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世界征服はんぶんこ

1.5 世界征服はんぶんこ


 地図の描かれたテーブルの上に、半円形のお皿が2枚。テレプシコーラはその片方をすっとぼくの方に押しやってこういった。

「アウトサイダー。もし、君が望むのであれば、世界の半分を君にあげよう」

 びっくりしてその表情を伺ったけれど、そこにあったのはイタズラっぽい、だけどどこか少し艶がある―つまり、いつもの楽しそうなテレプシコーラの笑顔。彼女が何を考えているのかぼくにはさっぱり分からなくて、仕方なく諦めて、でもおずおずとテレプシコーラ本人に尋ねてみるより他になかった。

「テレプシコーラ、きみ、いつの間に神さまから魔王に転職したの……?」

「? いらないのかい?」

 きょとん、という音が聞こえてきそうな表情で、テレプシコーラはゆるりと首を傾げる。……ぼくの方がおかしいのだろうか。

 ぼくがちょっとした混乱に飲み込まれているのをおいて、彼女は白い箱―ぼくがテレプシコーラのために買ってきたおやつの入ったその箱からケーキを取り出し、お皿の上にそっと、一つずつ乗せる。薔薇色のマカロンの間に、見た目通りの芳しいローズクリーム、ライチ、フランボワーズを挟んだ愛くるしいケーキ。明度の低いこの部屋の中で、それと、虹色の光に染まったテレプシコーラだけが、夢のように鮮やかに咲いていた。

「きみもそのつもりで2つ、これを持ってきたのだろう?」

 籠に座った白い花が、机の上の薔薇色をすっと指す。

「この、世界の半分を」

「―え?」

 そこにあるのは紛れもなく、世界の半分というにはあまりにも小さな、美しいケーキで。ぼくはそれとテレプシコーラの顔を何度か見比べた。何故かとても困ったような表情を浮かべた、小さな白い顔。

「……アウトサイダー?」

「な、なにかな」

「君はあまりものの名前に頓着しない子だったかな」

 急にどうしたんだろうか。ぼくが不思議に思っていると、テレプシコーラは、それを察したのか滔々と語り始めた。神さま、ではなく、テレプシコーラとして。

「このケーキにはね、アウトサイダー。イスパハンという名前がついているのだよ。君、世界史は詳しいかい?」

「う、人並み、かな……」

「イスパハン……もしくはイスファハンという都市のことを知っているかい? 現地の発音ではどちらかというと、エスファハーンと言われるらしいけれどね」

「えっと、確か……どこかの首都だったよね。貿易ですごく栄えた」

「そこまでわかるならあとは君の記憶力次第だねアウトサイダー。イスパハンは?」

 テレプシコーラは頬杖をついて、くすりといたずらっぽく笑う。それがあまりにきらきらしていて、ぼくの脳みそにその問が染みていくまで少しかかってしまった。……イスパハンは? 確か先生が言っていた気がする。ええと、イスパハンは……そしてぼくは思わず立ち上がって叫んだ。今まで忘れていた知識を思い出したとき特有のホワイトアウトに襲われる。くらりくらり。

「イスパハンは世界の半分! だ!」

「その通り!」

 テレプシコーラはとても嬉しそうに指を鳴らした。ぱちん、といい音がする。テレプシコーラがそんなことも出来ること、今初めて知ったな、なんてことを頭の隅で考える。……後で教えてもらおうかな。

「このケーキも、かの国の首都も、美しいものに満たされた世界の半分なのだよ、アウトサイダー」

 満足そうな笑みを声に含ませながら、テレプシコーラは白いお皿の片方をすいっと掲げた。

「と、いうわけで、アウトサイダー。もう一度聞くよ。―もし、君が望むのであれば、世界の半分を君にあげるけれど、どうする?」

 これは魔王の罠ではなく、ぼくの小さな神さまからの可愛いお誘いなのだから、いいえなんて選択肢は最初から用意されていないのだ。ぼくはもちろん頷いた。

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