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翌日。
学校に登校してきた志軌は先に来ていた愛梨に呼び止められた。
「お姉ちゃん大丈夫だって。だから東京行くときお姉ちゃんの部屋に泊まろう」
「そうか。とりあえず一安心だな」
これで唯一の懸念事項が消えたことになる。
「なんだ、二人で東京にデート行くのか」
二人が話していると横から共通の知り合いが話しかけてきた。昔から距離感の近い二人をからかう生徒は一定数いたのだが、二年に上がるころにはほとんどいなくなっていた。そんな中、未だにからかってくる唯一のクラスメイトだった。
「そんな訳ないでしょ、ちょっと二人で用があるだけで。志軌とは幼馴染なだけだし」
「幼馴染ねえ……。いくらそうだとしても、この歳になって同じ場所に泊まるなんて普通は無いと思うけど」
「なんにもないわよ」
食い下がるクラスメイトに愛梨が否定すると、流石に諦めたようで他の生徒のところへ向かっていった。
「まったく」
昔からからかわれることは多々見受けられた。特に志軌は美少女二人と仲が良いということで両手に花だとよく言われていたのだ。
「いい加減慣れないか? 俺はもう平気だけど」
よくあることのため志軌は、たいして気にすることはなくなっていた。
「ちょっとね。慣れないというかなんというか。とおりあえず、来週ね。久しぶりに由夢ちゃんに会いに行こ」
「おう」
その後は特筆することもなく、授業をいつも通りに受けてそれぞれの家に帰った。
――自室に戻った志軌はパソコンの電源を付け、由夢のプロゲーマーとしてのSNSアカウントを眺めてイベントの詳しいことを知ろうとすると、とある動画サイトでゲームプレイを生配信していると書かれていた。
こうしたことはよくあることで、自分のプレイをファンに見せながらチャットにボイスチャットで会話するという交流するのだ。由夢は既にイベントなどで顔出ししているため、生放送でもwebカメラを通してワイプで自分の顔を映している。こうすることでリアクションや雰囲気がダイレクトに伝わるのだ。そして他にも、日本では投げ銭と言われる、ファンからお金の寄付ができたりして、まだまだ収入の良くないプロゲーマーにとってはありがたいもので、それを目的に配信を行うプロゲーマーも多い。
しかし由夢はそんな理由よりも、ファンとのやり取りが気楽にできるということが気に入っているらしく、結構な頻度で行っていて、志軌や愛梨もたびたび見ていた。いつも楽しそうにしていて志軌もつられて楽しくなってしまうのが好きだった。
『あ、この子なかなか良い動きっ』
今はどうやらランク戦と呼ばれるモードをやっているらしい。ランク戦とは勝てば勝つほど良いランクになり、強者と戦うことになるのだ。自分と似通った実力の相手と戦えるということで多くのプレイヤーが楽しんでいるが、上位層には由夢のようなプロゲーマーもランキング入りしている。
しかしプレイスタイルや銃の違いによって、本当の実力以上のランクに位置してしまうプレイヤーも少なくない。そんな中今回の相手は積極的に撃ち合いに来るプレイヤーで実力も申し分ない。
由夢はN4と呼ばれる銃を中距離使用にカスタムしていて、それを使って敵プレイヤーと楽しそうに撃ち合いをしている。由夢の銃撃にもひるまずに敵プレイヤーは応戦しつつ前へ前へと進んでくる。そしてすぐ目の前の壁へと張り付き、お互いに読み合いを必要とされる場面へと移行した。右から出るか左から出るか。少し逡巡したあと由夢は一瞬だけ右側で足音を鳴らし、さっと左側へと移動して飛び出した。すると、相手は由夢の狙い通りに足音に気を取られてしまい右側に意識を向けていた。由夢はその隙を容赦なくついてフルオートで銃弾をばらまいた。
『やった』
相手も腕の立つプレイヤーだったが、それでも由夢の方が一枚上手だった。相手は最後にGGとチャットを送って部屋を抜けていった。
『ん、どうしよっか。ちょっと休憩したいんだけど……なにか聞きたいことあるかな?』
そうやってファンに問いかけると、とある視聴者からチャットで悩みが送られてきた。
『えーっと、プロを目指してるけど親に反対されてます……か。まあ普通に考えたら反対されるよねー』
苦笑しながら、親の気持ちも分かると同意する。プロゲーマーになったからこそ由夢には分かるのだが、プロゲーマーというものは周囲から見ていたときよりもずっと厳しく、難しいものだ。なる事も難しければ、プロゲーマーであり続けることはさらに難しい。そのことを知っているがために由夢は苦笑してしまったのだ。
『プロゲーマーってただでさえ日本だと、知名度ないし偏見持たれるし。プロになった人でも目指すモノじゃないって言う人私は知ってるし。私も分からなくはないんだけどねー。ただ、さ』
そう一度区切り、考えをまとめた由夢はしっかりと自分の考えを告げる。
『そうやって言ってくれる人って確かに、私たちを思って言ってくれてるんだけど、仮に言われた通りにした結果、上手くいかなかったとしても責任は取ってくれないんだよね。そう考えたらさ、後悔するにしても、自分のやりたいことをやって後悔した方が良いと思うんだ。誰に嘘をついてもいいけど、自分だけには嘘をついちゃだめだよ、絶対に後悔するから。いや、まあ、誰にも嘘はつかない方が良いんだけど』
真面目な話をして恥ずかしくなったのか、最後に照れ隠しに微笑んだ。そんな姿が真剣に相談に乗っていた時とのギャップを生み出して、見るものを魅了する。
『あ、いや待って。今のは私の考えだから、それが正解って訳じゃないから。ねえ、みんなほんとに待って。ねえってば……もう』
チャットに【可愛い】【ためになった】といった文字が流れると余計に恥ずかしそうにして最後には拗ねたようにぷいっとそっぽを向く。そんな態度が身近に感じられ、由夢の魅力を引き出している。こういった態度を人気取りのためにしていると言う人も少なくはないが、これが素なのだと志軌は知っている。
その後気を取り直した由夢は再度試合を再開し、数度繰り返したあと同じチームの仲間と練習するから配信はこれでお終いと告げた。
『まさかあの人と試合することになるとは思わなかった……やっぱり強かったね、私ももっと強くならないとなー。じゃあ、今日の生放送はこれで終わり。……あ、そうだ。来週に東京でやるイベントに私でるから、来れる人はきてねー。ちょっとした大会やるんだけど最後まで勝ち残った人は私と試合できるから。勿論私は手を抜かないけど、私と一緒に遊べるチャンス、だよ』
挑発するように軽く笑いかけると、ばいばーいとwebカメラに手を振って生放送を終わりにした。
初めて由夢が生放送をした時は、緊張でガチガチだったことが今では遠くのことに思える。当時はまだプロゲーマーになって間もなかったということもあり肯定的なファンも少なく四苦八苦していた。だが名だたる大会で有名な相手にも対等以上にやりあっていくたびにどんどんとファンを増やしていき、それと同時に配信にも慣れていった。
「相変わらず上手いな」
幼馴染の中でも昔から頭一つでていたのだが、プロゲーマーになってから輪をかけて上達している。生放送中の試合でも、一度海外の元プロゲーマーとマッチングして負けた以外は全勝していた。
「俺も頑張らないと」
そう戒めるように独り言を言うと、カウンターアタックを起動した。
カウンターアタック――。
略してCAと呼ばれることの多いこのFPSゲームは、多くの国で愛されているゲームであり常に同時接続数が十万人を超えている。世界大会も存在し、賞金総額が一億円を超えたこともあった。発売されてから既に数年経つゲームだが、人気が衰える様子は無くプレイ人口は未だに増える一方だ。
【もしかして由夢ちゃんの放送見てたらやりたくなったの?】
ゲームにログインするとほぼ同時、愛梨からメッセージが送られてきた。どうやら愛梨も同じく生放送を見ていたようだ。
「そうだけど」
【じゃあさ、ボクとやろうよ。ボクもやりたくなっちゃったの】
「わかった」
志軌は愛梨をプライベートモードと呼ばれる知り合いのみで試合ができる。そこに愛梨のアカウントを誘って二人でプレイすることにした。二人はボイスチャットを繋いでお互いに会話できるようにした後、今度のイベントで使われるであろう世界大会で使用されるルールに設定し試合を開始した。
ローディングが明け、モニターに表示されたマップはキルハウスという現実世界では特殊部隊が施設に立てこもったテロリストを仮想して訓練する場所だ。
「ここ小さいから嫌だ」
志軌はこのマップが他のマップよりも一回り小さく、戦闘スピードが早いところが苦手だった。頻繁に鳴り響く銃声に心休めるときがないからだ。
『ボクはここ派手だから好きなんだよ』
それに引き換え、愛梨は撃ち合うことが好きで戦闘が頻発するマップが大好きだ。鳴り響く銃声自体も好きで、サプレッサーを使うプレイヤーを見つけるとあからさまに機嫌が悪くなる。
試合中と言えど何かをかけていたり、真剣に勝負しているわけではない。そのためアバターを動かしてクリアリングしながらお互いに普段と変わらない調子で会話を重ねる。
『それにしても志軌はほんと、よく由夢ちゃんの配信見てるよね』
「偶然だよ。たまたま目に入ったから見てるだけだって」
確かに見ようと思って見ているときもあるが、半分は偶然見かけたからなんとなく見ているだけだ。
『ふーん、まあいいけど。それよりも……そろそろ集中しないとどうなっても知らないからね』
明らかに納得いっていない口調でそう言った後、すぐさま銃声が鳴り響いた。
「おまっ、急に襲ってくんな」
愛梨の扱うHK33が吐き出す銃弾を何とか避けながら物陰に隠れる。
『前置きしたでしょ。それにわざと当たらない様に撃ってあげたんだから、むしろ感謝してよね』
そう楽しそうに言いながら、発砲しつつ距離を詰めてくる。
「どうせ外れちゃっただけだろ」
愛梨は反射神経がよく、隙をついたとしてもすぐに反撃してくることが多い。そこだけ見ればプロゲーマーと遜色ない。しかし射撃精度はお世辞にも良いとは言い難く良く外していた。
『言ってなさい』
一度物陰に隠れた愛梨は素早くリロードして志軌の裏を取るように立ち回る。
足音からそれを察した志軌はすぐさま身体を乗り出し、AK47のハンドガード部分に取り付けたドットサイトを使って狙いをつけるとタップ撃ちで反動を殺しながら近寄られない様にけん制する。AK47は使用する弾薬が強力でダメージが高い分、反動が高く扱いにくいためだ。
愛梨はそれを受けて反撃しつつ、遮蔽物を利用して撃ち合いを求めるようにどんどん近づいてくる。
「怖いもの知らずだな、ほんと」
銃撃を受けた場合、ほとんどのプレイヤーは銃声に近寄ることなく物陰に身を隠しにいく。しかし愛梨は迷うことなく銃声がする方へと距離を詰めてくる。戦い慣れた志軌にとって、もはや当たり前のことなのだが初めて試合をするプレイヤーはこの行動に驚き隙を作ってしまいそこを突かれて負けるということも少なくない。愛梨の頭の中に後退という二文字はないのだろう。
「プロになりたいならその癖直さないと無理だぞ」
射撃精度だけでなく知識も経験も豊富なプロゲーマーに混じって戦うのなら、不利な場面では撃ち合わずに後ろに下がることも重要だ。嫌味などではなく純粋にアドバイスとしてそう告げた。
『前例がないから無理ってのは間違いだよ志軌。それに自分のプレイスタイルを無理やり崩してプレイしても楽しくないでしょ?』
「……ま、そうだな」
だが愛梨はプロゲーマーになることは勿論、自分のプレイスタイルを貫くことも重視していた。プロゲーマーになって周囲を楽しませることは勿論だが、自分自身も楽しめなければ長く続けることは不可能だからだ。
『由夢ちゃんと志軌と一緒にプロになるのがボクの夢の一つ、ってちょっと!』
会話をしながらも、志軌は容赦なく隠れた愛梨を追撃するためにグレネードを投げ込んだ。カランッと金属が転がる音を聞いた愛梨は、すぐさま爆風から逃れるようにその場を離れた。
「最初のお返しだよ、死なない位置に投げたから」
そうにやっと笑いながら言い返す。お互いの姿は見えないが、その声色からモニター越しでも愛梨は、志軌がどんな表情をしているのか悟ったようだ。
『むっ……そう言ったこと、後悔させてあげるからね志軌』
やる気が再燃したかのように、気合を入れた愛梨は自身の操るアバターをHK33を抱えて走り出させた。愛梨好みにカスタマイズされたアバターはポニーテールをたなびかせて疾駆する。直線的な動きは無く、狙いをつけさせない様に左右に揺れながら進んでいて、迷いなく遮蔽物も利用しつつ前進してくる。
志軌ただも黙ってそれを見ているわけではない。AK47をフルオートで撃って迎撃する。しかし、数発ヒットするが完全に仕留め切ることはできなく、グレネードを投げつけて一度後退する。しかし、愛梨は立ち止まることなくグレネードが爆ぜる前にそこを通り抜けて志軌を追う。
『こんなので足止めできると思ったのっ』
撃ち合いでテンションの上がってきた愛梨は楽しそうに吼えると、志軌のアバターが入り込んだ部屋へと突入する。そして見えた人影に向かって即座に狙いをつけて発砲する。
『……しまッ』
しかし愛梨は自分が狙いをつけたのが志軌ではなく、射撃訓練に使うマンターゲットだということに気付いて自分のミスを悔やむ声を上げる。
「反射神経の良さが命取りだったな」
物陰に隠れていた志軌は姿を現し、容赦なく愛梨のアバターに7.62mm弾を浴びせた。
モニターが試合画面から試合結果を示す画面へと変わる。
『卑怯っ』
「それは敗者の言い訳だな」
負けて悔しがる愛梨に勝者の志軌は余裕の態度だ。咄嗟に立てた作戦がこうも上手くいったことが嬉しかった。
『納得いかない、もう一回っ』
負けず嫌いでもある愛梨は納得がいかないらしい。再度試合をしたいと申し込む。
「おう、いいぞ」
志軌も断ることなくそれを快く受け入れた。
――数試合後。
結局一度で終わらなかった再戦は、志軌の勝ち越しで終わった。
『あーあ志軌に負けちゃったか……。もっと強くならないと』
「今日俺が勝てたのは偶然だからそんな気にすんなよ」
それは謙遜ではなく、純粋に志軌が思っていることだ。どの試合も志軌が圧勝出来たことはなかった。
『でも事実は事実だから、頑張らないと』
由夢が遠くに行ってしまうかもしれないと焦っているのか、どこか切羽詰まった様子だ。そのことを気にした志軌が声をかけようとしたとき、ヘッドセットから愛梨の艶っぽい声が聞こえてきた。
『ひゃっ、んっ……ちょっと、こらっ。急に舐めないでって。んんっ……ぁん……まったく、もうっ』
嫌そうにしながらも、どこか嬉しそうな様子だ。その色っぽい声に思わずドキッとしながらも、さりげなさを装って話しかける。
「ミミちゃんか?」
愛梨は黒猫を飼っていた。HK33とどこか似ているからと33(ミミ)と名付けられている。愛梨にとてもなついていて、構ってくれないご主人様にアピールしてきたのだろう。
『うん、そう。なんだか遊んでほしそうだから、今日はこれでお終いってことで。また明日』
「おう。お疲れ」
ボイスチャットを切る寸前、ミミに猫語で話しかける愛梨の声が僅かに聞こえた。
「ったく」
今頃自室でミミと戯れているであろう愛梨を想像すると、微笑ましい気持ちになる。元々は捨て猫で拾ったばかりの頃は警戒心の高く、志軌や由夢も愛梨と協力して世話をみていたのだが、良く引っ掻かれた経験があった。しかし今では打ち解けていて、特に飼い主である愛梨はよくじゃれつかれているようだ。それが愛梨には嬉しいらしくよく相手をしているらしい。
「俺はもう少し続けるかな。久しぶりに会う由夢にかっこ悪いところは見せれないし」
最後まで勝ち上がって由夢と戦うためにも、無様な姿を見せないためにも練習を続けることにした。現役プロゲーマーと試合ができるという特典はとても魅力的だ。それが今一番人気といっても過言でないであろう由夢ならなおさらで、多くの強者がイベントに訪れるだろう。並大抵の相手には負けないと自負している志軌だが同程度、もしくはそれ以上の実力を持つ者が参戦することが考えられるために気は抜けない。勿論その中には愛梨も含まれている。
「最悪負けても、会話ぐらいはできるだろうけどやっぱ、どうせ会うなら試合したいしな」
それはゲーマーとして、プロゲーマーに憧れる者としての願望だった。やる気に満ちた表情でモニターを見つめ、指を解すとランク戦を選択し練習を開始した。




