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とある電気屋の前でランドセルを背負った三人の少年少女は、食い入るようにモニターを見つめていた。何気なしに映った光景に目を引かれてから既に三十分以上の時が経っていた。
モニターの中では二人の人型アバターが銃を構えて撃ち合っている。
激しい銃弾のやり取りの末、ほぼ同時にマガジンが空になったのか静寂が訪れる。女型のアバターはそれをチャンスだと思ったのか、ハンドガンに持ち替えて距離を詰めていく。しかし数秒後、そのアバターは無慈悲に数発の銃弾に貫かれ、地面に伏していた。相手は弾切れだと見せかけただけで、実はまだ弾が残っていたのだ。
今映っていたのは、生放送のFPS大会だ。
プロゲーマー同士の試合に決着がつき、画面の中では観客たちが湧いている。そしてそれは画面の中だけの様子だけではなく、外にいる子供たちも同様だった。目を爛々と輝かせて人目があるにもかかわらず声を上げる。
「凄いねっ! よくわからないけど、ゲームであんなに一生懸命戦ってカッコいい !」
FPSと言うものを知らない子供たちだが、その熱気だけはしっかりと伝わってきていた。そしてその熱気は小さな子供を揺さぶるには十分な熱量を持っていた。
「いいな……。よし、決めたっ!」
「決めた……?」
嬉しそうに言う少年に、少女は問いかける。
「僕も、将来この人たちみたいになるっ!」
一人の少年はそう元気に宣言し、一人の少女はその少年を眺め、最後の一人の少女はモニターを見つめたままだった。
そして七年後――。
高校二年生となったその三人は歩む道が二つに別れていた。二人はFPS好きなただの学生。そしてもう一人は通信制高校に通いつつ、活躍しているプロゲーマー。
「ほら志軌。由夢ちゃんの番だよ」
少し離れたところで漫画を読んでいる鷹野志軌を手招きする。勢いよく振り向いた影響で小さなポニーテールが、ぴょこっと揺れている。
「やっとか」
手にしていた漫画を置くと、大会の生中継を映しているパソコンの前に陣取る小鳥遊愛梨の隣へと近寄る。
モニターを覗き込むとそこにはスポンサーの名前が書かれたシャツを着ている可憐な少女がいた。椎名由夢という二人の共通の幼馴染だ。整った顔立ち、確かな実力と才能、親しみやすい性格もあって今日本で一番注目されているプロゲーマーの一人だ。
志軌が今いるのはもう一人の幼馴染である愛梨の部屋だ。動物のぬいぐるみや、ジャンルを問わない多くの漫画、志軌が一緒に選んだパソコンの周辺機器などが部屋の中に綺麗に整理されておかれている。
「なんだかこうして見てると遠く感じるな」
今だに気楽に連絡の取れる間柄ではあるが、由夢が忙しいこともありその頻度は多くなく、ここ数か月間会って話せることは一度もない。
「由夢ちゃんだって頑張ってんだから素直に応援してあげよ」
そう隣でモニターを覗き込む愛梨からはほのかにキンモクセイの甘い香りが漂ってくる。
「別に応援してないわけじゃないさ」
自身もプロゲーマーになりたいという気持ち、そしてもう一つ由夢に対する大きな感情が志軌に複雑な感情を抱かせていた。
「……そんなに好きなら告白すればいいじゃん。大事な話があるって言え会ってくれるよ」
何気ない風を装って愛梨は言う。由夢の事が好きでどうすればいいかと昔から相談を受けていて、そのたびに何度助言したのか数えきれない。
「そうだけど、由夢が昔から告白されても一回も受けたことないの知ってるだろ」
中学の時、校内で一番かっこいいと噂された男子から告白されても直ぐに断ったと人伝に聞いたことがあった。プロゲーマーになってからはファンも増えいくつもファンメールまがいのラブレターが着ていると聞いたこともある。そんな話を聞いてしまえば、自分が想いを告げたところで断られてしまうと勇気がもてなくなってしまっても仕方のないことだ。
「そうだけど、行動しないと何も変わらないよ」
幼いころと比べ少し気が強くなった愛梨だが、根は変わっておらず優しいということを知っている志軌にとっては特に気にすることではない。
画面の中で真剣な表情をして試合をしている由夢。だが、いつもは年相応のあどけない顔つきでどこか抜けているところがあるのを二人は知っていた。たとえ振られたとしても、志軌が望む限り今まで通りに接してくれるであろうことも。
「変に関係をこじらせたくないんだよ」
しかしそれは志軌の方が耐えられなかった。
「はいはい。そうやっていつまで告白しないでいるといいよ」
「そういう愛梨だって確か告白したことないだろ。好きなやつぐらいいるだろ?」
「志軌が心配でそれどころじゃないの。志軌が告白したらそれから考える」
愛梨にしては珍しくはっきりしない答えに釈然としないなく、追及しようとするもその前に愛梨が叫び中断される。
「あ、由夢ちゃん勝ちそうだよ」
嬉しそうに見つめる先には、早くも体力の少なくなった敵が反撃に出ていた。
スタングレネードを投げそれと同時に飛び出す。由夢は視点をそらして閃光から逃れ、飛び出してきた敵を冷静に対処して無事に勝利を収めた。悔しそうにする相手と対照的に嬉しそうな由夢はそのままインタビューを受けている。
「由夢ちゃん楽しそう」
二人が眺めるディスプレイの中では由夢が大勢の視線を独り占めしていた。顔に浮かべる微笑みは多くの人を魅了してやまない。
プレイ時の集中している真剣な表情とそれ以外の時に見せる子供っぽい表情のギャップが魅力の一つだ。最近ではプロゲーマーとしての自信がついてきたのか一つ一つの行動にも迷いがないのも大きい。
「…………」
それを静かに複雑な目で見つめる。
「まーだ、由夢ちゃんがプロゲーマーになったこと気にしてるの」
「なったことというか、一言も話してくれなかったことだけどな」
由夢にプロゲーマーの誘いがきていたことは二人とも聞いていなかった。それが長年の付き合いなのにと疎外感を感じさせていた。
「確かにそれはボクも思ったけど、色々考えがあっての事だろうし謝ってたじゃん由夢ちゃん」
プロゲーマーになったあとに由夢の方から連絡があり、謝罪の言葉があったのだ。理由だけは教えてもらえなかったが、それでもその気持ちはしっかりと伝わってきていた。
「さてと、どうしよっか」
幼馴染の試合があると愛梨の部屋に集まっていたため、当初の目的は果たしてしまった。普通はもっと試合時間がかかるものなのだが、由夢の運が良かったのか早くに決着がついてしまったためだ。
「俺は別に漫画読んでるけど」
一度目を通したことのある漫画だが、面白いものは何度見ても面白いもので暇つぶしにはもってこいだと志軌は言った。
「ちょっと、なんかないの?」
まだ日も高く、この日のために予定を開けてきた志軌にとって家に帰るという選択肢はない。しかし、これといってやりたいことがあるわけでもなかった。由夢が強すぎるがために生まれてしまった誤算だ。
「そう言われてもなあ……」
「じゃあ……ヘッドセット買いに行こ。昨日落としっちゃったときにちょっと折れちゃったし、あとマウスも調子悪いの」
机の上に置かれているヘッドセットに視線を向けると、ヘッドバンドのところが折れてしまっていた。
「折角同じとこの使ってるんだからおすすめ教えて。あと荷物持ちもよろしく」
ゲーミング用のデバイスを扱っているメーカーは複数あり、二人は同じメーカーの物を使っていた。パソコンで真剣にゲームをする者にとってマウスなどのデバイスとは野球ではバットやグローブなどに当たる大切なものだ。
「あー……まあいいか」
クーラーの効いた部屋から暑い外にでるのに少し躊躇いがあるが、他に提案のできることが無いため仕方なくその提案を受け入れた。
「それじゃあいつものとこね」
愛梨は小さなポシェットに財布を入れると、志軌を急かした。いつものところとは、駅前にある電気屋でこの辺りではゲーミングデバイスを売っている唯一の店で、志軌たちが初めてFPSを見たのもこの店のモニターだった。
「はいはい」
階段を降り、そのまま外へと向かう。
「あっつ……」
野外へでると眩い日差しが二人を包み、蝉の鳴き声が聞こえてくる。
「ボクは暑いのは全然いいんだけど、蝉がうるさいのがね。ゲームやってるとき音が聞こえなくなっちゃって」
駅前へと向かいながら二人は他愛無い話を繰り広げる。
「俺の部屋なんてエアコンないから窓閉めると蒸し暑くなるし最悪だよ」
「へー。……そういえば、さっき由夢ちゃん使ってるマウスとか変わってたね」
生放送で映るのはゲーム画面だけではなく、プレイ中の選手の表情やその周辺も映される。その時にちらっと見えたのを思い出したのだ。
「プロになればスポンサーがつくからな」
昔から三人とも蛇がモチーフのデザインがされているデバイスを使っていたのだが、由夢はプロゲーマーになって以来スポンサーについたメーカーのものを使用していた。
「それで今調子良いみたいだし、由夢はよかっただろうな」
プロゲーマーになる前から上手かった由夢だが、デバイスが変わってから更に調子をよくしている。
「どうせならボクも由夢ちゃんと同じやつ使うかな」
「でも、あそこのはちょっと高いぞ」
デバイスも色々種類があり、数千円のものから数万円のものまで幅が広い。決して高ければいいというものでもなく、相性というものが当然存在する。設定の幅広さや、設定領域の幅など些細な差も気になる人は気になるのだ。
「ほんとに? ……じゃあいつものとこでいいかな」
二人ともアルバイトをしているわけではなく、ただの学生であるためお金に余裕がない。そのメーカーに固執する理由もなく愛梨はすぐさま諦めた。
「それにしても由夢ちゃん凄いね。ボクたちが憧れてた人たちと一緒にプレイして、勝ってるんだから幼馴染として鼻が高いよ」
まるで自分のことのように誇る愛梨は楽しそうだ。昔からの付き合いであり、三人共仲が良くでボイスチャットを使用してゲームをしたりしていた。その中でも愛梨と由夢は同性ということもあって一緒に買い物に行ったり様々な相談をしあったりと輪をかけて親密だった。そのため自分のことのように嬉しいのだろう。
「何言ってんだよ。俺らだっていつかプロになって同じとこに行くんだろ」
少し自信がなさそうにしながらも、志軌ははっきりとそう言った。
「そうだね。そう昔約束したもんね、でも自信はなさそうね?」
「プロゲーマーなんて、簡単になれるものではないからな」
「それは、そうだけど。由夢ちゃんはその夢叶えたんだから、ボクたちが頑張らないでどうするのさ」
「……だな。俺たちがたどり着くのは大変そうだけど頑張るか。そうすればまた三人で一緒にいられるし」
昔から一緒にいたせいか、一人欠けているというこの状況がどこか違和感があって仕方がない。その解決策をたった今思いついた。一人がプロゲーマーだから、一緒にいられないのなら全員がプロゲーマーになればいいのだと。
「そのためにもとりあえず、さっさとヘッドセットとマウス買おうぜ」
話し込んでいたせいか、気付くと目的の店の前まで来ていた。暑い日差しから避けるためにも二人は店内へと入った。
「涼しいー」
クーラーの効いた店内に入ると迷いのない足取りでゲーミングデバイス売り場へと向かう。
様々なメーカーのマウスやキーボードなどが辺り一面に並んだ売り場は、PCゲーマーなら誰しも目を輝かせてしまう光景だ。メーカーによって基調とする色は違い、また最近のデバイスはメーカーのロゴなどが光るようになっているため、ただ見ているだけでも美しい。
「うーん、同じやつない……かな」
愛梨は端から端まで見てみるが、使用しているマウスと同じものは見つからない。
「……生産終了してるみたいだぞ」
スマホを使って調べていた志軌は、半年ほど前に製造が終わっていると愛梨に告げた。
「ほんと? ……じゃあ志軌が新しいマウス選んでうp。ボクあんまり詳しくないからさ」
愛梨はそれほどまでにゲーミングデバイスに興味がなく、あまり詳しくない。今まで使っていたのも志軌が選んだ物だった。
「デバイスくらい自分で選べよ」
「いいって、めんどくさいし。志軌が選んだので十分」
特にこだわりがないのか投げやり気味に選択権を志軌に渡す。自分で使う物ぐらい自分で選ぶべきだと志軌は思うのだが、当の本人は興味津々という風に七色に光るキーボードに目を奪われている。
その関心を少しでも自分が使うデバイスに向けて欲しいと思いながらも、言われたままにマウスを見繕い始める。
「……ちょっと右手だして」
複数のメーカーのマウスを眺めながらいくつか当たりを付け、愛梨に呼びかける。
「?」
不思議に思いながらも愛梨が素直に手を差し出すと、志軌は自分の手を重ねた。
「! ちょ、ちょっと、何!?」
突然の出来事に、愛梨は思わず手を引っ込めてしまう。
「え……? いや、手が小さいと大きいマウスは使いにくいだろうから、手の大きさ気になったんだよ。……結構小さいんだな、愛梨の手って」
「そ、そりゃあ志軌と比べたらね。というか驚くから触るなら触るって言ってよ、馬鹿。驚くじゃないの」
急に触れられてドキドキしたと文句を言う。
「悪い悪い」
対して気にした様子のない志軌は適当に謝りつつ、再度マウスに目を向けて悩み始める。
一口に小さいマウスと言ってもマウスの真ん中あたりのくびれている部分が深いものや浅いもの、サイドボタンの大きさやクリック感の違い、ホイールの大きさなど様々な違いがある。マウスによっては搭載されているセンサーがマウスパッドと相性が悪く、反応が悪くなってしまうこともある。プロゲーマーが使っているデバイスをそのまま真似して使うのもいいが、あれこれ試行錯誤して自分だけのデバイスを見つけるのも一つの楽しみだ。
「んー、これなんてどうだ」
志軌が数分悩みぬいた末に選び抜いたものは少し小さめのマウスだった。
「あれ、これって……」
どこかで見た覚えがあると愛梨は小首をかしげながら考える。
「この前発売したばっかの日本のメーカーのマウスだよ」
日本発のゲーミングブランドが初めて開発したマウスで、小柄な日本人に合わせた造りになっていて掴みやすく、センサー等も反応が良いと評判だった。そして何よりも値段が安く、知り合いのゲーム仲間の間でも評判だった。
「へー。じゃあ次はヘッドセット」
言われてちらっと視線を向けただけで、愛梨は特に気にした様子もなく志軌を連れ立って棚の裏側にあるヘッドセット売り場へと移動を開始する。いつもと違うメーカーのマウスを選んだことに、難色を示されるかと思っていた志軌だがその予想は外れた。
「あれ? これ由夢ちゃん?」
少し遅れながらついていくと先に着いた愛梨がある物を見つけていた。それは由夢の写真がついたポップとその前にサインが入ったヘッドセットだ。それは先ほどの試合で由夢が使用していたのと同じモデルだ。
「由夢ちゃん有名人だね」
プロゲーマーとゲーミングデバイスは密接な関係で、メーカーがスポンサーになるだけでなくデバイスにプロチームのマークが入ったモデルが発売されたりすることもある。元々この辺りに由夢が住んでいたこともあり宣伝に上手く使われているのだろう。
「地元だし、昔は由夢もここにきてたからな」
あのときの少女が今はプロゲーマーになって活躍しているとなれば、店主も鼻が高いはずだ。
「ヘッドセットは同じのあったわよ」
みれば最後の一つだったが、同じものがあった。新しいものもあったが、新しければ性能が良いという訳でもなく、ヘッドセットの締め付けが強く長時間使い続けられないなどの問題がある可能性がある。そのため愛梨は使い慣れたものを選んだ。目的の物が見つかった二人は折角だからと他の売り場も見て回ることにした。
ゲーミングデバイスはなにもマウスやヘッドセットだけではない。モニターやキーボード、マウスパッドなどもそれにあたる。
二人は暇つぶしにと、他のデバイスもついでに見ることにした。
「あ、新作でてたのか」
志軌はメーカー別に分けられた売り場で、自身の好きなメーカーの新作が出ているのを見つけた。少し前にSNSで見かけて以来気になっていたのだが、まだ買い替える時期ではないと記憶の隅に押しやっていた物だ。
「買うの?」
「まだいいよ。マウスパッド少し汚れてきたけど洗えばまだ使えるし」
マウスパッドを洗う、それは特別おかしなことではない。プロゲーマーもそうしており、中には動画サイトに洗い方を投稿しているプロゲーマーさえもいる。長い間使っていると埃などが溜まって汚くなってしまい、滑りが悪くなったり性能が落ちるのだが洗えばまた性能が良くなるのだ。ただ当然劣化はするのでいつまでも使い続けられるということではない。
「そ。……そういえばずっと同じの使ってなかった?」
「ああ、愛着湧いてな。なかなか変える気にならないんだよ」
中学生の時になけなしのお小遣いで買ったのが今のマウスパッドだ。変えよう変えようと思っている間に機会を逸し、段々と捨てるに惜しくなってきてしまった。
「ボクもヘッドセット壊しちゃったときショックだったし……だからその気持ち分からなくはないかな」
自身で優柔不断だと自覚があるため、そう言われるかとも思ったが愛梨は同意を示した。ゲーマーなら誰もが通る道なのかもしれない。
そんな愛梨の一面を見た志軌は次にモニター売り場へと向かう。
「さすがに、モニターは高いな」
性能の良いモニターは一万円を軽く超えてしまうため、志軌たちは一度もゲーミングモニターを買ったことが無い。いつも売り場で物欲しげな視線を送るだけだ。
「でもモニターは良い物使うと凄い変わるって聞くわよね」
Hzと呼ばれるものがモニターにはある。これはパラパラ漫画で言うページ数のようなものであり、この数字が多いほど枚数が多いことになり敵の動きを追いやすくなるのだ。その差は大きく多くのプロゲーマーは144Hz以上のモニターを使用している。その他にも暗いところが見やすくなる機能があるものもあるのだ。由夢はスポンサー側からの提供でそういったモニターを使用しているようであり、たまに話すときによく冗談交じりに自慢してくる。しかし志軌や愛梨は欲しいと思うもののとてもではないが手が出ない。コツコツ貯めていたお年玉は性能の良いPCを買うためにすべて使ってしまっていた。
「そのうち、俺らも買おうぜ」
「そうね、いつになるか分からないけど」
試合中に自分のプレイスキルで負けることには悔しいもののまだ納得がいく。しかし、デバイスによる差で負けるのはどうしても納得できないのだ。特に負けず嫌いである愛梨はなおさら。しかし二人ともバイトをしてまで買おうとは思わなかった。そんな時間があるならゲームをしているほうが有意義だと思っているためだ。
決意を新たに、一通り店内を見て回った二人は商品を買いに向かう。
「あ、志軌くんと愛梨ちゃん。久しぶりね」
レジにたどり着くとある人物が二人に声をかけてきた。それは昔からこの店で働いている女性だった。昔からの知り合いで志軌たちと近い年齢と本人の取っ付きやすい性格ということもあり、優しいお姉さんといった印象が強い。そのため志軌たちも気心の知れた相手に接する態度をとる。
「お久しぶりです。あそこに由夢のサインあったんですね」
「ああ、あれね。ちょっと前に昔お世話になったからって送ってきてくれたの」
嬉しそうに笑顔で語る。由夢も志軌たちと同じく昔はこの店の常連で、お世辞にも客の出入りが良いと言えないこの店で、暇をしていたこの女性とは四人でよく他愛ない話をよく交わしていた過去がある。そんな自分の妹のように可愛がっていた由夢が活躍しているのが嬉しいのだろう。会話に参加する気満々のようだ。
「二人とも由夢ちゃんと会えてるの? 最近由夢ちゃんとこのチーム、イベントとか試合ばっかで忙しそうだけれど」
「それがボクたちも会えてなくて。それで最近志軌が寂しそうにしてるんですよ」
「あら。由夢ちゃんの事ばかりじゃなくて愛梨ちゃんのことも構ってあげないと拗ねちゃうわよ」
「な、なっ……。そんなことないですよっ! 志軌とは幼馴染だからずっといるだけで、何とも思ってないです。こんな奴の事、誰が……」
志軌をからかおうとして言った言葉だったが、それを理解した上でわざと言い換えられてしまった。そんなことを言われるとは考えていなかった愛梨は思わず強めに否定してしまう。
「うふふ。そんな赤くなって否定しても説得力ないわよ」
そんな愛梨にも動じずに女性が言うと真実を確かめたくなった志軌は、愛梨の顔を覗き込もうとする。しかし愛梨は見られたくない一心で顔をそむけて手で志軌を押し返す。
「こっち見るなバカ」
「仲良いわね」
そんな二人の様子を楽しそうに眺める。
「あ、そういえば。こんど由夢ちゃんイベントに出るらしいわね」
「え……? それボク知らないよ……」
確認を取るように愛梨は視線を向けるが、志軌は首を横に振った。
「俺だって聞いてない」
「ちょっと待っててね」
面食らった様子の二人に女性はカウンターの下からチラシを取り出す。そこには色鮮やかにデザインされたイベントの概要が載っていた。
それを見るに、来週の週末に東京のネットカフェで由夢の所属するプロチームが小規模な大会を開くらしく、そこで最後まで勝ち残れば由夢と記念試合ができるらしかった。そして勝つことができれば賞品として由夢が使っているキーボードと同じものも貰える。このプロチームには由夢以外にも元日本一位だった選手や十年近くプロゲーマーとして活動している選手など人気な選手が多い。優勝すれば由夢と試合ができるということもあり参加する人は多いことが予想できる。
「ちょっと遠いけど、二人も参加してみたらどう?」
由夢の所属するプロチームはトークショーや解説として試合に招かれたり、チーム内での紅白戦などをファンに向けて行うなど試合をまじかで鑑賞できるイベントはこれまでも多々あった。しかしその反面、こうして直接試合ができるのはこれが初めての機会だ。
「東京か……」
一日で行って帰ってくるのは距離の都合上できなくはないが忙しくなってしまう。イベント開催日は休日ということでそこは問題なかったが移動代だけで手いっぱいの志軌には泊まる場所が用意できない。由夢と会えるということで、参加したくはあったのだが断念しようかと思ったその時。
「お姉ちゃん確かこの近くに住んでるから、泊めてもらえるか聞いてみようか?」
愛梨には姉がいて、今は東京に一人暮らししている。志軌も昔お世話になったことがある優しい人だ。志軌の考えていることを察した愛梨はそう提案した。
「いい機会だし由夢ちゃんに会いに行こうよ」
「……いいよ別に。会うチャンスなんていくらでもあるし」
会う機会は由夢の人気上昇と比例して段々と難しくなってきている。しかしそれでも、プライベートで会うことは不可能でないと今回のイベントを見逃そうとした。
「あれ? もしかして二人とも知らないの……?」
そんな二人を女性は意外そうに問いかけた。
「由夢ちゃん……というか所属してるチームが活動拠点海外に移すって噂あるんだけど……」
「え!? なにそれ、聞いてないよボク」
愛梨が二度目の初耳情報に驚いて声を上げる。志軌も聞いたことのない話で驚いて女性店員をまじまじと見つめてしまう。
「ほら、日本だとプロゲーマーって肩身が狭いじゃない。それに海外のプロゲーマーの方がレベルも高いし。だから海外で試合とかして成長させようって考えなんじゃないのかな。あくまでも噂だし、公式からは真偽のほどは何もないからわからないんだけどね」
そういうが志軌には納得のいく部分もあった。
日本ではプロゲーマーの認知度が低く、扱いも良くない。あまり詳しくない人からは、e-sprotsと呼んで、スポーツ扱いしていることを嫌っている人も多く、プロゲーマーを遊び人だととらえる人の割合が多いのだ。そんな中で活動するのは大変であり、目指そうと夢見る人も減ってしまう原因になってしまっている。そんなことも影響してか、中々選手たちも上達する機会がなく、国際大会に出れるチャンスはそこまで多くない。
格ゲーはそれでも世界に誇れるほどの選手が多いのだが、FPSとなると日本では知名度の低いジャンルということもあり競技人口が少なくそう言ったスター選手が現れることは稀だ。海外ではプロゲーマーといえば芸能人と同じような扱いで老若男女問わずに人気がある国が多い。環境も整っているため才能ある若い選手が現れては界隈を騒がせることも多々存在する。競技人口が多ければそれだけ多種多様な選手が生まれやすくなる。
しかしそんな日本でも最近は由夢をはじめとして、実力のあるプロゲーマーも多い。そのためもっと上達するために海外へ向かうというのは、考えられないと言うことではなく日本でe-sprotsを発展させるためにも必要なことだ。
「だってさ志軌。イベント出てみようよ」
いくら幼馴染といえど公式に発表されていないことを、勝手に外部に漏らすことはできなく聞いても望む答えは返ってこないだろう。二度と会えなくなるわけではないだろうが、今よりも遥かに会いづらくなることは予想だに難くない。
「そうだな、行こう」
「それじゃあこのチラシはあげるわね。応援してるから頑張って」
「ありがとうございます」
志軌はありがたくチラシを受け取り、愛梨は買ったマウスとヘッドセットの入った袋を貰う。
「また来てねー」
優しく見送られながら二人は店を後にした。
「由夢ちゃんほんとに海外行っちゃうと思う?」
帰り道を歩きながら心配そうに愛梨は言った。由夢がプロゲーマーとなって遠く離れた状態の今でも同じ国内にいるというのは、まだ会える機会があると思えた。しかし国外となると高校生の二人にとっては手の届かない場所となってしまう。
普段は表に出さない愛梨だが、由夢が離れてしまっている今の状況を寂しく思っており、志軌もそのことを薄々ながら感じていた。
「うーん、公式から何か言ってもらわないと分からないかな。由夢の性格的にも教えてくれないだろうし」
「だよね……。……とりあえず大会にでて由夢ちゃんと会おうよ。そんで志軌は告白しちゃいな」
「なんでそうなるんだよ」
「いいの? 由夢ちゃん外国でもきっとモテるよ。外国でもし彼氏作っちゃったら後悔するのは、志軌だよ」
「……」
言葉の通じない相手だから恋愛対象に入らないという訳ではない。それに日本語の分かる外国人や海外に住む日本人もいるのだ。どうなるかなど、誰にも分からない。
「分かったよ」
悩みぬいた末、志軌はそう返事をした。




