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 数日後。

「にゃー、にゃー」

 甘えるように鳴きつつ身体をすり寄せてくるミミを優しく撫でる。

「ねえ、話聞いてる?」

 ミミと戯れていると部屋の主である愛梨から不満の声が上がった。

「聞いて……ない」

 嘘ついても長年の付き合いからすぐにばれてしまうため、愛梨が不機嫌になることを覚悟しつつ素直に答えた。

「はぁ……大事な話してるんだからちゃんと聞いてよ」

 そう言いながら愛梨はミミを志軌から引き離し、椅子に座る自分の足の上に乗せると再び話始めた。

「だから、お姉ちゃんが急用出来ちゃって、ボクたちが東京に行くときに家にいないんだって」

「え……じゃあ、泊まる場所がないってことか?」

「ううん、それは別に気にしないで良いってお姉ちゃんは言ってた。ボクたちで勝手に家使っていいって」

 少し渋る様子をみせながら愛梨は言った。

「そっか。なら問題ないな」

 だがそんな様子にも気付かずにあっけらかんと言う志軌に、愛梨は怒ったように言い返す。

「いいわけないでしょ。いくら幼馴染って言っても志軌とおんなじ家で二人っきりなんて……」

 愛梨の姉は一人暮らしだ。と言うことは当然、家の大きさもそれ相応の広さしかない。

「気にすんなよ。一緒に風呂入ったことだってあるだろ」

「ば、馬鹿志軌っ! 何年前のことを言ってるのよ!」

 確かに砂場で一緒に遊んでいて、汚れてしまい一緒にお風呂に入ったこともあった。しかしそれも幼稚園の時のことで今とはまるで状況が違う。当時のことを思い出して恥ずかしくなった愛梨は顔を赤らめつつ、文句を言う。

「志軌はデリカシーなさすぎ! 女の子にそんなこと言うなんて」

「そう言われてもな。俺らにとっては当たり前のことだっただろ」

「……志軌、次変なこと言ったら殴るから」

 反省した様子のない志軌に思わず愛梨は怒ったようにして言う。すると志軌も流石に悪ふざけが過ぎたと自覚したのか、控えめにだが謝罪を述べた。

「……本当に申し訳ないと思ってる? それとも志軌はボクのことを女だと思ってないのかな」

「やけに気にするな。いつもはあっさりしてるのに」

 気の置けない仲ということもあってか志軌は容赦なく言うことは言うことがあり、愛梨に怒られることが多い。しかし愛梨も昔からのことに慣れたのか、はたまたそういう性格なのか、深く気にすることはなくこうして聞き返してくることは珍しい。

「別に。なんとなくよ」

「そっか。で、結局どうすんだ? 愛梨が嫌って言っても俺は諦める気はねえぞ」

 愛梨が嫌がることを進んで行いたいとは思わないが、それでも由夢とのことを諦められはしない。そのため一歩も引く気は無かった。愛梨もそれが分かっているのだろう、悩む素振りを見せる。

「っ、別に嫌って訳じゃ……でも……んー」

 頭の中で様々な思いがぐるぐると回っているのだろう、うめき声を出しながら迷っている。

「……しょうがない。ボクが志軌を誘ったんだし、ボクがそれを反故にするのは違うと思うし、いいよ」

 悩みぬいた末に、愛梨は決心した。由夢と合わせるために志軌を誘い、イベントに出るようにさせたのは愛梨だ。それを自分の勝手な都合で変えるのは勝手すぎると思ったのだ。

「無理すんなよ」

「無理なんてしてない」

 気遣っての言葉だったが、意思を固めた愛梨に一蹴されてしまう。

「じゃあいいけど」

「ねえ、志軌は何とも思わないの?」

「なにが?」

 愛梨は少し拗ねたようにも見える態度をとりながら言った。

「だから、ボクと二人っきりだってこと。ほらボクって由夢ちゃんと同じくらい美少女じゃん。ドキドキして寝られなくなったりしないかと心配で」

 既にその時のことを考え、緊張しているのか柄にもないことを言う。

「……何寝ぼけたこと言ってんだ。別に可愛くないとまでは言わないけど、これまでずっと一緒にいただろ。もう慣れたよ」

「由夢ちゃん相手にはドキドキしっぱなしのくせに……」

 それを聞いた愛梨は、小声で志軌に聞こえないようにしながら呟く。

「じゃあ二人でお姉ちゃんの家に泊まるってことで。変なことしたら志軌のお父さんとお母さんに言うからね」

「なんもしやしねーよ」

 志軌に素っ気なくされ続け、イラっとした愛梨の態度を察したのか、これまで静かに撫で続けられていてミミは愛梨の傍を離れて他の部屋へと行ってしまった。

「ふーん」

 女として魅力がないと言われたように感じられて癪に障ったのだが、志軌は当然そのことに気付かない。そもそもそれに気付けるだけの鋭さを持っていればこうなることも無かったはずだ。

「ところでCAはどうなの? わざわざ東京まで行って見っともない姿見せて帰ってくるのだけはごめんよ」

「任せろ。俺だって由夢に情けないとこは見せたくないからな」

 自信満々な態度を見せると、愛梨は安心したのか追求することはしない。

「ほんとはボクと志軌と由夢ちゃんの三人で昔みたいに遊べたら、それが一番いいのにね」

「そりゃあそうだけどさ、由夢は自分の夢を叶えてプロゲーマーになったんだから。そこは文句言っちゃだめだろ」

「文句じゃないよ、ただ、寂しいなって。そのうえ海外に行っちゃうかもしれないなんて……」

 由夢も当初は志軌たちと同じ高校に入学していた。しかし一年目の秋ごろプロゲーマーにならないかと誘われ、誰にも相談することなくその道を選んだ。そして由夢は自身が活躍すればするほどに学校に来れる日が少なくなっていった。二年生になってこのままではまずいと思ったのか、由夢は転校という手段をとった。転校先は通信制高校で、忙しい由夢でもなんとか高校を卒業することができることが可能だ。しかし、その代償に志軌たちと過ごす時間はめっきりと減ってしまい今日に至るのだ。

 理由は教えて貰えなかったが、それでも二人は謝罪の言葉を貰ったことで特別気にはしていない。しかし、いつも一緒にいた人物が唐突にいなくなってしまったということは心に穴が開いたような感覚だった。

「だから、だから今回のイベントで最後まで勝ち残って由夢ちゃんと遊ぼ。ボクたちのどっちかしか無理だけど、さ」

「俺か愛梨が優勝するのは決定事項なんだな」

「当たり前でしょ。それとも、なに。志軌は最後まで勝ち上がる自身がないの?」

 挑発するように流し目を向ける愛梨。

「そんな訳ないだろ。出るからには優勝するさ」

 だが志軌には通じない。むしろ愛梨にも勝つと言い返した。

「むっ。生意気。いいよ、そんなこと言うなら手加減しないから。折角志軌に花を持たせてあげようとしてたのに」

「手加減されて勝っても嬉しくねえって。分かるだろ」

「ボクが志軌にそんなことされたら全力で殴る」

 その言葉は決して冗談ではないだろう。手加減というのはつまるところ手抜きと同じだ。相手が初心者でもなければ侮辱しているのと同じだ。

「全力って……まあいいや。それよりも新しいマウスどうだ?」

「うーん、ちょっと違和感があるかなーって感じ。多分前のマウスから変えたばっかだから、だと思うんだけど」

 前に使用していたマウスの感覚がまだ手に残っていて、新しいマウスとの違いにズレが出てしまっているのだろう。

「そっか。ま、そればっかりは慣れるしかないな」

 そういったことも踏まえて、似た形のマウスを選んだのだがそれでもちょっとした違いはある。プロゲーマーなどはマウスイールやサイドボタンの大きさなど、細かいところまでこだわってこれだと決められる一品を探す人も多い。

「でもそれ以外は問題ないかな。流石志軌だね」

「おだてたってなにも出ないからな。次は自分で探せよ」

「はいはい」

 適当に返される返事に本当に分かってるのかと問いただそうとするが、ふと背中に感触を感じた。

「お、ミミちゃん帰ってきたか。さっきお前の飼い主が怒って怖かったもんな」

 部屋に戻ってきたミミが身体を擦り付けてきていたのだ。優しく顎の下のところを撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めゴロゴロと喉を鳴らす。

「誰のせいだと思ってるのよ」

「なんで愛梨はこう、ツンツンしちゃったんだろうなー。昔は可愛げもあったのに」

 愛梨本人の抗議の言葉を聞き逃し、ミミに話しかける。

「ふんっ」

 そのわざとらしい態度に愛梨は鼻を鳴らす。

「別に今の愛梨が性格悪いって言ってる訳じゃないからな」

「フォローしないでいいわよ」

 余分なことを言ってしまったと思った時はもう遅い。さらに臍を曲げられても困るため、当たり障りのない言葉を返した。

「……まあなんだ。東京行くときはよろしくな」



 さらに数日後。

 いよいよ翌日にイベントを控えた土曜日。東京へ向かう電車に乗るため、志軌と愛梨は駅のホームへ来ていた。

 真夏の日差しが容赦なく照り付けてくる空だが、休日ということもあってか老若男女問わず、様々な格好をした人たちが詰め寄せていた。

「東京に行くなんて初めてだな」

「二人で遠くに行くこと自体が初めてだしね。電車乗るのも久しぶり」

 志軌たちが住んでいる場所というのは都会というほどではないにしても、行くところに困るということはないため電車に乗る機会というのはあまり多くない。

「そういえば、ミミちゃんは大丈夫なのか?」

「うん、お母さんに頼んできたから」

「いやそれもだけど。ミミちゃん、愛梨と長い間離れてると寂しがるだろ」

 前も学校の行事で家を空けていた時、帰ってきたときにずっとじゃれつかれて大変だったと愛梨が漏らしていたことがあった。

「あー。……ま、まあ大丈夫」

 当時のことを思い出したのだろう。愛梨は少し困惑した表情をして苦笑する。ミミにじゃれつかれるのは嬉しいが、度が過ぎるのは困るといったところだろう。

 そんな愛梨は薄いピンク色のカットソーに黒っぽいミニスカートという出で立ちだ。特別気合の入った服装という訳ではないのだが、それを着ている本人の魅力のせいか周囲からちらちらと視線を向けられている。長い付き合いの志軌はあまり意識しないのだが、こういった時に愛梨が世間では美少女と呼ばれる部類に入るのだと改めて思わされる。周囲からはデートしていると思われているのか、時折志軌をうらやんでいる人も見受けられた。

「なあ、ああいう視線嫌じゃないのか?」

 注目されていることを知りながら、何処吹く風といった様子の愛梨が志軌は気になった。時折自分に向けられる視線に辟易する志軌の比ではない以上に目を集めているのだから愉快ではないだろうはずだと。

「別に。あれぐらいならもう慣れちゃったし、プロになったらもっと多くの人から見られることになるだろうから気にしないよ。……まあただ露骨にエロい視線向けてく人もたまに居て、それは嫌だけど」

 そんなこんな話をしていると電車がやってくる。車内は乗客は多いものの満席ではなく、なんとか二人が座れるだけの空間があった。志軌たちはそこに背負っていたリュックを膝の上に移動させて座った。クーラーの効いた車内は先ほどまでいた場所が地獄と思えるほど快適だ。

「ちょと、近いって志軌」

 座れはしたものの、少ししかないスペースでは体を寄せて座るしかない。そのため隣り合う腕同士が触れ、素肌から相手の体温と感触が伝わってくるうえ、嗅ぎ慣れたキンモクセイの香りもする。

「仕方ないだろ混んでるんだから」

 志軌としては常に愛梨の存在を意識しなければならないこの状況をどうにかしたいと思ったが、こうも人が多ければどうしようもない。向かう駅がすぐ近くなら立っているのもいいのだが、志軌たちが住む場所から東京までは道のりが長く立っている気にはならなかった。

「人が少なくなるまで、少しぐらいは我慢してくれ」

「べ、別に嫌ってわけじゃないわよ。ただ急に近くに来るから驚いただけ。長年一緒にいるんだから今更真横にいることぐらいじゃ気にしない」

 動揺したと思われるのが嫌なのか、妙に強がって言い返される。

「そりゃよかった。で、目的の場所までどのくらいなんだ?」

 愛梨の姉が東京に住んでいることは志軌も知っていたが、詳しい場所までは分からない。

「えっと一時間半、ぐらいかな」

 スマホを取り出し、道のりを確認した愛梨は自信なさげに言う。

「そんなにか。こういう暇な時CAやりたくなるよな」

 二人が持つリュックの中には、キーボードやマウスなどが入っていた。持っていかなくてもネットカフェに常備されているものを使えるのだが、少しでも勝率を上げるためにマイデバイスを持ってきたのだ。流石にパソコン本体を持ってきているわけでないため、ネットカフェに行くまではCAをすることができない。毎日欠かさずにCAをプレイしている志軌は、物足りなさを覚えていた。

「あんたね……こういう時くらいもっとあるでしょ。折角東京に行くんだし、ボクもいるんだからさ」

「それもそうか。東京と言えば……やっぱ地元じゃ売ってないようなデバイス探したいよな。イベントもアキバでやるんだしさ」

「結局CAの話なのね。志軌らしいけど、もうちょっと何かないの?」

「何かってなんだよ」

 折角東京に行くのだから、見て回りたい場所などないのかと愛梨は呆れていた。確かに由夢に会うためにイベントに出ようと東京に行くのだが、それだけではあまりにも寂しい。

「どこか観光行きたいとかないの? 服買いに行きたいとか、美味しいもの食べたいとか」

「別に。買い物しに行くわけじゃないし」

「由夢ちゃん以外は目に映らないってことね。……はぁ」

 そう言い切った志軌の瞳に揺らぎはない。心の底からそう思っている証拠だ。もう少し他の事、周囲の事に目を向けてもいいんじゃないかと言おうとしてどうせ意味がないと諦めた。告白して振られでもしない限り、志軌はそうはならないだろう。下手をすれば断られたところで意識が変わらない可能性すら存在している。

「なに辛気臭い顔してんだよ」

 愛梨の心中も知らずにはっきりと志軌は言った。

「なんでもない」

 これ以上言っても意味がないと、愛梨は話をこれ以上広げることを諦め車内から見える外の景色を楽しむことにした。愛梨がぷいっとそっぽを向いてしまったため、志軌はスマホをとりだしてお気に入りのサイトを眺めることにした。

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