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ウィークエンドシトロン

2.5 ウィークエンドシトロン


 テレプシコーラには、安息日はない。だから今日みたいにきれいに晴れた日曜には僕はテレプシコーラのところへ行く。

 いつものようにおもちゃめいた路地裏に入ると、ふわりと爽やかな甘い匂いがした。なんだろう?

「あ、アウトサイダー! ……ちょうどいいや、少し頼まれてくれないかー?」

「テレプシコーラっ?」

 急に降ってきた弾む透明な声に驚いて上を見れば、ぼくの可愛い神さまが三階の通りに面した窓の枠にあごを載せて、くるくるした瞳でこちらを見下ろしていた。何故か頭にはきれいな透き通った金色の布を、まるで給食当番の子どもみたいにつけている。

「何してるんだい、テレプシコーラー!」

 ぼくが思わずそう聞くと、テレプシコーラはちょっといたずらっぽくくすくす笑った。

「んんー……きみがボクのお願い聞いてくれたら、教えてあげるよー!」

「もぉー! いいよ、用件はなぁにー?」

 そう返せば、テレプシコーラはへへ、とほっぺたを緩ませる。ぼくは彼女のこういう顔が大好きだから、いつもつられて笑ってしまうのだ。

「あのだねぇ、ガラスの欠片がそちらにはたくさん落ちているだろー?」

「そうだねぇー!」

「それのねぇ、角がない丸っこいやつをだねぇ、集めてきてほしいのだよー! 汚れを落として袋に入れて、それでボクの所に持ってきてくれたまえー!」

「どれくらいあれば十分かなー!」

「そうだね、一時間ぐらい頑張ってくれたらそれでいいさー!」

「わかったよ、テレプシコーラー!」

「よろしく頼んだよー、アウトサイダー!」

 そういうとテレプシコーラはひらひらと手を振って、その身をくるんと翻す。彼女が押さえていたらしき窓がふわっと閉じて、はためく髪の毛と金色の布は見えなくなる。窓の向こうの神さまのため、ぼくはたたたっと駆け出した。

 一時間は意外と早かった。ガラスの入った袋を持っていない方の手でノックをして、ドアを開く。そうすると、さっき通った時よりももっとはっきりとあの爽やかで甘い香りがした。ぼくがやってきたのを見て、テレプシコーラはにっこりと笑う。この甘酸っぱい香りみたいに、輝く笑顔。

「ちゃんと集めてきてくれたんだね、アウトサイダー! ありがとう」

「どういたしまして、テレプシコーラ。きみのお願いだもの、なんてことはないよ」

 いつものソファに収まって、テレプシコーラはすっかり澄ました顔をしていた。頭にはもう金色の布もない。

「ねえテレプシコーラ、きみはさっき一体何をしていたの?」

「うん、実はいいレモンがあってねぇ、だからきみとお茶をしようと、ウィークエンドシトロンを焼いていたのだよ」

 言うが早いか、テレプシコーラは魔法みたいにお皿を取り出していた。右手には大きなお皿にのったアイシングのかかったパウンドケーキ。左手には黄色の縁取りのお皿と、お揃いのフォークが二人分。本当に魔法を使っていたのかもしれない。あまりに華麗な手付きにそう思った。

「ねえテレプシコーラ、どうしてわざわざケーキを焼いてくれたの? 僕、きみが料理らしい料理をしたところを初めて見たよ」

 うきうきとケーキを切り分けているテレプシコーラにそう尋ねてみると、彼女は一瞬間をおいて、そして、ひとくちサイズに切り分けたケーキを、ぽんと僕の口に放り込んだ。

「それはね、ボクがウィークエンドシトロンを、きみと食べたかったからだよ、アウトサイダー。……それ以上は聞いたら野暮ってものなのさ」

 フォークの背で僕の口をちょんと抑えるその笑顔はなんだかとても優しげで、まさに神さまの微笑みだ、と思った。レモンの香るアイシングが口の中で溶けてくる。頷きながらもぐもぐと口を動かしていると、テレプシコーラはフォークを離して「いただきます」と自分も一切れ食べた。

「なかなか美味しく出来たんじゃないかな?」

 なんて、満足げに言うのがとても可愛くて、僕は思わず吹き出してしまう。レモンの香りの週末は、まだ始まったばかりだ。僕はこの小さな神さまが今日は何を語ってくれるかと、この甘くて爽やかな匂いにも似た期待で胸を膨らませながら、もう一切れケーキを口に入れた。

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