今目の前にいる相手だろうと思っている。そう思えるだけの練習をこれまで行ってきたし、様々なことを語り合ってきた。仲が良いからこそ言える軽口なのだ。
「由夢に近づくためにも明日は絶対負けられない」
その一言は愛梨に聞かせるつもりのない独り言だったが、至近距離にいるため愛梨にも聞こえてしまう。しかし顔をしかめるだけに留め、特に反応することは無かった。その一瞬の反応にどれだけの想いが込められているのか志軌は知らない。
「さて、明日のためにも早く寝たいし風呂入ろうぜ」
「……一緒に?」
からかうように愛梨は少し含みのある笑いをつくると、志軌は取り乱す様子もなくくだらなそうに答えた。
「なにふざけたこと言ってんだ。当然一人ずつだろ」
「そ。ボクは志軌のあとにお風呂入るの嫌よ」
「一々細かいな……まあ別に俺は気にしないし先でいいぞ」
愛梨にぴしゃりと言われた志軌だったが、わざわざ争う理由もない。素直に一番風呂を譲る。
「覗かないでよね」
「誰がお前の貧相な身体覗くか」
言った瞬間に額に手刀を叩きこまれる。
「志軌はもう少しデリカシーを覚えたほうがいいよ」
そう言ってそそくさと着替えを用意すると浴室へ向かった。
「……」
見知らぬ部屋に一人取り残され、特別することもない志軌は居心地の悪さを覚える。いつもならちょっとした暇があるときはすぐにパソコンに向かって時間を潰すのだが、今日はそれもすることができない。仕方なしにスマホを取り出し、由夢の試合の動画でも見ようかと思いネットにつなげ、すぐに店で聞いたことを思い出す。活動拠点を海外に移すという話にどれだけの信憑性があるのか確かめようと、様々なサイトを巡ることにした。
志軌は知らなかったがそれなりに有名な話らしく、どのサイトに行ってもその噂の記事は掲載されていた。由夢の配信でそういったコメントが無かったのは単純に生放送を見に来るようなファンはそう言ったことを直接聞くような真似はしないマナーの良い人ばかりだったということだろう。
複数のサイトに渡って書かれている拠点移動の話だが、どれも裏付けが甘いものばかりだ。曰く、日本国内に相手になるチームがいないからだとか、チームの目標が設立当初からメジャー大会でも活躍できるチームになることだからなどだ。
しかし、今の時代ネットがどこでも栄えてきてラグはあるもののどの国のプロチームとでも練習試合は可能だ。わざわざ国外に出ていく必要はない。どうしてもラグのない環境で試合がしたいのであれば、その国にブートキャンプしに行けばいい話だ。
そんな根拠の薄い話ばかりしか載っておらず、当初の目的通り動画を見ようとしたその時だった。
「ん?」
他のサイトにはない情報が載っているまとめサイトが志軌の目についた。
それはアメリカのとある州にゲーミングハウスを造るという内容だった。そしてこのこと自体はチーム側も公表しているらしく、ソースとしてURLが貼られていた。志軌はそれが気になって飛んでみると、見慣れた由夢たちのチームのホームページへと移り控えめにだったがアメリカにゲーミングハウスを建設中と書かれていた。
「これは……」
アメリカはe-sprotsが活発な国の一つでもある。国土の大きさに比例するようにプロチームも数多く存在し、プロゲーマーのスキルも高い。まさにうってつけの場所だった。
ゲーミングハウスをアメリカに建てるということは、アメリカでも活動するということの証明だ。今まではただの噂だと思っていた志軌だったがこれで一気に信ぴょう性が出てきた。
「……なんて顔してるのよ」
突如背後から聞こえてきた声に振り向くと、いつの間にか風呂から出てきていた愛梨がそこにいた。風呂上りということもあり、普段はまとめている髪を下ろしている。
久々に下ろしているところを見たせいか、湯上りで頬が上気し髪が濡れているせいか、はたまた突如話しかけられたせいか。そのどれだかは分からなかったが、志軌は思わずドキッとしてしまう。
「ああ……なんだ愛梨か」
「なによその言い方。心配してあげたのに」
「すまん、驚いたんだ」
「……ふーん」
愛梨にも話しておこうかと思ったが、余計な動揺を与える気にはなれなかった。まだ確かな情報は海外にゲーミングハウスができる、というだけだ。由夢たちがそこに行くと決まったわけではない。
そう考え理由を離さずにいると、愛梨は尚も怪しむ視線を送り続ける。が、しばしの間そのままにしても話す気配がないのを察して、目をそらした。
「早く風呂入ってきなさいよ」
拗ねたようにも聞こえるその声に流されるまま、志軌は寝間着一式を取り出すとそれを持って浴室へと向かった。
「…………まったく」
そのまま、なんとなく視線を向き続けた後、愛梨はベッドへとダイブした。
――しばらくして。
「俺んちよりも風呂場でかくて快適だった」
汗を流しさっぱりした志軌が戻ってくると、すぅすぅと静かな寝息をたてる愛梨の姿があった。
「もう寝てるのか……ま、ここに来るまで色々あったし明日は忙しいしな」
乗り慣れない電車に揺られ、見知らぬ土地を歩き、久しぶりに出会った幼馴染とはしゃいで疲れない訳がない。あれだけ志軌と二人っきりになるのを気にしていたにしては、無防備な寝顔を晒している。
「こうして静かにしててくれりゃあな……いや、それはそれで気味が悪いか」
一瞬だけ黙っていればモテるだろうにと脳裏を過ったが、そんな愛梨は志軌にとって違和感しか無かった。
「俺も一人で起きてても仕方ないし寝るか……。……あれ、どこで寝ればいいんだ」
寝ようとした志軌はすぐに何処で眠ればいいのかと悩むことになった。由夢の姉は一人暮らしである。ということは、ベッドも当然シングルベッドであり、愛梨が使用している以上、そこを使うことはできない。志軌も一緒に来ることは知っているはずなので、何かしら用意はされているはずだが流石に女性の部屋を勝手に漁るわけにはいかない。ぐっすり眠っている愛梨を起こすのも気が引けるため仕方なくカーペットの敷かれている床で寝ることにした。幸い夏であるため掛け布団などが無くても問題はない。多少身体は痛いものの比較的寝つきの良い志軌には問題ない。
渋々横になると目を閉じた。
――がさがさ。
「んぅ……んー……」
志軌が睡眠についてからしばらくした後、隣からの物音と愛梨の寝ぼけたような声に目を覚ます。薄目をぼんやりと明けると、ベッドからアイリが体を起こすところだった。おぼつかない足取りでよたよたと向かう先はトイレのようだ。
それを見届けた志軌は時計を確認しまだ寝れると判断し、再び眠りにつこうと目を閉じた。
「…………!?」
しかしそれは叶わない。隣にばたっと何者かが倒れ込む衝撃があったからだ。突然のことに目を覚まし、そちらへと視線を向けた。
「お、おいっ」
すると目の前にすやすやと気持ちよさそうに眠る愛梨の顔がすぐ目の前にあった。長く綺麗に生えたまつ毛の本数が数えられそうなほどに近い。驚いて声を上げるも愛梨は起きる様子はない。身体を軽くゆすって起こそうとするが、全く目覚める気が無かった。普段は布団で眠っているという愛梨は寝ぼけていたせいで、自然とベッドではなくこちらへと来てしまったのだろう。
そして志軌は思いだす。昔幼馴染で遊んでいた時に、疲れ果て三人で並んで眠ったことがあった。その時に志軌は知ったのだ。愛梨は寝つきがいいが、なにをしても起きず、そして起きたとしても機嫌が悪くなるという起こしにくく、起こせたとしても一苦労するタイプだと。
「どうすっかな」
起こすのを諦めた志軌は一先ずこのままでいるのは不味いと体を起こす。
「いいや」
もう今からあれこれ考えるのも面倒だと、空いたベッドで眠ることに決めそちらへと移動した。
愛梨の残り香がするため、居心地の悪さを感じつつも、ふかふかのベッドに包まれるとすぐに睡魔に襲われた。
そんな志軌を愛梨はひっそりと明けた目で追っていた。
「…………まあ、そうよね。ずっと由夢ちゃん一筋……」
本人も意識しないまま、傷ついたような諦めたようなそんな複雑な表情になる。
もっとドキドキして取り乱してくれても良かったのに、と愛梨は思いながらバクバクする心臓をなだめつつ静かに眠りについた。




